お礼のつもりで
あれ、明日何時入りだっけ。
いつもスケジュールはちゃんと頭に入ってるのに。
ライブ前日に入り時間を忘れるなんて、初めてだ。
マネージャーはもう寝てるかも。
ユウキにメッセージを送った。
「明日何時だっけ?」
早く返事が来ないかな。目覚ましを何時にセットしよう。
そう思いながらベッドに入った。
仰向けになり、ネットニュースを流し読みしながらユウキの返信を待っていると、“ピロン”とスマホが音を出した。
え?なんか浮かれたハートのスタンプ送ってきてるけど、ユウキおかしくなった?
途端にめんどくさくなって、ため息が出た。はぁ、仕方ないからタカユキに聞くか。
一応ユウキに返信を送って、タカユキの宛先を探す。
タカユキにメッセージを送ったと同時に、また“ピロン”と音がする。
リンちゃんって誰?そう思いながら宛先のプロフィールを確認してみる。
小さなアイコンからでも、すぐにユウキじゃないことが分かった。
え、誰?女性か?
アイコンをタップして、全体写真を確認する。後ろ姿だけど、FamousのライブTシャツ着てるな。
……ファン?
意味の分からないバグに頭の中が一瞬で混乱した。
ファンに誤送信するとか、どんなバグやねん!
思わず関西弁でツッコミをいれた。
びっくりすると、やっぱ関西弁出るんやな。
でも、このままリンちゃんとランチ行けなかったら可哀想だな。なんて、正直俺には関係のない、どうでもいいことが気になってしまった。
別に必要なかったのかもしれない。
でも返信をした。
このときはもちろん、これが自分にとっての光になるなんて思いもせず。
そういえば昨日、新人マネージャーの高橋が「新しいファンクラブアプリが、もうすぐ公開になるので、ちょっとスマホ貸してください」とか言っていじってたな。
そのときにおかしくなったのか……。
機械音痴な俺には、まったく理解できない。
困るなぁ。
しかもこの子、明日のライブに来るっぽい。
どんな偶然だよ。
そのとき、また“ピロン”とスマホが言った。
やっぱり、ライブに来るんだ。
ファンのみんなはこんなにわくわくしてくれているのか。なんだかちょっと嬉しくなった。
もちろん楽しみにしてくれていることは分かってはいるけど、直接聞くことはないから、なんだかすごく新鮮だった。
気づくとまた返信を打っている。楽しみにしてくれてるファンにちょっとしたお礼のつもりでもあった。
本当はこんな誤送信なんてありえない。
マネージャーに報告しないといけないよな。
でもそうしたら、アカウント消されるかもしれへんな。
メッセージとかも全部、もう見れなくなるのか。そこまでしなきゃダメかな。
今のところ、この子は危険な感じはしない。
……まぁ、内緒でも。
バレへんようにすればええか。
危なくなったら消せばええしな。
ただの好奇心と、謎の責任感。
このときあったのはそれだけ。
このやり取りに前のめりなわけじゃない。
丸いアイコンをそっと触る。
プロフィールの名前が『М』と書いてある彼女。やりとりの画面が白くてあたたかい。
いや、そうかな?別に普通だよ。
『М』ってなんか優しいアルファベットだよな。
なんて、意味分からなさすぎ。
しかしこの子テンション高いなぁ。しかも俺推しなんだ。 俺は誰も推してないけど…ってか本人やし。 なんてメッセージに心でツッコミを入れてる自分がなんだかくすぐったい。
俺のバグで送られたのに、遅いのでって言ってくれる。礼儀正しい人なのかな。
送られてくる文章が何だか丸く見えた。
角がないというか。
そう思っていると、また勝手に指が動く。
「そうなんですか。ジンくんと会えるの楽しみですね」 そう打って、手が止まる。
俺のどこが好きなのかな。
いつもと変わらないスマホの光に、なぜか吸い込まれそうだ。
別になんだっていい。ファンはみんな一生懸命推してくれてる。
だから自分のどこを好きでも嬉しい。
それでもなんか聞きたくて。
教えてほしくて。
頭の中がごちゃごちゃする。
まためんどくさくなって、打ち直した。
直接聞いちゃえばいいや。
会ったこともない人だし。
数分なのに、待ち遠しく感じた“ピロン”の音を聞いて、すぐに画面を開いた。
ベッドの中、電気も消して、明日はライブだから早く寝ないといけないのに。
え、まず顔じゃないの?自分で言うのもなんだけど、俺ビジュアル担当でもあるんだけど。誠実な姿か……そんな風に見てくれてるんだな。
また返信をする。特に理由なんてなかったけど、なんとなく話しを続けたくなった。
