「バカ」
「アイドルウォッチって雑誌買った?」
仕事終わりにスマホを見たら、ジンくんからメッセージが来てた。
珍しいな。
雑誌とかCDとか、買った?って聞かれたの初めてかも。
バッグにスマホを入れて、会社を出る。
確か今月号はFamous特集あるんだよね。
今日買って帰ろう。
見てほしいのかな?
なんだろう。可愛くない?
ふふ、楽しみ。
「まだ買ってなかった!今帰りだから、買って帰るね。」
ステップを踏むように、軽い足取りで本屋さんに向かう。
『アイドルウォッチ』……あ、あった。
表紙もFamousで、なんかちょっと妖艶な感じ。
この雑誌では珍しくない?
そして、大きく見出しがついていた。
『Famousの恋愛事情を大解剖!』
ん?
恋愛特集なの?
なんでこれ見てほしかったのかな。
両手で胸に抱えて、レジへ向かった。
読むのが楽しみだなぁ。
◆
あぁ、見てなかったのか……。
なんで言ってもうたんやろ。
やっちゃったなぁ。
ミオに読んでほしくないのに、余計なことを聞いたせいで、買って帰るらしい。
……なんか、言われるかなぁ。
嫌な気持ちにならないといいけど。
◆
家について、ゆるい部屋着に着替えて、温かいコーヒーを入れた。
ゆっくり読みたいから、準備は万全に。
ソファに座って、足の上に雑誌を載せて、ページをめくった。
やだ、この顔めっちゃカッコイイ。
なんだか、知らない顔のジンくんにドキッとした。
えへへ、好きだなぁ。
一枚、また一枚めくっていく。
紙がこすれる音が、乾いた部屋に響く。
インタビューページには、たくさんの文字の列が並んでいた。
なになに?
観覧車の前で、爽やかに笑うFamousのみんなが、ネオンの光に照らされてる。
『甘酸っぱい恋の思い出!初デート大公開スペシャル』
……うーん、なにこれ。
アイドルウォッチの恋愛特集は、ジンくんの過去の恋愛の話が載ってた。
っていうかそもそも、アイドルに過去の恋バナを語らせるのは、どうなの?
恋愛観を話してることはあったけど、過去のことに触れてるのは、初めて読んだかも。
あぁ変な雑誌!
って思うくらいに嫉妬はしてる。
でも、まぁ初デートはどこ?
とかそんな内容。
ジンくんは……水族館。
へぇー。そうなんですか。楽しそうですね。
視線を上下に移しながら、一文字も逃さず目に捉える。
「帰りは手を繋いで帰った気がする…たしか。もうそんなに詳しく覚えてない!あんまり詰めないで!笑」
この言い方絶対覚えてるじゃん。
目が乾くほど、見開いてることに気づいたけど、ファーストキスはいつですか?って。
そんなこと聞く?
アイドルに?
いや、普通にダメでしょ。なんなの。
瞬きをして、目に水分を戻す。
よく見たいから、ちゃんと見せて。
あ、さすがにこれは内緒ってみんな言ってる。
それはそうでしょ。
恋愛くらいしてますよね。
そんなの知ってるよ!
してないって言われたら、嘘じゃんってなるよ。
でも……
ジンくんが過去に恋していたっていう事実に、モヤッとする。
──当たり前のことなのに。
大切な初恋の思い出くらい、あるよね。
その思い出をどんな顔をして話したのかな。
これは、アイドルファンとしての嫉妬なのかな。
それとも、ジンくんに対しての嫉妬?
どっちにしても、ジンくんにすごく腹が立った。
雑誌の話をしたのは、これを読ませたかったの?
それとも読ませたくなかったの?
……なんか、気持ちを探られたような気がした。
「ねぇジンくんなんで雑誌買ったか、聞いてきたの?
嫉妬されたらめんどくさいって思ったの?」
「全部、読んじゃった?」
“読んじゃった”って、なに?
だったら、雑誌のこと言わなきゃ良かったのに。
触れてほしくない、みたいなジンくんの気持ちが、分かりやすくてすごく嫌。
こんなにバレバレなことある?
隠そうとするから余計に分かる。
◆
──あぁやっぱり。
ねぇ、ミオ。
今の俺は、ミオしか見てないよ。
「ミオを傷つけたくなかったんだよ。ごめんね。」
◆
傷つけたくないってなに?
仕事でしょ?
