099
流れるプールの次はサーフィンプール。
波があるやつ。
人、多すぎ。
テンション、上がりすぎ。
「もうこれ戦場でしょ……」
私は浮き輪を抱えながら、心の中でそう呟いた。
流れるプールで肩慣らしをしたあとだったから、正直――
「余裕じゃん」
って、思ってた。
思ってたんだよ。
開始直後は、確かに穏やかだった。
浮き輪に身を任せて、ぷかぷか。
太陽は眩しいし、水は気持ちいいし、最高。
……数分後までは。
『――最大波、来ます!』
というアナウンスが聞こえた瞬間。
「え?」
次の瞬間、世界が縦に揺れた。
「ちょっ!?」
波が、来た。
でかい。
思ってた三倍でかい。
浮き輪が跳ねる。
身体が持ち上がる。
視界が回転する。
「まっ――」
言い切る前に、上下が分からなくなった。
気付いた時には、私は浮き輪ごと回転していた。
前か後ろかも分からない。
波に叩きつけられて、息が詰まる。
「ちょ、ま、まって! 聞いてない!」
聞いてたけど!
聞いてたけど、これは違う!
視界の端で、弥生と遥が笑ってるのが見えた。
恵美は助けようとして、同時に次の波に飲まれてた。
……ひどい。
そんな中。
「大丈夫?」
やけに落ち着いた声。
彰斗だった。
波の周期を完全に読んだ姿勢で、普通に立ってる。
普通に。
波プールの真ん中で。
そして、何の気負いもなく、私の浮き輪を支えた。
「次、来るよ」
「い、今言う!?」
言われた瞬間、次の波。
でも今度は、変に回転しなかった。
……支えられてた。
「……戦闘より酷くない?」
思わず出た言葉に、彰斗はちょっと笑った。
「確かに」
笑わないでほしい。
ようやく波タイムが終わって、私たちは全員、外へ避難した。
自販機前で、アイスと飲み物を確保。
生き返る。
「次、スライダー行こっか」
弥生が、さらっと言った。
……スライダー。
私は、巨大なチューブ型のそれを見上げて、無言になる。
「……あれ?」
「一番長いやつだね」
真名が、真剣な目で頷いた。
「安全基準は問題なさそう」
「問題は私の心だよ!」
思わず叫ぶと、みんなが笑った。
恵美が、私を見て言う。
「無理しなくていいよ。でも、後悔しない選択をね」
その言葉で、胸の奥が少しだけ静かになった。
――逃げるのは、簡単だ。
でも昨日、言われた。
“見えない敵に怯えても仕方ない”って。
その時。
他のみんながトイレに行って、
一瞬だけ、彰斗と二人きりになった。
気まずい。
何を話せばいいか分からない。
「……楽しいね」
彰斗が、普通に言った。
「……うん」
姿の見えないイレーザさんの事が一瞬だけ頭をよぎった。
でも、聞かなかった。
代わりに、私は言った。
「私ね、今日は一杯楽しむって決めてた」
理由は言わなかった。
言えなかった。
でも彰斗は、深く聞かなかった。
「うん。良いと思う」
それだけ。
――ずるい。
戻ってきたみんなの前で、私は宣言した。
「あの、おっきなゴムボートで滑るやつ、皆で乗ろう」
「いいね!」
「うん」
「4人乗りみたいだけど、どうする?」
真名の言葉に
「じゃあ、3・3かな」
「ジャンケン!」
恵美の案に私は即答えた。
「いいの?」
遥が不安そうな顔を見せる。
「大丈夫! 今日の私は強いんだから!」
◆
「どうよ!」
高らかにチョキを掲げて、勝利宣言。
私と彰人と恵美の三人になった。
「やるなぁ!」
「ふふ」
「おめでとう」
真名、弥生、遥がニヤニヤしている。
うん! 隠す必要ないしね!
「彰斗、恵美、いくわよ!」
◆
楽しい時間は、ほんとうに一瞬で過ぎていく。
「……もう時間だね」
プールサイドに座って、私は腕を見る。
くっきり残った日焼けの色。
ひりっとする肌。
疲れてる。
間違いなく、体は重い。
でも――嫌じゃない。
笑って、騒いで、
ちょっとドキッとして。
胸の奥に溜まっていた、
名前のつかない不安みたいなものが、
少しだけ薄くなっているのを感じた。
隣では、みんながだらっとしている。
「もう歩きたくなーい……」
「アイス……もう一本……」
「今日のお風呂が怖いぃ」
そんな声を聞きながら、
私は空を見上げた。
今日一日を、ゆっくり思い返す。
――考えすぎてたかもしれない。
――怖がりすぎてたかもしれない。
見えない敵に、勝手に怯えて。
でも実際は、ちゃんと笑える時間が、ここにあった。
私は、ぽつりと呟いた。
「……今日、来てよかった」
誰に聞かせるでもなく。
でも、不思議と胸にすとんと落ちる言葉だった。
太陽から降り注ぐ光が、プールに出来た波をキラキラと光らせている。
彰斗と、これからもこんな風に――
それが、少しだけ楽しみだった。
「あっ、皆さん。家に帰ったらハイヒールポーション飲むと良いですよ。
日焼け治りますから」
彰斗の、いつもと変わらないトーンに私は声を出して笑っていた。
「ちょっと彰斗! 感傷に浸ってたのに消えたじゃない!」
恵美達も声を出して笑っていた。
4章 第一部 完