すぐに返ってくる“ピロン”の音。通知の光に頬が緩んだのが分かった。
一緒に推しませんか、って。
推さないよ。自分だもん。 って心の中でまたツッコんでつい「ははっ」と声を出して笑ってしまった。内面が好きって言ってくれるファンだってもちろんたくさんいる。
でもなぜか心を見透かされたような気持ちがした。
なんでだろう。
こんなに気になるなんて。
心が揺れる感覚がした。
目を閉じて、寝ようとしてみる。
閉じたまぶたの向こう側が一瞬だけ明るくなる。
すぐに目を開けた。
なんて返って来たかな。
推し語りはしないけど。本人だし。まさか本人に言ってるとは思ってないだろうな。 なんかそんなところが少し可愛く思えてしまった。 ちょっとびっくりするかな、そんなイタズラ心で返信をした。
「ジンです。笑 また話しましょう」
スマホがゆっくり暗くなるのと同時に目を閉じた。
読んだとき、どんな顔したかな。
見られなくて、ちょっと残念だったな。
閉じた目の奥には、まだ光が残っていた。
お花みたいな子だな。
なんの花かな。
考えているうちに、眠りについた。
「おはようございます!」
若手マネージャーの陸が迎えに来た。
ボサボサの髪を黒のキャップで隠し、リハーサル用のジャージで車の後部座席に乗り込む。
「おはよ、メイキング回ってる?」
「まだです!」
ふぅとため息をついて、窓を開けた。
冷たい風に一気に目が覚める。
昨日夜ふかししたからなぁ。
窓から差しこむ太陽のあたたかさに、なぜか昨日のやりとりを思い出した。
太陽のようにあたたかくて、まぶしかった。
なんてね。言い過ぎやな。
そんなことを考えた自分が恥ずかしくて「高橋は?昨日さぁ……」と言いかけた。
あぶない、言葉を飲み込む。
「ジンさん?」
陸が心配そうにバックミラー越しに俺を見る。
「いや、なんでもないわ。」
まだこの光を失いたくないと、そんなふうに思ったのかもしれない。
そうだった、まだ内緒にしとくんだ。
人一倍気遣いのできる陸は「そーっすか」と笑って、それ以上深く聞いてくることはなかった。
会場に着いて楽屋に入ると、一気に人の熱を感じる。
あちこちから話し声と笑い声が聞こえる。
いつものことながら、賑やかだな。
「ジンさん、おはようございます!」
全ての元凶・高橋がニコニコして頭を軽く下げる。
ちょっとだけイラッと、ちょっとだけ可愛く思えた。
「お前なぁ。」
「なんでしょう!?」
目を輝かせる高橋にふっと笑いが込み上げる。
「いや、ありがと。おはよ。」
訳がわからないって顔の高橋の横で、コウが大きな口で笑っていた。
「出た!ジンお得意の謎の空気感!高橋、あんまり深く考えないほうがいいよ。ジンはね理解するの大変だから」
「朝から分かりやすいコウくん、おはよ」
そんなやりとりを横で見ていた、Famousのベテランマネージャー中ちゃんが「メイキング回していい?」ってユウキに確認している。
いつもの楽屋、いつもの空気感、いつものメンバー。よし、大丈夫。
ライブ前のルーティーンをこなし、鏡の前で自分を鼓舞する。
今日もいつも通りしっかりファンを楽しませよう。
ファム!ファム!ファム!
ステージの裏でも歓声が聞こえる。
このコールが始まると一気にテンションが上がってくる。やっぱりファンに支えられてるなと実感するタイミング。
その声の中でメンバー5人で円陣を組む。 センターのユウキ、タクマ、コウ、タカユキ、そして俺。
みんなで顔を見合わせる。
これもライブ前のルーティーン。
いつもと同じようにユウキが声を出す。
「よっしゃ!いくぞ!!」 「おー!!!!」
パンッ、パンッ。
一人ずつ目を合わせながら、ハイタッチ。
最後にタカユキが背中をポンッと叩くのもルーティーンの一つ。
重たい衣装に身を包み、身体中がジンジンするような高揚感。
照明が一気に消えて、暗転する。
目を凝らして立ち位置を確認し、大きく息を吸ったタイミングで、スポットライトの光を浴びる。
「キャーーーー!!」
地響きがするほどの歓声。
ああ、この声が本当に力になるな。
ファンのみんなに生かされてると、改めて実感する瞬間。
花道を駆け抜ける。
スニーカーがステージを叩く感触があるのに、歓声と音楽で足音は掻き消された。
ファンとの距離が近づいてよく見える。
メンバーのカラーに光らせたペンライトがリズムに合わせて綺麗に揺れる。
赤、ピンク、オレンジ、紫。
俺の青もたくさんある。
実はその光に毎回安心するんだよ。
「指さして」「ピースして」「投げちゅー」
なるべく青を探しながら応えたいなと、目を凝らした。
