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「バカ」


「アイドルウォッチって雑誌買った?」


仕事終わりにスマホを見たら、ジンくんからメッセージが来てた。


珍しいな。

雑誌とかCDとか、買った?って聞かれたの初めてかも。


バッグにスマホを入れて、会社を出る。

確か今月号はFamous特集あるんだよね。

今日買って帰ろう。


見てほしいのかな?

なんだろう。可愛くない?

ふふ、楽しみ。


「まだ買ってなかった!今帰りだから、買って帰るね。」


ステップを踏むように、軽い足取りで本屋さんに向かう。

『アイドルウォッチ』……あ、あった。

表紙もFamousで、なんかちょっと妖艶な感じ。

この雑誌では珍しくない?


そして、大きく見出しがついていた。


『Famousの恋愛事情を大解剖!』


ん?

恋愛特集なの?

なんでこれ見てほしかったのかな。

両手で胸に抱えて、レジへ向かった。

読むのが楽しみだなぁ。



あぁ、見てなかったのか……。

なんで言ってもうたんやろ。

やっちゃったなぁ。


ミオに読んでほしくないのに、余計なことを聞いたせいで、買って帰るらしい。


……なんか、言われるかなぁ。

嫌な気持ちにならないといいけど。



家について、ゆるい部屋着に着替えて、温かいコーヒーを入れた。

ゆっくり読みたいから、準備は万全に。

ソファに座って、足の上に雑誌を載せて、ページをめくった。


やだ、この顔めっちゃカッコイイ。

なんだか、知らない顔のジンくんにドキッとした。


えへへ、好きだなぁ。


一枚、また一枚めくっていく。

紙がこすれる音が、乾いた部屋に響く。


インタビューページには、たくさんの文字の列が並んでいた。


なになに?


観覧車の前で、爽やかに笑うFamousのみんなが、ネオンの光に照らされてる。


『甘酸っぱい恋の思い出!初デート大公開スペシャル』


……うーん、なにこれ。

 

アイドルウォッチの恋愛特集は、ジンくんの過去の恋愛の話が載ってた。


っていうかそもそも、アイドルに過去の恋バナを語らせるのは、どうなの?

恋愛観を話してることはあったけど、過去のことに触れてるのは、初めて読んだかも。


あぁ変な雑誌!

って思うくらいに嫉妬はしてる。

でも、まぁ初デートはどこ?

とかそんな内容。

ジンくんは……水族館。

へぇー。そうなんですか。楽しそうですね。

視線を上下に移しながら、一文字も逃さず目に捉える。


「帰りは手を繋いで帰った気がする…たしか。もうそんなに詳しく覚えてない!あんまり詰めないで!笑」

この言い方絶対覚えてるじゃん。


目が乾くほど、見開いてることに気づいたけど、ファーストキスはいつですか?って。

そんなこと聞く?

アイドルに?

いや、普通にダメでしょ。なんなの。


瞬きをして、目に水分を戻す。

よく見たいから、ちゃんと見せて。

あ、さすがにこれは内緒ってみんな言ってる。


それはそうでしょ。

恋愛くらいしてますよね。

そんなの知ってるよ!

してないって言われたら、嘘じゃんってなるよ。


でも……

ジンくんが過去に恋していたっていう事実に、モヤッとする。

──当たり前のことなのに。


大切な初恋の思い出くらい、あるよね。

その思い出をどんな顔をして話したのかな。

これは、アイドルファンとしての嫉妬なのかな。

それとも、ジンくんに対しての嫉妬?


どっちにしても、ジンくんにすごく腹が立った。


雑誌の話をしたのは、これを読ませたかったの?

それとも読ませたくなかったの?

……なんか、気持ちを探られたような気がした。


「ねぇジンくんなんで雑誌買ったか、聞いてきたの?

嫉妬されたらめんどくさいって思ったの?」


「全部、読んじゃった?」


“読んじゃった”って、なに?

だったら、雑誌のこと言わなきゃ良かったのに。

触れてほしくない、みたいなジンくんの気持ちが、分かりやすくてすごく嫌。

こんなにバレバレなことある?

隠そうとするから余計に分かる。



──あぁやっぱり。

ねぇ、ミオ。

今の俺は、ミオしか見てないよ。


「ミオを傷つけたくなかったんだよ。ごめんね。」



傷つけたくないってなに?

仕事でしょ?

