誰か守って
仕事が終わってスマホをチェックすると、新着メッセージのアイコンがついてる。
震えそうになる手をなんとか落ち着かせながら、アプリを開いた。
ジンくんからだ。
お返事くれたんだね。
その事実だけで、目に涙が浮かぶ。
「ありがとう。ミオちゃんの一言一言がちゃんと心に届いたよ。
俺を信じてくれてありがとう。
俺はミオちゃんの思っている通り、ジンだよ。ずっと応援してくれていたジンも、偶然つながったジンも、どちらも俺自身だよ。
ねぇミオ、それでも俺は何も変わらないよ。
ミオに会いたいって想いは本物なんだ。
そう思ってもいい?」
ジンくんの言葉、ひとつひとつ、しっかり噛み締めて読む。
ジンくんはちゃんとわたしと向き合ってくれた。
浮かれそうになりながらも帰りの支度をしながら、ちょっと頭を整理しよう。
だって、正直に言うとちょっと怖い。
なんでわたしなんかが。
わたしなんかにそんな出会いあるはずない。
そう思ってしまう卑屈なわたしがいる。
そんな上手いこといくわけないって、思っちゃうでしょ。
嬉しい気持ちと、信じられない気持ちと、信じたい気持ちと、不安な気持ち。
感情があっちこっちに動いて、心臓も忙しい。
本当のわたしは、運命という言葉で現状を飲み込めるほど、強くはない。
いつも明るいわたしでいたい。
元気でニコニコしていたい。
でもね、本当はいつも自信がなくて、自分を下げて言い訳をして、逃げてもいい理由を探してた。
だけど、わたしはジンくんを好きになったから、変わりたいと思えたんだ。
そして、わたしはジンくんを信じると決めた。
信じるためには強くならないと。
強く……強くなりたい。
ジンくんのためじゃない。
わたしはわたしのために。
どうなっても、自分で決めたと思えるようになりたい。
ちゃんと自分の気持ちに責任を持てる人でいたい。
それが、わたしがずっと心に留めている“良い人”だと思うから。
そして“良い人”でありたいと思えたのはジンくんのおかげだから。
だから、もう怖がらない。
わたしは弱くない。
ジンくんを好きになったことは、わたしの誇り。
わたしの人生で一番の自慢なの。
会社から出る足取りも軽い。
大きな一歩を踏み出した気分。
家について、カバンを置いてコートを脱ぐ。
いつものルーティンを済ませ、ソファに座って大きく息を吐いた。
送信ボタンにかかる指にも迷いはない。
「ジンくん、わたしも会いたいよ。」
◆
いつもの“ピロン”とともにやってきたミオからの返信は、たった一言だった。
それでも心から湧き上がる嬉しさが抑えられない。
会いたい、そう思ってくれた。嬉しい。
自然と緩む口元をキュッとしめた。
ライブ頑張ろう。
改めて、仕事への決意を固めた。
リハーサルにも力が入る。
「ここの動線変わる?」
その会場によってステージの形も少し変わるから、一つずつ動きを確認。
「この立ち位置だとちょっと遠くない?これじゃうちわ読めないかも」
自由に動ける曲ではなるべく要望に応えてあげたいな。
ミオが思い出させてくれた。
俺には味方がたくさんいるって。
目を閉じて客席を埋めつくすファンの姿を想像してみる。
瞼の裏に青い光の波。
大丈夫、ちゃんと見えてるよ。
その想いに応えるために、俺は俺でいるんだ。
ジンとしても、Famousのジンとしても。
みんなどんな服装で来るかな。
一生懸命メイクしてるのかな。
そうやって俺の大事なファンを思い浮かべて気持ちを上げる。
きっとみんな心配しているはず。
安心させてあげたい。
いつもこうやって助けてくれて、ありがとうね。
本当にファンのみんなに救われてる。
明日の髪型どうしようかなぁ。
ちょっとでもカッコイイって思わせたいな。
「ドーン!!」
花道で思いを巡らせていると、タクマが後ろから乗っかってきた。
こういうところ、ほんとにFamousの末っ子。
「重い!」
「いいじゃん。おんぶしてよー。ねぇなんか、今日のリハ気合い入ってるじゃん。」
「そりゃね?お前も気合い入れろよ。」
俺の弾んだ声を聞いて、タクマはニコリとした。
「ねぇジンこのあとホテルで飲もうよー!」
元気づけようとしてるんだろうな。
可愛いヤツだな。
「やだよ、今日は。タクマ飲むと長いから。」
そう言ってタクマを背中から無理やりおろす。
気持ちだけ、受け取るよ。ありがとう。
「えー!じゃあ明日ね?」
残念そうな声を出しながらも、優しい顔をしていた。
「ジン!次の曲いいー?」
スタッフの声が響く。
「おねがいしまーす」
まだ空っぽのはずの客席から、あたたかい風が吹いた気がした。
確認も終わり、メンバーみんなで楽屋に戻った。ホテルに戻る準備をしていたら、外が騒がしいことに気づいた。
なんだ?
