守るから
ツアーの最終公演。
飛行機を降りると、こっちの方が全然寒い。
震えながら、コートの前を押さえた。
「ミオ、もう着いた?行けなくて残念だなぁ。わたしの分までユウキも見ておいてね。」
機内モードをオフにすると、すぐにリンちゃんからのDMが届いた。
返事をしようと触っていると、またすぐに通知が来る。
今度はメッセージの通知。
……きっとジンくんだ。
「ミオ、今日でツアーファイナルだけど、ミオは来てくれるのかな?」
ほんの少し前まで、あんなに近くに感じていたのに。
遥か彼方に行ってしまったような、そんなふうに感じた。
それでも……大丈夫。
白い息を吐きながら、一歩一歩進んでいく。
スマホは、そのままポケットにしまった。
ホテルに着いて、キャリーケースを開ける。
トートバッグにうちわ、ペンライト、双眼鏡を詰める。
濃い青のニットカーディガンに、薄いブルーのデニム。
ジンくんカラーに身を包み、鏡でチェック。
「行ってくるね!ラスト楽しむ!」
リンちゃんにだけ、返事をした。
バス停には、Famousのファンがズラリと並んでいる。
メンバーカラーを身に着けている人も多く、誰のファンなのかすぐに分かる。
ジンくんのファンの人もたくさんいる。
「楽しみだね!ジンの立ち位置入れるといいな。」
「今日のジンくんどんな髪型かな。」
「ジンくんの歌声やばいよね。」
周りでは、他のメンバーの話もしているのに、わたしの耳には “ジンくん”の名前ばかりが届く。
分かってる。
分かってるよ。
みんなもジンくんが大好きなんだよね。
当たり前のことなのに。
それだけで、視界が歪む。
上を向いて、白い空を見上げる。
空には、まだ光っていない白い月が見えた。
──ダメ、泣くな。
冷たい風が頬を撫でる。
それでも、涙はこぼさなかった。
バスに乗り込むと、タイミングが良くて座ることが出来た。
トートバッグを膝に載せスマホを開くと、ピカッとスマホが光っていた。
新着のメッセージの通知。
「ミオ?どうかしたの?何かあった?」
ジンくんからのメッセージだった。
わたしが既読スルーしたのは初めてだったから、心配してくれてるのかな。
こんなときに、わたしに優しくしないでほしいな。
でも、ジンくんはいつも、いつでも、優しかったよね。
隣の人にチラッと視線を送る。
……見てないよね。
画面を少し傾けながら、返事を打った。
「ごめんね、準備してたの。ファイナル公演行くよ。楽しみにしてるね。」
何を伝えることが正解なのか、分からないまま。
「ほんと?ミオがいてくれると思うと、余計に頑張れそう。席がどのへんなのか分かったら教えて?」
ジンくんの言葉が、わたしの頭を撫でる。
そのぬくもりに、全部やめてしまいたくなる。
もう、頑張らなくてもいいかな。
……でも。
ジンくんの夢のために。
ジンくんが、直接お礼を言いたいって思ってるファンの人を守りたい。
ジンくんが大切にしてる人たちをわたしも守りたい。
ジンくん。好きだよ。愛してる。
だから、わたしが守るよ。
何を犠牲にしても
──あなたを守るから。
「ジンくん、仕事のときはわたしのことは考えないって約束だよ?目の前のファンをよく見てね。席は言わないから、探さなくて大丈夫だよ。
じゃあライブ頑張ってね!ラスト楽しみにしてます。」
ジンくんは、今日もスポットライトに照らされて、月のように輝く。
わたしもジンくんを照らせる人でありたい。
だってわたしは、強い。
ジンくんを好きでいるために、強くなった。
もう涙も滲まない。
◆
ミオからの返事に、息が詰まった。
探さなくて大丈夫、か。
ミオはまた、俺から離れていくのかな。
分かってる。
ミオはいつも、俺の立場や俺の仕事のことを一番に考えてくれる。
……それが、答えなんだね。
俺はミオの気持ちを尊重したい。
何かあったときに、傷つくのはミオだから。
自分の感情だけで、ミオを苦しめたくない。
無理に引き止めても虚しいだけ。
俺の気持ちはしまっておこう。
顔を上げて、目の前の鏡を見る。
ライブ前の楽屋。準備は万端。
ニコッと笑って自分に見せた。
よし、かっこよく笑えてる。
大丈夫やで。
スパンコールがキラキラと光る衣装に、セットされたふわふわの髪型。
鏡のライトに照らされる、俺の顔。
まるでスポットライトのように、俺を映し出す。
俺はFamousのジンだ。
ふと、目線を下げると、バッグから薄いブルーの封筒が少しだけはみ出していた。
さっき荷物を出したときに、触っちゃったのかな。
久しぶりに手にとって、そっと封筒から手紙を取り出した。
カサッと紙のこすれる音が、耳に大きく響く。
『ジンくんへ』
ミオの字だ。
何度も読み返した。何度も見た字。
ゆっくり一文字ずつ、目で追っていく。
俺の世界に入りたいわけじゃないと言ったミオが、今は俺の世界そのものになった。
……本当は望んでいなかったのかな。
悪い癖だ。ダメな方にばかり思考回路が進んでいく。
ねぇ、ミオは今でも、俺のことを好きになって良かったと、思ってくれているかな。
弱気な自分に本当に、嫌気がするよ。
ミオを好きすぎるから弱くなる。
なんで、うまくできへんねやろ。
うまくできていると、思ってたのに、
そのとき、続く言葉に、ハッとした。
『どんなときも、どんな気持ちのときも、わたしはジンくんの味方』
『心から応援し続ける存在がいること』
……そうだね、ミオ。
ミオは変わった。強くなったよね。
でも、ミオは何も変わってないね。
あの、間違いメッセージから始まった俺たちだけど、きっと、もっと前から始まっていたんだ。
俺は何も変わってないな。
でも、俺は変わるよ。
ミオのためにも、俺のためにも。
そして、もっとたくさんのことのために、おれは変わるんだ。
ねぇミオ、俺はアイドルでFamousのジンだよ。
そして、ミオのことが大好きなジンだ。
ミオ、愛してるから、今からミオのことを忘れる。
ライブの間だけ、ミオを頭から消す。
でも、心からいなくなるわけじゃない。
終わったらすぐに帰ってきて。
全部抱えたまま、
──キミを守るから。
スマホを置いて楽屋を出る。
一歩一歩、しっかりと踏みしめて、ステージに向かう。
「ジン、円陣組むよ!」
ユウキに呼ばれて、メンバーと肩を組んだ。
右にはコウ。左にはタクマ。
ファム!ファム!ファム!