それくらい理解してる。雑誌のインタビューなんだから、答えないわけにいかないじゃん。


「傷つけたくなかったって、どういう意味?」


自分でもびっくりするほど、文字から冷たさが伝わる。

でも、我慢できない。


送信ボタンに指をかける。


一度、深呼吸をしてスマホを伏せた。

送っていいの?

コーヒーをふぅと冷まして、自分の熱も冷ます。

一口含んで喉に通す。


……でも、冷めない。


ぽちっと、ボタンを押した。


あぁ、もう。

思いっきり立ち上がると、すねをローテーブルにぶつけた。


「……っ。痛っ」


──もう、やだ。

痛いよ。


別にいいじゃん。

初デートは水族館だったんだねって、話したかっただけなんだよ。

ちょっとくらい、拗ねてもいいじゃん。

でも、いつか行けたらいいねって。

そしたらわたしが、思い出を上書きするからね!って宣言して。

笑い合えたら、それでいいじゃん……。


なのに、なんで先に全部止めるの?


ふつふつと、頭に血が上っていく。

クッションをぎゅーっとして、顔を埋めた。


「もう、バカ!」と声に出して、言いすぎてしまいそうな衝動を発散した。


好きなんだから嫉妬くらいするよ。

ジンくんの過去を想像して、

いいなぁ、わたしもそんなふうに、ジンくんと手を繋いで歩きたいなって思うよ。

それって普通の感情だよね?

別に傷つくとかじゃなくて。

想像して、羨ましくなっちゃったなぁくらい言っても良いと思うけど。


やっぱり、イライラする。

そうやって言われるのが嫌だったわけ?

過去の思い出を共有したくなかった?

モヤモヤしてるわたしを受け止めたくなかったのかな。


「読んだよ。でも、仕事で言わなきゃいけないんだから、仕方ないじゃん。

それでも、過去のことって分かってても、嫉妬はするよ。それも仕方ないでしょ?

羨ましいな、いいなって思ったらダメなの?」


受け取って。わたしの嫉妬ごと。

可愛いヤキモチって笑って。


それだけでわたし、満足するのに。

別に、困らせたいわけじゃないよ。

謝らせたいわけじゃない。

気持ちを共有したいだけなの。


“ピロン”の音が鳴る。

「ごめんね、余計なこと言ったよね。」


温度のない謝罪に、胸がチクリと痛んだ。


わたしだって、初恋があったよ。

ジンくんだってちょっとは、モヤッとしてくれるでしょ?


そんなことを話したかっただけだよ。

余計なことって、何に対して言ってるの?


ねぇジンくん、わたしの気持ち見えてる?

……見ようとしてくれてる?


わたしのこと、ちゃんと見てよ。


「そうやって謝ってばっかりじゃん、もう知らないもん。」

少し歪んだ視界の中で、精一杯返事をした。

お願い、受け取って。

わたしの全部が、欲しいって言ってくれたのに。


「うん、そうだよね。俺が悪い。全部俺のせいだよ。許して?」

ほら、また謝った。



ミオが怒ってるみたい。

初めて怒らせたかも。

喧嘩なんかしたくないし、優しくしてあげたいのに。


ミオが嫉妬するかもしれない、そう思ったから読まれたくなかった。


ちょっとでも、俺のこと“嫌だな”って思われたくなくて。

“ジンくんにこんな過去があるなんて、知らなかった”って、言われたくなくて。


だって、俺にとってはもう“過去”だから。

“今”ミオといる方が何百倍も大切だから。

なかったことにするつもりはない。

でも、ミオに何か思われるなら、なくても良いものなんだよ。


ねぇミオ、聞いて。

俺の過去も未来も、全部ミオにあげたいんだよ。

謝ることなんて、なんてことない。

ミオが落ち着いてくれるなら、何度だって謝るよ。



ジンくんは、謝っておけばわたしが納得すると思ってるのかな。

いつもわたしにちゃんと向き合ってくれてたのに、なんで今日は何も言わないの?