俺はその反応を見るのが好き。
叫ぶ子もいるし、飛び跳ねる子もいるし、固まってる子もいる。
愛しくて、可愛くて、もっと笑わせたくなる。
走り回って、踊って歌って、息も切れるし足も重くなってくる。
でもみんなの声と笑顔が背中を押してくれて、自然と身体が軽くなる。
本当だよ。
ライブの中盤。
ファンからも人気の高い「Melt into me」。
メインステージに戻って、いつもの立ち位置についた。
気持ちを作って、声に乗せる。
目に映る光の波に気持ちが昂ぶる。
ラストのサビ、ここまで完璧。
声を出そうとした瞬間に、誰かに呼ばれた気がした。
ふと視線を送ると、立ち位置の最前列に俺のうちわを握りしめてるファンがいる。
暗いはずの客席が光っているような、なんだか花が咲いているように見えて、目を凝らした。
あれは……ヒマワリかな。
暗くて顔はよく見えないけど、なぜか目が離せない。
『キミの光がまぶしすぎる』
たった数秒が永遠のように感じた。
光を浴びているこの場所に二人きりのような、そんな感覚だった。
「いえーい」「おつかれー」
メンバー全員、主要スタッフとハイタッチしながら楽屋に戻った。 ライブも終わり、放心状態だけど、アンコールで着ていたツアーTシャツもびしょびしょで、早くシャワー浴びたいな。
「ジン、入んないのー?先入ろー!」
タクマがキャッキャと俺を追い抜いていく。
3つしかないシャワー室は、先に来たコウとユウキも使ってて満室になった。
ザーッとシャワーの音が響いている。
仕方ないから少し待つか。
冷たい空気と自分の熱気が混ざるこの時間も嫌いじゃない。
椅子に座って一息つく。
そういえば、あの時呼ばれた気がしたのは何だったんだろう。
声が聞こえたわけじゃない。
でもなぜか呼ばれたって思ったんだ。
目を閉じて椅子をくるくる回しながら、そのときの光景を思い浮かべた。
「いつも味方だよ」
そういえばあの子そんなうちわ持ってたな。顔は覚えてない。でもうちわを握りしめている姿だけ、鮮明にまぶたの裏に見えてる。
同じようなメッセージ持ってくれてる子もたくさんいる。
なのに、なぜかその言葉が胸に残る。
ふと、以前もらって大事にしている手紙のことを思い出した。
どうしてか分からないけど、大事に毎日カバンに入れてる1通のファンレター。
カバンから取り出し、中身を読み直す。
もう何回読んだか分からないけど。
「どんなときも、どんな気持ちのときも、私はずっとジンくんの味方です。 」
あぁ、なんかこのフレーズを思い出したんだ。
ただの偶然、こういう内容の手紙はたくさんもらってる。なのに、さっきの最前列の子はこの手紙の子なんじゃないか、と思ってしまった。
「いや、ないか」
ぼそっと独り言をつぶやく。
「ジン?シャワー空いた。早くしないとタカユキに取られるよ」
ユウキがシャワーを出て声をかけてくれた。
「あぁ、ありがとう」
タオルを取ってシャワー室へ向かう。
なんだか全部自分らしくない気がして、シャワーで全部流したくなった。
やっと家についたころには、雨はやんで、じめじめした空気だけが残っていた。
今日も疲れた、でも楽しかったな。
ライブはやっぱり最高。
余韻に浸りたいけど、やることがたくさん。 ひとまず洗濯回すか。
目を閉じるとまだペンライトの海がまぶたの裏にうかぶ。歓声はまだ心に響いてるのに、一人の部屋はしんっと静まり返って、逆に耳が痛い。
洗濯物を入れて、スイッチを押す。
ゴウンゴウンと音がなると、少し落ち着く。
まさかアイドルがライブ終わりに洗濯機回してるとは、ファンは思わないよな。
回っている洗濯物を見つめながら、あの子のことを思い出した。
勝手に“バグの子”なんてあだ名つけた、あの子。
今日来てくれたんだよな。
楽しかったかな。 俺のこと見てたかな。
そう思ったら気になって仕方ない。
まぁ少しならいいだろうとメッセージを打つ。
すいすい動く指。送りたい言葉がすぐに浮かんできた。
絶対テンション高く返してくるだろうな。
想像して笑っている自分に驚く。
昨日からなんか変だなぁ。
なんだか胸がざわめくような、でも落ち着くような。
欲しかった感覚のようで、でも少しだけ怖い。
ファンレターの子、最前列の子──
バグの子。
別に何の共通点もないのに。
そういえば、バグの子は名前なんだっけ?
名前言ってた気がするな。
メッセージを見返してみる。
たった二文字。
なのに胸がキュッとなった気がした。
あ、分かった。
この子、ヒマワリみたいなんだ。
「ミオかぁ……」




