太陽
「ミオ、大変なことになっちゃったね。
またFamousが大炎上しちゃってさ。
SNS見た?ジンのことがやっと落ち着いたのに、またスキャンダルは、やばくない?
しかも今度は熱愛報道だよ?よりによってコウくんだし。コウくんファンは過激派も多いもんなぁ。大丈夫かな。
めっちゃ心配だよ。」
リンちゃんだ。DMの文字からも、不安な気持ちが滲み出ていた。
「このタイミングでの熱愛は、グループのこと考えてなさ過ぎじゃないかなって思っちゃった。コウくん何してんのって感じ。あぁ新曲のCDの売上大丈夫かなぁ。」
続く文字に、胸がキュッとした。
──そうだよね。
熱愛はグループにとっての損害でしかない。
リンちゃんだってそう思うよね。
だから、悟られてはいけない。
それでいいはず……。
だって、ジンくんがいればいいんだもん。
リンちゃんにも一生ナイショにして、親にも言わず、二人でひっそりしてればいい。
覚悟は決めた。何があっても大丈夫。
だけど──
本当にそうなの?
ジンくんが好きだから、何よりもジンくんを優先したい。
ジンくんとわたし。それでいいはずなんだ。
それなのに、なぜか息苦しい。
心拍数ばかり、バクバクと上がっていく。
だって本当は、誰のことも傷つけたいわけじゃないよね。
どうして、わたしとジンくんの関係は、誰かを傷つけることになっちゃうんだろう。
「リンちゃんは何があってもユウキくんのこと好きでいてね?」
「当たり前でしょ?ミオだって何があってもジンのこと好きでしょ?」
……好きだよ。
何があっても。
リンちゃんに返信が出来ないまま、スマホの画面が暗くなった。
それでも、仕事に行かなきゃ。
涙が滲んで、メイクが出来ないけど。
でも、わたしはちゃんと生活するんだ。
鏡を見て、両手で頬をパチンと叩く。
ドラマとかでよく見るけど、本当にやることあるんだな。
人差し指で口角を上げて「笑ってー」って言ってみた。
鏡の前には、ジンくんのアクスタが飾ってある。
涙に歪んで見えるジンくんが、ライトに照らされている。
いつかの月みたいに光ってるね。
ジンくんがFamousとして、幸せに活動できればいいと思っていたけど……。
何か一番大切なことを忘れてる気がする。
ねぇジンくん。
大好きだよ。
出勤途中、満員電車の中でビルの隙間から大きな太陽が見えた。
今日のわたしは、まっすぐ太陽をとらえられない。思わず目を閉じた。
曇りだったら良かったのに。
なんでこういう日に限って、こんなに気持ちの良い天気なの?
電車から降りて、歩く街なかで、周りを行く人みんな幸せに見えて。
そんなわけないのに。
わたしだけが、雲に覆われているみたいだな。
早く晴れてほしい。
ふぅーと雲を吹き飛ばしたいのに。
会社について、パソコンとにらめっこするけど、手はほとんど動いてない。
「ミオさん、どうかしました?」
マイがひょこっと画面との間に顔を入れてきた。
珍しく、目が真剣だった。
「元気ないどころの騒ぎじゃないですよ?まぁ原因は分かってますけどね。」
その言葉に指先がピクッと反応した。
「Famousのコウくんでしたっけ?熱愛出ちゃいましたもんねー。でも、ミオさんの愛するジンくんじゃなくて良かったじゃないですか!」
励まそうとしてくれる明るい声が、どんどんわたしの心を濁していく。
今、なんて返事するのがこの場での正解なのかな?
「違う人でもこんなんなっちゃうなら、ジンくんだったら休んでたんじゃないですか?もう、ジンくんは大丈夫ですよ。彼女なんていませんよ!」
笑いながら肩を叩く。
でも、目はわたしをじっと見てる。
優しさの目だった。
それが、矢のようにわたしに突き刺さる。
“彼女なんて”いない……か。
マイ、ごめんね。優しくしてくれたのに。
「ありがとう、さぁ仕事仕事っ!」
振り絞って高い声を出す。
本当のことに気づかれないように。
──誰にも見せないように。
ねぇ、ジンくんは、今なにを考えてる?
