第十話 紫のち青
「今日も来たな……」
「ああ、目の保養や」
クラスメイトの談笑を背に耳を傾ける。どうやら違和感を覚えていたのは俺だけじゃなかったらしい。
かなりの頻度で休み時間にAクラス前の廊下を歩く女子生徒。これがただ通るだけなら誰も気付かなかったかもしれない。だが奴は毎回のように教室内に目を向ける。美人ということもあり、自分に向けられた視線かもしれないと男子生徒は心が浮き立つ。その結果が後ろから聞こえてくる会話である。
「紫藤薫か。クールビューティーだな」
「これは三大美女じゃなくて四天王やないか? 安達に抗議しよや」
勝手に一人増やすな。下手に増やして主人公が意識したらどうすんだよ。それに奴からすればそれはハーレムユニット結成となる。最悪だ。
……紫藤か。偶然だけど名前が分かったのは収穫だな。サンキューモブ達よ。
「紫藤薫氏はBクラスらしい」
「何で隣なんや。そこはAクラスでいいやろ」
似非関西弁君。悪いがそれはお断りだ。死神を懐で飼うほど俺は大胆に生きられない。常に背中を気にする学校生活なんて御免だ。
……Bクラスか。隣だな。
「…………あれはDだな」
「いや、Cだ。制服等でドーピングされがちなんや」
……ん? 何の話だ。
「着痩せのパターンもあるだろ?」
「ないない。少し前まで中学生や。そんなのアニメの話やろ」
おいおいBクラスって話はどこに行った? アニメだと何でDクラスになるんだ? そもそもここはギャルゲー世界だぞ。……くそ、よく聞こえない。何で急に小声になった。
「いいや、寧ろEの可能性も秘めている。セーブしてるんだよ」
「それは望みすぎやろ。クールビューティーに属性を重ねすぎやて」
Eだと? バカな。この星空高校は四クラスしかないのに。俺の知らない設定なのか。――余談ではあるが少子高齢化の設定を盛り込んだ世界観らしい。変にリアルだな。
「……まぁそれは直に分かるだろ。不毛な争いだ」
「答え合わせは夏やな」
何でクラスが夏に分かるんだよ。足で調べればいいだろ。これだから最近の若者はって言われるんだよ。
更に余談ではあるが、この世界の夏はそこまで異常気象ではない。四十度超え連発なんてイカれたサマーじゃないのだ。……これは開発チームの願望なんだろうな。
「それで一番の疑問なんだが……」
「誰が目当てっちゅう話や」
おお、このモブ達勘が鋭いな。……これは使えるか?
百合展開を防ぐ為にコイツらを紫にあてがうのはどうだろうか。たとえ実らなくても壁になるなら御の字だ。ヒロインは俺が守る(使命感)。
「…………あいつじゃないか」
「やっぱり? オーラあるもんなぁ」
「くぅ、三大美女に興味を持たれてクールビューティーまで独占するのか」
だ、誰だあいつとは。まさか黒津のことか? この短期間でヒロイン三人を攻略したのか⁉︎ そんなバカな、俺は何も聞いてないんですけど。……そこに紫を加える? ダメだ頭が痛くなってきた。それはセーフ、なのか?
「いつも一人だけど友達いないのか?」
「さぁ? ハブられてるわけじゃないんやけどね」
……いつも一人? 黒津なら安達に絡まれてるが。こういう話をする時は大抵悪友の出番なんだけどな。
「へぇ、二人とも何の話をしてるのかしら?」
「「⁉︎」」
冷たい声が聞こえてくる。主人公の近くに不在でおかしいとは思っていたが。
「あ、赤嶺さん……」
「紫藤さんが何? BやらEやら盛り上がっていたようだけど」
うわっ、激おこじゃないか。
思春期男子が暴走することはよくあるが、女子生徒の噂くらいなら許しやれよ。どこのクラスだって別にいいじゃない。
「彼女はBクラスよ。それ以外に何かある?」
「いや、特にないよ。気のせいだったみたい」
「ほ、ほな、さいならぁ」
慌ただしく教室を出ていく二人。まさかBクラスに特攻したのか? 行動力ありすぎだろ。
「全く……男子ってホントに」
二人に向けたであろう苦言のはずだが、何故か俺に言われてる気がする。背中に感じる視線。俺が責められているように感じるのは気のせいか。
……Bクラスってことは分かった。それだけでも収穫だな。
「……じー」
「……」
いや、擬音が言葉に出てるから。用が済んだならお家へお帰り。主人公が待ってるぞ。
「……アナタはああいう話はしないのね?」
「? よく分からないな」
全力で惚けさせていただこう。女好きのレッテルは黒津君だけで十分だ。
「そう……紫藤さんとは知り合いなの?」
「いや、面識はないな。そっちは?」
「私もない」
探るような疑いの眼差し。……これは好感度が高い状態で赤嶺が主人公にだけ見せる仕草だったような気がする。当たり前だが俺の好感度は低いから別の理由だろう。マジで俺まで女好きだと思われてるのか。最悪すぎる。
「…………」
「何か用?」
「……別に」
はあ? 何だコイツ。用がないなら立ち去れ。隣に立たれると変に気を使うだろ。
「放課後は何してるの?」
「特に何も」
「……冷たい」
「普通だよ。他人に気を使えない性格なんだ」
俺がヒロインと仲良くなる理由はないからな。話し相手が欲しいなら他をあたってくれ。少なくとも白瀬に近付くのはルール違反だ。
……何処か悲しいそうな表情を見て申し訳なくは思うさ。俺だって人間だ。本当ならこんな態度は取りたくないが、死亡フラグを回避する為にも下手なことは出来ない。
