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◆白崎美奈◆
一限目が終わったのに、まだ胸が落ち着かない。
ノートを閉じながら、何度も深呼吸してみるけれど、熱は引かなかった。
彰斗は、プロポーズじゃないって言った。
あれは願望だって。将来ちゃんとするって。
でも――
あんなふうに皆の前で言ってくれたことは、変わらない。
私の心は、まだじんわりと熱を持ったままだった。
隣の席の彰斗は、いつも通りの顔で教科書を閉じている。
真面目で、静かで、何事もなかったみたいに。
だけど。
耳、赤い。
……ちょっと安心した。
「白崎さん、ちょっといい?」
顔を上げると、西川さんが立っていた。
いつもの元気いっぱいな笑顔じゃなくて、少しだけ気弱そうな顔。
「うん。ここで?」
「ううん、ちょっと外で」
「分かった」
昨日のことだよね。
きっと朝倉君の件。
教室を出て、人の少ない階段の踊り場まで移動する。
西川さんは、周囲を気にするように足を止めた。
「昨日は、うちの圭太がごめんね」
うちの――。
その言い方に、胸がきゅっとする。
いいなぁ。
「ううん、西川さんが謝ることじゃないよ」
「でもさ、もっと早く殴っておけば、あんな誤解されなかったと思うんだよね」
「えっと……それは、ちょっと同意かな」
二人で小さく笑う。
「私、てっきり西川さんの気持ち知っててアプローチしてたのかと思ってた」
「うん……まさかあそこまで鈍感だったなんて」
肩を落としながらも、すぐに顔を上げる。
「確かに“好き”ってちゃんと言ったことはなかったけどさ。小さい頃から一緒にいたら、改まって言わなくない?
白崎さんもそうでしょ?」
ぱっと元気な表情に戻る。
「うん……たぶん言ってない、かな?」
少し考える。
「出会ってすぐの頃に言った気はするけど……それ、小学校一年生のときだし。あれは告白っていうより、“一緒にいたい”って気持ちをそのまま言っただけだと思う」
「だよね!」
西川さんが大きく頷く。
「でもさ、多紀君は白崎さんの気持ち、ちゃんと分かってたんだよね。あんなふうに大事にしてて……正直、羨ましかった」
尊敬するみたいな目で見られて、思わず苦笑する。
「うん。私もびっくりした」
正直に言う。
「私より真剣だったかも、って思った」
「えー!」
「でもね」
今度は私の番。
「私は、西川さんが羨ましいよ」
「え?」
「だって、恋人にしかできないこと、できるでしょ?」
「えっ、それって!」
一瞬で顔を真っ赤にして、あたふたし始める。
「ちょ、ちょっと! 変な想像しないで!」
慌てて手を振る。
「恋人繋ぎとか! 恋人座りとか!
友達じゃちょっと出来ないやつ!」
「あ……ああ、そっちね」
西川さんが、ほっと息を吐く。
「確かに、そうだね。
じゃあさ……多紀君って、結婚するまでそういうのも無し、とか?」
「さすがにそれはないと思うけど……」
少し視線を落とす。
「私からなら、してもいいのかな?」
「いいでしょ!」
即答だった。
「好きって言ってくれたんだし!」
「……そうだよね」
胸が、また少し熱くなる。
「スキンシップくらい、いいよね……」
そう言いかけて、ふと止まる。
「あ……」
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
頭の中に浮かんだのは、お姉ちゃん。
彰斗に普通に抱きついている姿。
あれは家族だから?
じゃあ、私は?
恋人としての線引きが、急に分からなくなる。
チャイムが鳴った。
「あー、まだ話したいことあったのに!」
「次の休み時間もあるし、メッセージでもいいよ」
「うん! ありがと!」
教室に戻りながら、私は思う。
本当は、西川さんともっと話したいこともある。
でも今、一番気になっているのは――
彰斗に、ちゃんと聞きたいこと。
これからの付き合い方。
どこまでしていいのか。
結婚って、いつの話なのか。
そもそも“恋人期間”はあるのか。
ぐるぐると、疑問が回る。
席に戻ると、彰斗はいつも通りの顔でノートを整えていた。
……耳、まだちょっと赤い。
私は、小さく笑った。
まずは。
恋人繋ぎくらいから、かな。
◆職員室◆
女性教師 「加納先生。今日、先生のクラス、何か変でしたよ?」
加納泰正 「すみません。千崎先生に伝え損ねました」
千崎春香 「なんですか?」
加納泰正 「朝倉と多紀の二人に、告白めいた事があったんですよ」
千崎春香 「えっ! 男同士で! す! 凄いですね!」
加納泰正 「すまん。言葉を間違えた
朝倉は早川朱音と、多紀は白崎美奈とだ」
千崎春香 「なんだ……普通ですね」
加納泰正 「いや、普通っておまえな……」




