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始まりのバグ


『ジンくんへ


私は、みんなに何か言われても、ジンくんのことが世界で一番大好きです。

でも、ジンくんの世界に入りたいわけではありません。

自分の生活も大切にしながら、前向きに頑張れるようになったのはジンくんのおかげです。


「この人を好きになれてよかった」と心から思えるのが、ジンくんです。


どんなときも、どんな気持ちのときも、私はジンくんの味方です。

ジンくんの世界にモヤモヤや暗いことが訪れることがあっても、心から応援し続ける存在がいることを、少しでも覚えていてくれたら嬉しいです。


どうか自分らしく、ジンくんの選んだ道を歩んでください。

私は“良い人でいたい”と願えるようになったのは、ジンくんを好きになれたからです。』


読み終えて、薄いブルーに花が描いてある封筒に、綺麗に戻した。

この手紙だけを自分のバッグにそっとしまう。

それから、紙袋に残った手紙を取り出して、また一通一通、ゆっくり目を通していく。



「明日何着ようかなぁ。」

いよいよツアー初日。

楽しみにしすぎて逆に決められない。

先月始まったFamousの冠番組『ファムファムファーム!』をテレビで流して気分を上げる。


初回放送が好き過ぎて、録画したやつ何回も見ちゃうんだよねぇ。

ジンくんの声を聞きながら、ジンくんに会いに行く服を選ぶ。贅沢な時間。


やっぱり明日もメンカラの青にしようかなぁ。

独り言を言いながら洋服を選んでいると、スマホがピカッと光る。


“ピロン”


『明日何時だっけ?』


あれ?誰だろう?

見たことないアイコンだよね。

不思議に思ったけど、明日といえばFamousのライブ。ってことはリンちゃんかな?


このときはまだ、この通知の小さな光が、わたしの人生を大きく変えるなんて、想像もしてなかった。


きっとリンちゃんだぁ!

そう思っていつものテンションで返信をしてみた。

「明日は12時に待ち合わせてランチしてから行かない?もう楽しみすぎて、眠れないかも!」


浮かれたハートのスタンプと一緒に送信。

リンちゃんはきっとまだ冷静モード。

「そんなこと言ってないで、早く寝ないと肌に悪いよ」って言ってくるかな。

ライブって実は前日の夜が一番楽しいという説、あるよね。


返信をして、また鏡に向かう。

ベッドには既にたくさんの服が散乱してる。両手に服を持って「うーん、こっちのワンピースがいいかなぁ。」なんて悩んでる。


ジンくんが、チラッとでも見てくれたらいいな。

あ、青だ、俺のファンだな。

なんて気づかれちゃったりして。

ふふっと声がでる。

想像するだけで、顔が溶けちゃう。


前回は投げちゅーもらえたし、いつものメッセージも見せれたし、今回も良席であれ!


そう願いながら、投げちゅーのジンくんを思い出して「やだぁ」って手に持ってる洋服に顔を埋める。

ジンくん、好き!

鏡の前のアクスタに「もぉ」とか言ってみたり。


一人で浮かれてたら、服に埋もれたスマホが“ピロン”と音を立てた。

あれ?どこにいっちゃった?

ベッドの上のTシャツをどけて、ワンピースをめくってスマホを探す。


どこだ?あ、あった!


いつもと同じ通知の光が、わたしの手を導いてくれた。


「一緒にランチってなに?笑

もう寝てた?ごめん、違う人に聞くわ。また明日な。」


あれ?ランチ出来ないって意味?

リンちゃんっぽくない返信に違和感を覚えながらも、返事を返す。

「リンちゃん明日午前中用事あるのかな?それならライブの直前に待ち合わせる?」


しばらくスマホを見つめながら、考え込んでいた。リンちゃんどうしたのかな?

変だなという気持ちが消えずに、いつものDMからも、リンちゃんに連絡してみることにした。


「リンちゃんさっきDMじゃなくて、メッセージくれた?明日ランチ行ける?」

開いたままのDMの画面にすぐに返事が来た。

「メッセージ?してないけど!

ランチしよー!わたしも連絡しようとしてたんだ。ミオ早く寝なよ?笑

いつもライブのときクマできてるから。笑」


ってことは、あのメッセージはリンちゃんじゃないんだ。

じゃあ誰だろ?


そう思ってたら、またスマホが音を鳴らす。

その音が、この出会いはまだ終わってないよと言ってるみたいに思えたんだ。


「すみません。何故か間違えて送られてしまったみたいです。

リンちゃんではないです。笑 

大変失礼しました。明日何か楽しみなことがあるんですね。ぜひ楽しんできてください。本当に申し訳ありませんでした。」


間違い?

そんなことあるんだ。

驚きながらも、心が揺れた気がした。


優しい人だな。

もう少し、話してくれないかな。

自然と指が返信を打っている。


迷惑かも、でも……。

もし嫌だったらきっと無視するよね!

自分に言い訳するように送信ボタンに触れる。

すぐに人のシャッターを開けようとするのは、自分の好きなところでもあり、嫌いなところでもある。


「そうなんです。Famousっていうグループのライブがあって。リンちゃんと行くんです。すっごく楽しみで!誰かに言いたくてすみません。笑 今からわくわくしてます!」


気にしてません、みたいな顔して鏡の前に立つ。

返事くれるかなぁ。……いやいや、今は服選びに集中しなきゃ!

