097
◆鹿屋玲子◆
ホテルの部屋に戻ってからも、私は全然落ち着けなかった。
ベッドに座ったまま、スマホを握ったり置いたり。
画面は暗いままなのに、指だけが無意味に動いてる。
――分かってる。
考えすぎだって。
でも、どうしても頭から離れなかった。
「……ねぇ」
小さく声を出すと、みんなが私の方を見た。
「どうしたの、玲子?」
恵美が、すぐ気付いてくれる。
「えっと……」
一度、息を吸ってから言った。
「彰斗と、イレーザさんの関係って……どう思う?」
言った瞬間、空気が一瞬止まったのが分かった。
あ、やっぱり。
みんなも考えてたんだ。
「不安?」
弥生が、様子をうかがうみたいに聞いてくる。
「……うん」
隠す意味もなくて、正直に頷いた。
「眷属とか、契約とかさ。
私たちの知らない世界で、もう全部決まってる感じがして……」
膝の上で、ぎゅっと拳を握る。
「勝手に想像して、勝手にモヤモヤしてるのは分かってるんだけど」
「それ、普通だよ。
見えない相手に不安になるのは、当たり前」
恵美が、はっきり言った。
遥も頷く。
「しかも相手、めちゃくちゃ出来る人なんでしょ?
不安にならない方が無理だよ」
「でも……」
思わず声が弱くなる。
「じゃあ、どうすればいいの?
このまま悩んでても、何も分かんないし」
「戦えばいいんじゃない?」
弥生が、あっさり言った。
「……戦う?」
「うん。でも正面からじゃなくてね」
弥生は、ちょっと笑う。
「玲子は玲子らしく、でいいとおもう」
真名も静かに続ける。
「見えない敵と戦っても、答えは出ない」
「……そっか」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
「だったら、無理に探ったり、比べたりしなくていい」
恵美の言葉が、すっと染みた。
「……なにもしない、ってこと?」
不安が消えきらなくて、聞き返す。
「違うよ」
恵美は首を振った。
「ちゃんと見るの。
楽しみながら」
「見る……?」
その時、遥が思い出したみたいに言った。
「そういえば、明日プールだよね」
「あ……」
思わず声が出た。
「ナガシマの」
「水着も、もう買ってあるし」
弥生が肩をすくめる。
「特別な作戦とか、要らなくない?」
「どういうこと?」
「普通に遊んで、普通に笑って、普通に話す」
指を折りながら説明する。
「それだけで、分かることってあるよ。
多紀くんの態度とか、空気とか」
遥も乗っかる。
「水着で動揺するかもしれないし」
「ちょっと!」
顔が熱くなる。
「それ……賭けじゃない?」
「でも、無理しない賭け」
恵美が、優しく言った。
「背伸びしない。
誰かになろうとしない。
玲子は、玲子のままでいい」
しばらく、何も言えなかった。
でも――
「……そっか」
自然と、息が抜けた。
「見えない敵に怯えてても、仕方ないよね」
「うん」
「だったら……」
顔を上げて、笑う。
「明日は、思いっきり遊ぶ!」
「それそれ!」
「やっと玲子復活!」
部屋が、一気に明るくなる。
不安が消えたわけじゃない。
でも、抱えたままでも前に進める気がした。
カバンの中に入れてある水着を思い出して、胸が少しだけ高鳴る。
――戦うって言っても。
プールで出来る戦いなんて、せいぜい笑うことくらいだ。
そう思えた自分に、ちょっとだけ安心した。




