第十八話 ルート崩壊
偽デートイベントの終盤。俺に変わってマスターマインドになった赤嶺と主人公が何故か口喧嘩している。さすがに歩き辛いので俺はイヤホンを装着していない。つまり会話の内容は断片的にしか分からないということ……もう今更だけどな。誰がどう見ても失敗である。デート中に他の人とイヤホンマイクで口論するなど論外だった。
「冷様! 説明してください!」
ほらな。何も知らない凛子氏からすれば意味不明な状況だろう。咎められても仕方ない。
「やぁ凛子。今日も綺麗だね」
「あ、ありがとうございます……ってそうじゃありませんわ! これは一体何なのですか⁉︎」
偽デートです。あなたを騙す為に計画しました。こう言えたら楽なのだが、今俺が出て行っても余計にややこしくなるだけだろう……幼馴染ヒロインまでいるし。
「何ってデートだよ。誰がどう見てもね」
「誰がどう見てもデートではございませんわ!」
青宮友人①の登場に動揺する主人公。最低限の冷静さは保っていたのか、イヤホンマイクをしまいこっそりと隠している……もう手遅れだけど。
「そこのあなた! 本当にやる気はございますの? 何ですかあの振る舞いは!」
「す、すみません……」
凛子先生のダメ出しという指摘の嵐にタジタジとなる主人公。青宮もフォローはするが風向きは変わらない。彼女からすれば王子様兼大切な友人を蔑ろにされたことが許せないのだろう。当然と言えば当然か。
「ねえ? あの子は誰なの?」
「女学院の制服だから……青宮さんの友人とか」
ヒートアップする凛子だが、赤嶺の表情も段々と険しくなる。好感度はまだ低いかもしれないが、赤嶺からすれば大事な幼馴染でもあるのだ。見ず知らずの相手に好き勝手言われるのは面白くない――ズカズカと修羅場? に乗り込んでいく幼馴染ヒロイン。……もう終わりだよ。
「黙って聞いてればアンタ何様よ?」
「……どちら様ですか? 私は今彼に話しているのですが」
「その彼は私の幼馴染よ。そして亜樹斗は青宮さんと仲の良い男子よ」
……この期に及んでまだ勘違いしてるのか赤嶺よ。青宮と主人公が困惑してるじゃないか。
「これのどこが恋人ですか! どう見てもおかしいですわ」
「――え? 二人ってもう付き合ってたの?」
「はぁ? 何を言っているのですか?」
今度は凛子氏が困惑している。意味不明なことを言って有耶無耶にする赤嶺の作戦なのかこれは……今度俺もやってみよう。
「とにかく! 冷様の隣にあなたは相応しくありません! 大人しく身を引きなさい」
「何勝手なこと言ってるのよ。二人の関係に部外者が口出ししないで」
「あなたも部外者でしょうに。……私もそうですが、あなたも冷様のおふざけに付き合わされたのですよ」
これもう完全にバレてるな。主人公はあからさまに動揺して青宮は苦笑い。蚊帳の外は赤嶺だけだった。
「ごめんね赤嶺さんに黒津君も。変なことに巻き込んじゃって」
「……どういう意味かしら? 話が見えてこないのだけれど」
「桜には後で説明するよ」
イベント失敗。
まさかこんな展開になるとはな。やっぱりゲームと現実世界は異なるってことか。……青宮ルートはもしかして消滅? 最悪だな。
「冷様それでは……」
「事情があったんだよ。女学院のみんなは中々話を聞いてくれないからね」
「そ、それは……でも! 私共は冷様をお慕いしております」
限度が過ぎる。過度な尊敬は押し付けだ。どうして王子様ヒロインが女学院ではなく星空高校を選んだのかよく考えるべきだろう。それをしないからお前達はポット出の主人公に負けるのだ……この世界では主人公も負けたけど。
「冷様には私達がおります。穢らわしい男ではなく私達が相応しいのです」
「……凛子、それはちょっと違うかな? 確かに黒津君との関係は演劇かもしれない。でもね、本物をボクは見つけたんだよ」
「⁉︎ それはどういう意味ですか?」
青宮の視線が動く。主人公や幼馴染ヒロイン、女学院の友人ではなくモブに。離れた位置から諦めの境地で部外者を演じていた俺を真っ直ぐ見つめる瞳――やられた。奴はとびっきりの笑顔を浮かべこちらに歩き出していた。
「彼を素直に紹介すると女学院のみんなが混乱すると思ってね。だがら演者として黒津君を用意したんだ」