それくらい理解してる。雑誌のインタビューなんだから、答えないわけにいかないじゃん。
「傷つけたくなかったって、どういう意味?」
自分でもびっくりするほど、文字から冷たさが伝わる。
でも、我慢できない。
送信ボタンに指をかける。
一度、深呼吸をしてスマホを伏せた。
送っていいの?
コーヒーをふぅと冷まして、自分の熱も冷ます。
一口含んで喉に通す。
……でも、冷めない。
ぽちっと、ボタンを押した。
あぁ、もう。
思いっきり立ち上がると、すねをローテーブルにぶつけた。
「……っ。痛っ」
──もう、やだ。
痛いよ。
別にいいじゃん。
初デートは水族館だったんだねって、話したかっただけなんだよ。
ちょっとくらい、拗ねてもいいじゃん。
でも、いつか行けたらいいねって。
そしたらわたしが、思い出を上書きするからね!って宣言して。
笑い合えたら、それでいいじゃん……。
なのに、なんで先に全部止めるの?
ふつふつと、頭に血が上っていく。
クッションをぎゅーっとして、顔を埋めた。
「もう、バカ!」と声に出して、言いすぎてしまいそうな衝動を発散した。
好きなんだから嫉妬くらいするよ。
ジンくんの過去を想像して、
いいなぁ、わたしもそんなふうに、ジンくんと手を繋いで歩きたいなって思うよ。
それって普通の感情だよね?
別に傷つくとかじゃなくて。
想像して、羨ましくなっちゃったなぁくらい言っても良いと思うけど。
やっぱり、イライラする。
そうやって言われるのが嫌だったわけ?
過去の思い出を共有したくなかった?
モヤモヤしてるわたしを受け止めたくなかったのかな。
「読んだよ。でも、仕事で言わなきゃいけないんだから、仕方ないじゃん。
それでも、過去のことって分かってても、嫉妬はするよ。それも仕方ないでしょ?
羨ましいな、いいなって思ったらダメなの?」
受け取って。わたしの嫉妬ごと。
可愛いヤキモチって笑って。
それだけでわたし、満足するのに。
別に、困らせたいわけじゃないよ。
謝らせたいわけじゃない。
気持ちを共有したいだけなの。
“ピロン”の音が鳴る。
「ごめんね、余計なこと言ったよね。」
温度のない謝罪に、胸がチクリと痛んだ。
わたしだって、初恋があったよ。
ジンくんだってちょっとは、モヤッとしてくれるでしょ?
そんなことを話したかっただけだよ。
余計なことって、何に対して言ってるの?
ねぇジンくん、わたしの気持ち見えてる?
……見ようとしてくれてる?
わたしのこと、ちゃんと見てよ。
「そうやって謝ってばっかりじゃん、もう知らないもん。」
少し歪んだ視界の中で、精一杯返事をした。
お願い、受け取って。
わたしの全部が、欲しいって言ってくれたのに。
「うん、そうだよね。俺が悪い。全部俺のせいだよ。許して?」
ほら、また謝った。
◆
ミオが怒ってるみたい。
初めて怒らせたかも。
喧嘩なんかしたくないし、優しくしてあげたいのに。
ミオが嫉妬するかもしれない、そう思ったから読まれたくなかった。
ちょっとでも、俺のこと“嫌だな”って思われたくなくて。
“ジンくんにこんな過去があるなんて、知らなかった”って、言われたくなくて。
だって、俺にとってはもう“過去”だから。
“今”ミオといる方が何百倍も大切だから。
なかったことにするつもりはない。
でも、ミオに何か思われるなら、なくても良いものなんだよ。
ねぇミオ、聞いて。
俺の過去も未来も、全部ミオにあげたいんだよ。
謝ることなんて、なんてことない。
ミオが落ち着いてくれるなら、何度だって謝るよ。
◆
ジンくんは、謝っておけばわたしが納得すると思ってるのかな。
いつもわたしにちゃんと向き合ってくれてたのに、なんで今日は何も言わないの?