「…………厳密には趣味がないのか? 娯楽が多すぎてよく分からない……みたいな」
これはあくまでも世間話。決して気を使ったわけじゃない。
「! そう。……なら、今度一緒に探してあげる」
早口で小さく、捨て台詞のような言葉を残して足早に去る赤嶺。結局何を言いたかったのかは不明だが、ヒロイン攻略に影響はないだろう。――きっとそうだ。
****
別の日。俺はついに紫髪の拠点を突き止め(偶然)、最初の調査を始めた。
先ずは下駄箱から。モブ男子や赤嶺の情報が本当に正しいなら、名前があるはず。……名簿リストがあればよかったんだが、あいにく俺の手にそんなものはない。
「しどう、しどう……あった紫藤か」
本当に紫だった。……単純な奴め。
その足でBクラスに向かう。といっても教室に入るわけじゃない。外から眺めるだけだ。ストーカー以外で何をしてるのか。クラスの立ち位置や交友関係。多くの情報を集めて総合的に判断する必要がある。――敵か味方かただのエキストラか否かを。
どれどれ……。
通行人を装いBクラスを覗くが……いた。奴だ。
紫髪は席に座っていた。何やら熱心にノートを見ては書いて、消してを繰り返しているように見える。その様子は真面目に勉強する優等生。百合ハーレムエンドを狙っているとは思えないが――それが却って怪しく映る。
誰とも話さず、絡まず、心を開かない。自分は異分子なんだと割り切った姿は何となく誰かを連想させる。奴は楽しそうであると同時に寂しそうでもあった。……俺は全く楽しくないけど。
このくらいにしておくか。
結局こちらがどれだけ気にしたところで、奴が俺を認識しなければ意味がないし、意思疎通を図らなければ見えない部分もあるだろう。……俺もBクラスの連中に噂されるのも面倒だしな。
「あれ? キミもBクラスに用事かい?」
また面倒なのとエンカウントしたな。君もってことは王子様も何かあったのか。
「奇遇だね、お姫様」
「……誰がお姫様だ」
白瀬が女々しいとでも言いたいのか。王子様ヒロインの青宮がゆっくりと近付いてくる。
「不思議な感じだね。他所のクラスでクラスメイトと出会うのは」
「大袈裟だな。ずっと教室にいても息が詰まるだろ」
「ははっ、やっぱりキミは面白いね」
こっちは全然面白くない。何で王子様と他所のクラス前で会話しなきゃならんのだ。それなら自分のクラスで話せよってなるだろ普通。……まぁ話さないんだけど。
「誰か知り合いでもいるのかい?」
「いないな。偶然通っただけだ」
「そうなんだ。ちなみにボクも知り合いはいないよ」
じゃあ何でここにいるんだよって聞きたいが、シナリオと関係はなさそうだし不用な詮索は避けるべきだろう。お互いにな。
「最近視線を感じることが多くてね。ほら、あの席の紫藤さん? から。気になって見に来たんだよ」
「……そうなのか。人気者は大変だな」
おい、紫藤さんや。お前のストーキング行為普通にバレてるぞ。この感じなら黄原も気付いてるんじゃなかろうか。黒津や安達も時間の問題か。
「? やだなぁ、キミの方が有名人じゃないか」
「そうか……じゃあこの辺で」
「待って待って、つれないなぁ。せっかくだし、もう少しお話ししようよ」
「いやだよ。変に注目されるし」
こいつは自らの影響力を正しく認識してるのだろうか。少し話していただけでもうBクラスから視線を集めている。男子から、場合によっては女子からの僻みもあるだろう。……怖い人達に呼び出されたらどうするつもりだ。モブの癖に何様だとモブにキレられたら責任を取れるのか。
「あれ? キミなら慣れっこだと思ったけど」
「会話が成り立たないな。誰かと勘違いしてないか? 例えば黒津君とか」
「くろつ? 誰だっけそれ?」
「はい? 同じクラスの男子だよ。君と仲が良い(予定)じゃないか」
「??」
手を顎に触れ首を傾げる青宮。……随分と様になるのが腹立たしいな。これだからイケメン(女子)は。
……にしても主人公を認識していないだと? ちょっとよろしくない。青宮ルートを無視するなら構わないが、俺が目指すのはハーレムルート。――テコ入れが必要だな。紫髪に時間をかけすぎたか。この分だと黄原も怪しくなってくる。
「……おっ? どうやら気付いたみたいだね」
「気付いたって何が?」
青宮が示す先には紫藤がいた。目を見開きこちらを凝視している。お目当ての王子様ヒロインが自分に会いに来たとでも驚いているのか。
――いや、それだけじゃない。
ヒロインの隣にいるモブは何者だと目が訴えている。……確定だな。この驚き様は絶対現地人じゃない。俺と同じだ。
棚ぼた展開に内心ほくそ笑む。これで奴は俺を認識しただろう。お目当てヒロインの隣にいるお前は何なんだと。これで否が応でも俺を意識せざるを得ない。……悪いがお前の好きにはさせないぜ。ヒロインを攻略するのは主人公だ。
挑発の意味も込めて俺は笑みを浮かべる。それは悪役のようなとても憎たらしい笑顔になっていたことだろう。隣にいる青宮がドン引き、そして絶句している。……実に気分がいい。これで今後は無意味に絡んでこないだろう。まさに一石二鳥。
目的を果たした俺は颯爽とAクラスに戻るのであった。




