第十一話 幼馴染ルート
高校生活(二回目)が始まって三週目となる。初めは緊張していた彼らも今では慣れてきたのか、個々の色が出てきた。友人関係も定まりつつあるのか、グループ分けもどんどん進む。……俺? 聞かないでくれ。嫌われてはないと思うんだけど、何となく距離を感じるんだよ。
主人公とはまだ仲良くなれていない。このところ紫藤ばかりに注力して本業がおざなりになっていた。安達はウザ絡みしてくるし、赤嶺は定期的に俺の席に来る。青宮は遠くから視線を感じる程度、黄原に至っては接触はない。主人公と各ヒロインの好感度は不明。データが少なすぎるからな。
ゲームと違って簡単に好感度が上がることはないと理解しているが、焦る気持ちがあるのも事実。攻略失敗=死が決まっているんだから普通は不安になるだろ。とは言ってもゲームにあったイベントや情報以外の知識もないし、現状はその時々に応じた最適解を見い出すしかない。……受け身みたいで嫌な感じだ。
それで今日は何をするのかというと、主人公とヒロインのイベントが発生する場所の下見である。事前に現地を確認しておけば、ベストなアシストが出来るんじゃないかと考えた次第だ。本番で失敗しないよう準備を重ねる。それが平凡サラリーマンの生きる道である。
「ふ〜ん、意外と人がいないのな……いや、広すぎるのか」
俺が今いるのは駅近ショッピングモールの屋内駐輪場である。かなりの広さがあり、自転車を停めたらそのまま建物内に入れる構造。雨除けにもなるから自転車以外の利用者も使うことが多い。――そう、電車通学の徒歩ユーザーである主人公や幼馴染も例に漏れず。彼らはここでイベントを起こすことになる。
雨の日に放課後ショッピングを楽しもうとしていた赤嶺。自転車はないが、雨を避けれるから駐輪場を通ってショッピングモールに入ろうとしていた。そこで運悪く他校の高校生に絡まれてしまうのだ。
三人の男子高校生と一人の女子高生。赤嶺も適当にあしらえばいいのに、負けん気が発動して口論となる。そこからはお約束の展開となり、危ないところを偶然通りかかった主人公が助けるのだ。……何でギャルゲーってヤバい男が多いんだろうな。
まぁ、過程はともかくとして、これが幼馴染ルートに入るきっかけの一つ。こうやってイベントを消化することで二人は最終的にラブラブすると。
今日はその下見と同時に俺の買い物でここに来た。現在も継続している問題――食生活の改善だ。
現状だと朝と夜、休日は菓子パンやコンビニ弁当にカップ麺が続いていた。身体に悪いとは思いつつも、なかなか自炊に踏み切れない。料理がほとんど出来ない俺には敷居が高過ぎたのだ。
金はあるから出前の選択肢もあるけど、何となく憚られる。個人情報を登録したくないと言えばいいのか、赤の他人である白瀬の名前を極力使いたくない。これはまだ俺が転生に慣れていないからなのかもしれないな。
とりあえずだ。そんな理由から続いたコンビニ生活もそろそろ飽きてきた。健康面も考えたら苦手でも料理に挑戦するべきだと一念発起。スマホで調べればレシピなんかいくらでもあるからな。何事も実践あるのみである。
では参ろうかと、一人意気込む。……意気込むんだが、予定外のイベントが発生してしまう。下見で来たはずなのに何故か本番が発生していた。
ちょっと頭の悪そうな男子高校生三人に幼馴染ヒロインの赤嶺。原作と変わらずエンカウントしているじゃありませんか……何でだよ。
コソッと柱に隠れる。どうやらまだイベント序盤らしい。ならば急いで主人公を呼ばなければとスマホを操作するが……登録されているのは父と母のみ。そうだった。俺友達いないんだった。主人公の連絡先も聞けてない。また今度でいいかといつも後回しする悪い癖だ。
「星空の女子はやっぱレベル高えな」
「マジそれな。羨ましいぜ」
「……何か?」
原作通りの絡みに少し安心してしまう。紫髪の女は論外として、どいつもこいつも好き勝手して困っていたところだ。シナリオに沿った君達を俺は誇りに思うよ。……だから主人公早くこいよ。
「やめろってお前ら。怖がってんだろ(笑)」
「……用がないなら行きますが」
「いやいや待って待って。俺達地元じゃないから迷ってたんだよ。道案内をお願いしたい……的なやつね」
「そうそう。旅は道連れって言うっしょ」
くぅ……いいね。この頭の悪そうなナンパが如何にもって感じで。ベタベタの展開を堂々と実行する君達は最高だ。
「道に迷ったならスマホがあるでしょ。それでも困るなら警察に行けば」
「け、警察? いやぁ地元じゃ世話になったな」
「世話になり過ぎてダチって感じよ」
「だから悪アピールするなって(笑)」
このナンパに慣れてない小悪党レベルがいいんだよ。『星君』はシリアス展開はあっても胸糞展開はない。それは本当に救いだった。
……流れ的に後はヒロインが拒否を続けていると、主人公が現れる。こいつらはチキンだから人が来るとソソクサと退散する。こんなイベントだ。
「……はぁ、ホントしつこい。興味ないって言ってんでしょ」
「どうしたよお嬢さん? 急に怒って」