「みんな、出ないで!」
中ちゃんが慌てて楽屋に入ってくる。
「なに?どうしたの?」
ユウキが冷静に聞く。
「外にファンが来て、警備員と揉めてたんだ。近隣の住民の方が警察を呼んじゃったみたいで……」
え?
「は?警察?なんで?」
冷静だったユウキも流石に驚いてる。
「昨日の新幹線のことがあって、ジンが見てくれるって思い込んじゃってるみたいで…話が通じないんだ。かなり揉めてる。」
……なんでそうなるの?また俺のせいなの?
一気に崖から突き落とされたような絶望感が襲ってきた。
また踏みつける?
どうして?俺がみんなのこと大事に思ってること分からないの?
伝わっていないの?
どれだけ愛してあげたら、俺の想いは届くの?
「警察が来ちゃったから、恐らくマスコミにも嗅ぎつけられるだろうな。みんなちょっとここで待機してて。」
中ちゃんの声が落ち込んでるのが分かる。
肩を落として、外に出ていった。
自分の無力さを突きつけられる。
あんなにみんなの笑顔を想像して頑張ったのに。
いつも喜んでもらえることを意識してるのに。
そんなことは考えてもくれないんだな。
──俺の片想いみたいだ。
届ける仕事をしているつもりだったのに。
何も届けられていないのかな。
「え?なんでそうなんの?」
いつも穏やかなタカユキの声に怒りが混じっているのが分かった。
「意味わからん。ファンサービスなんて、俺らは誰も思ってないから。都合良く解釈しすぎ。」
「もう来ちゃったもんはしょうがないでしょ。杉山さんに連絡した?まだなら電話してくれる?」
ユウキが陸に指示を出してる。
ユウキだって動揺してるはずなのにな。
そのとき、とことこっとタクマが寄ってきて
「ジンは悪くないよ」と言ってきた。
柔らかい声で。まっすぐな瞳で。
コウはいつもの明るい声で場を和ませてくれる。
「いっかい座ろーぜ!時間あるなら、さっき撮った動画確認するか?」
メンバーは誰も俺を責めない。
でも、それで余計に苦しくなった。
“誰かのために”そう思うたびに傷つけてる。
自分のことも、誰かのことも。
「Famousライブリハーサルで警察沙汰」
翌朝の新聞に大きな見出しが載った。
メンバーにも迷惑をかけてしまった。
それなのにみんなが優しくて、やるせない。
結成10年目……今が踏ん張り時なのに。
ここまでやってきたメンバーやスタッフを困らせることはしたくない。
俺一人の問題ではないんだ。
みんなの夢も背負ってここに立ってる。
警察なんて、とんでもないイメージダウン。
ごめん。本当にごめん。
ファンとの距離感。
この問題がある中で、俺が今ミオに会いたいと願うことは……
もしかして、いけないことなのかな。
ミオ……ミオに会いたい。
会いたいだけなのに。
◆
朝の忙しない時間。
ようやくしっかり眠れたと思ったら、寝坊しちゃった。
テレビからFamousの名前が聞こえて、急いで目を向けながらも、早くメイクしちゃわないと。
ニュースに耳を傾けながら、アイラインをひく。
……え?どういうこと?
