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「ただいま」
玄関を開けると、母さんと日葵が夕食の準備をしていた。
「おかえり、彰斗。今日はどうだったの?」
「うん。今日は……48万円だった」
「よん……じゅ……?」
箸を持つ母さんの手が止まり、視線が空中で固まる。
日葵は素直に目を輝かせた。
「すごいよお兄ちゃん! 今日もいっぱい!」
「うん! 今日も一枝さんって子が頑張ってくれたんだ」
◆
夕食後、三人でリビングテーブルを囲んだとき。
僕は意を決して口を開いた。
「……あのさ。2つ、話があるんだけど」
「なに?」
母さんが真剣な表情になる。
「まず……日葵の中学受験を桑名の学校にしたい、そして皆で桑名へ引っ越したい。」
その瞬間、二人とも固まった。
「引っ越し……? どうして?」
母さんが静かに尋ねる。
「日葵が、学校で……良く思われてない子がいる。
明確なイジメじゃないけど、嫌な思いはさせてたと思う」
日葵は目を伏せ、唇を噛む。
「……ごめんね、日葵。
気づいてあげられなくて……」
母さんは娘の肩を抱き寄せる。
日葵は、小さな声で答えた。
「……お兄ちゃんとお母さんがいれば、どこでもいいよ」
その言葉に、母さんは胸を押さえるように目を細めた。
“離れたくない友達がいない”という現実を悟ったからだとおもう。
◆
「……それと、高校のことだけど」
母さんは顔を上げた。
「桑名で暮らすなら、あなたは“高校に行く”のが条件よ」
「やっぱり……行かなきゃダメ?」
「ダメよ。
母親としては、高校生活を送ってほしい。
友達もできるし……勉強だって、絶対あなたの力になる」
僕は、小さな声で頷いた。
「……分かった。
頑張ってみるよ」
「それでいいの。頑張りなさい」
母さんは優しく微笑む。
◆
そして今度は母さんから、ひとつの話を切り出した。
「それでね……
あなたが稼いだお金は、あなたが18歳になるまで、
母親である私が管理します」
「えぇぇーーー!?」
素っ頓狂な声が出た。
これだけは本気で困る。
「ちょ、ちょっと待って! それは……!
ダメじゃないけど、あの……!」
「母さんが働いてる間くらい、学校に集中しなさい」
「いや、それは分かるけど……!
でも、だったら……!」
僕は思わず前のめりになって懇願した。
「家族の生活費とか、家賃とか……
引っ越し代には使ってよ。
僕と日葵のためにも……無理しないでほしい」
母さんは一瞬だけ驚いた顔をし、また優しく目を細めた。
「彰斗……」
けれど僕は止まらなかった。
「それと……仕事。
もっと楽なやつに変えてよ。
夜勤とかじゃなくて……普通のやつに。
母さんが倒れたら……本末転倒だよ」
日葵も勢いよく続いた。
「そうだよ!
お母さんが休めなくなるの、いや!
お兄ちゃん言ってたもん!
お金がいっぱいあれば、お母さん頑張らなくていいって!」
母さんの顔が、少しだけ歪む。
「……そう……言ってたの?」
「うん……!」
「……そう」
母さんは少し寂しそうな顔をしながらしばらく言葉を失っていた。
そして、深く息を吐く。
「……ありがとう。
二人とも……本当に優しい子だわ」
軽く抱き寄せられ、胸の奥がじんと熱くなる。
「……それと。
2学期からの成績を落としらハンターの仕事は休んでもらいます」
「ええぇぇぇーーー!!」
母さんはそう言いながら、どこか楽しげに笑った。
◆
「……じゃあ、行ってくるわね」
バッグを肩にかけ、母さんは玄関へ。
「気をつけてね!」
「いってらっしゃい!」
ドアが閉まり、静かな家に、小さな余韻だけが残った。
◆
日葵がちょこんと僕の服をつまむ。
「お兄ちゃん……引っ越し、怖い?」
「大丈夫。
どこ行っても、僕と母さんがついてるよ」
「そっか……じゃあ、わたし頑張る」
日葵は笑って、僕の袖を離さない。
「今日は一緒に寝ていい?」
「もちろん」
日葵が眠りにつくまで、ずっと隣に座っていた。
◆
家族として、前へ進む準備は整った。
まだ不安はある。
未来だってどうなるか分からない。
でも――
(大丈夫だ。守っていこう。二人のことを)
静かな夜が、ゆっくり過ぎていく。
一章 完
多紀美弥子「和仁さん……彰斗は貴方に似て、本当に優しい子です。和仁さんに守られた私が、今度は彰斗に守られています。ごめんなさい。そしてありがとうございます。貴方に迎えられた事、本当に感謝しています」




