月
月の明かりに照らされて、俺は誓った。
「ミオ、もう逃げない。
ミオと向き合うことからも。現実からも。
全部背負ってミオに会いに行くよ。
だから、俺と会ってくれますか?」
「うん、ジンくん。わたしも逃げない。
会いたいよ。ジンくんに会いに行く。」
ミオ、やっとだね。
やっとミオの顔を見て、目を見て、好きだと伝えられる。
待たせて、ごめんね。
もう、ふわふわとした感覚はなくなった。
ミオにふさわしい人になりたい。
ミオとの関係を壊さないように、大事に大事に、育てていこう。
何があっても、ミオを守れる人になるから。
ミオのことは、絶対に俺が守る。
まだ薄暗い空。太陽が昇り始めたころ、俺は既に車に乗り込み会場に向かっていた。
今日は良い天気になりそうだな。
明るい陽射しが顔を覗かせていた。
ツアー期間も後半に入り、週末の今日はメンバー全員と一緒に前日リハ。
Famousのジンとしても、しっかり存在したい。
ファンのみんなが、楽しみにしてくれていると思ったら自然にやる気が出た。
ミオのためだけじゃない。
俺を応援してくれる、全ての人にちゃんと返したい。
応えたいと思うことが、こんなに嬉しいことだって、改めて思えたんだ。
「あれ?ジン、戻ってきたの?」
タクマが声をかけてきた。
「戻ってきたって、なにが?」
目をじっと見つめて、困ったように笑うタクマが、ぎゅっと抱きついてきた。
「いつものジンに。良かった。おかえり。」
「なんだよ、意味分かんないな。」
って言いながら、俺も笑って、タクマの背中をポンポンっと叩く。
「ごめんな、よろしく、これからも。」
タクマが離れると、タカユキにぺしんっとおしりを叩かれた。
「頼りにしてるよ、みんな。」
手首からこちらを見てるオニキスにも誓った。
上手くいくんだ。ここから何事も。
上手くやるんだ。これからも。
通しリハが終わり、個々のチェックの前に一旦休憩に楽屋に戻る。
廊下を歩いていると、足元にガムテープのゴミが落ちてた。
すっと拾ってポケットに入れる。
「ジン、何拾った?なんか良いもの落ちてた!?」
すかさずコウが絡んでくる。
「ん?徳拾った。」
はぁ?と言いたげな顔で、楽屋に入っていく。
分かんなくていいんだよ。
ちょっとずつ、集めていくんだ。
今度はこの循環を俺がスタートしてみよう。
「全員いるか?」
ソファに座ってくつろいでいると、中ちゃんが慌てた様子で楽屋に来た。
「明日、週刊誌が出る。」
ふわっと穏やかな中ちゃんの、いつになく真剣な目がメンバー全体を見渡した。
「あれだけ言ったのに。俺はお前らのことをいつも考えて……」
杉山さんまでいる。
いつも冷静なチーフの、感情の入った声が、事の重大さを表しているようで。
……また俺かもしれないと、心臓がズキンと音を立てた。
「コウ……お前だ。」
杉山さんが週刊誌を広げて、机にそっと置いた。
『国民的アイドルと国民的女優の熱愛発覚!共演で縮めた距離からの、お忍びデート』
大きな見出しに、コウと女優のレナちゃんが写っていた。
手を繋いで目を合わせて微笑みあっている。
「えっ……」
コウが慌てて週刊誌を手に取った。
目を見開いて、何度も視線を上下させてる。
「ごめん、みんなごめん。」
震える声で、メンバーに向けて頭を下げた。
レナちゃんは、かなり知名度が高い。
今の若手女優の中では、好感度ナンバーワンじゃないかな。
清楚な感じで、でも飾らない雰囲気でドラマに引っ張りだこ。
コウとは、一か月くらい前までドラマで一緒だったはず。
コウが頭を下げたまま、空調の音だけが響いていた。
重たい空気を切るように、タカユキが口を開いた。
「まぁしょうがないっしょ。本気なんでしょ?」
そうだよな、好き同士のふたりがこうしているのは自然だ。撮ったほうが悪い。
本当に週刊誌って……。
まぁ、あちらもお仕事だから仕方ないけど。
「本当にごめん。……この日だけなんだ。場所も向こうから指定されて、もしかしたら、やられたかもしれない。」
その場にいる全員に、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で、コウが言った。
なんだ。
コウも俺と同じように、大事な人が出来たのかと思ったのに。
「あれか。
最近レナちゃんの事務所から、新しく売り出したそうなグループができたんだよ。
まさに、ハメられたな。」
杉山さんの声には、悔しさが滲み出ていた。
この業界ではある話だ。
知名度を上げたり、話題にするために、わざと熱愛を作りに来る。
そのあと中ちゃんが説明してくれた話によると、自分の事務所のアイドルを売り出すために、邪魔だった俺達を下げようと熱愛を出したんじゃないかって。
