048
◆一枝遥◆
インターホンが鳴った瞬間、胸が跳ねた。
(……来た)
玄関に向かう前に、もう一度だけ、自分の部屋を見回す。
最低限の荷物は、既にリュックとキャリーケースにまとめてある。
学校の制服と私服。
あと宿題
そして――
お父さんに買って貰った大切なぬいぐるみ達
鍵を掛け、玄関へ。
「はい」
母が出るより先に、私が扉を開けた。
スーツ姿の男女が二人。
胸元には、ハンターギルドの徽章。
「覚醒者保護局です」
落ち着いた声。
母の顔が、一瞬で強張った。
「何の用ですか」
「一枝遥さんに関する、正式な手続きの件で参りました」
空気が、張り詰める。
リビングに通され、全員が座る。
テーブルの上に、分厚い書類が置かれた。
「まず、こちらをご確認ください」
男性職員が、一枚の書類を差し出す。
「未成年覚醒者に対する特別優遇措置――通称“覚醒者保護制度”に基づく通知です」
母が、書類を睨みつける。
「……聞いていません」
「当然です。制度は、本人の意思を最優先とします」
淡々とした口調。
「一枝遥さんは、薬師ギフト保持者として、一定以上の収入実績と活動履歴が確認されています」
別の書類が、重ねられる。
「よって、法的には――」
一拍。
「生活・職業選択において、保護者の同意を必要としない“準成人扱い”となります」
「そんな……!」
母が声を荒げる。
「親権は? 扶養義務は?」
職員は、迷いなく答えた。
「親権は残ります。ただし――」
指先で条文を示す。
「財産管理権、職業選択権、居住選択権は、本人に移行します」
私は、静かに息を吸った。
「……高校に行かせる義務は?」
「ありません」
きっぱりと。
「進学・就労は、本人の自由です」
母の顔が、青ざめる。
「つまり……」
「今後、一枝遥さんの収入に、保護者が介入する事は出来ません」
その言葉が、決定打だった。
私は、立ち上がる。
「……お母さん、私は行きます」
母は、何も言えなかった。
玄関で靴を履き、キャリーを引く。
振り返らなかった。
◆
車内は、静かだった。
「次は、豊賀弥生さんのご自宅です」
運転席から、優しい声。
「はい」
窓の外を見ながら、私は小さく頷いた。
(弥生ちゃん……)
◆豊賀弥生◆
覚醒者保護局の人の説明を母は静かに聞いていた。
そして、母は泣いた。
「あなたの事を思って……」
「分かっています」
だからこそ、辛かった。
でも。
「……それでも、私、行きます」
母は、最後に言った。
「ごめんなさい」
「はい」
それだけで、十分だった。
黒いワゴン車に乗ると、遥が待っていた。
「……弥生」
「うん」
それ以上、言葉はいらなかった。
目的地は、駅。
月曜から、また活動するため。
恵美達が待つ場所。
そして――
ギルド本部・東棟。
合宿中に使っていた、あの宿泊施設。
覚醒者保護対象者の一時受け入れ施設でもある事を知った。
◆
駅前は、日曜の夕方らしく人が多かった。
「……いた」
遥が、小さく声を出す。
改札の出口。
見慣れた顔が、3つ。
私と遥はワゴン車から降りて迎えに走った。
最初にこちらに気付いたのは、玲子だった。
「あ――!」
一瞬、周囲を気にする素振りを見せてから、足早に近付いてくる。
「遥! 弥生!」
声を張らず、それでも抑えきれない勢い。
「……ごめんね」
遥のその一言に、玲子の表情が一気に崩れた。
「もう……ほんとに、心配したんだから! 弥生も!」
「ありがと」
私は3人に向けてぺこりと頭を下げる。
「無事ならいいのよ!」
少し遅れて、恵美と真名も来る。
恵美は、私達の顔を確認してから、静かに言った。
「……大丈夫?」
遥は、頷く。
「うん。ちゃんと、手続きも済んだ」
「そっか」
それだけで、恵美は察した。
余計なことは聞かない。
