沈む
最近、ミオへの気持ちがどんどん膨らんで、溢れ出しそうになってる。
でも、止めたくもない。
この“何か”が俺とミオなんだ。
会いたいとか、触れたいとか、そんなことじゃなくて。
──ミオの心がほしい。
そんな風に思ったのは、初めてだ。
「ジンくん、今日もお仕事お疲れ様!」
こんな普通の文章でさえ、ミオの姿が目に浮かぶ。
髪をなびかせて、振り返って、微笑みかけてくれてる。
“ピロン”の音と画面の光。
どちらも俺にとってはミオそのもの。
好きだよ。
好きやねん。
言いかけてやめる。
まだ。まだ早い。
「ミオもお疲れ様。今日も可愛いね。」
照れるかな?
“もぉ”って独りで呟いて、耳まで赤くして、俯いてるかも。
言葉だけのやりとり。
それが逆にミオの全てを見せてくれている気がする。
ミオの気持ちがよく分かる。伝わってくる。
こんなにも……
深く、心の中まで入ってくる。
こんな感覚は初めて。
「もっと俺に甘えていいんだよ?
ちゃんと受け止めるから。
楽しいことも、嬉しいことも、なんか辛いなぁとかも、全部教えて?」
だからミオも……
俺の言葉で、心を乱して。
俺の言葉で、心を揺らして。
ミオの感情が全部ほしい。
「ジンくん、ありがとう。嬉しい。
ジンくんは優しいね!ふふ、なんかあったら聞いてもらうね。」
嬉しいの?どんな顔で笑ってる?
今どんな気持ちでいるのか、
知りたくて……
もっと教えて。
「わたしの友だちのリンちゃんはすっごく可愛いんだよ!めちゃくちゃ美人さんなの」
俺も言いたい。
ミオ、誰よりも可愛くて、誰よりも綺麗で、誰よりも愛しいのはミオやねん。
もっとちゃんと自覚して。
俺の見えへんところで、楽しそうにしているミオを想像するだけで、心がざわつく。
ミオに笑っていてほしい。
ミオに楽しくいてほしい。
ミオが幸せなら、それでいい。
でも、その理由が、全部俺ならええのに。
ジンくんがいい、ジンくんじゃなきゃいや。
そう言って。
こんな感情、俺にもあったんやな。
ねぇミオ、そんな俺ごと……
受け止めてくれる?
「ねぇミオ、最近のFamousはどうなの?」
言わせたくて、あえて聞く。
ねぇ、俺のこと、どう思ってる?
好きだって、言って。
「この前の歌番組カッコよかったよ!」
「誰がカッコイイなと思ったの?」
「ジンくんだよー!ジンくんに決まってるじゃん!」
言ってほしくて聞いたのに、そんなにまっすぐ俺が良いって言ってくれる。
「ミオ、もっと俺のことだけ考えて」
嘘がなくて、あたたかくて。
ミオの言葉は心地いい。
そんなミオが……
ミオの言葉が、もっと、もっと欲しくて。
──欲しくて。
「ねぇミオ……もっとちょうだい」
ミオの中を、俺でいっぱいにして。
俺の中も、ミオでいっぱいにして。
「……ミオの全部を、俺に預けて?
全部、俺のものにしてもいい?」
◆
ジンくんとの約束の日。
会えなかったのに、ううん。
会わなかったから、また少しずつジンくんとの距離が近づいていく気がした。
触れなくても、見えなくても、ジンくんのことがよく分かるの。
いいよね?
決めたんだ。
もう“好きでいること”を迷わないって。
ジンくんも、わたしのことが好き。
本当なんだと思う。
可愛くもないし、スタイルも良くない、特別抜きん出た才能もないけど──
それでも、ジンくんはわたしが好き。
「ミオさん、なんか最近可愛くなりましたね?」
職場の休憩室。
一緒にコーヒーを飲んでいると、突然マイに言われた。
「そう?」
「はい。なんかメイクのノリもいいし。なんかオーラが、愛されてる女って感じが出てます!」
ジーッと顔を見つめてくる。
「マイの予想では、ミオさんは恋してますね」
鋭いな。
でも、絶対に悟られちゃダメ。
「推し活してるからね!」
笑ってごまかせたかな。
……推し活が、今や恋活なんだけどね。
「なんだぁ。ジンくんかぁ。でもいいですね。なんか綺麗です。」
「ありがとう。はい、もう行くよ!」
って席を立つ。
褒め言葉は、受け取っておこう。
ジンくんがわたしを大切にしてくれるように
わたしもわたしを大切にしよう。
わたしもわたしを好きになろう。
ジンくんの言葉を──全部、信じよう。
「もっとちょうだい」
いいよ。
「ミオの全部」
あげる。
わたしの全部をジンくんにあげる。
「わたしはどんなジンくんも好き。わたしの“好き”はジンくんだけだよ。」
──もっとあげたい。
ジンくんが望むまま全てを差し出したい。
ジンくんだから何も怖くない。
ずっと見てきたから。
ジンくんのこと。
だから、何も怖くないよ。
