068
◆鹿屋玲子◆
電車の揺れが、やけに単調に感じられた。
向かいの座席では、恵美と真名が小さな声で話している。
内容は、バスケ部の試合が県大会ベスト4で終わった話。
私は、窓の外を流れる夜景を見つめたまま、会話に入らなかった。
(……もう、戻るんだ)
そう思った瞬間、胸の奥に、ほんの少しだけ重たいものが沈む。
帰る場所。
安心出来るはずの場所。
でも、今の自分にとっては、少しだけ違う。
◆
家の玄関を開けると、いつもと同じ匂いがした。
「おかえり、玲子」
母の声。
変わらない日常。
「ただいま」
靴を脱ぎ、廊下を進む。
その途中――
「……あ」
視線が、ぶつかった。
居間の奥。
ソファに座っていた兄が、こちらを見ていた。
3歳年上の兄。
昔から、苦手だった。
その目。
何かを値踏みするような、
妙に粘つく視線。
成長してから、特にそれが顕著になった。
「久しぶりだな」
「……うん」
短く返して、足早に通り過ぎる。
背中に、視線が刺さるのが分かった。
(見ないで)
そう思うほど、意識してしまう。
部屋に入って、鍵を掛ける。
それだけで、少しだけ息が楽になった。
◆
夕食の席。
母は、いつも通りの笑顔で話す。
「最近、ニュースでハンターの話が多いでしょう?
危ない事してない?」
「……うん。ちゃんと、気を付けてる」
嘘ではない。
でも、全部でもない。
母は、彰斗の名前を出さなかった。
当たり前だ。
私達は、自分達の家族に彰斗の事を言っていない。
最初は、一時の出会い。変に勘繰られるのを避ける為。
でも今は、彼を値踏みされる事への不快感から。
「ふーん」
兄が、箸を止めずに言った。
「玲子だけ、覚醒者になれてさ。
運が良かったよな」
声音は軽い。
でも、その奥にある感情が、透けて見える。
嫉妬。
苛立ち。
「……運だけじゃないよ」
思わず、声が出た。
「努力しても、なれない奴はなれないだろ」
兄は笑った。
でも、その目は、笑っていない。
私は、それ以上何も言わなかった。
言えば、絡まれる。
それが分かっているから。
(早く、戻りたい)
そう思ってしまう自分に、少しだけ罪悪感を覚える。
◆
夜。
自分の部屋。
ベッドに座り、スマホを手に取る。
通知は無い。
当たり前だ。
今日は帰省中だって、伝えてある。
それでも、画面を見つめてしまう。
(彰斗……)
昨日の事が、頭に浮かぶ。
鷹森蓮奈との会話。
ポーションの値段。
先を見据えた判断。
彰斗は、ただ強いだけじゃない。
考えて。
迷って。
それでも、前に進んでいる。
(私、隣に立ててるのかな)
ふと、兄の言葉が蘇る。
――運が良かっただけ。
違う。
彰斗は、運なんかじゃない。
努力して。
考えて。
自分で選んでいる。
それに比べて、自分は?
守られて。
指示を聞いて。
ついて行っているだけじゃないのか。
(……それでも)
スマホを、胸に抱く。
怖い。
不安だ。
でも。
(この家に居るより、ずっといい)
兄の視線を思い出す。
居場所の無さを思い出す。
外の世界は、危険で。
現実的で。
甘くない。
それでも。
(彰斗が居る場所に、私は行きたい)
それが、恋なのか。
依存なのか。
まだ、分からない。
でも。
逃げる為じゃなく。
選ぶ為に。
私は、目を閉じた。
次に会う時、
少しでも、胸を張れる自分で居られるように。




