050
森の入口付近は、相変わらず落ち着かない空気だった。
ハンター、見学者、警備、そして中継用のカメラ。
正直、早く外周へ行きたかった。
そんな時だった。
「――多紀彰斗」
低く、よく通る声。
振り返ると、そこに立っていたのは、この前、僕を助けてくれた人だった。
年齢は、僕の倍以上はあるだろう。
それでも、纏っている雰囲気は、圧倒的に“現役”だった。
「元気そうだな」
周囲から「東円寺さんだ」という声が多く聞こえる。
添島さん達が、一瞬だけ緊張したのが分かった。
「……はい」
そう答えた瞬間。
「あなたが、噂のスライムハンターだったのね」
鋭い声が、割り込んできた。
東円寺さんの隣にいた、あの時、僕に声を掛けてきた女性。
鋭い目つきで、真っ直ぐに僕を見据えている。
「え?」
「レベルを上げず、ひたすらスライムだけを狩る……。ずいぶん変わったハンターだって聞いたわ」
(ああ……やっぱり)
胸の奥で、静かに納得する。
――スライムハンター。
その言葉は、知っている。
昔、調べ物をしていた時に、必ず出てきた名前だ。
赤いポーションがまだ存在しなかった時代。
スライムの魔石だけが、唯一の回復素材だった頃。
魔眼を持つ一人の男性が、レベル上げにも名声にも興味を示さず、
ひたすらスライムの魔核を締めて、魔石を稼ぎ続けた。
そして十分な資金を貯めると、
夢だった南の島での隠居生活を選び、静かに引退した。
――『スライムハンター』。
僕が見た
『スライム100匹で日給数十万』
という記録の、発現者。
「まあ……」
僕は少しだけ視線を逸らしてから、答えた。
「やっぱり、そう呼ばれますよね」
不本意ではある。
正直に言えば、あまり好きな呼ばれ方じゃない。
多くの場合、それは
“臆病”
“効率厨”
“格下狩り”
そういう軽蔑を含んで使われる言葉だからだ。
けれど。
「――違うな」
東円寺さんが、はっきりと言った。
僕を見るその目には、揶揄も侮蔑もなかった。
「あいつには、世話になった」
静かな声だった。
「赤ポーションが生まれるまで、どれだけの人間が青い魔石に救われたと思っている」
周囲のざわめきが、少しだけ静まる。
「今も変わらない。青い魔石は貴重だ。安定供給できる人間は、いつだって尊敬されるべきだ」
そう言って、東円寺さんは――
ぽん、と。
何の前触れもなく、僕の頭に手を置いた。
「沙耶」
東円寺さんが、静かに声をかけた。
「彼はな、一日で160個の魔石を集めたそうだ」
「……は?」
ぴたり、と彼女の視線が戻ってくる。
「実働は4時間もかかっていない。さて――沙耶は出来るか?」
一瞬。
彼女の表情が、完全に変わった。
「……160?」
驚きと、計算と、悔しさが一瞬で混ざる。
「それ、本当?」
「嘘を言う理由がないだろう」
数秒の沈黙。
そして、今度は――
最初とはまったく違う熱を帯びた視線が、僕に向けられた。
「……なるほど」
口元に、わずかな笑み。
「それなら、話は別ね」
けれど、すぐに眉がひそめられる。
「でも――」
はっきりとした、拒否の色。
「それだけ出来るのに、上を目指さないのは気に入らない」
真正面からの評価だった。
「効率は凄い。でも、野心がない。安全圏で完結してる」
言い切られて、少しだけ胸がざわつく。
「才能があるのに、それを“広げる気がない”人って……正直、もったいないと思う」
それ以上、言葉は続かなかった。
代わりに。
「――まあいいわ」
興味と違和感が、同時に残った目で、僕を見る。
「今は、ね」
そのやり取りを、東円寺さんは黙って聞いていた。
「だから胸を張れ。君は立派なハンターだ」
その光景を、
周囲のカメラが確実に捉えていた。
ざわめきが広がる。
そして。
少し離れた場所で、統一感のある装備をした集団が、こちらを見ているのに気付く。
(……知り合い、かな)
雰囲気からして、かなり強そうだ。
この場に居るって事は、たぶんAランクパーティー。
でも――
誰なのかは、分からない。
(有名人って、ほんと分からないな……)
その視線が気になって、居心地が悪くなる。
「それでは」
僕は、頭を下げた。
「僕は、スライム狩りに行きますので。失礼します」
添島さん達に目配せして、その場を離れる。
背後から、声が聞こえた。
「えっ? なに?」
沙耶さんと呼ばれていた彼女の、素直な驚き。
「……あの子、ハーレムじゃん!」
(違います……!)
心の中で全力で否定しながら、
僕は外周へと足を向けた。
今日も、やる事は変わらない。
スライムを狩る。
それだけだ。
シャニア「えっ!? ちょっと彰斗! そっちじゃないでしょ!」
イレーザ「はぁ……いつもの女の子達と一緒に行動している時点で、気付かないのですか?」
シャニア「あっ……居たのね。……そう」
イレーザ「ほんと、この人は……」




