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休憩所に入る前に、必ず行う事がある。
それは、聖女のスキル『ハイヒール』を豊賀さんが皆に施す事だ。
『ヒール』系のスキルには、治療以外の効果もある。
それが、汗をかいた時の不快感や汗の臭いを、綺麗さっぱり消してくれる作用。
いわゆる、浄化作用だった。
今回初めて、上着を着たまま走り通したことで、普段よりも汗をかいていたから、
その恩恵に改めて感謝していた。
「いつもありがとうございます」
僕は豊賀さんにお礼を言って、ウィンドブレーカーを脱ぐ。
「狩り中は活躍する機会がほとんどないので、こういう事でお役に立てて嬉しいです」
「強化魔法もそうですけど、ずっと活躍していると、僕は思っています」
「ありがとうございます、多紀君」
「そうよ。弥生がいなければ、こんな走り回る狩りなんて、ぜ! ったいに無理!」
鹿屋さんもローブを脱いで、休憩モードへと移っている。
「バスケの練習よりハードだよ」
「そう! それ! ステータスとか弥生の強化魔法があっても、ほんとキツイ」
大豊さんの言葉に、鹿屋さんが大きく頷きながら、
手からそよ風を出して自分に当てている。
「玲子、私にもくれ」
「私もぉ」
「分かってるわよ。はい!」
鹿屋さんの風魔法で体の熱を冷ますまでが、休憩前のルーティンになっている。
◆
緊急時の避難所にもなっている休憩所には、トイレはもちろん、飲料水の自販機もあるので、
昼食をゆっくりと摂る場所として、ほとんどのハンターが利用している。
だけど今日は、僕達だけのようだった。
「ここのテーブルにしましょうか」
添島さんがテーブルを一つ動かし、二つをくっ付けて、僕達は席に着く。
「多紀君。今日、巣のウルフリーダーが全て討伐されれば、明日にはまたウルフが現れるのよね?」
添島さん達の最近のお弁当は、桑名駅前のパン屋さんのものだ。
サンドイッチから総菜パン、甘い菓子パン系まで、今日も色々な種類がテーブルに並べられていく。
鞄から取り出しているのは一枝さん。
戦闘時にリュックサックを背負っていても支障がない事から、
荷物持ちを買って出ている。
僕もリュックから、水筒と自作のおにぎりを取り出す。
「はい。ウルフの巣はゴブリンとは違って、常時リーダーが生まれる訳ではないので、
明日の朝には元に戻っていると思います」
魔物の出現地は、全て魔物の巣や村の中と決まっている。
なら、常に巣や村の周りで待ち構えていれば楽じゃないか――とはならなかった。
その理由が、出現法則の例外とも言える現象。
夜になると、巣や村以外でも魔物が出現するからだ。
まあ、
『夜になれば、魔物は巣や村の近辺以外にも出現する』
という、二つ目の法則があるとも言える。
「それなら、今日みたいなランニング狩りは出来ないですね」
「いえ、走りながらの戦闘にも慣れてきているみたいですし、試してみる価値はあると思います」
「もう、視界に入れば、私のウィンドショットで撃ち抜くわ!」
鹿屋さんが誇らしげに胸を張る。
「今日、凄かったです。一度も外してなかったですよね」
「そうなの! 絶好調よ!」
「大豊さんも、ホブ相手に踏み込む位置に迷いがなくなって、毎回一撃でしたからね。
本当に凄いと思います」
「剣闘スキルのおかげかな。回数を重ねるほどに、最適解みたいな感じで理解出来た。
走りながら斬るなんて事、剣闘スキルも想定外だったみたいだ」
「えっ?」
「なんか、スキルと一緒に検証した結果、みたいな感じでさ。
こう……『これだ!』ってなった時を、スキルが覚えるような感覚だった」
「えぇ……」
大豊さんの説明に、僕は返す言葉が見つからなかった。
「私達には良い事だって事だし、午後からも頑張りましょ」
プルルル♪ プルルル♪
「えっ!?」
添島さんの端末機から、ギルドからの呼び出し音が鳴り響いた。
「ちょっと待って!」
脱いだ上着のポケットから、端末機の上部部分になる小型タブレットを引っ張り出し、
通話ボタンをスピーカーモードで押す。
『添島さんですね』
「はい」
『現在、新種の魔物から避難している隊員が、そちらの休憩所に向かっています。
最悪の場合、隊員と共に入口から魔物が雪崩れ込む可能性があります。
装備を整えて、奥へと避難してください』
一瞬の戸惑いを見せた添島さんが、「了解しました」と返事を返す。
『あと数分で接触します。ご武運を』
僕はテーブルに広げた昼食をリュックに戻し、
上着とレイピアを装着し、
走り込んで来るであろう入口の扉へと向かった。
「多紀君!?」
「彰斗!?」
僕は紫の光を放つ瞳で、戸惑う添島さんを見る。
「数十のウルフを蹴散らしながら、こちらに向かっている人達を視つけました。
確実に、数匹は雪崩れ込みます。
なので、入口で対処した方がいいと判断しました」
「確かに、入って来た所を死角から叩けば――
真名、行ける?」
「任せろ!」
「玲子は、後続に向けてウィンドボムで吹き飛ばせる?」
「やってみるわ!」
「弥生は強化魔法を」
「今、かけます!」
「ありがとう。じゃあ、弥生と遥は後ろの通路で待機。
援護お願いね」
「「はい」」
彼女達が、恐怖を振り払って行動に出ている事に、僕は気付いていた。
気付いたからこそ、彼女達の行動を止める権利なんて、僕にはない。
死ぬ恐怖が無い僕の行動に、彼女達は勇断を示した。
――絶対に。
傷一つも、付けさせる訳にはいかない。
恵美(落ち着いて対処。落ち着いて対処)
真名(冷静に。冷静に)
弥生(慌てないで回復。慌てないで回復)
遥 (集中……集中……)
玲子(あっ……彰斗の真剣な顔だ)




