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◆ハンターギルド本部・統括指令室◆
壁一面に並ぶモニターの一角で、波形がわずかに揺れた。
「……微振動、検知」
情報管理部のオペレーターが声を上げる。
「震源推定、スライムの森南部。深度――浅い」
その言葉に、室内の空気が一段階引き締まった。
浅い。
それはつまり――自然発生に近いダンジョン形成の可能性が高い。
「まだ確定じゃないですね」
統括総司令・安藤が腕を組んだまま、画面を見据える。
「振動レベルは?」
「基準値未満です。ただ……周期が不自然です」
その瞬間だった。
統括指令室の直通回線が、短く鳴る。
「入れ」
安藤の低い声と同時に、通信が接続された。
『こちら情報管理部。現地ハンターから緊急報告です』
画面に表示された送信元は――大谷。
『スライムの森遺跡中央部に、地下構造物がせり上がりました。ダンジョン出現です』
一拍の沈黙。
そして、安藤は即断した。
「現地、即時封鎖」
指令室に緊張が走る。
「ハンターの撤退を最優先。半径五百メートルを立入禁止区域に指定。警備班を回してください」
「了解!」
安藤は短く息を吐いた。
「……また、面倒なのが来ましたね」
彼は振り返り、背後のオペレーターに指示を飛ばす。
「東円寺パーティーを招集してください。最優先です」
「了解。緊急招集コード、発令します」
さらに続ける。
「活動中のAランクパーティーに通達。数日中にギルド主導でダンジョンアタックを行います。対象は――」
「白宮恒一」
「金森重人」
「霧島蒼一郎」
「西条紫苑」
どれも、現場を任せられるベテラン達だ。
だが、安藤はそれだけでは終わらせなかった。
「――それと」
一瞬、言葉を区切る。
「鷹宮希にも通知を」
オペレーターが一瞬だけ目を見開いたが、すぐに頷く。
「若手最強、ですね」
「そうだ」
安藤は静かに言った。
「レベルだけなら、もう“次”に届いています。ですが――」
彼の視線が、ダンジョン出現地点の映像に戻る。
「今回は、試金石です。」
指令室の一角で、通信が繋がる。
『〈黎明〉リーダー、鷹宮希です』
落ち着いた、若い女性の声。
「ダンジョン出現による緊急招集です。詳細は追って通達。数日以内に大規模攻略を行います」
『了解しました』
一切の迷いも、動揺もない。
『私達も、現場を確認する権利はありますか?』
安藤は、わずかに口角を上げた。
「許可します。ただし、単独行動は認めません」
『当然です』
通信が切れる。
指令室に、再び静寂が戻った。
「……若さ所以の、ですかね」
誰かが呟く。
安藤は答えない。
彼の脳裏には、二つの影が浮かんでいた。
一つは、幾度も修羅場を越えてきた東円寺パーティー。
もう一つは、整い過ぎた若手――〈黎明〉。
「夜明け、ですか……」
安藤は、低く呟いた。
「ですが」
視線をモニターから外さず、続ける。
「貴方達は、人々が求める朝日になれるでしょうか」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
◆多紀彰斗◆
――地響きが、もう一度。
今度は、はっきりとした揺れだった。
(……まずい)
足元の瓦礫が、かすかに跳ねる。
空気が、ざわつく。
遺跡の広場に集まっていたハンター達も、一斉に顔を上げていた。
「おい……今の、なんだ?」
「地震か?」
「いや、揺れ方が変だぞ」
そんな声が飛び交う中――
遺跡中央。
地面が、ゆっくりと“割れた”。
正確には、割れたというより――押し上げられた。
石畳が持ち上がり、粉塵が舞う。
まるで地下から巨大な何かが、息を吐くように。
(シャニアさん……ここに造ったのか……)
間違いない。
地下鉄の入口に似た構造物。
規則的な階段。
人工物のようで、どこか生き物じみた存在感。
周囲が、一瞬、静まり返った。
「ダンジョンだ……!」
「こんな場所に!?」
「誰か、ギルドに――」
その瞬間。
「――全員、下がれ!!」
聞き慣れた怒声が響いた。
大谷さんだ。
彼は既に端末を耳に当て、目だけで周囲を制していた。
「了解。……はい。封鎖、即時ですね」
通信を切ると、即座に叫ぶ。
「全員聞け! このダンジョンは今からギルド管理下に入る!」
ざわめきが一段階、大きくなる。
「今から現地封鎖だ!
半径500メートル以内、立ち入り禁止!
全員撤退!」
慣れた指示。
迷いのない声。
それと同時に、僕の端末機にもアラームとギルドからの指示が記されたメールが届いていた。
周囲のベテランに見えるハンター達は即座に動いた。
「ちっ……ツイてねぇな」
「今日は帰りか」
「ま、仕方ねぇ」
一方で、名残惜しそうにダンジョンを見ている若い人達がいる。
(……危ないな)
興味と欲。
ダンジョンが出現した直後は、特に。
「多紀君!」
大谷さんは、階段の奥へと視線を向ける。
「視えるか?」
その質問の意味を僕は直ぐに理解する。
「はい、濃いですね」
「ああ、上級ダンジョンクラスだろう。俺達もすぐに移動するぞ」
「はい」
◆
入口から離れた場所で眺めていると、警備班の到着を告げるサイレンが鳴り始める。
そして規制線が張られ、人払いが進む。
僕達は、遺跡の外へと誘導された。
振り返ると――
ダンジョンの入口は、まるで何事もなかったかのように、静かに口を開けていた。
神谷仁喜「希、何があった?」
鷹宮希「新しいダンジョンの出現よ。私達、黎明にダンジョンアタックの依頼」
九条美琴「東円寺チームにも当然」
高宮希「依頼されているでしょうね」
一ノ瀬由衣「彼らより先に走破しても良いのよね?」
早坂俊一「過去の一度も、既存のダンジョンよりレベルの低いダンジョンが出現した事例はありません。難しいと思いますよ」
三宅浩二「望むところだ」




