言っちゃった
「いつも味方だよ、なんて素敵なことを言ってもらえるジンくんは幸せ者ですね。 ミオちゃんはもう10年もジンくんが好きなの?ちょっと気になっちゃったんだけど、パートナーの人とか嫌がらないのかな?」
ミオちゃん、名前が書いてあるだけなのに、何このドキドキ。
スマホから鳴るアラームを止めて、眠い目をこすりながら画面を確認する。
ジンさんから返信が来てるじゃん!
一気に目が覚めた。
両手でスマホを握って、ゴロンとうつ伏せになる。
なんかちょっとくだけてくれてる感じ?
“好きなの?”だって。
思わず枕に顔を埋めた。
口角が上がらないように、ぎゅっと口元に力を入れた。
え、なんで?
わたし今にやけそうだったよね?
なんでこんなに惹かれちゃうんだろう。
顔も分からないのになぁ。
「そうです!10年ジンくん一筋で推してます。独身だし今は彼氏もいないし、心配御無用です!思いっきりジンくんを応援してます。ジンさんはパートナーの方がアイドル推してたら嫌だなって思うのかなぁ?」
文字を打つ指が踊る。
さり気なくわたしもタメ口で返してみた。 ふふ、そんなことで今度は口元が緩む。
返信が待ち遠しい。もう認めちゃおうかな。
いいじゃん、だって楽しいんだもん。
「そうだね、自分以外を見つめてるところを見たら、ちょっとヤキモチ妬いちゃうかもね。」
ヤキモチ妬いちゃうって!
可愛すぎるでしょ。
たったひとことで、こんなになっちゃうなんてね。
はい、認めます。わたし舞い上がってるね。
自分以外を見つめてるって表現が、ジンさんの人柄を表してるような気がする。
素敵だなぁ。
会ったことも、見たこともないのに、なんでこんなに惹かれるのかな。
◆
ライブの翌日でも、基本いつも仕事だ。
鏡の前でメイクさんにセットしてもらってるけど、スマホが気になってしょうがない。
返事くるかな。
「ジンさん、そわそわしてません?珍しいですね。なんか良いことでもありました?」
最近よく担当してくれているメイクさんの声にハッとした。
前髪をサイドにクリップで留めて、綺麗に眉毛を描いてくれてる。
俺って、そんなに分かりやすい?
「いや、なにもないですよ。すみません、なんかやりづらかったです?」
「いえ、全然。彼女さん……ではないか。でも、ジンさんみたいな人が彼氏だったら、きっと幸せだろうなぁなんて、思っちゃいました。ふふっ。」
冗談っぽく言われたから、軽く笑ってごまかす。
「俺の可愛いファンのために、今日もいつも通りカッコよく仕上げてくださいね。」
ファン想いの俺の“立場”での、最善の答えを探す。
ごめんね、俺の感情はあなたには動かせないんだ。
「なんだよー。ジン、なんかあんの?」
すかさずコウが鏡越しに目を合わせるように、写り込んでくる。
「お前はもういいって、おとなしく座っとけよ」
「なんだよー!かまってほしいくせに!」
「はい、うるさい」
「ふふっおふたりは本当に仲良しですね。うらやましいなぁ。」
コウが席に戻ると、コソッとメイクさんが聞いてくる。
「ジンさんの“素の顔”ってどんな感じなんですかね?」
甘えたような声は聞こえないふりをして、このあと歌う曲を口ずさむことにした。
目を閉じて、心も閉じる。
ごめんね。
優しくは、してあげたい。
でも、中には入れない。
「ジン、今日このあとドラマのイメージ撮りだから、あんまり髪固めないでおいて。」
中ちゃんからの言葉に「おっけー」と返す。
あぁ、返事まだかなぁ。
◆
ライブの次の日は、余韻に浸りたいからいつもお休み。
遅めのブランチを適当に用意する。
食パン焼いて、玉子焼きでいっか。
ソファでコーヒーを飲みながら、スマホを手に取る。
ジンさんにメッセージ返そ。
ジンさんはパートナー、いるのかな。
わたしに聞いてくれたくらいだから、いるのかもしれない。
聞きたいけど、聞きたくない。
わたしの中の二人のわたしが、話し合ってる。なんか揉めてる。ふふ。
でも聞かないと、進められないしなぁ。
……進められない?
わたし、進めるつもりなのかな。
なんかいつになく積極的じゃん。
「でもわたしはジンくんのことはしっかり見つめたいから、推しだけは特別に許してあげてほしいかも!笑
ジンさんのパートナーの方は推しがいるの?」
もし、お相手がいたらどうしよう。
だから聞くのやめなって言ったじゃん。
でも、もう聞いちゃったもん。
二人のわたし、まだ揉めてる。
もしいるならば……
ごめんなさい、ときめいちゃった。
でもさ、ジンさんはそういう人じゃない気がしない?
彼女とかいたら、めちゃくちゃ大事にしそう。
なんて、まだよく知りもしないのに。
ドキドキする。
次に来るメッセージで、今日のわたしのテンションが決まる──
「ミオちゃんはジンくんのこといつも見つめてるんだね。僕も今パートナーはいないよ。ミオちゃんみたいに、夢中になれる何かがあるの、羨ましいな。」
いないんだ!やったぁ!
