057
翌日。
僕は、独りでスライムの森に入っていた。
ダンジョン攻略の影響で人は増えているが、外周のスライムの密度は相変わらずだ。
黙々と、走って、斬って、魔石を回収する。
――変わらない。
予定分の300匹を狩り終えた頃、頭の奥に微かな感覚が走った。
(……念話?)
『彰斗。時間が出来たら、こちらに来てください』
イレーザさんの声だった。
内容は言われなかったが、声音は落ち着いている。緊急というわけでもなさそうだ。
(……それなら)
帰り道、僕はいつものケーキ屋に立ち寄ることにした。
女神リネアへの献上用のお菓子は、まだ決め切れていない。
けれど、何も持たずに行くよりはいいだろう。
◆
店に入ると、いつもと違う空気を感じた。
「いらっしゃいませ!」
笑顔の店員さん。
そして――
「君が最近来てくれる子ね。いつもありがと」
カウンターの奥から、店長まで顔を出してきた。
「いえ、いつも美味しく頂いてます」
少しだけ戸惑いながらも、僕はいつも通り注文をする。
「今日も、お薦めのケーキ6種類を2セットでお願いします。」
ふと、ショーケースの端に目が留まった。
「……新作?」
小さな札に、そう書かれている。
白とピンク、そこにオレンジ色が差し込むホイップクリーム。
花の飾りのように重なり合い、上には苺が綺麗に並んでいた。
(……綺麗だな)
ミニサイズのホールケーキ。
一人用、と言っていい大きさ。
「どうですか? 店長の自信作です」
店員さんが教えてくれる。
――これでいいかもしれない。
「じゃあ、それもください」
女神様への、お供え物。
そう考えると、少しだけ背筋が伸びた。
会計を終えると、二人揃って笑顔で見送ってくれる。
「いつもありがとうございます」
「また来てくださいね」
……なんだか、常連になった気分だった。
◆
神域管理室に着くと、シャニアさんは満面の笑みで迎えてくれた。
対照的に、イレーザさんは静かな表情だ。
いつものように、ケーキを広げる。
「今回のも美味しそうね!」
シャニアさんは嬉しそうにフォークを入れ、イレーザさんも「まずは一息入れましょう」とお茶を淹れてくれる。
僕も、自分の分を口に運んだ。
甘さが、少しだけ緊張を和らげてくれる。
「――赤いポーションの詳細が、解りました」
イレーザさんの声色が変わった。
僕は、息を呑む。
「結論から言います。あれは――毒です」
「……えっ?」
「正確には、即効性の毒ではありません。数年以上の常用で発症する、遅効性の精神破壊作用があります」
静かな声だった。
だからこそ、重く響く。
「……副作用」
その言葉に、思い当たる節が浮かぶ。
研究者たちの警鐘。
赤という色の印象。
臨床試験に必要な時間。
――やっぱり、そうだったのか。
「ですが、安心してください」
イレーザさんは、微笑んだ。
「治療法も解りました」
胸の奥が、すっと軽くなる。
「ホーリーポーションを、数回から数十回。飲用することで、体内に蓄積した毒素は消えます」
「あ……そうか」
ホーリーポーションは、状態異常全般を治す。
同時に、別の問題にも気付いてしまう。
(……需要、跳ね上がる事に)
ただでさえ不足しているのに。
「合わせたようなタイミングよね」
シャニアさんが、ケーキを食べながら笑う。
背後のモニターに映る、巨大な影へフォークを向けた。
「ホーリーポーションが大量にドロップするダンジョン」
《巨神遺構》。
東円寺さん達が攻略している、新ダンジョン。
「彰斗」
イレーザさんが、こちらを見る。
「赤いポーションの鑑定では、今後この副作用まで表示するようにしました。多少の混乱は起きるでしょうが、長引きません」
そして、続ける。
「赤いポーションの存在を持ち込み、供給の道を示した功績。これは彰斗の手柄です。リネア様から褒美が与えられます」
「……え?」
突然の話に、言葉を失う。
「何が良いでしょう?」
「聞いてないわよ!」
シャニアさんが頬を膨らませた。
「私も手伝ったのに! 何も無しは嫌!」
……その通りだと思った。
「じゃあ……僕の褒美の半分を、シャニアさんにっていうのは?」
提案すると、シャニアさんの顔が一気に明るくなる。
イレーザさんは、少し困った顔だ。
「リネア様なら受け入れてくださるでしょう。では、彰斗の選ぶ内容で、シャニアさんへの褒賞ランクを決めましょう」
「彰斗、判ってるわよね?」
――高価すぎる物は選ぶな、という圧。
「そもそも、どんな物があるんですか?」
「神代遺物なら一つ。使徒製の装備一式。あるいは、エクストラポーションなら30本ほどです」
「30本!?」
思わず声が出た。
欠損すら再生する奇跡のポーション。
1本1億円。
(……絶対、面倒な人生になる。でも、万が一の時用に欲しい)
悩んだ末、答えを出す。
「エクストラポーションを10本で。残りは、シャニアさんに。
それで十分過ぎます」
「判りました。そう伝えておきます」
そして僕は、持ってきた箱を差し出した。
「これを、リネア様に。お供え物です」
「お預かりしますね」
「……私の味見用は?」
「一つしかなかったので。それに、同じお店ですし」
「確かに、それなら味見は要りませんね」
二人にそう言われて、シャニアさんは項垂れた。
――でも、どこか嬉しそうだった。
◆ケーキショップ『十果繚乱』キューブガーデン店◆
店員「買ってくれましたね」
店長「渾身の一品だから」
店員「来る日まで毎日作るって言った日は驚きましたよ。
まあ、そのおかげで、来なかった日は美味しく頂きましたけどね」
店長「思いっきり技術を詰め込んだ一品なんて、他の店じゃ出せないから」
店員「怒られますもんね。しかもあの値段で買う人なんて早々いませんよ」
店長「高収入のハンターになると、トリプルタワーのセレブ通りだから」
店員「店長の本気は、あっちに負けないですよね」
店長「当然! それじゃあ、次の新作にいってみようか」
店員「やったぁー!」




