ふたり並んで
あのね、ジンくん。
わたしはジンくんのことをすごく尊敬してるの。
入社一年目の夏。
初めて仕事で大きな失敗をしてしまった。
先輩や上司がなんとかしてくれたけど、お客様にも迷惑をかけてしまって、挫折しそうになった。
全てが嫌になって、心もぐったりしてて。
疲れ切った身体でなんとか家に帰ったんだけどね。
テレビを見る元気もなくて、なんとなく、ラジオのアプリを開いた。
そうしたら、本当にたまたま、まだデビュー前のFamousのラジオが流れてきたの。
わたしはそこで、初めてFamousを知ったんだ。
その日はリスナーからの相談メールに答えてたんだけど、みんなふざけてて。
正直誰のことも知らなかったし、顔も分からなかったんだ。
でも声だけ聞いてて、何この面白い人たちって、笑っちゃった。
でも、最後は相談にみんな真面目に答えててね。優しいなって。
だからつい、聞き入っちゃったんだよね。
何個目かの相談が、確か恋愛相談だったかな?
笑いの中でふと、あたたかい声に、柔らかい喋り方で、
「どんなことがあっても、好きな人なら味方でいたいよ」
──そのたった一言にわたしは恋に落ちた。
今のは……誰?
声も言い方も、その考え方も、全部が一瞬で胸の中に入ってきた。
わたし、笑いながら泣いてたの。
自分でもびっくりしちゃった。
そこからジンくんをずっと見てきた。
ずっと好きでいたの。
ジンくんの考え方も、振る舞いも、全部がわたしの指針になってくれた。
だから、ここまで来られたよ。
「ミオ、俺の全部をミオにあげる。ずっとミオのことだけ考えていたい。」
そんなジンくんが、わたしのものに。
わたしが、ジンくんを独り占めできる。
こんなにジンくんに愛されるなんて……
嬉しくないわけないよ。
幸せって思ったっていいでしょ?
だってずっと好きだったの。
バカみたいだけど、世界で一番好きだった。
今まで出会った誰よりも長く、これから出会う誰よりも深く。
この先どんな人生を歩んでも、ジンくんより好きになる人はいない。
そう思ってたんだよ。
「今日のライブは来られないんだよね?残念だな。ミオを想って歌うからね。」
わたしに向けて歌って欲しい。
あなたの視界に入りたい。
あなたの視線がほしい。
ずっと願ってたこと。
プライベートに立ち入りたかったわけじゃない。
『アイドルとファン』それはもちろん分かってたよ。
でも夢くらい見てもいいじゃん。
でもね……ジンくん。
わたし、ジンくんの全部は欲しくない。
わたしのことだけ考えて欲しくない。
これは、綺麗ごとじゃなくてわたしの本心。
ジンくんの誠実なところが好き。
目の前の人をちゃんと見てるジンくんが好き。
だから……
わたしのためになんて、歌わないで。
目の前にいる人を想ってほしい。
それが、
わたしの好きなジンくんだから。
ジンくんの仕事に対する姿勢を尊敬していて、そんなジンくんにわたしも救われた。
ステージで輝いているときにわたしのことなんて思い出さないで。
ファンとしてのわたしが、言ってる。
──ジンくんを奪いたくない。
たくさんの人を幸せにして、たくさんの人に勇気を与えて、明日からまた頑張ろうと思わせてくれる。
それがジンくんでしょ?