「なんで?別にジンくん悪くないじゃん!わたしがワガママ言ってるだけじゃん。

いつも優しくしてくれて嬉しいけど、ジンくんの気持ちはどこにあるの?」


意味の分からない文句を言っちゃった。

こんなこと言われてもジンくんだって困るだけなのに……分かってるけど、止まらない。


だって、わたしはちゃんと、ジンくんと話し合いたいだけなんだよ。


「ミオのことを大切にしたいんだ。

ミオが嫌だって思うことしちゃったね。

もうしないから、怒らないで?」


なんだか、ジンくんが遠い。

ジンくんが見えない。こんなの初めて。

優しくしてくれてるのは分かるよ。


でも、でも……。


テレビもつけずに、スマホと向き合った。

音のない空間が、重くて痛い。

部屋の温度と一緒に、わたしの胸も寒くなっていく。

暖房をつけても、あったかくならないよ。


「ジンくん、わたしたち、心が近づけたと思ってたのに。

心だけは、いつも隣にいると思ったのに。

わたしは今、一人ぼっちだよ。

ジンくんは隣にいない。」


静かにスマホを見つめながら、わたしは今、大きな声で言ったよ。

聞こえてる?


「ごめん。」

シュポッと画面に写し出された一言。

わたしの叫び声は、ジンくんまで届かないの?


「また謝るの?ちゃんと思ってること言ってよ。どう思ってるの?」



やっと撮影が終わって、帰りの車。

陸は運転が優しいから、いつも酔わずにスマホもいじれるのに。

今日は胸がもやもやする。


俺がどう思ったのかなんて、どうでもいい。

ミオの心が、想いが、一番大事。

俺のことなんて、なんでもいいのに。


なんでこんなに、つっかかってくるんだろう……。


怒りの感情が見えてる。

それをぶつけられるのは、苦手なんだ。

だから、もう終わらせたいのに。


俺が悪いって言ってるんやから、ええやろ。


でも、そんなふうに言って、ミオに嫌われたくない。

俺が理解してあげられないのが悪いんだ。

受け止めきれてないのが、いけないんだね。


分かったよ。

なんでもぶつけていいよ。

ミオの気が済むまで。


「ミオに、優しくしたいんだよ。」

なんとか、一言だけ送る。

どうしたら、もっと笑わせられる?

いつも穏やかにさせてあげられる?


カッチカッチとウインカーの音が、やけに耳につく。

自分の焦りの音と同化してるみたい。


「ちょっと渋滞してますね。」

陸の声に、閉まった窓から外を見た。


たくさんの車の明かりが、やけに鬱陶しい。

雲の向こうにぼやっと光る月が、車を追いかけてきていた。


くそっ。

言葉が喉まであがってくるのに、うまく手が動かなくて。

マナーモードのスマホがブブッと揺れた。

振動が余計に指を重くさせる。


「ねぇジンくん。

わたしはジンくんに優しくされたくて、ジンくんと一緒にいると決めたわけじゃないよ。

ジンくんの心が見たいの。

わたしだって、ジンくんに寄り添えるわたしでいたいの。」


……え?

怒ってたんじゃないの?


苦しいほど、愛おしい。


車の中の冷たい空気が、喉を通るたび、痛いくらいなのに、満たされる。


どうして、ミオはそんなに優しいの?


俺の纏っていた“優しさの鎧”が、どれだけ薄っぺらいものだったのかを思い知る。

自分に言い訳をしていただけだったのかな。

泣きたくなるほど嬉しくて、泣きたくなるほど情けなかった。


俺が、ミオに寄り添ってあげたいって思ってた。

何でもしてあげたい、何でも与えたいって思ってるのに。


──ミオも同じように思ってくれてるの?


だって、俺はミオに救われたんや。

感謝しても、しきれへんくらい。

せやから、今度は俺が渡したいって思ってんのに。


画面を見つめたまま、動けないでいると、またブブッと、今度は優しくスマホが震えた。


「ちゃんと教えて?

