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エナジードリンク


「ジンさん、そういえば先週から始まったジンくんのドラマ観てる?今日第二話の放送だよ!21時からだよ。

めちゃくちゃドキドキして、楽しいからおすすめ。ジンくんカッコイイんだよ!」


そっか。今日オンエアの日か。

ドラマにバラエティ、おまけにツアー中で、ここ数年の中でも一番忙しいと言っても過言じゃないかも。

曜日感覚なんて、どっかに置いてきてる。


特にドラマは早朝入りなことが多いからな。

最近全然寝る時間が取れてない。

ちょっとぼーっとしてる感覚はある。

セリフちゃんと覚えなあかんのに。


それでも、喜んでくれるファンの顔を思い浮かべて、自分を奮い立たせる。


少しでも時間があったら目を閉じていたほうがいい。

分かってるのに、スマホばかり触ってる。

高橋とか、俺のこと“スマホ依存”って思ってそうだな。


「そうだね。先週の分は観たよ。今日は観られないから、あとで見逃し配信で観ようかな。」


本当は、ミオが楽しみにしてくれてるってことが、今一番頑張れる理由なのかも。

ちょっとくらい、頑張る理由にしてもいいよね?


「観てくれてるんだ!嬉しい。

なんかね、噂によるとジンくん、キスシーンがあるらしいよ!原作にはあるんだって。ドキドキしちゃうね。ジンくん推しの間で、今論争になってるんだぁ。面白いでしょ?」


嬉しいって、嬉しいのは俺の方なのに。

そんなふうに喜んでくれてるんだな。


というか、キスシーン論争されてんの?

なんか恥ずかしいな。しかもミオまで。


「そうなんだね。みんな、推しのそういうシーンは見たくないのかな?それとも見たいのかな?」


キスシーン、あるんだよなぁ。

少し先だけど。

ミオは見たらどう思うのかな。


今までだって何度もキスシーンとか、恋愛のシーンはあったんだけどさ。

やっぱりその度にSNSが荒れたりするんだ。

「ショックでした」とか「見たくなかった」とかね。

ファンレターにも届いたりする。

「お相手の女優さんのこと好きになりました?」なんてね。

そんなことないのにさ。

仕事としてやってるだけ。

どうしたら綺麗に見えるかなとか、キュンとしてもらえるかなとか、相手のことより見てる人のことを考えてるのにな。


それを分かってもらおうとは思わないけど。


でも──

ミオの気持ちは、聞いておきたいな。


「うーん。正直に言うと、見たいような見たくないような、かなぁ。ジンさんだったらどう?」


つまり、あんまり良くはないってことなのかな?


ジンさんだったらって……

つまり、ミオが他の人と仕事でくっついたりしてるところを俺が見るってことでしょ?

そんなの嫌に決まってるやん。

想像もしたくないわ。


だけど、それが俺の仕事なんだ。

たくさんの人に喜んでもらいたくてやってること。

でも、嫌な気持ちにさせてることも、きっとたくさんあるんだろうな。


作品として見てる人と、俺として見てる人。

どちらも否定しないよ。

俺のことは好きに、好きでいていいよ。


でも俺は、ミオには認めてもらいたいのかな。すごいかっこよかったって言われたいのかも。


自分は誰かに笑いかけるミオすら、見ていられないかもしれないのに。


「僕は推しがいないから分からないけど、見たくないかなぁ。でも、きっとジンくんはお仕事でやってるはずだから、楽しんで見てほしいんじゃないかな。」


眠気に負けて、頭が回らない。

いつもならもっと上手い返しができる気がするのに、自分勝手な言い分だけを送ってしまった。

大きくため息をついて、コーヒーを買いに廊下に出る。

カフェインを入れて少しは目を覚まそう。


ざわざわとした廊下を歩いていく。

たくさんの人とすれ違うけど、顔もよく分からないほど、視界が霞む。

それでも、ミオからのメッセージだけは、ちゃんと読めるんだよな。


「ジンくんは、きっとそうだと思う。ファンのために頑張ってるから、ジンくんを見てモヤモヤしたりしたら、悲しいと思うんだ。だから、わたしは楽しく見れるようにするね。

もう、ガン見して、巻き戻して、何回も観ちゃおうかな!笑」


ファンっていうのはそういうものなのかな。

正直ミオにはヤダって思われたくない。

だって、喜んでもらいたくて、こんなに眠いのに頑張ってるんだから。


でもさぁ、キスシーンを巻き戻してまで見るのはなぁ。

そんなに何回も観てほしくはないかな。

ちょっとくらいは、モヤモヤしてくれてもいいんじゃない?


