067
◆添島恵美◆
その夜。
ホテルの一室には、昼間の喧騒が嘘のような静けさがあった。
シャワーを終え、私服に着替えた私達は、それぞれベッドやソファに腰を下ろしている。
誰も、積極的に話そうとはしなかった。
疲れていた、というのもある。
けれど、それだけではない。
夕刻。
メディカルセンターで交わされた、鷹森蓮奈と多紀君の会話。
その内容が、全員の頭のどこかに引っかかっていた。
静寂を破ったのは、遥だった。
「……ねえ」
小さな声だったが、全員が顔を上げた。
遥はスマートフォンを両手で持ち、画面を見つめたまま言う。
「これから毎日……一人当たり、40万以上の稼ぎになるのかな?」
誰も、すぐには答えられなかった。
現実味が無い。
けれど、現実だ。
私は、自身のスマホ画面に表示された通帳履歴の金額を確かめる。
入金総額、140万円超。
必要経費を引いての、残高120万円。
(受け止めきれてないだけで……間違いなく現実)
「……すごいよね」
真名が、曖昧な笑みで言った。
「嬉しい……はずなんだけど」
弥生は黙ったまま、カップに視線を落としている。
その様子を見て、私は昼間のやり取りを思い返していた。
鷹森蓮奈に問われた時。
多紀君は、迷いなく答えた。
ギルドの思惑。
価格設定の理由。
赤いポーションとホーリーポーションの扱い。
それらを、感情ではなく“仕組み”として説明してみせた。
(……同じ15歳、だよね)
改めて思う。
知識がある、というだけじゃない。
場の空気を読み、相手が何を知りたがっているかを見抜く力。
そして何より――
(自分がどこまで話していいか、ちゃんと線を引いてる)
分かっていて、言わない。
言っていい事だけを、選んで口にしている。
私は、背中に薄く冷たいものが走るのを感じた。
頼もしい。
でも、同時に。
(……あの子、どこまで見えてるんだろ)
沈黙の中で、遥がぽつりと呟く。
「家族には……まだ、言わなくてもいいよね」
誰も否定しなかった。
皆、それぞれが分かっている。
この話をした瞬間、今までと同じ関係ではいられなくなるかもしれない事を。
玲子だけが、俯いたままだった。
彼女は金額を見ていない。
たぶん多紀君の顔を、思い浮かべている。
あの場で、当たり前のように話をしていた横顔。
同い年とは思えない落ち着き。
(……私、全然だめだ)
そう思った瞬間、胸の奥が少し痛んだ。
「明日、恵美と真名と玲子は帰省だよね」
弥生の言葉で、空気が少しだけ動く。
「うん」
「私と遥は、ここに残るから」
事務的な会話。
それだけで、救われた気がした。
けれど――
(これがハンターの世界。そして私達はもう引き返せない……)
彰斗の見ている世界に、彰斗の目指す世界に、少しだけ触れてしまったから。
夜は、静かに更けていった。




