始まりの予感
バタン。ガチャ。
パタパタパタパタッ。
慌てて家に入った。
『ファムファムファーム!』が始まっちゃうよ。
土曜日の20時。
まさにゴールデンタイムに、Famousの新番組が始まる。
気合いを入れて観たくて、美容院の予約をわざわざ今日にした。
ケーキ買ってお祝いしようと思ったら、ギリギリになっちゃったよ。
だって冠番組だよ。嬉しい!
間に合って良かったぁ。まだあと10分あるね。
今日の初回放送だけは絶対にリアタイしたかったんだ。
ちょっとパーマかけて、イメチェンしたんだけど、どうかなぁ。
コートを脱いで、洗面台の鏡の前で髪の毛を触る。
うん、いいんじゃない?
ジンくん、ふわふわの髪型好きだって言ってたし。
「似合ってるよ。」って微笑むジンくんを妄想する。
「んふふふ。」
ひとりで家でこんな顔して笑ってるところは、見せられないけどね。
手を洗って、綺麗な青色のお皿を出す。
大好きなモンブランを載せて、ローテーブルに置いた。
あ、録画の予約がちゃんとできてるか、もう一回確認しとこ。よし、大丈夫だ。
落ち着いて座ってられなくて、キッチンへ向かう。
紅茶淹れてる時間はないかなぁ。
お気に入りのガラスのコップに氷を入れて、冷蔵庫のアイスコーヒーと牛乳を注いだ。
大好きなケーキに、大好きなカフェラテ、そして、これから大好きなFamousを観るんだ。
「Famousの!ファムファムファーム!」
メンバーのタイトルコールと共に、番組が始まった。
いつもの立ち位置で並ぶFamous。
左から、ジンくん、タクマくん、ユウキくん、コウくん、タカユキくん。
メンバーカラーのつなぎを着て、カメラに向かって大きく手を振ってる。
後ろには観覧のお客さんがいて、みんな嬉しそうに歓声をあげてる。
あんなに近くで、ジンくんのこと見られていいなぁ。
何を話してるかより、ジンくんをじーっと眺めちゃう。ちゃんと、あとで見直すからね。
あれ、ジンくんのピアス新しいかな。
テレビを観つつ、スマホに手を伸ばす。
チラチラとテレビとスマホを交互に見ながら、ジンくん御用達のジュエリーブランドのサイトを開いてみた。
やっぱりそうだ!
これ、新しく買ったんだな。
シルバーの丸いフレームに、小さいダイヤかな。
ライトが反射して、キラッと光る。
さすが、おしゃれだしすごい似合ってる。
でもね。
何よりも、ジンくんがカッコイイよ。
だってどんな宝石よりも、楽しそうに笑うジンくんの瞳が、一番キラキラしてて綺麗なんだもん。
心の中でずっと褒めてる。
ジンくんのこと好きすぎるよね。えへへ。
でも、さすがのお値段。
おそろいの指輪とかもあるんだぁ。可愛い。
買えないけど、いつか、なんか勝手におそろいできるようなものがあればいいな。
スマホをテーブルに伏せて、テレビに視線を戻した。
「では、本日ロケに出てくれたのは?」
オープニングトークが終わったみたいで、番組の本題に入ってる。
「はーい!」
ユウキくんの問いかけに、ジンくんとタカユキくんが手を上げた。
初回からジンくん回なんだ。ラッキー!
今日ゴミ箱の前に落ちてた空き缶を拾って、ちゃんと捨てたからかな。ふふ、やったね。
「今回はとあるショッピングモールにこっそり忍び込んできました!そこには、牧場が直営してるソフトクリームがあるんですよね。」
「そうなんです。果たして、ソフトクリームを食べることはできるのか?しょれでは!VTRをご覧くだしゃいっ!」
ジンくんの完璧な説明に、タカユキくんがまた噛んでる。おもしろい。
「噛みすぎ!くだしゃいって!ご覧ください!」
ケラケラ笑ってジンくんが振り直した。
ぱっと画面に映し出された、ショッピングモール。あの、ちょっと郊外のどデカいやつ。
待って、これ、ここ!
うちから一番近いショッピングモールじゃん!
え、いつ来たの?知らなかったんだけど!
