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◆一枝遥◆
夏の合宿講習を終えて、家に帰った夜。
私は自分の部屋ではなく、姉の部屋にいた。
ベッドに腰掛けて、今日までのハンター講習の話をしている。
「へぇ……そんなにポーション作ったの?」
「うん。最初はへとへとになったけど、後半は楽しくて」
五歳上の姉は、目を丸くしながら聞いてくれていた。
この家で、素直に話せる相手は、姉だけだ。
その時だった。
「遥、ちょっと来なさい」
階下から、母の声。
姉が一瞬、顔を曇らせる。
「……行ってきな」
「うん」
胸の奥が、少しだけ重くなる。
リビングに入ると、母はテーブルの前に座っていた。
普段と変わらない、落ち着いた姿勢。
でも――テーブルの上には、見慣れない紙の束があった。
「座りなさい」
言われるまま、向かいに座る。
「あなたが講習に行っている間、調べました」
母は、紙を一枚取り上げる。
「“薬師”という職業について」
嫌な予感がした。
「覚醒者。薬師。ポーション。収入……」
淡々とした口調で続けられる言葉が、少しずつ首を絞めてくる。
「結論から言うわね」
母は、紙の一部を指差した。
「あなたは高校に行く必要がありません。このクランに所属しなさい」
そこに印刷されていたのは、
大手クランの募集要項だった。
高待遇。
高収入。
住居完備。
「……嫌です」
声が、震えた。
「私、恵美ちゃん達とハンターになります」
母の眉が、ぴくりと動く。
「感情で物を言わないで」
冷たい声。
「あなたの将来の話をしているの」
「私の将来だからです!」
思わず、声を張っていた。
「私が決めます!」
母の表情が、一気に変わる。
「親に向かって、その態度?」
低い声。
「あなた、何を勘違いしているの?」
テーブルを、指で叩く。
「誰のお金で合宿に行ったと思ってるの」
「……私のお小遣いです」
「嘘をつかないで」
母は、畳み掛けるように続けた。
「さっき、上で言ってたわよね。ポーションを沢山作ったって」
心臓が、跳ねる。
「母さん、知ってるのよ。ポーションは売れるの」
母の視線が、真っ直ぐに私を射抜く。
「今から下ろしてきなさい」
「……っ」
「口座にあるでしょ? 売り上げ」
立ち上がりそうになる足が、震えて動かない。
「親なんだから、管理するのは当然でしょ」
その瞬間。
講習で聞いた言葉が、頭をよぎった。
――ハンター特別優遇処置。
――未成年覚醒者の保護制度。
(……まさか)
私は、逃げるように立ち上がった。
「待ちなさい!」
母の声を背に、階段を駆け上がる。
自分の部屋に鍵をかけ、震える手でスマートフォンを掴んだ。
ギルド本部の番号。
講習資料に書いてあった、その下の文字。
――覚醒者保護局。
震える指で、発信のボタンを押す。
◆豊賀弥生◆
母と向かい合って、紅茶を飲んでいた。
いつも通りの、穏やかな時間――のはずだった。
「弥生」
母が、カップを置く。
「あなた、聖女という職業を知ってる?」
「……はい」
「調べたの」
母は微笑んでいる。
でも、その目は真剣だった。
「大手クランなら、高校に行かなくても十分な生活ができるわ」
胸が、きゅっと締め付けられる。
「今は、選択肢がある時代なのよ」
優しい声。
でも、逃げ道はない。
「私は……」
言葉を探す。
「皆と、一緒に……」
母は、静かに首を振った。
「情は大切よ。でも、将来はもっと大切」
その夜、私は自室に戻り、
布団の中で、覚醒者保護局に電話を掛けていた。
◆ハンターギルド本部・覚醒者保護局◆
並んだデスク。
16名のオペレーターが、静かに受話器を取っている。
「今年も多いわね」
「夏合宿の後は、特に」
局長は、手元の資料を確認していた。
「……薬師と、聖女」
目が、止まる。
「しかも、この活動履歴……」
部下が覗き込む。
「話題になってる子達ですね」
「ええ」
局長は、静かに息を吐いた。
「これは――」
書類を揃え、立ち上がる。
「二人まとめて対応しましょう」
電話越しの少女達に、落ち着いた声で告げる。
「大丈夫です」
「あなた達は、間違っていません」
「制度は――」
一拍置いて、続けた。
「あなた達を、守るためにあります」




