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超常現象という異界への門が出現してから、東円寺は常に最前線で活動してきた。
パーティーメンバーとの『ダンジョン攻略お疲れ様会』と称した恒例の食事会を終え、これもまた恒例となっている、元パーティーメンバーであり現在は日本中央ギルド本部総司令官に就いている安藤との『報告会』の席に着いている。
場所は、ギルド中央本部10階にある役員達の住居スペースの一つ、安藤家の一室。
安藤には5歳年下の妻と、東京の大学に通う子供が二人いる。
子供達は、安藤の元住居だった東京のマンションから通学している。
そして子供二人が大学に進学した二年前、単身赴任していた安藤の元へ、妻の香織が移り住んだ。
安藤の妻、香織も元自衛官。幕僚部だった安藤の直属の部下で、もちろん、東円寺の元上司になる。
「東円寺君はいつもの焼酎で良かった?」
「はい、お願いします。」
安藤の趣味でもあり、妻、香織の趣味でもある居酒屋を模して造られたダイニング。
カウンターを挟んで、女将として料理を振舞う香織は上機嫌に役になりきる。
◆
「おつかれ。今回も予定通りの結果は得られたか?」
端的に話す安藤。総司令としての柔らかい言葉使いとは違う、これが本来の安藤の言葉。
「はい。岩瀬と久我山が99。あと3回程潜れば100になります」
「東雲は?」
「そちらも、予想通りの上昇率で、レベルを1つ上げて88になりました。」
「まだまだ一年以上は掛かるか。まあ、地道に。落とすなよ。」
「はい。やはりダンジョンとは相性が良いので、彼女自身も強くなっています。」
「流石は、『居合の東雲』の孫か」
東円寺の初期のパーティーメンバーには当然、索敵に優れた魔眼使いがいた。
東雲 宗司 当時72歳にして『東雲流抜刀術』の師範だった男は、積み重ねた研鑽と魔眼の力によって、居合切りで魔核を一撃で貫く一騎当千の強者だった。
それから、魔眼使いの役目を終えた宗司は、前線から引退。道場の師範へと戻っている。
そして、11歳で剣道日本一になった孫娘の沙耶が魔眼を得た事で、沙耶は「祖父を越える」と言ってハンターになった。
東円寺が焼酎の入った盃を空にする。
「外は変わらずですか?」
安藤は、香織が空いた盃を満たすのを見届ける。
「そうだな。」
安藤は、魔眼使い繋がりで、一人の少年の事を思い出す。
「東雲とは違った、面白い魔眼の少年がいた。」
東円寺もまたその言葉で一人の少年を思い出す。
「それは、どう面白いのでしょうか?」
「ハンター3日目にして、スライムハンターの称号の資格を得ている」
「懐かしいですね。しかし、ルーキーでその行動に出るとは、なるほど……それであれか」
「なんだ? 何か知っているのか?」
「ロビーで、魔眼の少年を囲って、騒いでいる所に出くわしました。多紀 彰斗 覚えました」
「そいつだ。もう、ハンター達にも広まっているのか」
「魔石を寄こせ。ホーリーポーションを寄こせ。そんな騒ぎの渦中にいました」
「聖女がいないチームはどうしてもな。頭の痛い話だ」
「それもありますが、ハンターの行儀の悪さが目立ちます」
「ここ数年で、問題を起こす奴が増えた事か。しかもその大半が初期組、見本になるべき奴らが問題を起こすのがな……」
「俺から言わせれば、上を目指さなくなった脱落者。そう見えました。」
「確かにな。金と女に溺れた屑野郎ばかりだ」
「地上での犯罪行為に走るハンターも多くなりました。」
「ほんと、頭の痛い話だな」
安藤と東円寺が揃って盃を飲み干す。
「ああ、それとだ。面倒な事が起きた」
一段トーンを落とした安藤の言葉に、東円寺の酔いが一気に醒める。
「フィールドに出現したブラックホーンボアが突如消えた。いや、魔石があったから倒れた。が正解か」
「詳細は?」
「ちょっと待ってろ」
◆
安藤から渡されたタブレットで、偵察機が捉えた映像を東円寺が見る。
「なるほど。安藤さんが面倒だと言い切った理由が判りました」
「だろ。それで、お前はこれをどう見る?」
東円寺は映像を巻き戻し、ある一点を何度も見返す。
「乱れた映像の後、一瞬ですが、ボアの額が青く光ってますね。やはりこれは、魔核を狙った攻撃では?」
「そこまで見えるのか。流石だな。まあ、俺もその線で予想はしたんだがな……」
「現状では不可能。どんな小さな可能性も、直ぐに無理だと判断します」
「だな。レーザービームみたいな魔法攻撃があったとしても、目視は出来るはず。銃器で狙ったとしても、銃声も無い。そもそも貫通なんて無理だ。弾かれてどこかに着弾する」
「ですね。」
「だから、この件に関しては無視だ。今追うべきじゃない」
「無駄ですよね」
「その通り」
二人は香織が並べた肴に箸を伸ばし、盃に口を付ける。
「次も2週間後か?」
「はい」
「判った。こっちも準備しておく」
「あっちの薬師は順調ですか?」
「しっかりと進んでいる。この前、85になったと知らされた。」
「そうですか。そちらもまだまだ先になりそうですね」
「あぁ、こればかりは急かす訳にはいかないからな」
レベル100に到達すれば上級の称号を得られる事が判ったのが約3年前。
東円寺と、同じパーティーメンバーの神崎が同時にレベル100に到達。
その後、国際ダンジョンハンター機構(IDHO)での会合で、既に世界で十数人の到達者がいる事を共有。
世界へと情報を発信した。
そして、ダンジョンの最下層で待ち受けるダンジョンボスからしか得られない報酬『エクストラポーション』
と同じ効果を持つ回復魔法『エクストラヒール』をレベル100になった聖女の上位称号『光女』が拾得した事で、
聖女の回復魔法=薬師の生成ポーションという構図を元に、薬師のレベル100で『エクストラポーション』が生成出来るのでは?
という憶測が出ている。
「まあ……当面の問題はホーリーポーション不足か」
「そうですね。」
「赤マナポーションも不評だしな」
「結局、青の魔石不足に戻る訳ですね」
「「スライムハンター」」
二人して、一人の少年の事を思い出す。そして顔を合わせて笑い出す。
リネア「スライムって結局、なんでしょう?」
アステリオン「あれだけは、解明出来てない。単細胞生物のようで、魔物のようでもあり、菌類のようでもあり、自然が生み出す現象でもあり……本当に理解出来ない物質です」
リネア「この星が生まれた時から存在しているんでしたよね?」
アステリオン「そうです。スライムこそがこの世界の理なのかもしれません」
リネア「……アステリオン様?」
アステリオン「お手上げです」
リネア「はい」