……って思っちゃった。
やったぁ、でいいのか?
いいよね。
わたし、好きなんだ。
どうして?
──そんなの分からないけど。
ジンさんのメッセージひとつでこんなにも心が動くんだもん。
いいじゃん。
さっきからわたしの心、大パニック。
あぁ、わたし恋しちゃったんだな。
恋しちゃった……か。
ふふ、言っちゃった。
ジンくんを好きな気持ちと、ジンさんを好きな気持ちはすごく似てる。
二人とも好きって思うのは、都合良すぎる?
でも、二人ともちゃんと“好き”だと思うんだ。
まぁいっか。
自分の好きなものに正直でいよう。
Famousの曲にもそんな歌詞があったな。
確か、“理由のない名前”って曲だったよね。
歌詞検索のサイトを開いて、改めて読んでみる。
『好きな気持ちに名前をつけても
それは結局好きでしかなくて
好きな気持ちに理由を聞いても
それは結局好きでしかないよ』
好きって気持ちに他の名前はないし、好きって気持ちに理由なんていらない。
……ってことだよね?
うん、そうだよ。
きっとジンくんは許してくれるはず。
都合良く解釈して、納得しちゃう。
だって、わたしっぽくていいじゃん。
ジンくんを好きな気持ちも、ジンさんを好きな気持ちも、大切にしよう。
きっと全部がいつか、わたしの糧になるから。
◆
歌番組の収録を終えて、楽屋に戻るとすぐにスマホを手に取ってしまった。
やばいな。
またそわそわしてるって言われそう。
平常心を装ってメッセージを読む。
「そっかぁ。いないんだね。同じだね!
こんなに夢中になれるジンくんが、本当にすごいんだよ。ジンさんも夢中になれるように、これからジンくんのことたくさん教えてあげるね!」
俺に、俺の良いところ教えてくれるの?
ミオは何を言い出すか分からなくて、どんなところを褒めてくれるのか楽しみになる。
「ジンさん。このあとドラマのお仕事なんですよね?すぐ入れるようにメイク落としておきますか?髪も直せますよ。」
さっきのメイクさんがシャツの裾をつかんできた。
一瞬で現実に引き戻された。
上目遣いにツヤツヤの唇。
はぁ。何を考えているのか分かる。
分かりたくないけど。
色んな欲が渦巻く世界だから。
こういう感覚が嫌いだ。
「あ、いいっすよ。自分でやりますね。ありがとう」
ニコッと営業スマイル。それでもスタッフさんはね、大事にしないと。
「あ、でも……」
と、引き止められそうなところで、タカユキが後ろから肩を組んできた。
「すいませんね、もう出ないとなんです。」
言えなかった言葉を代わりに言ってくれて、
そのまま自然に一緒に歩き出す。
「あ、はい。お疲れ様でした。」
メイクさんは俺達に深々と頭を下げて、見送ってくれた。
「大事にするのはいいけど、自分を苦しめないようにしろよ?」
こそっと耳元で言われた。
タカユキは優しい。
すぐに俺の空気を読んでくれる。
昔からずっとそうだ。
「大丈夫だよ。サンキュ」
早く落ち着いた場所で返信したくて、急いで荷物をまとめて車に乗り込んだ。
「なに急いでんの?」
先に乗ってたユウキに言われる。
「別に急いでないけど?」
「ふーん……」
含みを持たせた返事に、ちょっとだけムッとしながら、最後部に座る。
「なんだよ。」
「いや?」とユウキは視線を台本に向けたまま答えた。
なんか探ってるな。
スマホは一旦ポケットにしまった。
「へぇージンそうなんだぁ。」
コウがにやついてる。うるさいなぁ。
「何がだよ、みんなして。」
「別にー?」とにやにやするコウにも、なんか腹が立つ。
メンバーとはデビュー前からだから、もう十年以上の付き合い。
気をつけないと。
なにを言われるか。
「あのメイクさん、絶対ジンに気があるよねー。」
車に乗り込みながら、タクマが余計なことを言う。
分かってるから、口に出すなよ。
「ジンにだけ近いよね?めちゃくちゃ親切だし。俺には聞いてくれないのにな。
あぁ、メイク落としちゃいたかった!」
甘えた声で駄々をこねる。子どもか。
隣に座って寄りかかってきて、重い。
「ちゃんと座れよ。」
「えー、だって眠いんだもん。」
肩にコテンと頭を乗せる。
寝るポジションに入られてしまったから、諦めて背もたれに寄りかかった。
そんなやり取りをしながらも、ポケットが気になる。
最後にタカユキが来た。
「こら、タクマ。ジンも疲れてるんだからちゃんと自分で座りなさい」
移動車もメンバーといるとなんだかにぎやかだ。
いつになったらミオに返事出来るんだろう。
胸の奥でずっと“ピロン”と鳴っている気がした。
同じように──
鳴り響いていてほしい。