「なんで?別にジンくん悪くないじゃん!わたしがワガママ言ってるだけじゃん。
いつも優しくしてくれて嬉しいけど、ジンくんの気持ちはどこにあるの?」
意味の分からない文句を言っちゃった。
こんなこと言われてもジンくんだって困るだけなのに……分かってるけど、止まらない。
だって、わたしはちゃんと、ジンくんと話し合いたいだけなんだよ。
「ミオのことを大切にしたいんだ。
ミオが嫌だって思うことしちゃったね。
もうしないから、怒らないで?」
なんだか、ジンくんが遠い。
ジンくんが見えない。こんなの初めて。
優しくしてくれてるのは分かるよ。
でも、でも……。
テレビもつけずに、スマホと向き合った。
音のない空間が、重くて痛い。
部屋の温度と一緒に、わたしの胸も寒くなっていく。
暖房をつけても、あったかくならないよ。
「ジンくん、わたしたち、心が近づけたと思ってたのに。
心だけは、いつも隣にいると思ったのに。
わたしは今、一人ぼっちだよ。
ジンくんは隣にいない。」
静かにスマホを見つめながら、わたしは今、大きな声で言ったよ。
聞こえてる?
「ごめん。」
シュポッと画面に写し出された一言。
わたしの叫び声は、ジンくんまで届かないの?
「また謝るの?ちゃんと思ってること言ってよ。どう思ってるの?」
◆
やっと撮影が終わって、帰りの車。
陸は運転が優しいから、いつも酔わずにスマホもいじれるのに。
今日は胸がもやもやする。
俺がどう思ったのかなんて、どうでもいい。
ミオの心が、想いが、一番大事。
俺のことなんて、なんでもいいのに。
なんでこんなに、つっかかってくるんだろう……。
怒りの感情が見えてる。
それをぶつけられるのは、苦手なんだ。
だから、もう終わらせたいのに。
俺が悪いって言ってるんやから、ええやろ。
でも、そんなふうに言って、ミオに嫌われたくない。
俺が理解してあげられないのが悪いんだ。
受け止めきれてないのが、いけないんだね。
分かったよ。
なんでもぶつけていいよ。
ミオの気が済むまで。
「ミオに、優しくしたいんだよ。」
なんとか、一言だけ送る。
どうしたら、もっと笑わせられる?
いつも穏やかにさせてあげられる?
カッチカッチとウインカーの音が、やけに耳につく。
自分の焦りの音と同化してるみたい。
「ちょっと渋滞してますね。」
陸の声に、閉まった窓から外を見た。
たくさんの車の明かりが、やけに鬱陶しい。
雲の向こうにぼやっと光る月が、車を追いかけてきていた。
くそっ。
言葉が喉まであがってくるのに、うまく手が動かなくて。
マナーモードのスマホがブブッと揺れた。
振動が余計に指を重くさせる。
「ねぇジンくん。
わたしはジンくんに優しくされたくて、ジンくんと一緒にいると決めたわけじゃないよ。
ジンくんの心が見たいの。
わたしだって、ジンくんに寄り添えるわたしでいたいの。」
……え?
怒ってたんじゃないの?
苦しいほど、愛おしい。
車の中の冷たい空気が、喉を通るたび、痛いくらいなのに、満たされる。
どうして、ミオはそんなに優しいの?
俺の纏っていた“優しさの鎧”が、どれだけ薄っぺらいものだったのかを思い知る。
自分に言い訳をしていただけだったのかな。
泣きたくなるほど嬉しくて、泣きたくなるほど情けなかった。
俺が、ミオに寄り添ってあげたいって思ってた。
何でもしてあげたい、何でも与えたいって思ってるのに。
──ミオも同じように思ってくれてるの?
だって、俺はミオに救われたんや。
感謝しても、しきれへんくらい。
せやから、今度は俺が渡したいって思ってんのに。
画面を見つめたまま、動けないでいると、またブブッと、今度は優しくスマホが震えた。
「ちゃんと教えて?
