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スライムを狩る仕事です。  作者: 紅花翁草


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 日曜日の朝は、少しだけ家の空気が軽かった。


「あと3日だよ、3日!」


 キッチンでカレンダーを指差しながら、日葵が何度目か分からない確認をしてくる。


「分かってる。ちゃんと覚えてるって」

「今年もプールだよね?」

「うん。鈴鹿サーキットの夏限定のやつ」


 そのやり取りを、母さんが微笑ましそうに見ていた。


「じゃあ、美奈ちゃんにも連絡しないとね」

「うん。今する」


 僕はスマホを取り出し、幼馴染にメッセージを送る。


『今年も日葵の着替え、お願いできる?』


 既読が付くのは、驚くほど早かった。


(美奈)『もちろん! そのために予定空けてるんだから!』


 その文面に、思わず小さく笑ってしまう。

 本当に、毎年恒例だ。


 美奈はテニス部で忙しい。

 それでも、この日を空けて待っていてくれた。


 僕が覚醒した事も、もう知っている。

 誕生日の日、僕が出掛けていた時に家に来て、日葵から全部聞いたらしい。


 だからこそ――

 今日、直接会うのは、少しだけ緊張した。




 鈴鹿サーキットの夏限定プールは、相変わらずの賑わいだった。


 僕はラッシュガードを羽織り、両手には穴あき手袋。

 覚醒者が紋章を隠すための装備だという事を、今では誰もが知っている。


 更衣室から飛び出してきた日葵が、僕を見つけて駆け寄る。


「お兄ちゃん! はやく!」


 その後ろから、美奈が現れた。


 水着の上にパーカータイプの上着を羽織っているけど、それでも分かる体格。

 周囲の視線を自然にかわすように、僕の横に並ぶ。


「おまたせ、彰斗」

「今日もありがとう」

「恒例行事だもん」


 そう言って笑う美奈は、少しだけ大人びて見えた。


 プールサイドを歩きながら、美奈がふっと前に出る。


「ねえ、彰斗」


 そう言って、上着の前を少しだけ開く。


「新しい水着なんだけど」

「……似合ってるよ」

「ほんと?」

「うん。色もいい」


 毎年のやり取り。

 でも今年は、胸の奥が少しだけざわついた。


(……来年はどうなるのかな)


 そんな僕の内心なんて知らずに、美奈は満足そうに頷いた。


「ありがと」


 しばらく歩いてから、美奈が少し声を落とす。


「魔眼、覚醒したんだよね」

「うん。日葵から聞いたって」

「聞いた。……おめでとう」


 その言葉は、軽くも重くもなく、ちょうど良かった。


「ハンターって、危ないんでしょ?」

「まあ……それなりに」

「赤いポーションの話も、ニュースで見た」


 続けて聞きたい事があるのは、分かっていた。


「ねえ! まだー!?」


 でも――


 日葵の声が、全部をかき消す。


 もう、プールに入りたくて仕方ないらしい。


「……詳しい話は、また今度」

「うん。今日は日葵ちゃんの日だもんね」


 美奈はそう言って、話を切り上げた。


 僕達は、日葵を先頭にプールへ向かう。


 水しぶきの向こうで、日葵が振り返って手を振る。


「お兄ちゃん! はやくー!」


「うん! 今行く!」




 波のプールは、相変わらず賑やかだった。


 日葵は浮き輪を抱えて、先に先にと進んでいく。

 それを追いかける形で、僕と美奈は並んで歩いていた。


「日葵、走ると滑るから――」


 言い終わる前だった。


 波が一段強くなり、少し離れた場所で、小さな悲鳴が上がる。


「――っ!」


 視線を向けると、小学校低学年くらいの男の子が、浮き輪ごと体勢を崩していた。

 波に煽られ、顔が水に沈みかけている。


 周囲の大人が気付く。

 でも、距離がある。

 一瞬の迷いがあった。


 でも、体が動いた。


 水面を蹴る。

 抵抗を抜ける感覚。

 腕を伸ばす。


 次の瞬間、男の子の身体を抱き上げていた。


「だいじょうぶ?」


 声を掛けながら、浅瀬へ戻る。

 男の子は咳き込みながら、何度も頷いた。


「ありがとう」


 駆け寄ってきた母親らしき女性が、深く頭を下げる。


「いえ、大事なくて良かったです」


 それだけ言って、その場を離れようとした時だった。


「日葵ちゃん!」


 美奈の声。


 振り返った瞬間――


 日葵が、プールサイドで足を滑らせた。


 前のめりに倒れかける、小さな身体。


 考えるより早く、踏み込んでいた。


 一歩。

 距離は、5メートル以上あったはずなのに。


 次の瞬間、日葵の肩と腰を同時に支えていた。


「よかった……」


「う、うん……」


 日葵はきょとんとした顔で僕を見上げ、それから笑った。


「お兄ちゃん、早い」


「気をつけなさい」


 そう言って手を放す。


 周囲は、一瞬だけ静かだった。


「……今の、すごくなかった?」


「え、もう抱えてたよね?」


「走った?」


 そんな声が、あちこちから聞こえる。


 ライフガードがこちらを見て、少しだけ首を傾げていた。


 僕は、気にせず日葵の頭を軽く撫でる。


「ほら、行くぞ」

「はーい!」


 日葵は何事もなかったように、また走り出した。


「また滑るから走らない~」

「そうだった!」



◆白崎美奈視点◆


(……おかしい)


 今の二つ。

 どっちも。


 反射がいい、とか。

 運動神経がいい、とか。

 そういうレベルじゃない。


(水の抵抗、無視してた)


 助けた時の踏み込み。

 距離の詰め方。


 それに――


(日葵ちゃんを止めた時)


 あれは、

 “走った”んじゃない。


 跳んだ。

 いや、違う。


(……一瞬で、そこに居た)


 覚醒者は、地上だと力が抑えられる。

 それは知ってる。


 出せるのは10%。

 たった、それだけ。


(それで、あれ?)


 背中を追いながら、喉が乾く。


 彰斗は、何も意識していない。

 当たり前みたいにやっている。


 だから――


 同時に、胸がざわつく。


(……彰斗)


 

 日葵ちゃんの笑い声が響く。


 今日は楽しい日。

 だから、今は聞かない。


 でも――


(覚えとこ)


 今日見た、この一瞬を。


 いつか、ちゃんと聞くために。



白崎智世「プール楽しかった?」

白崎美奈「う、うん! 楽しかったよ!」

白崎智世「ほんと、私が買った水着をその歳で着れるなんてね。発育良すぎでしょ。まったく」

白崎美奈「私は、可愛い頃が良かったんだけどね……彰斗より大きくなっちゃった」

白崎智世「でも、男の子は大きいのが好きだよ♪」

白崎美奈「お姉ちゃん! お姉ちゃんがそんなんだから、彰斗が悟りを開いたみたいになったんだからね!」

白崎智世「そっかぁ~。今年もダメだったか~。あの水着ならいけると思ったんだけどなぁ~。美奈、ちゃんと抱き着いた?」

白崎美奈「そんな事出来る訳ないでしょ!」



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