「俺、もう戻れなくなるかもよ。
……いいの?」
いいよ。
ジンくん。わたしが、全部受け止める。
「ねぇミオ……逃げられないくらいに、好きにさせてもいい?」
わたしは、全部がジンくんでいいの。
ジンくんが、ジンくんでいてくれるなら。
◆
新曲のプロモーションのための歌番組。
次の売上も大事だから、気合い入れないと。
何よりも、ファンに、ミオに喜んでもらいたいな。
「ジンさん、今日も素敵ですね。」
この前のメイクさん。
またか。
素敵?当たり前やん。
だってミオにカッコイイと思われたいからね。
「そうかな。」
ついミオ思って、笑顔になる。
「……あの、髪直してもいいですか?」
俺だけやけに入念なの、バレてるよ。
わざと頬に触れるその指先も。
でもね、どれだけ触れられても、体温は上がらない。
「カッコよくしてくれてありがとう。」
──ミオのために、ね。
つい優しい目をしてしまったことに気づく。
顔を赤くするメイクさんを見て、後悔した。
ミオのこと、考えすぎたらダメだな。
今回の曲は、甘いラブソング。
俺の得意なジャンル。
きっとミオも好きだな。
歌詞の中にもミオに伝えたい言葉があふれてる。
目の前に、ミオを感じながら歌う。
「ジンさんなんか色気がすごいですね」
馴染みの男性スタッフさんから声をかけられた。
「そう?いつもでしょ?」
「あ、もちろんいつもですけど……でもなんかいつもより、気持ち入ってたというか。」
「まぁ、プロだからね。」
だって──ミオを想って歌ったからね。
「あの、メイク直します。」
また来た。いや、“来てくれた”、だな。
彼女も仕事だ。
「少ししゃがんでもらえますか?」
言われた通りにかがんであげると、すぐ目の前に彼女の顔。
目が合う。
また頬を赤らめた。
彼女のしてくれる髪型は、毎回好評だ。
彼女が担当だった日の放映のあとは、SNSで「ビジュ良すぎ!」って言われてることが多い。
だから、本当に感謝してるんだ。
いつもなら、得意のスルースキルを発揮するところ。
でも、ごめん。
「ちょっと連絡をしたい人がいるんだ。
少しだけ、急いでもらえたら嬉しいな。」
俺にはミオがいるんだ。
「あ、はい……」
俺の真剣な眼差しに、彼女も軽く頷いて、きちんと仕事をしてくれた。
最後には笑顔で立ち去る。
きっともう、必要以上に近寄ってこない。
ミオ、安心してね。
これでもう、ミオに嫌がられるかもしれないことは、なくなったな。
どんなささいなことでも、ミオとの関係を傷つけるかもしれないものは、いらない。
それだけミオが大事ってこと……だよね?
全部ミオのため、そう思ってるけど。
そうでしょ?そうだよ。
「ジーン!!」
タクマの声と共に、後ろからドンッと重みを感じる。
「なんだよ、いつもいつも乗っかるなよ。重いなぁ。」
後ろから俺の肩に顎を乗せてる。
タクマがチラッと、俺のスマホに視線を向けたのが分かった。
慌ててポケットにしまう。
「なぁジン、最近どうしたの?」
なぜか心配そうに顔を覗きこんでくる。
「なにが?どうもしないけど。」
口元が緩むのに、気づかれないように返事しないと。
「ほんとに?なんか変だよ。
今のやり取り、見てたけど。ジンらしくなかったよ。
何かを気づかせようとしたり……。
ちょっと前までは、なんか良い感じだったのに。」
浮かれてるのがバレたのかな。
うまくやったつもりなんだけどな。
「別に変じゃないよ。ちょっと楽しいだけ。俺らしくないってなに?
今だって、良い感じだよ。」
「楽しい、の?……それならいいけど。」
タクマは下を向いて、少し黙った。
そんなに心配させるようなこと、してるかな?
そのあと、少しだけ声を落として、まっすぐ目を見た。
「でもジン、聞いて?」
両肩に手を置いて、一歩近づいてくる。
「ちゃんと前見て歩いて?ちゃんとね。」
子どもに言い聞かせるように。
まっすぐまっすぐ、俺の目を見てた。
前は見てるだろ。──ミオといる“前”を。
まぁ確かに、浮ついてはいたかな。
やっぱりメンバーはよく気づく。
少し気を引き締めないと。
大事にしたいんだ。
誰にも触れさせたくない。
俺とミオだけの世界だから。
ねぇミオ、好き過ぎて怖いなんておかしいかな?
いつかミオのことも……
溺れさせたくなるかもしれない。
俺は沈んでしまうかも。
それでも、一緒にいてくれるかな?
ミオがもっと俺に夢中になって、
もっと俺で心を溶かして、
そんなミオを俺が包み込んでいたいんだ。
境目なんて、なくしてしまいたい。
──ずっと、俺だけのミオでいて。