コウはいつもふざけてるけど、男気があって人気も高い。
しかも今まで一度も熱愛報道が出たことはない。
「真面目に恋愛をしている」というイメージをつけるのにはうってつけ。
レナちゃんの好感度を下げず、大きな話題にして俺達だけが被害を受ける形だ。
俺たちはどうしたって熱愛が出たら色々とマイナスになる。
もうすぐ新曲のCD発売日だし、ツアー中だし、絶対に話題になる。
タイミング的にもばっちりだな。
なるほどなぁ。感心している場合じゃないけど、戦略的だなと思った。
──こういう世界だから仕方ない、と思えるけど。
「明日はライブだし、新曲のプロモーションも進んでる。影響は絶対に出る。
お前たちがどれだけ窮屈なのか、理解はしてるつもりだ。
でも、アイドルである以上、アイドルという人種なんだよ。見せてはいけない部分が、絶対的にあるんだ。」
諭すような杉山さんの声が、耳に入るたびに息が苦しくなった。
こんな安定のない仕事をしているんだから、事務所の力は必要だ。
感謝してもしきれないくらい、スタッフのことも大切に思ってる。
でも、マネージャーのみんなは、分かってくれてるけど、分からないと思う。
有名税という名の重圧や、自由の中の不自由。
人を好きになるということが、俺たちにとってどれだけ難しいことなのかを。
「millionもやられて、うちは絶対に防がないといけなかったのになぁ。俺の責任でもあるな。みんな、すまない。もっとよく、見てあげるべきだった。」
顔を下げたままの中ちゃんが、力なく呟いた。
millionって、熱愛報道されたってユウキが言ってたな。
「あっちは相手が一般人だったから、相手の特定とかもされて大変だったな。
まぁ週刊誌が仕掛けた、いわゆるハニートラップにまんまと引っかかったんだけどな。」
そういうことだったのか。
今更、真相を知って血の気が引いた。
……今、ミオのことが知られたら、絶対に勘違いされる。
こんな淀んだ世界に、ミオを巻き込むことはしたくない。
あんなに透明で、綺麗で、あたたかいミオを。
こんなドロドロで、歪んで、冷たい場所に、踏み込ませたくない。
戦略とか思惑とか。
そういう言葉から一番遠いミオやから、俺は好きなんや。
でも、そんなこと──
分かってもらえへんやろ。
反対されて、引き離される。
事務所や世間からしたら、俺たちは”商品”やから。
……それでも、ミオの心だけは手放したくない。
誰にも渡さへんって思うほど、好きやから。
「熱愛は自分の責任だぞ。ハメられたなんて、コウらしくないな。」
杉山さんからは、お叱りの声が飛んだ。
「次に誰かの熱愛が出たら……終わりだぞ。本当に潰される。」
そんなこと言われなくたって、分かってるのに。
杉山さんが、こんなふうにプレッシャーをかけてくるなんて、初めてだ。
millionの件もあって、事務所の上も慌ててるんだろうな。
「本当に、すみませんでした。」
さっきより深く下げてるコウの頭に、手を置いて「らしくないじゃん」と伝えた。
元気だせよと想いを込めて。
いつもコウの明るさには、助けられてるから。
熱愛なんか撮られたら、終わり。
そんなこと覚悟の上。
そういう仕事だって、理解してここまで来た。
それは嘘じゃない。
それでも鼓動が、速くなった気がした。
心配なんじゃなくて。
不安なんじゃなくて。
覚悟を決めろと、言われたみたいだった。
大きく深呼吸して、吐き出す空気は重い。
けど、耐えられると思った。
俺の声を聞いて、コウが顔をあげたとき、メンバー全員、自然に顔を合わせる。
コウ以外は、笑ってた。
──Famousらしいな。
誰も責めない。
みんなで乗り越える。
そうやってここまで来たもんな。
「俺達5人なら、いけるっしょ。なんとかなるよ。そんな心配すんなよ、杉山さん!」
ユウキの力強い言葉が胸に響く。
「よし!じゃあ円陣でもする?」
タクマが無邪気に言ったところで、
「それはいいや」とユウキ。
そのときなぜかタカユキは俺に向かって
「大丈夫」と笑ってくれた。
ありがとう、タカユキ。
何も言ってないし、何も言ってこないけど。
きっとメンバーは、みんな知ってる。
もう少しその優しさに甘えさせてもらおう。
コウの目も潤んで見えたけど、涙は溢れていなかった。
Famousもミオも、何があっても俺が絶対守るよ。
絶対に俺が守ってみせる。
大丈夫、大丈夫。
震えてない。怖くない。
楽屋の高窓から、光が射し込む。
キラキラとほこりも綺麗に見える。
あたたかいなぁ。
約束したんだ。
今度こそ……目を見て伝えるよ。
ミオ、好きだよ。愛してる。




