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スライムを狩る仕事です。  作者: 紅花翁草


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020

 大谷さんの車がメディカルセンターの裏手に停まり、僕たちは順番に降りていった。

 夕方の空気は少しひんやりしていて、疲れた身体には逆に心地いい。


「ふぅ……やっと着いた……」

 添島さんが肩を回し、真名さんは無言でストレッチ。

 皆、今日の実習で相当疲れているのが伝わる。


 それでも――全員の表情には、どこか前向きな笑顔があった。

 学ぼうとする姿勢がぶれない。

 なんだかんだで強い人たちだ。


 僕も自然と背筋が伸びる。




 メディカルセンターの自動ドアが開き、白い光に包まれた廊下を進む。

 受付の横を通り過ぎ、その奥。

 薬師専用の個人工房ブース――そのひとつが、今日の講習室だ。


 中は防音・換気完備の広めの部屋で、

 大きめの作業台が二つ、調合器具と計量道具が整然と並んでいた。

 照明は柔らかく、薬品の匂いが微かに漂っている。


「さて。」


 大谷さんが白衣を羽織った瞬間、雰囲気が“講師”に切り替わった。


 



「今日は、魔力不足で悩んでる奴が多いだろう。特に一枝」


「ひっ……はい!」

 遥さんが背筋を伸ばす。


 大谷さんは腕を組み、机を軽く叩いた。


 えっと……コント?



「だから今日は、“薬師なら誰でも知ってる常識”を教える。秘技ってほどじゃねぇが……まあ俗に言う“マッチポンプ製作”だ」


「ま、まっちぽんぷ……?」

 豊賀さんが首を傾げる。


「別に難しくない。考え方は単純だ」


 大谷さんは指を一本立てた。


「まず、マナポーションを作る」

「次に、ヒールポーションを作る」

「魔力が減るまで作り、減ったらマナポーションを飲む」

「魔力が増えてきたら、最初にマナポーションを作る」

「――これを繰り返すだけだ」


 室内に小さな沈黙が落ちた。


「…………」

「…………」

「…………」


 やがて。


「……あ」

「……ああ」

「……そっか」

「……なるほどね……」

「……うん……いや、確かに……」


 理解した瞬間、全員の顔に同時に微妙な表情が浮かんだ。


 驚きというより――


 「なんで気づかなかったんだろう……」

 という、なんとも言えない脱力感。


「で、でも、それって……」

「わざわざ言わないだけで、普通に薬師同士でやってる」

 大谷さんは肩を竦めた。


「常識ってやつだ。けど、薬師同士の会話で完結するから広まらない。教本にも載らない。

 だから初心者は誰も気付かねぇ」


「……なるほど」

 僕は納得した。


 確かに、単純なことだ。

 でも魔力回復を“飲んで補う”という発想がなければ、一生気付かないかもしれない。


「じゃあやってみよう。一枝」

「は、はい……! お願いします!」


 遥さんは深呼吸をして、調合セットの前に立った。


「それと、今日は添島達にも手伝って貰うぞ。規定の材料を取りやすいように並べる係。それをガラスボールに入れて一枝に渡す係。完成したポーションを一枝から受け取り瓶に詰める係。これは丁寧な仕事になるから2人で。これで丁度、全員に役割分担が出来た。」


 添島さんが材料を取りやすいようにテーブルに並べる係り。

 ガラスボールに入れるのが鹿屋さん。

 一枝さんがポーションを作って、大豊さんと豊賀さんの二人が瓶詰め。

 に決まった。




 一枝さんの手からガラスボールに魔力が流れること数秒。

 黒いマナベリーと魔石が溶け合い液体へと変わる。


 僕達が見守る中、遥さんは一本目のマナポーションを成功。

 淡い青色の液体が小瓶に収まり、遥さんの目が少し嬉しそうに揺れる。


「……まず一本」

「よし、次から本番だ。」

「はいっ!」


 鹿屋さんが材料を入れた器を一枝さんに渡す。


 そして再び調合へ。


 二本、三本、四本……

 5人の息が揃い始め、テンポが速くなる。


 皆が静かに作業を進める中――


「すごいペースですね」

 僕はつい独り言が漏れた。


 周囲の女子も気付いているようで、


「遥……今日めっちゃ集中してる」

「昨日よりぜんぜん綺麗な動き」


 



 しかし――。


 一本、また一本とマナポーションを飲み続け、

 ヒールポーションが50本を越えたあたりから。


 遥さんの動きが、ほんの少し鈍くなってきた。


 それでも彼女は止まらない。

 額に汗を浮かべ、真剣な顔で調合を続ける。


「60……これで、61……」

 声が小さく震えている。


 そして――


「69……これで、70……!」


 遥さんが息を切らしながら、小瓶をそっと並べる。


 僕たちは気付いてしまった。


「……あ」

「……あー……」

「……そっか……」

「……まあ、そうなるよね……」


 マナポーションは一本220cc。

 5本以上飲めば、1Lを超える。


 つまり遥さんは、既に魔力補給の水分だけでお腹が膨れているわけだ。


「うぷっ……ちょっと、お腹が……」

「そ、そりゃそうだよ遥……」

「飲み過ぎ……」


 それでも彼女は、意地で手を伸ばした。


「だ、大谷さん……ヒールポーション……作ります……!」

「おう。やってみろ」


 遥さんはふらつきながらも、慎重に鹿屋さんからガラスボールを受け取る。


 使うのは――

 全部、僕が集めた100個の魔石。


(……大丈夫かな)


 見守る僕らの前で、遥さんは最後の集中力を振り絞るように、ゆっくりと最後の一つを完成させる。

 光がガラスボールの中で渦を巻き、

 次第に金色が混ざり――


 完成した、抜けるような透明感のある青色の液体を見せる。


「……できた……」

 小さく呟いた瞬間。


「一枝、お前は今日で“立派な薬師”だ。そして今回の報酬は――50万円だ」

 大谷さんが腕を組んで褒め称える。


「えっ」

「これ……ハイヒール……?」


 添島さん達の目が大きく見開かれた。


「そうだ。多紀が集めた魔核締めの魔石を使ったからな」

 大谷さんは腕を組んだまま言う。



「っ……!?」

「50万!?」

「嘘でしょ……!?」

「うそ……すご……!」


 次の瞬間、部屋が歓声で満ちる。

 もちろん、防音完備なので彼女達の声は外には聞こえない。

 遥さんはへたり込みながらも、嬉しさで目が潤んでいた。


「す、すごい……本当に……? 本当に私……?」

「本当だよ遥」

「よく頑張ったな」

「めちゃくちゃすごいよ……!」


 僕も、気付けば拳を握りしめていた。


「やった……!」


 思わず、軽くガッツポーズをする。


 ほんの一瞬だったけれど――


「……今の見た?」

「うん……」

「か、かわ……」

「いや、可愛いにもほどがあるでしょあれ……」

「……尊い……」


 そんな囁き声が、すぐ後ろから聞こえてきて、僕は思わず顔が熱くなった。

大谷(ほんとこいつらは……何をしているのかわかってないんだろうなぁ~)

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