それが、彼女なりの気遣いだった。
「じゃあ」
真名が、いつもの少し軽い調子で言う。
「全員揃ったな」
その言葉に、私の胸が少しだけ温かくなる。
(……戻る場所、ちゃんとあった)
◆
駅から、ギルド本部へ向かう車内。
合宿中と同じ配置。
変わらない。
でも、確かに違う。
「……ねえ」
玲子が、ちらっと遥を見る。
「もう、帰らないんでしょ?」
「うん」
短い返事。
「そっか……」
玲子は、それ以上言わなかった。
代わりに、少しだけ距離を詰めて座る。
「これから、どうするの?」
遥が、穏やかに聞く。
「月曜からは、予定通り活動」
恵美が答えた。
「ホテルも、もう手配してある」
「さすが」
真名が笑う。
「動きが早い」
「リーダーですから」
玲子が冗談めかして言うと、恵美は小さく肩をすくめた。
「当たり前のことをしてるだけ」
私は、そのやり取りを聞きながら思う。
(……私、ちゃんと選んだんだ)
家を出る選択。
ここに来る選択。
そして――
この友人達と、続ける選択。
怖くなかったと言えば、嘘になる。
でも。
車が、ギルド本部・東棟に近付くにつれ、胸の奥が静かに落ち着いていく。
◆
局員さんに案内されたのは、数日前まで泊まっていた部屋の2つ隣。
「今日は、こちらで休んでください」
「明日から、ホテルを取って活動する予定です」
恵美が局員さんと話す。
「把握しています」
保護局の職員は、穏やかに微笑んだ。
「何かあれば、いつでも連絡を」
部屋に入った瞬間。
私は、ベッドに腰を下ろした。
「……戻ってきたね」
「うん」
遥が、隣に座る。
窓の外には、見慣れたキューブガーデンの景色。
不安は、ある。
怖さも、ある。
でも――
それ以上に。
「私、ハンターになる」
一瞬の静寂。
でも、誰も驚かない。
真名が、ニヤッと笑った。
「今さら何言ってんだ」
玲子も、腕を組む。
「もう、仲間でしょ?」
遥は、静かに微笑む。
「……一緒に、頑張りましょう」
恵美は、最後に言った。
「これからが、本番だよ」
私は、胸の奥で何かが、すっと定まるのを感じた。
逃げたわけじゃない。
守られただけでもない。
自分で選んで、ここにいる。
それだけで、十分だった。
遥の姉『あっ、お父さん。遥が家出したから』
遥の父『なぁ?! ……何があった?』
遥の姉『お母さんが、遥の稼いだお金を奪い取ろうとした」
遥の父『……そうか。傍に居られてなくてすまん。遥は大丈夫なのか?』
遥の姉『うん、大丈夫そうよ。父さんの方からも連絡してみてくれる?』
遥の父『そりゃもちろんする。静香、お前は大丈夫なのか?』
遥の姉『ちょっと寂しいのは確かね。でも、これで大学院まで行かなくて済むから』
遥の父『そうだな。なんなら、別の大学院を受けても良いんだぞ。遥の為に地元の大学を選んでくれていたのは知っている』
遥の姉『そういう選択肢もあるのか……うん、考えとく』
遥の父『それと……お盆の帰省で何か欲しい物はあるか?』
遥の姉『新しいスマホが欲しい。一番新しいのね!』
遥の父『メーカーは同じやつか?』
遥の姉『うん、そう!』
遥の父『判った。ほんと、娘二人が倹約家に育ち過ぎて、聞かないと教えてくれないのもな……』
遥の姉『お母さん見てたら、そうなるって』
遥の父『母さん…ある意味、親の教育としては成功しているって事か』
遥の姉『家事も完璧』
遥の父『浪費癖だけ。今まではそれだけだったんだけどな……』
遥の姉『遥が覚醒者に目覚めたからね。欲のタガが外れたんでしょ』
遥の父『そこはほんと、父さんの落ち度だった。』
遥の姉『そういう事だから、遥にメッセージ送って上げてね。』
遥の父『あぁ、伝えてくれてありがとな。おやすみ静香』
遥の姉『おやすみ。お父さん』




