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◆多紀彰斗◆
月曜日から続いている青ポーションの高騰は、木曜日になっても収まる気配を見せていなかった。
昨日の時点で、僕の通帳の残高は1千万円を超えている。
そして今日の分だけで、さらに300万円。
「……まだ、これには慣れないな」
手にしているのは、新札の100万円束が3つ。
紙でまとめられたその感触が、どうにも現実味を欠いている。
「ですよね……」
隣で、一枝さんも100万円の束を2つ持っていた。
同じように、どこか落ち着かない表情だ。
ここはメディカルセンター内にある生成室。
今日で3度目になる、クラン《銀鷹》とのハイヒールポーションの直接取引だった。
現金の受け渡しをしているのは、サブマスターの館川保奈美さん。
ポーションの窃盗を防ぐため、クランの事務所ではなく、毎回こうして向こうから来てくれている。
「一月もすれば、慣れますよ」
そう言ったのは、銀鷹のマスター――鷹森蓮奈さんだった。
余裕のある口調に、館川さんが肩をすくめる。
「この事態が一月も続いたら、それはそれで問題ですけどね」
その言葉に、僕も内心で頷く。
そんな中、後ろにいた鹿屋さんが、小さな声で話しかけてきた。
「ねえ、彰斗。ポーションの値段って……下がるの?」
「んー……僕達の取引額と同じくらい、以前の五倍くらいに落ち着くと思います」
同じく声を落として答える。
「そうなの? なんで?」
「ギルドが、青い魔石の買い取り価格を十倍の五千円にしましたよね。それと、ホーリーポーションの販売価格を二倍の十万円にした事が大きいです」
鹿屋さんは、首を傾げたまま。
「ギルドが重要視しているのはホーリーポーションだけです。青い魔石は、全部ホーリーの材料にしたいはずなので」
「それで?」
「青い魔石9個で4万5千円。
ベリー5個で5千円。
それに聖女の聖水」
頭の中で整理しながら続ける。
「材料費が5万円。
だから、薬師と聖女にそれぞれ2万5千円ずつ入る。
労働の対価として、作る側も、買う側も、納得できるラインだと思います」
「……確かに、そうね」
鹿屋さんが小さく頷く。
「じゃあ、ヒールポーションは、というと。
魔石5千円に、ベリー1個で材料費6千円。
売る側としては、1万円くらいで売りたいですよね」
「そうね」
「ハイヒールポーションなら、
魔石3個で1万5千円。
ベリー1個で1万6千円。
ヒールと同じ利益を出すなら2万円。
そこに効果を加味すると――」
その時だった。
「私なら、三万円でも買うわ!」
はっきりとした声に、思わず顔を上げる。
鷹森さんが、腕を組んだまま楽しそうにこちらを見ていた。
「……そういう事ね……」
鹿屋さんが、納得したように呟く。
どうやら、完全に聞かれていたらしい。
「でも、それだと――」
今度は館川さんが口を開いた。
「低ランクのハンターが、青のポーションを買えなくなります。
彼らは辞めていくでしょうし、新しくハンターになろうとする人も減ります」
「今まで通り、赤いポーションがあるじゃない」
鷹森さんは、あっさりと言う。
「でも、あれは毒なんですよ」
「毒じゃないわ。ただの副作用よ。
どんな薬だって、飲み過ぎれば毒になるでしょ?」
そこで、鷹森さんの視線が僕に向けられた。
「多紀君。
どうして、ギルドがホーリーポーションだけに拘ってるって断言できたのか。説明してあげて」
「……はい」
少しだけ息を整えて、話し始める。
「赤いポーションの副作用は、出るまでに数年以上かかります。
しかも、大量に飲み続けた場合だけです」
館川さんが、はっとした顔をする。
「そして、その副作用は――
数度のホーリーポーションで治る」
「あ……」
「ハンター歴の短い人は、今まで通り赤で十分です。
ランクを上げた頃に、自力か、ホーリーを買って、溜まった分を消せばいい」
「じゃあ、なんでその事をギルドは告知しないの?」
館川さんの疑問に、僕は少し考えてから答えた。
「今、線引きを決めているんだと思います」
「線引き?」
「はい。
ハンター歴3年、5年、7年……
どこまで赤だけで安全だと言うか。そのルール作りです」
少し間が空いた。
「……15歳のルーキーの言葉とは思えないわね」
鷹森さんが、感心したように言う。
「言い方は悪いけど、13年分の治験期間。
世界で数百万人以上の“治験者”がいるのよ」
その言葉に、添島さん達が僕を見る。
――そんな所まで、考えていたのか。
そう言いたげな視線だった。
「そう遠くないうちに、ギルドから正式な発表が出るはずよ」
館川さんは、ゆっくりと息を吐いた。
僕はというと――
そこまで深く評価されるとは思っていなくて、少しだけ居心地が悪かった。
(……ただ、考えただけなんだけどな)
でも、この騒動が長引かない事だけは、心から願っていた。
お金が増えるよりも。
いつもの日常に戻れる方が、僕には大事だったから。
◆海鮮居酒屋『宝志摩』◆
蓮奈「大谷さん。多紀君の、あの洞察力ってなに?」
大谷「何のことだ?」
蓮奈「青の魔石に対するギルドの対応で、今後の方針。ポーションの相場なんてものまで予想してたのよ。しかも私の予想とほぼ同じ」
大谷「あぁ~。彼は家族の大黒柱としての収入を得る為に覚醒を願っていた。だから、株取引のトレーダーみたいな思考をしているのかもな。魔石の相場はここ数年で落ち着いたけど、昔は酷かったからな」
蓮奈「そうだとしても……いえ、なんでもないわ」
大谷「どうした?」
蓮奈「初代スライムハンターのように、目標金額で引退。何てことにならないかなって思ったけど」
大谷「あの嬢ちゃん達がいるからな」
蓮奈「えぇ。彼女達を見捨てて生きるような子じゃないのは直ぐに判ったわ」
大谷「お前もな」
蓮奈「ちょ! 何言ってるのよ! もう酔ったの!?」
大谷「素直に褒めただけなんだがな……」
蓮奈「……そう。ありがと」