ちゃんと向き合って。
目の前の人と。
ねぇ、ジンくんの全てが愛おしいから、
わたしは全部はいらない。
「ジンくん、わたしはジンくんにずっとわたしのことだけ考えてほしいとは思ってない。目の前にいる人を大切にして。それがジンくんでしょ?ライブ中はわたしのことは思い出さないでいてね。」
「ミオが俺を拒否しているわけじゃないのは分かってる。
分かってるけど……ちょっと痛いよ。
ミオの言葉は甘くて、苦しい。
だけど、もっと欲しい。
ねぇミオ、俺がミオを欲しいみたいに、ミオも俺のことも欲しがってくれる?」
子どもみたいなお願いをするジンくんが愛しくて。
……でも少し切なかった。
欲しいよ?ジンくん。
わたしだって欲しい。
ジンくんの愛が欲しい。
でも、ごめんね。
これは、ジンくんと恋をすると決めたわたしの覚悟。
ジンくんの夢も仕事も恋も全部、わたしが守るって決めたから。
「ジンくん、わたしはジンくんが好きだよ。だから、いらない。
わたしのことだけ見つめてるジンくんじゃなくて、ジンくんはそのまま、わたしの好きなジンくんでいて。
ジンくんの大切なものを、
わたしも一緒に守りたいの。」
──ヤキモチ?妬くよ。好きだから。
ジンくんが今誰といて、何を思っているのか全部知りたいよ。
ジンくんのそばにいられる人が羨ましい。
ジンくんに触れる全ての人に嫉妬する。
わたしだって、ジンくんの体温を感じてみたい。
どんな声でわたしを呼ぶの?
ジンくん、いまどんな顔してる?
全部近くで見ていたい。
でもね……
寂しいだけで不安じゃないよ。
ジンくんのこと信じてるから。
「ミオさん!一緒にランチ行きましょうよ。マイ行きたいお店あって……」
マイが、ランチに誘ってくれたから、椅子から立ち上がる。
胸の奥では、いつもの“ピロン”が鳴る。
ジンくん、受け取ってくれたかな。
「あれ?ミオさん、なんかありました?今日はカッコイイ日ですね。」
うん。
“好き”の覚悟を言葉にした日。
わたしはわたしの愛を届けるね。
「ねぇジンくん。
ジンくんの立場も、仕事も、考え方も、気持ちも、好きも、受け止められるよ。
だって、ジンくんの全部が好きだから。
ぜーんぶ、まるっと愛してるよ。」
あなたが好き。
それだけが、わたしの“愛してる”。
◆
ミオは無邪気で、言葉ひとつひとつが弾けているように見える。
ふわっと危うくて、守ってあげたい、そんなふうに思っていた。
「わたしのことだけ考えてほしいとは思ってない」
この言葉が胸に突き刺さる。
愛されていると、分かっているのに心がざわつく。
なんで?
俺を好きなのに。
欲しがってくれないの?
もっと求めていいのに。
もっと、心の奥まで来てほしいのに。
ミオの心に隙間もないくらい、俺が流れ込んでいきたい。
それは、ミオのことが好きだからだよ。
……ミオは、同じように思ってくれないのかな。
ミオの”好き”は綺麗すぎる。
どうしてそんなふうに好きでいてくれるの?
自信なんかない。
同じように光れない。
まぶしくて、まぶしくて──覆ってしまいたい。
支配したいわけやない。
でも、全部を奪いたいなんて。
もちろん口には出さへんけど。
ミオにもそう思ってほしいのに。
情けない。
分かってる。
分かってても、
こんなふうに人を好きになったんは──
ほんまに初めてなんや。
なんとなく浮足立つ感じはあったけど、ダンスも歌もちゃんと完璧にこなしてる。
いつ、ミオに見られてもいいように。
ジンくん、やっぱり素敵って思われるように。
「なんかジン気合入ってる?切なさ倍増で、きゃあ!がいつもよりすごいよ。」
仲の良いライブスタッフに褒められた。
確かにいつもより歓声が大きい。
「でしょ?なんか調子良いんだよなぁ。」
嘘の笑顔で取り繕う。
バレなければいいんだ。
「ジンさ、最近話し方ちょっと変わったよな?なんとかだ“なぁ”って語尾が伸びる感じ。またそれがあまーくていいんだろうな。」
笑いながら言われたけど、自覚がなかったからびっくりした。
そうかなぁ?
ミオのメッセージは語尾の“なぁ”が多い。
そんなところまで、似てきちゃったのか?