すぐに話したくても、話せない。
助けてあげたくても、何も出来ない。
苦しい?辛い?
そばにいて、なんでも聞いてあげたいのに。
寂しいことも、不安なことも。
何度も滲む画面の文字を見ながら、懸命にパソコンを叩く。
パチパチパチと響くリズミカルな音だけを聞くようにした。
考えても、今は何も出来ない。
わたしはわたしの人生を生きないと。
それが、わたしたちの“恋”なんだよね。
誰にも見えなくていい。
そう言ったよ。
でも、今だけはみんなに見せたいよ。
わたしがどれだけジンくんのことが好きなのか。
わたしたちが、どれだけ想いを通わせて、どれだけ“好き合ってる”のか。
ねぇ、みんな見てよ。
ただ好きなだけなの。
ねぇ、邪魔しないでよ。
わたしたち好き同士なの。
犯罪を犯したわけでもない。
誰かを貶めてもいない。
迷惑なんてかけてないのに。
なんで……なんでダメなの?
──ねぇジンくん、今すぐステージから降りて、わたしを抱きしめてくれる?
きっと、ジンくんは「うん」って言う。
でも、それは本当の“愛”じゃないよね。
帰り道、下を向いて歩く。
今、空を見上げる勇気がないの。
ふと、視界に緑色のバケツが入ってきた。
避けようと顔を上げると、季節外れの黄色い花。
「その子温室育ちなんですよー。こんな時期にヒマワリなんて珍しいですよね。」
店員さんに明るく声をかけられ、思わず「ください」と声が出た。
「わ、良かった。ラスト1本だったんで。」
さっと水から出してすぐにラッピングしてくれた。
「ラッピング代はおまけです。お姉さんヒマワリ見て元気だしてくださいね。」
赤いエプロン姿の店員さんはにこやかに送り出してくれた。
この子がわたしのところに来るまでに、どれだけの人が運んでくれたのかな。
たくさんの人の愛情を受けて、こんな時期に咲いてるんだろう。
そしてこの子も、自分のいるべき場所じゃないのに、こんなに綺麗に、強く咲いて。
ヒマワリが空を見てるから、わたしも空を見上げる。
今夜は新月だ。
月は見えない。
でも今、月と太陽は同じ方向にいるんだよね。
そっか。そうだよね。
必ずしも、いつも照らし合わないといけないわけじゃない。
そこにいて、ここにいる。
それで、いいんだ。
帰ったら、荷造りをしよう。
週末のライブに向けて。
青い服をたくさん詰めたキャリーケースを持っていくんだ。
きっと、同じように青がたくさん詰まったキャリーケースをみんな準備してるだろうな。
青だけじゃない。
赤も、ピンクも、紫も……それにオレンジも。
たくさんの人に愛されて、ジンくんはそこにいるんだね。
ジンくんが幸せになるには、たくさんの人が幸せにならないといけない。
だって、あなたは、光でいることこそが幸せなんだから。
自然に早足になる。
でもその前に、このヒマワリを花瓶に入れて、水をあげよう。
ちゃんと、上を向いていられるように。
どこにいても咲くように。
ガチャ。
鍵を開けて、家にはいる。
パチッと電気をつけると、いつもの部屋。
当たり前か。
奥にしまってた、ガラスの花瓶をそーっと取り出す。
わたしはね、花瓶だって青いんだよ。
水を入れると、電気の明かりが反射してる。
ヒマワリを刺して、カウンターに置いた。
「しばらく、そのまま咲いていてね。」
大丈夫。
目を見なくても、伝えられる。
ジンくん好きだよ。愛してるよ。




