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誰か守って


仕事が終わってスマホをチェックすると、新着メッセージのアイコンがついてる。

震えそうになる手をなんとか落ち着かせながら、アプリを開いた。


ジンくんからだ。

お返事くれたんだね。

その事実だけで、目に涙が浮かぶ。


「ありがとう。ミオちゃんの一言一言がちゃんと心に届いたよ。

俺を信じてくれてありがとう。

俺はミオちゃんの思っている通り、ジンだよ。ずっと応援してくれていたジンも、偶然つながったジンも、どちらも俺自身だよ。


ねぇミオ、それでも俺は何も変わらないよ。


ミオに会いたいって想いは本物なんだ。

そう思ってもいい?」


ジンくんの言葉、ひとつひとつ、しっかり噛み締めて読む。

ジンくんはちゃんとわたしと向き合ってくれた。


浮かれそうになりながらも帰りの支度をしながら、ちょっと頭を整理しよう。

だって、正直に言うとちょっと怖い。


なんでわたしなんかが。

わたしなんかにそんな出会いあるはずない。

そう思ってしまう卑屈なわたしがいる。

そんな上手いこといくわけないって、思っちゃうでしょ。


嬉しい気持ちと、信じられない気持ちと、信じたい気持ちと、不安な気持ち。

感情があっちこっちに動いて、心臓も忙しい。


本当のわたしは、運命という言葉で現状を飲み込めるほど、強くはない。


いつも明るいわたしでいたい。

元気でニコニコしていたい。


でもね、本当はいつも自信がなくて、自分を下げて言い訳をして、逃げてもいい理由を探してた。


だけど、わたしはジンくんを好きになったから、変わりたいと思えたんだ。


そして、わたしはジンくんを信じると決めた。

信じるためには強くならないと。

強く……強くなりたい。


ジンくんのためじゃない。

わたしはわたしのために。


どうなっても、自分で決めたと思えるようになりたい。

ちゃんと自分の気持ちに責任を持てる人でいたい。

それが、わたしがずっと心に留めている“良い人”だと思うから。

そして“良い人”でありたいと思えたのはジンくんのおかげだから。


だから、もう怖がらない。

わたしは弱くない。


ジンくんを好きになったことは、わたしの誇り。

わたしの人生で一番の自慢なの。


会社から出る足取りも軽い。

大きな一歩を踏み出した気分。


家について、カバンを置いてコートを脱ぐ。

いつものルーティンを済ませ、ソファに座って大きく息を吐いた。


送信ボタンにかかる指にも迷いはない。


「ジンくん、わたしも会いたいよ。」



いつもの“ピロン”とともにやってきたミオからの返信は、たった一言だった。


それでも心から湧き上がる嬉しさが抑えられない。

会いたい、そう思ってくれた。嬉しい。

自然と緩む口元をキュッとしめた。

ライブ頑張ろう。

改めて、仕事への決意を固めた。


リハーサルにも力が入る。


「ここの動線変わる?」

その会場によってステージの形も少し変わるから、一つずつ動きを確認。

「この立ち位置だとちょっと遠くない?これじゃうちわ読めないかも」

自由に動ける曲ではなるべく要望に応えてあげたいな。


ミオが思い出させてくれた。

俺には味方がたくさんいるって。


目を閉じて客席を埋めつくすファンの姿を想像してみる。


瞼の裏に青い光の波。

大丈夫、ちゃんと見えてるよ。

その想いに応えるために、俺は俺でいるんだ。

ジンとしても、Famousのジンとしても。


みんなどんな服装で来るかな。

一生懸命メイクしてるのかな。

そうやって俺の大事なファンを思い浮かべて気持ちを上げる。


きっとみんな心配しているはず。

安心させてあげたい。


いつもこうやって助けてくれて、ありがとうね。

本当にファンのみんなに救われてる。


明日の髪型どうしようかなぁ。

ちょっとでもカッコイイって思わせたいな。


「ドーン!!」

花道で思いを巡らせていると、タクマが後ろから乗っかってきた。

こういうところ、ほんとにFamousの末っ子。


「重い!」

「いいじゃん。おんぶしてよー。ねぇなんか、今日のリハ気合い入ってるじゃん。」

「そりゃね?お前も気合い入れろよ。」


俺の弾んだ声を聞いて、タクマはニコリとした。

「ねぇジンこのあとホテルで飲もうよー!」


元気づけようとしてるんだろうな。

可愛いヤツだな。

「やだよ、今日は。タクマ飲むと長いから。」

そう言ってタクマを背中から無理やりおろす。

気持ちだけ、受け取るよ。ありがとう。

「えー!じゃあ明日ね?」

残念そうな声を出しながらも、優しい顔をしていた。


「ジン!次の曲いいー?」

スタッフの声が響く。

「おねがいしまーす」

まだ空っぽのはずの客席から、あたたかい風が吹いた気がした。


確認も終わり、メンバーみんなで楽屋に戻った。ホテルに戻る準備をしていたら、外が騒がしいことに気づいた。


なんだ?


