024
車がゆっくりとスライムの森の入口付近に停まった。
朝の空気はひんやりしていて、それでも昨日よりどこか張りつめている気がした。
「じゃ、私達はコボルトの群れの方へ行くね」
添島さんが窓から乗り出して僕に向けて軽く手を上げる。
僕はリュックを背負い直し、スライムの森の奥へ足を踏み入れる。
◆
森に一歩入った瞬間、景色が“鮮明”になった。
魔眼がいつも以上に反応している。
(……昨日より、ずっと見える)
スライムの核の位置、跳ねる角度、体表の粘性の揺れ。
視える情報が、まるで感覚と一体化したように脳に入ってくる。
昨日までの僕なら、
“視えてから動く”
という順番だった。
だが今日は違う。
動く前に“動き方が分かる”。
◆
最初の一体を撃破するのに、わずか二秒。
次の一体へ移動する前に、すでに核の位置が視えている。
踏み込み、貫いて、拾う。
また踏み込み、貫いて、拾う。
繰り返すたびに、動きが洗練されていく。
(これは……もはや作業というより、流れだな)
気づけば一時間で70個近く集まっていた。
◆
休憩のベンチで水筒の麦茶を飲み、スマホを見ると女子達からチャットが届いていた。
(遥)『ベリー集め終わりました』
(恵美)『そっちはどう?』
(真名)『大谷さん、今日ちょっと機嫌いいかも』
(弥生)『無理しちゃダメだよ』
(玲子)『今日もやりすぎてない?』
読んでいるだけで少し笑える。
僕は返事を送る。
『今、70個ほどです。今日は200個を狙っています』
すぐに通知が鳴り響く。
(遥)『200!?』
(恵美)『やめなさい』
(弥生)『それは無茶!!』
(玲子)『ちょっと怪獣じゃないの!?』
(真名)『人間ですか!?』
(恵美)『多紀……お前はスライム職人か(大谷)』
(……職人って)
苦笑しつつスマホをしまい、僕は立ち上がった。
◆
午後の狩りに入り、ペースはさらに加速する。
昨日と今日の違いが分かる。
(やっぱり……レベル194はヒドイな)
身体が軽い。
視界が広い。
判断が早い。
狩って、狩って、狩って――。
ついに百個超え。
(よし……もうひと頑張り)
そう思った時だった。
◆
――魔眼の視界の端に、淡い“魔力反応”が浮かぶ。
(……魔物?)
スライムではない。
核の光点とは違う、熱の塊。
距離は900メートルほど。
特有の魔力。
特有の動き。
(……コボルトだ)
スライムの森に、コボルトが入ってきている。
その瞬間――僕の脳裏に、イザーラさんの言葉を思い出す。
『シャニアの枕にされたスライムが、巨大化して魔力を放ち、
魔物達への威圧になっていました』
巨大スライムが倒された今――。
(もう、それが始まっているのか……)
スライムの森がじわじわと“通常の魔物地帯”に戻っていく。
これは、近いうちに広まる情報だろう。
だけど今は、できるだけ引き延ばしたい。なぜなら……
(僕が独りで、狩りが出来なくなってしまう。)
僕はスライム狩りの手を止め、そちらへ向かった。
(……200個は無理か)
しかし迷いはなかった。
◆
幸い、コボルトは三体だけだった。
魔眼のおかげで、視界の悪い森の中でも強襲される事もない。
(……よし)
タイミングを見て、距離を詰め――一気に核へ。
動きは鈍い。
魔眼で“丸見え”の格下相手にミスは起きない。
三体を短時間で処理し、息を整える。
(……これで今日は大丈夫だと思うけど)
僕はスライムの森の外周に沿うように走り、魔物の侵入が無いか調べた。
◆
(恵美)『これから迎えに行きます』
添島さんからチャットが届く。
「……あと少し粘りたかったけど、仕方ないか」
僕は森を出て、バス停留所へと向かった。
◆
大谷さんの運転する車が来ると、女子達が手を振ってくる。
「お疲れー!」
「その笑顔怖いんだけど?」
「本当に200個集めたの?」
「疲れてませんか?」
「ほら乗って乗って!」
彼女達の笑顔に、今日の嫌な事は全て忘れらそうだ。
僕は一つ深呼吸して、車に乗り込んだ。
(……明日はどうなるかな)
シャニア「いい動きしてるじゃない。眷属かぁ~」