もう、悔しくて泣きそう。
ジンくん……こんなにそばにいたんだ。
ちょっと、いやかなり落ち込んでる。
でも、せっかくのジンくん、ちゃんと観よう。
二人ともハットを目深に被り、黒のウインドブレーカーのチャックを首の上まで閉めてて、逆に怪しくて笑っちゃう。
あぁ、あのフードコート来てたんだ。
最初は誰にも気づかれずに、4人がけの席に座れたみたい。
スマホで自撮りしながら、コソコソ打ち合わせしてる。
「だから、俺が買いに行くから席取っといてよ。」
「一緒に行ったほうがいいじゃん。」
なぜか、一緒に立ち上がるタカユキくん。
そして、二人で座る。
「いや、だから、席取っといてよ。俺が行くから。」
またジンくんが立つと、タカユキくんも立つ。
「でも、一緒に行ったほうがいいじゃん。」
このやり取りを何度も繰り返してた……
もうやめて。声出して笑っちゃう。
立ったり座ったり、コソコソ笑ってるうちに、周りの女子高生がざわざわしだしてる。
「ねぇ、あれさぁ……。」
「まさか違うよね。」
「うそ、ジンとタカユキじゃない?」
ざわざわが大きくなって、慌てて逃げる二人。それをスタジオで見て笑うメンバー。
Famousらしさが出ててめっちゃいい。
「みんな、ありがとね。」
パニックにならないように退散しつつ、周りの人達にお礼を言ったり、手を振ったりするジンくん。
優しいなぁ。
「俺達のこと見て、あんなに喜んでくれるなんて、幸せだよな。」
ワイプに映るスタジオのジンくんが言った。
そういうところ。
ジンくんのその言葉の選び方が好き。
柔らかい喋り方に、フニャって笑う目尻のシワ。
VTRのジンくんとタカユキくんが、ショッピングモールの中をファンを引き連れて歩いてる途中、わたしが好きなカフェが映り込んだ。
そこの前も通ったんだ……!
行ったばっかりなのに。
「あ、そこのカフェ気になる。入りたかったな。」
ジンくんがカフェの方に顔を向けた。
「一回捌けて、落ち着いたら行こうか。」
タカユキくんと喋りながら通り過ぎた。
この前行ったとき、ジンくんカラーの青色のワンピースを着ていったんだよなぁ。
裾がふわって広がってお気に入りのやつ。
スマホにもFamousのステッカー挟んでるし。
同じ日にいたら、気づいてくれたかもしれないのに。
もったいないなぁ。
ジンくんが、わたしのこと見て、
「もしかして、俺のファンかな。」
なんてね、ふふ。
いつかそんな日が来るかもしれない。
確かあの日も、落ちてたレシートをゴミ箱に捨てたし。
きっと、いつか、巡ってわたしに返ってくるんだもん。
VTRは一旦そこで終わってて、ジンくんがあのカフェに行ったのかは分からなかった。
そのあとも、ジンくんとタカユキくんがワチャワチャしながら、ソフトクリームを食べに行こうとする。
最終的に食べられてたんだけど、そこまでのやり取りが本当に面白くて、めちゃくちゃ笑った。
「ソフトクリーム食うだけなのに、どんだけ走り回ってんだよ。」
コウくんが爆笑しながらツッコんでるのに、一緒になって大きく頷いた。
「はぁ……面白かったなぁ。」
テレビに向かって言っちゃうくらい。
1時間あっという間に終わっちゃった。
新番組も始まって、もうすぐツアーも始まるし、Famousづくしで最高。
あぁ!モンブラン食べるの忘れてたぁ。
◆
ロケで来たショッピングモール。
休憩時間になんとかこっそりカフェに入れた。
サンドイッチとコーヒーにしようかな。
さっきからコーヒーの良い香りが漂ってる。
席を決めて、一緒に来たスタッフに「何食べたい?」と聞いた。
注文しに行こう。
注文列には2人並んでて、その後ろに立って順番を待つ。
トレイを返却口に返して、お店を出ようとしている人が「すみません、通りますね。」と頭を下げて、俺の前を通っていった。
明るい声だな。たった一言なのにそう思った。
ワンピースの裾がふわっと、お花みたいに広がってる。
出口で「ごちそうさまでしたー!」と、元気に店員さんにお礼を言うと、急にしゃがみこんだ。
どうしたの?大丈夫かな?
ちょっと心配で見ていると、紙を拾ってゴミ箱に捨ててる。
なんだ、落ちてた紙を拾っただけか。
良かった。
ちゃんと声かけができて、ゴミ拾いもして、良い人だな。
青色のワンピースに身を包んだ彼女の、手に持ったスマホがチラッと見えた。
あれ、Famousのステッカーみたいだな。
彼女はそのままスッとカフェを出て、ショッピングモールの人混みに消えていった。
青の服着て、Famousのファンなのか。
もしかして、俺のファンかな。
***
何も始まらない。
でも、何かが始まりそう。
そんな予感がコーヒーの香りと共に漂っている。
運命が動き出すのは、もう少し先の話。
このときはまだ、誰も知らない物語。




