084
◆多紀彰斗◆
巡回バスの座席に揺られながら、僕は窓の外をぼんやりと眺めていた。
今日の隣は鹿屋さん。
いつもより、少し距離が近い。
「……はぁ」
小さくため息を吐いた鹿屋さんが、苛立ちを隠そうともせずに口を開く。
「彰斗の事を女の子と勘違いしたのは、まあしょうがないわよね」
「……」
「でも、そのあとが最悪。ほんとに」
声に、まだ熱が残っている。
「直ぐに諦めてくれたから、もういいんじゃない?」
前の席から、豊賀さんが穏やかにそう言う。
「でも!」
食い下がる鹿屋さんに、僕は少し迷ってから――
そっと、その手を取った。
「すみません」
自分でも驚くほど、素直な声が出た。
「正直……ああいう時、どう振る舞えばいいのか分からなくて。
結局、皆さんに頼ってしまいました」
あの時。
肩に腕を回されて引っ張られた瞬間。
――撥ね退けるべきか。
――少し様子を見るべきか。
判断が、ほんの一拍遅れた。
そして別の男が、彼女達に一歩踏み込もうとしたから、
よろける振りをして腕を払い、前に出て――
魔眼の威圧を、ほんの少しだけ当てた。
その直後。
彼女達が“僕を守るように”動いたことが、胸に引っかかっていた。
力を隠して守られるのはどうなんだ?
「チームなんだから、当然です」
前の席の添島さんが、きっぱりと言う。
「それにしてもさ」
通路を挟んだ隣の席から、大豊さんが肩をすくめた。
「ナンパするためにハンターしてるんじゃないかって、思っちまうよな」
その言葉に、周囲の男性ハンター達の気配が一斉に消えた。
ように感じた。
昨日に続いて、今日。
二日連続のナンパ。
――早く、狩場に入りたい。
そんな気持ちが、全員に共通していた。
◆
北側停留所。
雑林の入口。
バスを降りた瞬間、空気が切り替わる。
「じゃあ、行きましょう」
上着を着たままでも、添島さんと大豊さんの動きに淀みはない。
新しい装備は、もう体に馴染み始めている。
「前方、9時方向。ホブ1、ゴブリン5」
魔眼で捉えた瞬間、それぞれの位置を続けて告げる。
「ホブが先頭。後ろにゴブリンが固まってます」
「了解!」
返事と同時に、僕達は走り出した。
数秒後に接敵。
――来る。
体長150センチほどの筋肉質な緑猿。
武器は持たず、両腕を振り上げて一直線に突撃してくる。
だけど。
「遅い」
大豊さんが一歩踏み出す。
構えていた大剣が、腰の位置から水平に振り抜かれた。
重い風切り音。
次の瞬間、ホブゴブリンの動きが止まる。
――胴体が、ずれる。
腕力自慢の突撃は、剣が届く前に終わっていた。
ほぼ同時に、ゴブリン達が悲鳴を上げる。
「散開!」
添島さんの声。
六尺槍が低く唸り、前列のゴブリンを押し崩す。
「玲子!」
「任せて!」
鹿屋さんの指揮棒が振られる。
「――ウインドショット!」
圧縮された風弾が、横一列に走る。
ゴブリン二体がまとめて吹き飛び、木に叩きつけられた。
「残り3!」
「こっち!」
一枝さんと豊賀さんが後衛を固め、
残ったゴブリンを逃がさない。
戦闘は、接敵から十数秒で終わった。
(……やっぱり安定してるなぁ)
防具の阻害感も見えない。
回避、踏み込み、連携――どれも自然だ。
「次、ここから一時方向300!
ホブ1 ゴブリン5
ゴブリン2匹が先行中」
「了解!」
◆
情報通り、単独ウルフはいない。
「ゴブリン処理、お願いします。僕はスライムに行きます」
「了解!」
僕は雑林を広く走り回る。
久しぶりの移動狩りだ。
「ちょっと! 休憩なし!?」
「暑い~! 次のゴブどこだぁ~!」
後ろから、冗談混じりの声が飛んでくる。
「文句言いながら、ちゃんと付いてきてるのが凄いですよ」
「そりゃ、置いてかれたら困るからね!」
笑い声。
動きは止まらない。
雑林に、僕達しかいない。
ナンパで溜まった不快感が、汗と一緒に流れていく。
◆
活動開始から、1時間ほど経過。
魔眼が捉えた境界線の向こう。
『6の六』側。
大きな魔力反応。
(……強い)
位置的に、ウルフの巣の方向。
討伐パーティーが入っているはずだ。
はぐれウルフリーダー?
いや――
頭に浮かぶのは、別の存在。
ブラックウルフ。
レベル40。
単独行動。
(もし、あれだったら……)
今の彼女達では、勝てない。
逃げる。
その判断は、すぐに出た。
だけど、次の瞬間。
――人の魔力反応、4つ。
魔物との距離、約500m。
魔物の魔力が、動いた。
(戦闘が始まる……?)
確認に行くべきか。
距離を保つべきか。
独りなら、様子を見に行ける。
でも――
不意に、視界の端に鹿屋さんの顔が入る。
心配そうに、覗き込む視線。
(……違う)
僕が守るのは、こっちだ。
離れて、何かあったら。
僕は、僕を許せない。
「……いつもなら、そろそろ昼休憩の時間ですよね」
努めて、平静に言う。
「休憩所へ向かいませんか?」
「なんだ」
鹿屋さんが、ふっと笑った。
「そんなこと考えてたのね」
「……です」
それだけで、十分だった。
僕は進路を変える。
仲間達を、危険から遠ざけるために。
――戦わない、という選択もまた、
ハンターの判断だと、信じて。
◆統括指令室◆
偵察班 「対象が気付きました」
通信班 「チーム早川に通達」
安藤将司「巣の方はどうなっていますか?」
偵察班 「順調に殲滅中だと思われます」
通信班 「各パーティーのバイタルサインに異常なし」
安藤将司「そのまま監視を続けてください」
事務局長「総司令、何か気になる事でも?」
安藤将司「私の直感が……少し」
事務局長「なるほど」




