032
◆鹿屋玲子視点◆
『聞き取り課』の人達は、思っていたよりずっと淡々としていた。
質問は必要最低限。
車が襲われた状況、見た魔物の特徴、怪我の有無。
こちらが答えると、特に深掘りもされず、淡々と記録されていく。
……正直、拍子抜けするほど、あっさりだった。
「以上です。ご協力ありがとうございました」
それだけ言って、聞き取りは終わった。
なのに、胸の奥に残るこの感じは、何だろう。
車が止まった、あの瞬間。
スマホ越しに聞こえた、彰斗の声。
――『あっ』
ただの偶然かもしれない。
衝撃で、何かが聞こえたように感じただけかもしれない。
確証なんて、どこにもない。
それでも——
これは、口に出してはいけない事だと、はっきり分かっていた。
理由は説明できない。
でも、本能的に感じた。
だから私は、何も言わなかった。
平静を装って、皆と一緒にその場を後にした。
「まあ……俺達にも、さっぱり分からない事だったしな。
とりあえず、気持ちを切り替えて行こう」
少し重たい空気の中で、大谷さんがそう言って場を締めた。
誰も反論しなかった。
たぶん、みんな同じ気持ちだったんだと思う。
大谷さんは、床に置かれていたバスケットボールくらいの赤い魔石に視線を向ける。
「それでだ。
こいつを換金してこい。
これは、お前達の物だからな」
一瞬、言葉が出なかった。
「でも……」
恵美が、少し戸惑いながら口を開く。
「大谷さんも一緒にいましたよね?
それなら……大谷さんの分も……」
大谷さんは、首を横に振った。
「いや。俺は今、臨時講師って立場で、お前達と行動してる。
ギルドから正式に依頼された臨時講師は、その期間中に得た報酬の権利は無い。決まり事だ」
そう言って、手をひらひらと振る。
「ほら、行った行った。
この後もちょっとやる事がある。とっとと済ませてこい」
その仕草に押される形で、私達は魔石を持って動き出した。
入口から、恵美が大きな赤い魔石を両手で抱えて歩く。
どうしても目立ってしまって、周囲の視線が痛い。
私達は少し萎縮しながら、買い取り窓口へ向かった。
「ブラックホーンボアの魔石……確認しました」
受付の人は、淡々とそう告げる。
「規定通り、70万で買い取りいたします。レッサーゴブリンの魔石代合わせて、
チーム添島のパーティーメンバーの口座へ振り分けます。
皆様、ギルドカードの提示をお願いします」
一瞬、誰も声を出せなかった。
……70万円。
金額が大きすぎて、驚きの声すら出てこない。
みんなで顔を見合わせてから、ぎこちなくギルドカードを差し出した。
その様子を、少し離れた場所から大谷さんが眺めていた。
「じゃあ、次だ。外に出るぞ」
目的地も告げられないまま、私達はギルド本部の外へ連れ出される。
オベリスクの前で、大谷さんは足を止めた。
「ここで、ステータスを確認してみてくれ。
それと、何があっても声を出すなよ。
さっきみたいに、静かにな」
……その言葉で、察した。
もしかして。
あの魔物の経験値が、入っているのでは。
静かに、ステータスを確認する。
表示された数字を見た瞬間、息が止まった。
レベル24。
全員、同じ数字だった。
つい昨日まで、レベル8だったはずなのに。
大谷さんも、自分のステータスを確認してから、低く息を吐く。
「……やっぱりな。俺も1つ上がってる」
そして、ぽつりと呟いた。
「明日からの活動……考え直さないとだなぁ」
その意味を、正直、私達はまだ理解できなかった。
ただ、世界が少しだけ、違って見えた。
◆
宿泊部屋に戻ると、自然とみんなで集まった。
誰かが仕切るわけでもなく、輪になって座る。
レベルが上がった事への戸惑い。
嬉しさ。
それと同じくらい、はっきりとした魔物への恐怖。
「……これから、どうするんだろうね」
誰かの呟きに、誰もすぐには答えなかった。
しばらくして、私が小さく口を開く。
「……彰斗が……」
その名前を出しただけで、不思議と気持ちが落ち着いた。
恵美が、みんなを見渡して言う。
「今は……多紀君との関係を続けよう。
私達が、どこを目指すかは、まだ決めなくていいと思う」
全員が、静かに頷いた。
「……そうだね」
その時。
「ちょっと待って」
弥生が、にやりと笑う。
「鹿屋さ。
さっきからずっと、多紀君の事『彰斗』って呼んでない?」
「……っ!?」
一気に顔が熱くなる。
「い、いいでしょ! 別に!」
「へぇ~?」
部屋に、少しだけ軽い空気が戻った。
大谷『蓮奈か。どうした?』
蓮奈『ブラックホーンボアに襲われたって聞いたけどホント!?」
大谷『あぁ、もう広まっているのか。全員無事だぞ。多紀は別の場所に居たからそもそも関わってない』
蓮奈『貴方は!』
大谷『無事だ。まあ、無事だった理由が意味不明なんだけどな』
蓮奈『それなら良いわ。それで今日の夜、暇?』
大谷『飯か。良いぞ。臨時講師中だから飲めないけどな』
蓮奈『それでいいわ。じゃあ、迎えに来て。私は飲むから』
大谷『判った』




