020
大谷さんの車がメディカルセンターの裏手に停まり、僕たちは順番に降りていった。
夕方の空気は少しひんやりしていて、疲れた身体には逆に心地いい。
「ふぅ……やっと着いた……」
添島さんが肩を回し、真名さんは無言でストレッチ。
皆、今日の実習で相当疲れているのが伝わる。
それでも――全員の表情には、どこか前向きな笑顔があった。
学ぼうとする姿勢がぶれない。
なんだかんだで強い人たちだ。
僕も自然と背筋が伸びる。
◆
メディカルセンターの自動ドアが開き、白い光に包まれた廊下を進む。
受付の横を通り過ぎ、その奥。
薬師専用の個人工房ブース――そのひとつが、今日の講習室だ。
中は防音・換気完備の広めの部屋で、
大きめの作業台が二つ、調合器具と計量道具が整然と並んでいた。
照明は柔らかく、薬品の匂いが微かに漂っている。
「さて。」
大谷さんが白衣を羽織った瞬間、雰囲気が“講師”に切り替わった。
◆
「今日は、魔力不足で悩んでる奴が多いだろう。特に一枝」
「ひっ……はい!」
遥さんが背筋を伸ばす。
大谷さんは腕を組み、机を軽く叩いた。
えっと……コント?
「だから今日は、“薬師なら誰でも知ってる常識”を教える。秘技ってほどじゃねぇが……まあ俗に言う“マッチポンプ製作”だ」
「ま、まっちぽんぷ……?」
豊賀さんが首を傾げる。
「別に難しくない。考え方は単純だ」
大谷さんは指を一本立てた。
「まず、マナポーションを作る」
「次に、ヒールポーションを作る」
「魔力が減るまで作り、減ったらマナポーションを飲む」
「魔力が増えてきたら、最初にマナポーションを作る」
「――これを繰り返すだけだ」
室内に小さな沈黙が落ちた。
「…………」
「…………」
「…………」
やがて。
「……あ」
「……ああ」
「……そっか」
「……なるほどね……」
「……うん……いや、確かに……」
理解した瞬間、全員の顔に同時に微妙な表情が浮かんだ。
驚きというより――
「なんで気づかなかったんだろう……」
という、なんとも言えない脱力感。
「で、でも、それって……」
「わざわざ言わないだけで、普通に薬師同士でやってる」
大谷さんは肩を竦めた。
「常識ってやつだ。けど、薬師同士の会話で完結するから広まらない。教本にも載らない。
だから初心者は誰も気付かねぇ」
「……なるほど」
僕は納得した。
確かに、単純なことだ。
でも魔力回復を“飲んで補う”という発想がなければ、一生気付かないかもしれない。
「じゃあやってみよう。一枝」
「は、はい……! お願いします!」
遥さんは深呼吸をして、調合セットの前に立った。
「それと、今日は添島達にも手伝って貰うぞ。規定の材料を取りやすいように並べる係。それをガラスボールに入れて一枝に渡す係。完成したポーションを一枝から受け取り瓶に詰める係。これは丁寧な仕事になるから2人で。これで丁度、全員に役割分担が出来た。」
添島さんが材料を取りやすいようにテーブルに並べる係り。
ガラスボールに入れるのが鹿屋さん。
一枝さんがポーションを作って、大豊さんと豊賀さんの二人が瓶詰め。
に決まった。
◆
一枝さんの手からガラスボールに魔力が流れること数秒。
黒いマナベリーと魔石が溶け合い液体へと変わる。
僕達が見守る中、遥さんは一本目のマナポーションを成功。
淡い青色の液体が小瓶に収まり、遥さんの目が少し嬉しそうに揺れる。
「……まず一本」
「よし、次から本番だ。」
「はいっ!」
鹿屋さんが材料を入れた器を一枝さんに渡す。
そして再び調合へ。
二本、三本、四本……
5人の息が揃い始め、テンポが速くなる。
皆が静かに作業を進める中――
「すごいペースですね」
僕はつい独り言が漏れた。
周囲の女子も気付いているようで、
「遥……今日めっちゃ集中してる」
「昨日よりぜんぜん綺麗な動き」
◆
しかし――。
一本、また一本とマナポーションを飲み続け、
ヒールポーションが50本を越えたあたりから。
遥さんの動きが、ほんの少し鈍くなってきた。
それでも彼女は止まらない。
額に汗を浮かべ、真剣な顔で調合を続ける。
「60……これで、61……」
声が小さく震えている。
そして――
「69……これで、70……!」
遥さんが息を切らしながら、小瓶をそっと並べる。
僕たちは気付いてしまった。
「……あ」
「……あー……」
「……そっか……」
「……まあ、そうなるよね……」
マナポーションは一本220cc。
5本以上飲めば、1Lを超える。
つまり遥さんは、既に魔力補給の水分だけでお腹が膨れているわけだ。
「うぷっ……ちょっと、お腹が……」
「そ、そりゃそうだよ遥……」
「飲み過ぎ……」
それでも彼女は、意地で手を伸ばした。
「だ、大谷さん……ヒールポーション……作ります……!」
「おう。やってみろ」
遥さんはふらつきながらも、慎重に鹿屋さんからガラスボールを受け取る。
使うのは――
全部、僕が集めた100個の魔石。
(……大丈夫かな)
見守る僕らの前で、遥さんは最後の集中力を振り絞るように、ゆっくりと最後の一つを完成させる。
光がガラスボールの中で渦を巻き、
次第に金色が混ざり――
完成した、抜けるような透明感のある青色の液体を見せる。
「……できた……」
小さく呟いた瞬間。
「一枝、お前は今日で“立派な薬師”だ。そして今回の報酬は――50万円だ」
大谷さんが腕を組んで褒め称える。
「えっ」
「これ……ハイヒール……?」
添島さん達の目が大きく見開かれた。
「そうだ。多紀が集めた魔核締めの魔石を使ったからな」
大谷さんは腕を組んだまま言う。
「っ……!?」
「50万!?」
「嘘でしょ……!?」
「うそ……すご……!」
次の瞬間、部屋が歓声で満ちる。
もちろん、防音完備なので彼女達の声は外には聞こえない。
遥さんはへたり込みながらも、嬉しさで目が潤んでいた。
「す、すごい……本当に……? 本当に私……?」
「本当だよ遥」
「よく頑張ったな」
「めちゃくちゃすごいよ……!」
僕も、気付けば拳を握りしめていた。
「やった……!」
思わず、軽くガッツポーズをする。
ほんの一瞬だったけれど――
「……今の見た?」
「うん……」
「か、かわ……」
「いや、可愛いにもほどがあるでしょあれ……」
「……尊い……」
そんな囁き声が、すぐ後ろから聞こえてきて、僕は思わず顔が熱くなった。
大谷(ほんとこいつらは……何をしているのかわかってないんだろうなぁ~)