わたしに怒ってもいいよ。
わたし、ジンくんに怒られたってジンくんが好きだよ。
しんどいって言っていいのに、隠そうとしないで。
優しさで誤魔化さないで、ちゃんと見せてよ。」
ねぇミオ、それは“愛してる”以上の“愛してる"だよ。
こんなにも、深く強く、想われてもいいのかな。
俺も同じだけ返せるだろうか。
文字越しにミオの涙が見えた。
「ミオ、泣いてるの?」
「泣いてるよ、ジンくんのバカ。」
“バカ”って言われて、嬉しいことなんてあるんだな。
ミオを泣かせてしまった。
でもきっと、これは大事な涙だ。
俺の目も、少しだけ滲む。
チラッと陸を見て、またスマホに目を向ける。
ゆっくり、でもちゃんと、自分の心と向き合う。
「ミオごめん、ごめんね。
これは本当のごめん……だよ。
傷つけたくなくて、嫌われたくなくて、優しさって言葉で誤魔化して、謝って終わろうとしてた。
ミオはこんなに心を見せてくれてるのに、俺はミオのためにって言葉で逃げてたのかもしれない。
泣かせたくなくて、泣かせた。
抱きしめてあげることも、できないのに。」
ミオの涙を見ることも、出来ない。
ぬくもりで、あたためてあげることも。
「抱きしめて欲しくて、泣いてるわけじゃないもん。
ジンくんと、心をひとつにしたいんだよ。」
それでも、こんなふうに、俺の心を求めてくれる。
いつも思ってた。
ミオと心がひとつになればいいのにって。
欲しくて、欲しくて、たまらなかった俺が思ってたこと。
沈みかけた俺を、引き上げてくれたミオ。
そして、またミオに救われてしまった。
そっか。
──こうやって愛すればいいんだ。
心をひとつにするってことは、ミオを俺の中に閉じ込めることじゃない。
感情を見せ合うってことなんだな。
相手の心が、ちゃんと見えるってことなんだ。
何度も、何度も、教えてくれる。
ミオの愛はなんてすごいんだろう。
嫉妬しちゃいそうになるくらい。
だって、俺も同じようにミオを救いたい。
ミオから必要とされる、俺でいたい。
ちゃんと、応えられるかな。
でも、俺も伝えてみるよ。
「ジンさん、着きましたよ。今日もお疲れ様でした。」
知らぬ間に渋滞も抜けて、マンションの下にいた。
外は真っ暗で、でも覆っていた雲が晴れて、空が明るかった。
「分かったよ、ミオ。
正直に言うと過去に嫉妬するミオが可愛い。そんなに俺が好きなの?って思うから。
でも同時に、仕事だからやらなきゃいけないことと、ミオを嫌な気持ちにさせたくないことで、俺も挟まれてた。
でも、どっちも言えなかったのは、ミオが嫉妬して傷ついてるのに喜んでる俺と、仕事を言い訳にしてる俺が情けなくて。
ミオには見せられなかった。
でもこれが本心だよ。」
部屋に入って、ゆっくり返事を打った。
ガラッとベランダのドアを開ける。
部屋に一気に、空気が流れ込んできた。
優しい光が、俺を照らしている。
ひんやりとした手すりに指をかけて、大きく息を吸った。
息は白いのに、吸い込んだ空気があたたかい。
──ミオ、月が綺麗だよ。
◆
やっと、ジンくんの心を感じた。
ジンくんの感情が、ちゃんと見えた。
ジンくん、今わたしたち、またくっつけたね。
ぴったりくっついて、ジンくんの温度も感じられるよ。
すごく、勇気が必要だったと思う。
ジンくんは、自分の奥を見せることが苦手だから。
……分かってるけど、受け取りたかったの。
わたしが、ジンくんの全てを預かりたかったの。
「見せてくれてありがとう。
嫉妬するよ、好きだもん。
でも、ジンくんを仕事とわたしの板挟みにしたくない。
でも、だからこそわたしはちゃんと言うよ。
嫉妬したって。
そうしたら、ジンくんは、仕事だから仕方ないでしょって言ってね。
わたしは、ごめんねって、ちょっとヤキモチ妬いちゃったって言うから。」
なんて素直で、なんて可愛いミオ。
可愛い可愛い、俺のミオ。
もう絶対に、寂しい思いはさせないよ。
「そうだね。ミオ、本当にごめん。
もう絶対に、ミオの心をひとりぼっちになんてしないって約束する。絶対。だからもう一回信じてくれる?」
「いいよ、もう大丈夫だよ。
信じてるよ、今だってずっと。
信じてるから怒るの。
それが心をひとつにするってことでしょ?
ジンくん、ちゃんとふたりで話していこうね。どんなことも。」
「うん、そうだった。
俺決めたんだった。
ミオが困るときは一緒に困るって。
忘れてた。ありがとうミオ、好きだよ。
大好きだよ。」
ジンくん、そんなこと決めてたんだ。
知らなかったよ。ありがとう。
キラッとわたしの頬を一筋の光がつたう
「もう、ちゃんと覚えててよね!
ジンくんのバカ。
わたしも大好きだよ。またケンカもしようね。」
ふふっと自然に笑みがこぼれた。
ソファから立ち上がり、ベランダのドアをカラカラっと開けた。
「うぅ、寒いっ」って白い息を吐きながら、つい独り言が出るほど寒い。
でも、見たかったんだ。
雲の切れ間に、優しい光が見える。
──ジンくん、月が綺麗だよ。
ケンカのあとの感情に、名前はまだない。