「私はアンタ達に用はないって言ってるのよ。ねぇ? 鏡って見たことある?」
……何だこれは? こんなセリフゲームじゃなかったぞ。
「このショッピングモールにもあるだろうから買ったらどう? そんな身なりでよくナンパしようと思ったわね」
「何だと……」
ヒロインがお怒りになられている。ついでにナンパ三人もお怒りだ。みんな瞬間湯沸かし器じゃないか。
「しつこいしキモいし見た目も悪い。アンタ達は最低ね」
「「「……」」」
「地元で相手にされないから都会に来たの? 一人じゃダメだから三人で? ねぇ? 恥ずかしくないの?」
もうやめてくれ。さすがに三人が可哀想だ。彼らは台本通りに動いたプロのモブなんだ。アドリブばかりのお前とは格が違うんだ。ついでに主人公も。
「そんなに話し相手が欲しいなら交番に行きなさいよ。きっと相談に乗ってくれるわよ?」
「――おい、女。テメェいい加減にしろよ」
「⁉︎」
一人の男子生徒が赤嶺の手首を掴む。まさか手を出されるとは思っていなかったのか、驚きのあまり固まってしまうヒロイン。俺も驚きだよ。さすがに暴力はいかんだろ。
……くそ、恨むぞ主人公。
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憧れていた放課後ショッピングに来たのに、最悪の展開。亜樹斗がいれば違ったのだろうけど、安達に揶揄われるから今日は一人で来た……ホント最悪。
「なんか言えよ女」
怒りで手まで出してくるとは思わなかった。諦めて退散すると考えてたのに……。
……離して、気持ち悪い。そう口にしたいのに身体が強張って動かない。
「お、おいやめとけよ」
「うるせえ。ここまで馬鹿にされて黙ってられるかよ」
どこか人気のない場所を探せとリーダー格の男が言っている。こんなことをしてタダで済むわけがない。常識で考えれば分かるはずだが、怒りで正常な判断が出来ていない。――恐怖で冷静になれない私と同じで。
――パシャ。
カメラの音? 一体誰が?
彼らにしても想定外だったのか、全員が同時に同じ方向を向く。
そこには私と同じ星空高校の制服を着た男子生徒がいた。同じクラスで最近よく話すようになった男の子。この男達とは全然違う、綺麗な顔立ちの男の子。
「はい、そこまでね。さすがに暴力は反則だ」
目を丸くした男の腕を払い、さっと私を背中に隠す。彼はスリムで大柄ではない。だけど、今の彼の背中はとても逞しく私には見えていた。――身体が熱くなる。
「な、何だよテメェは?」
「見ての通り、アンタ達と同じ高校生だよ」
人数は彼らの方が多いのに、堂々としているのは彼で三人は挙動不審。
「邪魔すんなよ。テメェは関係ねえだろ」
「関係はない。けどこの写真はどうするのかな?」
「「「⁉︎」」」
彼のスマホを見てあからさまに狼狽する三人。
「アンタら三年だろ? 受験か就職かは知らないが、これがバレたらどうなるかな?」
「お、脅そうってわけか。そんな子供騙しに……」
「子供だよアンタらは。……ここは人がいないように見えて、俺みたいのがいたりする。今の時代、どこにだって防犯カメラもあるんだ。――俺のスマホを奪っても罪が増えるだけだぞ」
罪と言われて怖くなったのか、今更青い顔をする三人。
……ホント情けない。この程度の相手に恐怖を抱いた自分が。そして、こんな私を助けてくれる彼には感謝しかない。
「もう行けよ。二度とこの街に近寄るな。次にアンタらが俺の視界に入ったら、この写真をばら撒くからな」
勝負あり。彼の圧に負けた男共は早足で駐輪場を出ていく。鮮やかな撃退である。私では到底同じことは出来なかった。……いいえ、彼だから出来たことね。
途端に静かになる駐輪場。まるで世界には私達二人しかいないような気分になる。……私は浮かれていたのだろう。彼に優しく頭をチョップされたことに直ぐに気付けなかった。
「……え?」
「え? じゃないよまったく。何かあったらどうするつもりだったんだ」
「どうするって……」
彼は怒っていた。私に興味がないと言っていた彼が、私の目を真っ直ぐ見て言葉を紡ぐ。……ダメ、今の私は絶対に顔が赤い。
「勝てない勝負に関わるのは子供と一緒だよ。これじゃあ彼らと同類だ」
「……」
避けられる危険を避けずに突っ込むのは子供だと彼は話す。必要以上に刺激せず無視すればよかったと。
「……ごめんなさい」
「今回のことで懲りたなら、次からは黒津君を……え?」
何故か目を丸くして驚いている。何かあったのだろうか。
「どうかした?」
「いや、『アンタに言われなくても分かってるわよ!』ってキレるかと思ったからさ」
「……私を何だと思ってるのよ」
彼の中で私はそんなイメージなのか。今のはもしかしなくても私の真似?
「……なんか調子狂うな」
「それは私のセリフよ」
今回のことは私の考え無しの行動で招いた事態だから反省しないといけない……けど、変なイメージを持たれてしまってるのはまた別問題。これは早急に正す必要がある。
「ありがとう。助けてくれて」
「……まぁ、アレだな。無事で良かったよ」
そう話す彼の顔には罪悪感が滲み出ていた。