わたしに怒ってもいいよ。

わたし、ジンくんに怒られたってジンくんが好きだよ。

しんどいって言っていいのに、隠そうとしないで。

優しさで誤魔化さないで、ちゃんと見せてよ。」


ねぇミオ、それは“愛してる”以上の“愛してる"だよ。


こんなにも、深く強く、想われてもいいのかな。

俺も同じだけ返せるだろうか。

文字越しにミオの涙が見えた。


「ミオ、泣いてるの?」


「泣いてるよ、ジンくんのバカ。」


“バカ”って言われて、嬉しいことなんてあるんだな。

ミオを泣かせてしまった。

でもきっと、これは大事な涙だ。

俺の目も、少しだけ滲む。


チラッと陸を見て、またスマホに目を向ける。

ゆっくり、でもちゃんと、自分の心と向き合う。


「ミオごめん、ごめんね。

これは本当のごめん……だよ。

傷つけたくなくて、嫌われたくなくて、優しさって言葉で誤魔化して、謝って終わろうとしてた。

ミオはこんなに心を見せてくれてるのに、俺はミオのためにって言葉で逃げてたのかもしれない。


泣かせたくなくて、泣かせた。

抱きしめてあげることも、できないのに。」


ミオの涙を見ることも、出来ない。

ぬくもりで、あたためてあげることも。


「抱きしめて欲しくて、泣いてるわけじゃないもん。

ジンくんと、心をひとつにしたいんだよ。」


それでも、こんなふうに、俺の心を求めてくれる。


いつも思ってた。

ミオと心がひとつになればいいのにって。

欲しくて、欲しくて、たまらなかった俺が思ってたこと。


沈みかけた俺を、引き上げてくれたミオ。

そして、またミオに救われてしまった。


そっか。

──こうやって愛すればいいんだ。


心をひとつにするってことは、ミオを俺の中に閉じ込めることじゃない。

感情を見せ合うってことなんだな。

相手の心が、ちゃんと見えるってことなんだ。


何度も、何度も、教えてくれる。

ミオの愛はなんてすごいんだろう。

嫉妬しちゃいそうになるくらい。


だって、俺も同じようにミオを救いたい。

ミオから必要とされる、俺でいたい。


ちゃんと、応えられるかな。

でも、俺も伝えてみるよ。


「ジンさん、着きましたよ。今日もお疲れ様でした。」


知らぬ間に渋滞も抜けて、マンションの下にいた。

外は真っ暗で、でも覆っていた雲が晴れて、空が明るかった。


「分かったよ、ミオ。

正直に言うと過去に嫉妬するミオが可愛い。そんなに俺が好きなの?って思うから。


でも同時に、仕事だからやらなきゃいけないことと、ミオを嫌な気持ちにさせたくないことで、俺も挟まれてた。


でも、どっちも言えなかったのは、ミオが嫉妬して傷ついてるのに喜んでる俺と、仕事を言い訳にしてる俺が情けなくて。


ミオには見せられなかった。

でもこれが本心だよ。」


部屋に入って、ゆっくり返事を打った。


ガラッとベランダのドアを開ける。

部屋に一気に、空気が流れ込んできた。

優しい光が、俺を照らしている。


ひんやりとした手すりに指をかけて、大きく息を吸った。

息は白いのに、吸い込んだ空気があたたかい。


──ミオ、月が綺麗だよ。



やっと、ジンくんの心を感じた。

ジンくんの感情が、ちゃんと見えた。

ジンくん、今わたしたち、またくっつけたね。

ぴったりくっついて、ジンくんの温度も感じられるよ。


すごく、勇気が必要だったと思う。

ジンくんは、自分の奥を見せることが苦手だから。


……分かってるけど、受け取りたかったの。

わたしが、ジンくんの全てを預かりたかったの。


「見せてくれてありがとう。

嫉妬するよ、好きだもん。

でも、ジンくんを仕事とわたしの板挟みにしたくない。

でも、だからこそわたしはちゃんと言うよ。

嫉妬したって。


そうしたら、ジンくんは、仕事だから仕方ないでしょって言ってね。

わたしは、ごめんねって、ちょっとヤキモチ妬いちゃったって言うから。」


なんて素直で、なんて可愛いミオ。

可愛い可愛い、俺のミオ。


もう絶対に、寂しい思いはさせないよ。


「そうだね。ミオ、本当にごめん。

もう絶対に、ミオの心をひとりぼっちになんてしないって約束する。絶対。だからもう一回信じてくれる?」


「いいよ、もう大丈夫だよ。

信じてるよ、今だってずっと。

信じてるから怒るの。

それが心をひとつにするってことでしょ?

ジンくん、ちゃんとふたりで話していこうね。どんなことも。」


「うん、そうだった。

俺決めたんだった。

ミオが困るときは一緒に困るって。

忘れてた。ありがとうミオ、好きだよ。

大好きだよ。」


ジンくん、そんなこと決めてたんだ。

知らなかったよ。ありがとう。


キラッとわたしの頬を一筋の光がつたう


「もう、ちゃんと覚えててよね!

ジンくんのバカ。

わたしも大好きだよ。またケンカもしようね。」


ふふっと自然に笑みがこぼれた。

ソファから立ち上がり、ベランダのドアをカラカラっと開けた。

「うぅ、寒いっ」って白い息を吐きながら、つい独り言が出るほど寒い。


でも、見たかったんだ。

雲の切れ間に、優しい光が見える。


──ジンくん、月が綺麗だよ。


ケンカのあとの感情に、名前はまだない。


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