いつものコールが聞こえる。
みんなが待ってる。
ミオ、待ってて。
ここで、待ってて。
「ツアーファイナルだ!みんな気合い入れろよ!……よっしゃいくぞー!」
「「おー!!」」
ユウキの声に合わせて、みんなで声を出す。
その瞬間に、俺からミオが消えた。
ステージの幕が開ける。
いつものように、ペンライトの波が見える。
赤、オレンジ、ピンク、紫、みんな綺麗に光ってる。
その中で俺の青だけ、涙に見えた。
でも、何よりも愛おしい涙。
スポットライトがやけに眩しくて。
太陽みたいに、熱い。
楽しくて、楽しくて、仕方ないのに、上手く息ができてない感じがした。
アンコールで、トロッコに乗る。
スタンド=二階席に近づけるから、みんな目を輝かせて、一生懸命ファンサのアピールをしてくれる。
出来るだけ、たくさん応えたい。
この会場はトロッコが通れない場所もあったりして、他の会場より急いで移動しないと、最後の曲までにメインステージに戻れない。
いつもより速く動くトロッコに、身体を揺らす。
手は使いたいから、なんとか脚で踏ん張る。
視線だけはしっかりファンに向けた。
大きく手を振る腕に、ブレスレットがキラキラと輝いてる。
「うさ耳して」「ハート描いて」
そんなうちわの海に、パッと花が見えて、目がおかしくなったかと擦ってみた。
あれは、ヒマワリ……?
目を細めて、もう一度よく見る。
青い服に身を包み、うちわもペンライトも持たず、手で口元を覆って立ってる。
一瞬で心も、思考も、全部持っていかれた。
──ミオ、泣いてる?
どうしてそんな顔をしてるの?
なんで、泣いてるの?
視線が触れ合った瞬間に、花が咲く。
ミオがクシャッと笑った。
鼻が赤い。
このまま、抱きしめに行きたい。
ここから降りて、連れ出したい。
何度も思った。
俺が“アイドル”じゃなかったら。
ミオが“ファン”じゃなかったら。
違う出会い方が、できていたらって──
だけど、ミオのことはステージの外に置いてきた。
俺は“アイドル”で“Famousのジン”
だからこそ、ミオに出会えたんだ。
だから、笑顔を作り、ファンに応える。
これが、俺の進むべき道だから。
それが、俺の夢だから。
『どうか自分らしく、ジンくんの選んだ道を歩んで』
ミオの手紙の言葉が、ミオの声で俺の中にひびいた。
たぶんきっと、俺の夢はミオの夢でもあるんだよね。
ミオにニコッと笑ってみせた。
無理に作った笑顔やないよ。
今、ミオに見せたかった笑顔や。
そして、すぐに視線を外し、目の前のファンの顔をしっかり見る。
ミオがいないとダメな俺じゃなくて、ミオのための俺でいたい。
ミオの“良い人”の理由でいたい。
だから、俺はミオの涙ごと受け止める。
そして、俺は歌うよ。
ミオを想ってやない。
ファンのために歌うよ、ミオ。
◆
フニャッと目を細めて、目尻にシワがよる。
眉毛を下げて、優しい目をする。
その笑顔が好き。
それでいい。
それがいいの。
大丈夫、ちゃんと見てるよ。
わたしは今、顔を上げてる。
***
「気をつけて帰ってねー。」
「また会おうねー。」
いたるところで手を振って、Famousが退場した。
会場が一気に明るくなる。
「以上をもちまして、本公演は終了いたしました。」
終演のアナウンスが流れていた。
興奮冷めやらぬ場所で、ただ静かに椅子に座る。
拍手の音と歓声を抱いて、
さっきまでの熱気に髪を撫でられながら、
次に進む。
季節外れのヒマワリが、今も胸に咲いてる。
全部、全部、守るから。




