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「腕の端末機に地図と現在地が表示されていると思うが、マッピングできる機能があるのは知っているか?」
先頭を歩き、次の目的地へ向かう大谷さんが、前を向いたまま問いかけてくる。
「はい」
僕に続いて、彼女達は揃って「いいえ」。
「そうか。端末機の使い方は講習で貰った本に載っているから見ておくように。まあ、ほぼスマホと同じ操作だから、すぐ理解できると思う。で、ロレの木やロナの木みたいに覚えておきたい場所にピンを刺し、名前を付けておけば、迷わず目的地に行ける」
「はい」
添島さんが返事したあと、僕の疑問が口をついて出た。
「でもそれなら、ロレの木は最初から登録されていても良いと思うんですが?」
「それはな。マナベリーの木にしても、魔物の巣にしても、その場から消えることがあるからだ。誤情報になる可能性があるものは載せない決まりになっている」
「木が……消える?」
「正確には、一部の魔物が根こそぎ喰い荒らす。巣も同じ理屈だ」
「そうなんですね」
「あぁ。だから自分達の活動範囲に合わせてマッピングしておくのが大事だ。大きな巣の情報だけはギルドが管理していて、端末機にも自動更新で反映されている」
そのタイミングで、大谷さんが足を止める。
「さて……目的のロナの木の近くに、魔物の群れがいるな。多紀君」
「はい。二足歩行の魔物が……12匹。ひとつだけ魔力が大きいです」
「上出来だ。10匹前後に1匹だけ魔力が多いなら、ほぼ確実にコボルトリーダーが率いる群れだな」
「「「「「えっ!?」」」」」
彼女達の声には、驚きと不安が混ざっている。
「そうだ。ここは撤退が正解だ」
即答されて、全員が安堵したように息をつく。
でも、僕は気になっていた。
「これ、大谷さんや僕みたいな索敵能力がなかったら、どうなっていました?」
僕の言葉に、添島さん達の顔色がさらに青くなる。
「周囲をしっかり警戒していれば、襲われる前に逃げることはできる。コボルトは視力が弱いらしいからな。こちらが気づく距離でも気づかない。だが犬だけあって鼻が利く。風上にいれば気づかれる」
「風上ですか……難しいですね」
「あぁ。しかもゴブリンやウルフはもっと危険だ」
「ですよね……」
「だからこそ、こういう草原では圧倒的に優位を取れる道具がある」
大谷さんが鞄から双眼鏡を取り出す。
「その手がありましたね」
「こっちは科学文明の住人だからな。使えるものは全部使えば良い。森では使えないが、その場合は軍用のサーモグラフィカメラがある。高いがな。さらに言えば、索敵用にドローン飛ばすやつもいる」
「あぁ……魔眼の価値がさらに下がるわけですね」
「ふっ、その通りだな」
僕の後ろにいた鹿屋さんが、心配そうに隣へ並んできた。
「魔眼の価値って低いの?」
「はい。ギフトの中でダントツ最下位です。魔眼の利点は“魔核の位置が見えること”と“索敵能力”ですが、索敵は機械で代用できるし、魔核の位置は全部図鑑に載っています。スライムだけは魔核が小さくて個体差があるので、有利なのは魔核締めだけですね」
「そっか……さっきもコボルトの魔核の位置を教えてもらったから、もう要らないんだ」
「ちょっと!要らないって言い方は無いでしょ!」
添島さんが鹿屋さんを注意する。
「あっ、違う違う! そういう意味じゃなくて!」
「いえ、伝わっています。魔眼の優位性は、知識が共有された瞬間に無くなるんです。でも僕は、ギフトは魔眼を一番に願ってたんですよ」
「「えっ? そうなの?」」
二人の声が揃う。
「“スライムを1日100匹倒せば日給数十万”っていうフレーズが気に入ってて。確かにランクを上げてダンジョンで稼げばもっと収入は増えるでしょうけど、危険です。僕は家族が普通の暮らしをできれば良いので、安心安全のスライム狩りで、土日祝・盆・正月の大型連休を休み、定時で帰宅。それで年収数千万。夢みたいでしょ」
「確かに、そう聞くとそうね」
「それに、講習の時に聞いてたと思うけど、ハンターとしての収入は所得税が免除!」
「「そうだった」」
「それじゃあ、ハンターの生命保険の事は教えて貰ったか?」
大谷さんの質問には僕が答えた。
「はい。ハンター活動時の保障は、ギルドの保険にしか入れず、一般の保険料の十倍ほどになります。そしてハンターランクがEに上がる時に保険加入が必須になります。」
「そうだ。添島さん達も判ってはいると思うが、ハンターは危険な職だ。で、そんな死傷率の高い職業のハンターが、貴重な資源“キューブガーデン”の保全を担っている。その対価として、国が所得税の免除を出しているわけだ」
「なるほど……そういう仕組みなんだ」
鹿屋さんが子供みたいな顔で「へぇ〜」と感心している。
なるほど。
だから大谷さんは、生命保険の話を振ってきたのか。
そして、気まずくなりそうな空気を自然に変えたわけだ……すごいな。