呼吸が浅くなった気がしたけど、聞き漏らさないようにテレビに近づく。
あぁ、また心臓が掴まれたみたいに苦しくて、思わず胸に手を当てた。
ジンくん。
今どんな気持ちかと想像しただけで、涙が出るよ。
どうして?ねぇどうして……
ジンくんの想いを踏みにじるようなことをするの?
乾いてないアイメイクが、黒く滲む。
キャスターの口が動くのを見つめたまま、声はもう聞こえていなかった。
ジンくんを傷つける人は許せない。
わたしの大好きなジンくん。
わたしの……ジンくん。
誰もジンくんを傷つけないで。
お願いします。お願いだから。
ジンくんを困らせる人はファンだなんて名乗らないで。
好きだなんて言う資格ない。
もうジンくんの心に触れないで。
ジンくんの感情を揺らさないで。
わたしだけがジンくんを想ってる。
ジンくんだって、わたしを必要としてるはず。
きっと、いや、絶対に。
すぐにでもわたしはあなたを傷つけないと伝えたい。
わたしが守ってあげたいよ。
ジンくん、わたしがいるよ。
わたしだけは、ジンくんの味方だよ。
わたしならジンくんに嫌な思いさせない。
会って抱きしめたい。
ぎゅーっと包んで「大丈夫だよ。大好きだよ」って言いたい。
わたしがジンくんを助けたい。
わたしなら、わたしなら……。
鉛のような足を動かして、会社に向かう。
メイクもちゃんと出来なくて、マスクで顔を隠した。
満員の電車に揺られて、どの方向からも圧力がかかってくる。
駅について、押し出されるように電車を降りた。
「ドアが閉まります。ご注意ください。」
黄色い線の内側でやっと息が吸えた。
新鮮な空気を胸いっぱいに入れて、吐き出す。
目の前のモヤが少しだけクリアになった。
分かってる。分かってるよ。
ジンくんは今、ファンとの距離感で誤解されて苦しんでる。
それがどういう意味なのか、ちゃんと分かってるってば。
自分の声が頭にこだまする。
それに歯向かうように、分かってるを繰り返す。
前を向いて歩いてるのに、進んでないみたいだ。
知ってるよ。
ジンくんを心配してるのは、わたしだけじゃないよね。
どれだけたくさんの人が、ジンくんを想ってるかなんてこと、わたしが一番分かってるのに。
ジンくんが愛されてることをわたしが否定するなんて。
なにやってんだろ。ね、ジンくん。
道路にポタッと一滴だけ、濡れた跡が残る。
ジンくん、ごめんね。
やっと声が消えた。
ちゃんと景色は変わってる。
ねぇジンくん、わたしは嫌だよ。
今、ジンくんに会ったら、ジンくんを傷つけるようなことになるかもしれない。
もしそんなことになったら、わたしはわたしを許せない。
わたしの“会いたい”って気持ちが、ジンくんのこれまでを壊しちゃうかもしれない。
そういうことなんだよね。
だから、この恋はこれ以上先に進んじゃダメなんだ。
だって今のわたしにはジンくんのこと、守れない。
ジンくんのためにできることが、何も思いつかないの。
好きだから、そばにいたいよ。
心だけでも近くにいたい。
誰よりも、わたしがジンくんのそばに。
でもね、好きだから、ここまででもいい。
ねぇジンくん、後悔しないよ。
ジンくんを好きになったことだけは。
たとえこのまま、離れてしまったとしても、
ずっとジンくんが好きだよ。わたしはずっと。
誰か……ジンくんを守ってください。
ジンくんどうか、ジンくんだけは幸せでいて。