いつからだ? いつからこいつはこの作戦を考えていた? 今なら本気でダッシュすれば逃げることは出来るかもしれない。だがいないところで好き勝手言われると修正が難しい。……こいつは俺が嫌がることをよく理解している。
「さぁ、お披露目だ」
俺の顔は引き攣っていることだろう。
青宮は舞台女優さながらの動きで隣に立ち腕を絡めてくる。主人公は驚き赤嶺は放心、怒りからか凛子氏は顔を真っ赤に染め口をぱくぱくしている。
「ボクのハニー、白瀬雪都だ」
イベント失敗かと思いきや、何故かモブ白瀬がしっかりと第役を務めていた……何でだよ。
****
――悲報。モブキャラ白瀬、偽恋人になる。
ネットニュースならトップを飾ること間違いないだろう。あれだけ頑張ったのに主人公は偽恋人になれず、何故か俺にその役が回ってきてしまった。友人凛子氏も認めないと喚き散らせばいいのに、どういうわけか口をぱくぱくするだけで結局何もしなかった。魂が消えた抜け殻となり、静かに去る彼女に俺は声をかけられなかったよ。
場所は変わり俺達はまたしてもファミレスにいた。もう何度目だよ。さすがにドリンクバーも飽きてしまったわ。全ドリンク制覇済みだよ。
脳内でくだらないツッコミをすることで気を紛らすことしか出来ない。……だって滅茶苦茶空気が悪いのだもの。修羅場がファミレスに爆誕してしまっている。
原因は幼馴染ヒロイン赤嶺と王子様ヒロイン青宮である。向かい合う両者は謎の火花を散らしていた。無言で睨む赤嶺と笑顔で応戦する青宮。ゲーム通りの仲の悪さだが、何でここだけ正確に再現されてんだよと俺は神にクレームを入れた。
「桜見てよ。ここのドリンクバーには抹茶ラテがあるんだよ。珍しいね」
「……」
それはボケなのか? 空気を和ます為の道化なのか……いや、素で言ってるわこいつ。鈍感スキルが発動して修羅場に気付いてない。マジかよこいつ。……まぁかく言う俺も何で険悪になっているのかがよく分からない。幼馴染の主人公を結果的に捨てたことを赤嶺は怒っていると最初は思ったんだが、青宮まで怒る(笑顔)の理由が不明である。
「……それでいい加減説明してくれるかしら」
「何をだい? ボクとハニーの馴れ初めを聞きたいのかな」
「は?」
「なに?」
もうやめてくれ。仕事でミスして客先に謝りにいった時よりも辛いぞこれは。仕事は謝罪すれば最悪どうにかなるが、この場合は俺が謝っても何も解決しない。単に二人の相性の問題ならどうすることもできないぞ。
……仕方ない。俺は大人だからな。面倒だけど矢面に立つさ。
「黒津君を巻き込んだのは俺の案なんだ。事前に共有しなくて申し訳なかった」
デートの経緯を説明する。青宮が抱えている問題や主人公にお願いしたこと、今日の俺の役割などを懇切丁寧に話す……なんか浮気の釈明みたいで物凄く嫌なんだが。
「……亜樹斗のことは分かったわ。でも、どうして偽恋人が白瀬なの?」
偽を強調する赤嶺。英語のスペルかっていうくらいの強調だったな。
「それは分からない。……よくも俺を面倒事に巻き込んでくれたな」
「何言ってるのさ。本当は嬉しいくせに」
ツンツンと俺の頬をつつく青宮。それを見た赤嶺は般若の如く激おこである。
「恋人役なんてお断りだ」
「黒津君には押し付けたのに?」
「彼は偽恋人の適正ナンバーワンだからだ」
「そうよ。今直ぐに亜樹斗に乗り換えなさい」
「僕の扱いが酷過ぎる」
俺と赤嶺の抗議を前にしても飄々とした態度を崩さない青宮。完全に開き直っていた。無敵の人である。
「まあまあ落ち着きなよ。さすがにずっと迷惑かけるつもりはないからさ。ほとぼりが冷めたら解消するよ」
「……本当だろうな?」
「もちろんさ。ほとぼりが冷めたら、ね」
半信半疑な俺に訝しむ赤嶺……何で赤嶺がこっちの立場なのかは知らないが、胡散臭いのは間違いない。ただ言質は取った。少なくとも偽恋人が不要になれば潔く関係を解消すると……つまり、黒津のように凛子氏から猛反対されれば。
――悪いな青宮。俺は悪い大人なんだ。
「…………何笑ってるのよ」
「よく分からないけど、その笑顔はずるいなぁ」
おっとこれは失礼。勝利を前につい笑っていたようだ。……というか主人公ポジションに収まったせいでもう敗北だけどな。どうすんだよ王子様ルートは。