ミオの声を聞いたこともないのに、ミオの声で再生されるメッセージ。
甘ったるい喋り方も、何もかも全部、今の俺はミオでできてるみたい。
ゾッとなんてしてない。
別にええやろ。これで。
「まぁ、その調子でラストまで頼むよ!」
スポットライトに照らされた、自分の影に飲み込まれそうになる。
幸せなのに、怖い。
何もかも、本当にここにあるのか分からなくて。
昼のライブの後、夜公演までちょっと寝ようかな。
その前にミオに連絡するか。
スマホを手に取った瞬間に「ちょっと来い」とユウキに廊下に連れ出された。
「おい、いい加減にしろよ?」
「なに?どうしたの?」
「どうしたの?じゃねぇよ。
気づいてないふりすんな。
このまま続くなら、もうほっとかねぇから。
今のFamousはお前にかかってる。
分かってるよな?
ちゃんと責任果たせ。
……お前の覚悟ってそんなもんなの?
グループに対しても、お前自身に対してもな。」
なんだよ。
でも、言い返したいのに言葉が出ない。
遠ざかるユウキの背中に、息苦しくなった。
ちゃんとやってるでしょ。
さっきスタッフに褒められたし。
メンバーも、ミオも……
なんでみんなそんなこと言うの?
「ジン、ジン?」
楽屋に戻って、皮の冷たいソファに腰を掛けた。
ぼーっと空のペットボトルを見つめていると、タカユキに声をかけられる。
「ん?なに?」
「これさ、今出してる配信動画のファンの人達からの感想だってさ。次の配信の撮影のときに、感想に対してコメントするみたいだから読んでおいて。」
そう言って、資料を渡して俺の肩に手を置いた。
「ジン、ちゃんと見ろよ。」
あたたかい声だった。
「Famousのおかげで毎日楽しいです!」
「ジンくん、いつもありがとう。」
「Famous大好き!ジンくん、大丈夫だよ。」
「ジンくん、ずっと応援してるよ!頑張ってね!」
一つ一つ、書面に目を通す。
こんなにたくさん……
ちゃんと見ていてくれているファンも、いるんだ。
分かってた。知ってた。
ずっと喉につっかえてた骨は、これだったんだ。
──なんで、見ないふりしてたんやろ。
「おいー!それ俺にも見せて!」
コウが来ると一気に騒がしくなる。
「お、コウくんカッコイイだって!だよなぁ。わかってるなぁ!
……ジンくんのおかげで今日も頑張れますだって!やってやんなきゃだな!」
バシッと背中を叩かれる。
痛みと一緒にじわっと熱くなった。
楽屋の入り口でユウキが俺を見ていたことには、気づかなかったけど。
もう一度、スマホを手に取りミオのメッセージを見返してみる。
画面があたたかく、目に映る。
「ジンくんの大切なものをわたしも一緒に守りたい」
ミオは、どんな決意で言ってくれたの?
どうしてそんなにまっすぐでいられる?
全部は、いらないなんて、どうしてそんなに美しいの?
ミオの姿を見たあの日を思い出した。
あの、あたたかい光。
今の俺にはまぶしいんだ。
ミオの声は届いてるのに。
──おいていかないで。
心の中で何度も繰り返す。
人を好きになるということが、こんなに弱いことだって知らなかったんだ。
一緒に溺れてほしいのに、ミオは俺の隣を歩こうと自分の足で立ってる。
こっちに来て。
ぎゅっと抱きしめて「大丈夫だよ」って、そのまま深いところまで連れていきたい。
でも、それでも、ミオは”一緒に歩こう”と手を握ってくれるだろうな。
「ぜーんぶ、まるっと愛してる。」
一生懸命手を広げて「ぜーんぶ」ってやってるミオが目に浮かんだ。
ぴょんぴょん飛んで、まるってやってる。
愛おしいなぁ。
なんて強い光なんだろう。
こんなにも幸せでいいのかな。
ずっと、ミオのあたたかさを感じていたい。
そのためには、俺も一人で立たないとダメなのか。
ミオが俺を大切にしてくれているように、「ミオのために」そう思える俺でありたい。
あぁ、きっと俺は光に誘われて、キミを探していたんだ。
手紙をもらったあの日から。
ずっとずっと、俺を照らしてくれていたんだね。
ありがとう、ミオ。
その光があれば、俺は俺でいられるよ。
だから俺も、ミオの光になるよ。
もう迷わない。
ミオ、一緒に歩こう。
ふたり並んで。