でもだからって、もうやだ!とか言われるのも嫌だし。

でも、もっと見たいからもっとキスシーンないかなぁとかはめっちゃ嫌だし。


ミオに褒められたい。

でも、妬いてほしいのもある。

仕事は観てほしいし、認められたい。

でも、俺自身のことも気にしてほしい。


自分でも答えが出ないのに。

あぁ、俺ってほんまにめんどくさい。


「ミオちゃんはいつもジンくんのこと見てるんだね?それなのに、楽しく見てあげようとするなんて、強いね。」


「うん!今までは、ずっと、いつもジンくんのことだけ見てたよ。それだけは胸張って言える!えっへん。だからこそ、わたしはちゃんと見届けないとね。どんなシーンもドーンと来いだよ!笑」


自動販売機の前で、缶のブラックコーヒーを飲みながら、ぷっと吹き出した。

目をキョロキョロと動かす。

誰にも見られてなかったよな。


えっへんとか、ドーンと来いとか。

ミオってたまに、なんか古いよね。

まぁまたそこが可愛い……って。

思ってもいいか。もう、ええか。


視線をスマホに戻すと、その先の言葉が引っかかる。

今までは、ずっとねぇ。

この意味深な“今までは”っていうのはなんや?


胸がつっかえるような、ムカムカするような、そんな感じ。

俺、今イラッとしてるよな。

誰か他に推しでもできたんか?

これからつくる気なんか?

一途だなんだって、散々好きや好きや言うといて、推し変か?


あぁ、だから寝不足って嫌や。 

良いことなんて、何も考えられない。

くだらない被害妄想で頭がごちゃごちゃする。


最後のコーヒーを喉に流し込み、大きく深呼吸した。

バレないように、でも、確信をつくメッセージを送らないと。

嫌な感じにならないように。

ミオに嫌われたくはないからね。

でも、ミオの気持ちが分かるように。

働け、俺の脳みそ。


「“今までは”ってことは、これからは変わりそうなの?

この先、ミオちゃんの目に映る人はどんな人なんだろうね。」



うーん、返事に困るなぁ。

ジンさんからの鋭い返事に、なんて返そうか指が動かない。


ジンさんが気になるから、ジンくんだけじゃなくなるかも──

なんて言えないし。


と言いつつ、気になってるって匂わせたい。

ちょっとだけでも気づかせたい。

そんな欲がニョキニョキっと芽を出す。


いいよね。

だって、ちょっとくらい勇気を出さなきゃ何も進まないんだから。


ジンくんに好きだと言うことはできない。

でも、ジンさんにはできる。

好きな人に好きって言えることって、本当に贅沢なことなんだなって思った。


大胆なわたしを見せてみようじゃないか。


送信ボタンに触れる前から、小さくふふって笑ってる。

なんか清々しい気持ちになってるから。


「ジンくんはわたしが出会った人の中で一番指針に出来る人かな。

ジンくんならどうするかなって思うだけで、頑張れたこと、たくさんあるんだ。

だからこれからもずっとジンくんのことは見てるけど、他にも見たい人が出来るかも?出来たかも?……しれないかも。

(鴨の絵文字付き)ふふ。」



ミオからの返事に、びっくりするほど一気に眠気が覚めた。

エナジードリンクでも飲んだ?ってくらい、頭も冴え渡ってる。

っていうか、鴨って。

可愛くない?可愛すぎない?

え、待って。これ、俺のことかな。


ミオの“ジンくん”を最上級に褒め称えつつ、今の“ジンさん”である俺のことも、言ってくれてるのかな。


そうならええな。

──俺のことならええなぁ。



仕事から帰って、ふぅと一息。

録画してるFamousの番組でも観ようかな。

なんて、録画リストを見ながらリモコンをポチポチしていると、いつもの通知音。

まだお仕事中かなと思ってたけど、ジンさんかな?

すぐにリモコンをソファに置いてスマホに手を伸ばす。


「そうなんだ。きっとそんなふうに応援してもらえて、ジンくんは嬉しいと思うよ。

そんな風に人を応援出来るミオちゃんが誰かを見つめてる姿、気になるね。」


わたしの好きを肯定してくれる言葉に、胸が打たれた。優しいな。

返信しようとしていたら、またすぐに音が鳴る。

これが、次へのはじまりの音だって、気づいたのはメッセージを読んでからだった。


「ミオちゃんが見つめたくなる人の候補の中に……俺が入れたりしたら、嬉しいな。

もし良かったら、一回会ってみる?」


胸が大きく鳴った。

呼吸は少し、浅く、速くなる。

“嬉しい”と“信じられない”の狭間で、返信の手はまだ止まったまま、少し震えていた。


“ピロン”の音が心臓の音とこだまする。

スマホの光は胸の奥を照らす。

しんとした部屋の中で、なぜか息を止めてみた。

だって、マンション中にドクン、ドクンと響いてるんじゃないかって、心配になったから。


エナジードリンク飲んだときみたいに、空も飛べちゃいそう。



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