せっかく明日ジンくんに会えるんだから。


チラチラと横目でスマホを視界に入れつつ、なんでもない素振りで洋服を手に取った。

少しして“ピロン”の音と共に、スマホが光った。

その光に、すぐに反応しちゃう。

なんでだろう。この感覚をずっと待っていた気がする。


「そうなんですか。きっとわくわくしてる人がいることをFamousも喜んでいると思いますよ。楽しい時間になりますように。」


胸を掴まれるってこういうことなのかな。


“楽しい時間になりますように”

このたった一言、この言葉の選び方。

わたし、今ときめいちゃったよね。

まだ何も分からないのに。

でも、ただの間違いメッセージにテンション高く返したのに。

優しいことだけは分かる。


もうちょっと返してもいいかな。

調子に乗って、痛い目みるかも。

なんて、自分に保険をかけながら、それでもまだ話したい気持ちを抑えられない。


いいかな、いいよね。


勝手に送るだけ、送るだけ……ぽち。

スマホから目を逸らしながら送信ボタンを押した。


「Famous知ってるんですね!すごく嬉しいです。わたしはジンくん推しです!リンちゃんはユウキくん。あなたも誰か推してたりしますか?あの、遅いので付き合わせていたらすみません。お返事いただかなくても大丈夫です。」


そこからしばらくスマホは黙ってしまった。

「んー、これにしようかな。」

服を選んでるふりして、スマホが気になって仕方がない。

寝ちゃったのかな?そもそも間違えただけなのに付き合わせちゃって、申し訳なかったな。


ベッドに広げた洋服をクローゼットに1着ずつ戻す。

とりあえず明日の洋服は決まったし、リンちゃんの言う通りクマができちゃうから寝よう。

そう思って電気を消してベッドに入ると、一瞬の光とともにドキッと心臓が高鳴った。


“ピロン”


「誰も推しではありませんが。笑 知ってはいますよ。あなたはジンくんが好きなんですね。どこが好きなんですか?」


暗い部屋の中、スマホの光がわたしの顔を照らす。

自分でも分かる。口角があがってる。

いわゆるにやけ顔。

知らない人からのメッセージなのに、なんでこんなに心が揺れるんだろう。


返信をくれたうえに、まだ話しを聞いてくれる。なんて優しいの。

女性かな?男性かな?なんて考えながら返信を打つ。


「聞いてくれるんですか?わたしはジンくんの誠実な姿が好きです!ファンに対する思いやりとか、ジンくんの発する言葉、声の温かさとか、もう全部です!

ジンくんはいつも、目の前の人に誠実で、きちんと向き合ってくれる人なんです。

聞いてくれてありがとうございます!」


なんだか嬉しくなってとてつもなく高いテンションで返しちゃった。

夜中なのに、ごめんなさい。

心の中で謝ってみたけど、返信が待ち遠しい。

もう返事をくれるのが当たり前みたいに思っちゃってる。


ドキドキがわくわくに、興味から好奇心に、感情がどんどん成長する。


本当は気づいてた。

最初の間違いメッセージが届いたときから、ふわふわと踊り出したい感じ。

胸の中でパーティーが始まったみたいな。

誰にも分からないだろう、ヒミツのパーティー。


2、3分でまた“ピロン”とスマホが音を立てた。まぶしいはずの光が心地よくすら思える。


「顔じゃないんですか?笑 アイドルのファンなのに、外見のことに触れないの面白いですね。」


あれ?そういうもんなの?

ジンくんに失礼なこと言っちゃった?

ジンくんは確かに誰もが認めるイケメン。

明るい髪、ふわふわの前髪、笑ったときの目尻のシワ。ぱっちり二重にすっとした鼻筋。

なによりも長い脚で、どんな服も着こなしちゃうんだから。


「もちろん、お顔もカッコイイし、スタイルも抜群です!でもお仕事への姿勢とか、言葉選びとか、内面がすごく魅力的です。ジンくんは、何でもやってみる人なんです。無茶振りされても、苦手なことでも、とりあえずやってみよって出来る人なんです。」


ちゃんと布教活動しておこう。

でも、正直に言うと、わたしはジンくんの顔はタイプではない。もちろん今は世界で一番カッコイイと思ってるけど、好きになったきっかけは顔じゃなかった。

お話ししながら、そんなことを思い出していた。

返信を打ちながら、なんだかもっと仲良くなりたくて、面白半分に一文追加してみた。


「もし良かったら、一緒に推しませんか?」


今度は開きっぱなしの画面に、シュポッという音とともに返事が来た。


「内面、いいですね。笑 ではジンくんのこと注目して見てみます。」


え、ほんとに!?

やったぁ!推し仲間が出来たかも!

そんなことをしていたら、もう1時を回っていた。


早く寝ないと寝坊したら最悪っ!


「じゃあ次は推し語りしましょ!今日は遅くまでお付き合いしてくださって、ありがとうございました。わたしはミオって言います。あなたのお名前、聞かせてもらえますか?また連絡してもいいですか?」


質問攻めしちゃってる。送信してから気づいた。まぁいいか。


少し間を置いて、運命が“ピロン”という音と一瞬の光と一緒にわたしに飛び込んできた。


「ジンです。笑 また話しましょう」


この言葉の意味をわたしはまだ知らない。


暗闇をぼやっと照らす画面の光が、月明かりのように導く。

──これが全てのはじまりの合図。



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