影
「コウくんに彼女いるとか耐えられない。」
「この好きの気持ちどうしたらいいの。」
「今まで使ったお金と時間返して?」
SNSにコウくんへのバッシングが溢れてる。
わたしのいつも平和なタイムラインにも、どんどん鋭い言葉が流れてきた。
「コウくんにも恋愛の自由くらいあるでしょ!」
「もうデビューして10年も経つんだから、デートくらいさせてあげなよ。」
中にはそんな声もあるけど、これがまた火種になる。
「本当かもわからない!」
「手繋いでたじゃん!」
「会ってただけかも!」
「写真撮られたら終わり!」
ファン同士のケンカもよくある話だけど、同じものが好きなはずなのに。
仲間同士か言い争う姿は悲しい色しかしてなかった。
もう見たくないと思いながらも、スクロールする指が止められない。
詮索したいからじゃなくて。
このトゲはいつかわたしに向かってくるトゲなのかもしれない。
怖いからじゃない。正体が知りたいの。
「アイドルは恋愛禁止でしょ。」
「アイドルなんだから夢見させてよ。」
みんな勝手だ。
嘘をついてほしいくせに、嘘をつくと許せない。
隠さないでほしいくせに、隠さないと許せない。
幸せでいてほしいというくせに、幸せになることを許さない。
正義を振りかざせば、人を否定してもいいんだ。
そんな空間に吐き気がする。
好きって気持ちを盾にして、苦しくて辛いよって泣くじゃん。
好きって気持ちを槍にして、苦しくて辛いよって怒るじゃん。
言われてる方だって同じなのに。
「ジンくんはアイドルだから、絶対熱愛なんて出さない!」
「やっぱり信じられるのはユウキだよね。」
「タカユキも彼女いなさそうじゃない?」
「わたしタクマくんに推し変する!」
自分の見たいところだけを見て、それ以外のことには蓋をして、それが現実だと思い込んでる。
感情がないロボットじゃないんだよ。
みんな、わたしたちと同じように心が動くんだよ。
ねぇ、分かってる?
そう投げかけたくて、でも止まる。
だって、わたしは?
たまたまジンくんと通じ合う事ができて、たまたまジンくんと惹かれ合うことができた。
でも、そうじゃなかったら?
「ジンくんと結婚したい!」
「ジンくんの彼女になりたーい!」
そんな過去の自分が見え隠れする。
わたしだって同じだったかもしれない。
みんな、自分の好きを信じてるだけ。
言葉の針で刺されているのは、未来のわたし。
そして、刺しているのはきっと過去のわたしだ。
ジンくんは、そんな世界で生きてる。
◆
「レナちゃん好きじゃない。」
「なんであんなあざとい子なの?コウくんに合わない!」
「女優なだけましじゃない?パンピよりはいいかな。」
SNSの検索欄を開いただけで『コウ 熱愛』とすぐに出てくる。
普段あんまり“エゴサ”とかはしないんだけど、気になって触れてみる。
詮索したいわけじゃない。
批判の言葉が出るのも当たり前だと思う。
受け入れる必要はない。
事実として受け止めるだけでいい。
でも、これがいつかの俺とミオかもしれないと思うと、指も目も勝手に動く。
あんなに好感度の高い子でも、こんなこと言われるんだ。
一般人であるミオはなおさら、何を言われるか分からない。
ミオがもし、そんな言葉を投げつけられたら……正気でいられない。
仕事もファンも投げ出してしまうかも。
ゆっくり上へ上へ、指をスライドさせる。
言いたい放題言われることには慣れてるから、心までは届いてこない。
でも、頭では色々考えてしまう。
コウは大丈夫かな。
レナちゃんはこういうことも覚悟の上で、熱愛に加担したんだとは思うけどさ。
それでもこんなふうに言われて、なんとも思わないわけはないよな。
事務所からも正式に否定文を出したけど、手を繋いでるという事実を写真が写し出してる。
何もなかったことには、さすがにできない。
“会う”っていうのはそういうことなんだ。
いくらやり取りを重ねても、いくら心を通わせても、誰にも見えなければなかったことと同じ。
俺は『熱愛なんて絶対出さないジンくん』でいられる。
でも、“会って”しまったら、そこに確実な事実が残ることになる。
車窓からビルがどんどん後ろに消えていくのをただ眺めた。
今からこの声の中に行くんだ。
何を言われるか分からないけど、コウを支えてやりたい。
でも……。
ミオ、今何を考えてる?
怖がってないか、嫌になってないか、不安になってないか。
それだけが気がかりなのに。
そばにいてあげることもできないなんて。
それでも、俺は諦められない。
ごめんな、ミオ。
◆
「オレンジのペンラ少なっw」
「レナちゃんとわたしどっちが好き?ってうちわ見たんだけど!」
ライブ前のSNSはさらにヒートアップしてる。
見たままの言葉を一つ一つ飲み込むと、喉まで黒いものがせり上がってくるような感覚に襲われた。
ソファからやっと立ち上がって、キッチンへ向かう。
水道のコックを上げ、コップに水を汲んだ。
大きく一口、ゴクリと水と一緒にドロドロした感情も胃に流し込む。
「はぁ。」
大きくため息をついても、何も気分は変わらない。
会場はどうなってるんだろうな。
今日の公演、入りたかった。
自分の目で見て確かめたかった。
未来の自分を想像して心配なの?
ううん、そうじゃない。
わたしは何を言われても大丈夫。
だって、わたしはもう一番欲しいものを持ってるから。
それさえあれば、何もいらない。
じゃあ何が怖いの?
わたしが怖いのは──
ジンくんがわたしのことで、傷つくこと。
ジンくんがわたしのことで、夢を追えなくなるかもしれないこと。
ファンの人全員に会って、顔見てお礼を伝えるって。
その夢を叶えられなくなること。
ジンくんがジンくんでいられなくなること。
それだけなの。
そのためなら、わたしはいつまでも影でもいいよ。
家から一歩も出なくてもいい。
クローゼットに住んでもいいよ。なんてね。
「アホ」ってまた笑って言ってくれるかな。
でもね、ほんとなの。
それくらいの気持ちだよ。
ジンくんがFamousでいられるのなら、それ以外のことは大したことじゃない。
どこの誰が、何をどう思って、どんなことを言っていても構わない。
どんな尖った刃でもへし折って、痛くも痒くもないと、強がって見せたい。
ジンくんに向けられる刃さえ、わたしが全部代わりに受けたい。
過去のわたしと正々堂々戦おう。
みんなかかってくればいいよ。
だって、わたしにはジンくんがいるから。
わたしとジンくんを止める理由なんてなにもないんだから。
だってわたしは、ジンくんさえ良ければそれでいいんだもん。
他のことなんて知らないよ。
ジンくんが笑っていればいい。
そのための影はわたしが全部請け負うよ。
邪魔するものは、わたしがもらう。
わたしには、ジンくんがいればそれでいい。