「みんな、出ないで!」

中ちゃんが慌てて楽屋に入ってくる。


「なに?どうしたの?」

ユウキが冷静に聞く。


「外にファンが来て、警備員と揉めてたんだ。近隣の住民の方が警察を呼んじゃったみたいで……」


え?


「は?警察?なんで?」

冷静だったユウキも流石に驚いてる。


「昨日の新幹線のことがあって、ジンが見てくれるって思い込んじゃってるみたいで…話が通じないんだ。かなり揉めてる。」


……なんでそうなるの?また俺のせいなの?


一気に崖から突き落とされたような絶望感が襲ってきた。


また踏みつける?

どうして?俺がみんなのこと大事に思ってること分からないの?

伝わっていないの?

どれだけ愛してあげたら、俺の想いは届くの?


「警察が来ちゃったから、恐らくマスコミにも嗅ぎつけられるだろうな。みんなちょっとここで待機してて。」

中ちゃんの声が落ち込んでるのが分かる。

肩を落として、外に出ていった。


自分の無力さを突きつけられる。

あんなにみんなの笑顔を想像して頑張ったのに。

いつも喜んでもらえることを意識してるのに。


そんなことは考えてもくれないんだな。


──俺の片想いみたいだ。


届ける仕事をしているつもりだったのに。

何も届けられていないのかな。


「え?なんでそうなんの?」

いつも穏やかなタカユキの声に怒りが混じっているのが分かった。

「意味わからん。ファンサービスなんて、俺らは誰も思ってないから。都合良く解釈しすぎ。」


「もう来ちゃったもんはしょうがないでしょ。杉山さんに連絡した?まだなら電話してくれる?」

ユウキが陸に指示を出してる。

ユウキだって動揺してるはずなのにな。


そのとき、とことこっとタクマが寄ってきて

「ジンは悪くないよ」と言ってきた。

柔らかい声で。まっすぐな瞳で。


コウはいつもの明るい声で場を和ませてくれる。

「いっかい座ろーぜ!時間あるなら、さっき撮った動画確認するか?」


メンバーは誰も俺を責めない。

でも、それで余計に苦しくなった。

“誰かのために”そう思うたびに傷つけてる。

自分のことも、誰かのことも。



「Famousライブリハーサルで警察沙汰」


翌朝の新聞に大きな見出しが載った。

メンバーにも迷惑をかけてしまった。

それなのにみんなが優しくて、やるせない。


結成10年目……今が踏ん張り時なのに。

ここまでやってきたメンバーやスタッフを困らせることはしたくない。

俺一人の問題ではないんだ。

みんなの夢も背負ってここに立ってる。

警察なんて、とんでもないイメージダウン。

ごめん。本当にごめん。


ファンとの距離感。


この問題がある中で、俺が今ミオに会いたいと願うことは……

もしかして、いけないことなのかな。


ミオ……ミオに会いたい。

会いたいだけなのに。



朝の忙しない時間。

ようやくしっかり眠れたと思ったら、寝坊しちゃった。

テレビからFamousの名前が聞こえて、急いで目を向けながらも、早くメイクしちゃわないと。


ニュースに耳を傾けながら、アイラインをひく。


……え?どういうこと?

呼吸が浅くなった気がしたけど、聞き漏らさないようにテレビに近づく。

あぁ、また心臓が掴まれたみたいに苦しくて、思わず胸に手を当てた。


ジンくん。

今どんな気持ちかと想像しただけで、涙が出るよ。

どうして?ねぇどうして……

ジンくんの想いを踏みにじるようなことをするの?


乾いてないアイメイクが、黒く滲む。

キャスターの口が動くのを見つめたまま、声はもう聞こえていなかった。


ジンくんを傷つける人は許せない。


わたしの大好きなジンくん。

わたしの……ジンくん。

誰もジンくんを傷つけないで。

お願いします。お願いだから。


ジンくんを困らせる人はファンだなんて名乗らないで。

好きだなんて言う資格ない。


もうジンくんの心に触れないで。

ジンくんの感情を揺らさないで。

わたしだけがジンくんを想ってる。


ジンくんだって、わたしを必要としてるはず。

きっと、いや、絶対に。


すぐにでもわたしはあなたを傷つけないと伝えたい。

わたしが守ってあげたいよ。

ジンくん、わたしがいるよ。

わたしだけは、ジンくんの味方だよ。


わたしならジンくんに嫌な思いさせない。

会って抱きしめたい。

ぎゅーっと包んで「大丈夫だよ。大好きだよ」って言いたい。

わたしがジンくんを助けたい。

わたしなら、わたしなら……。


鉛のような足を動かして、会社に向かう。

メイクもちゃんと出来なくて、マスクで顔を隠した。

満員の電車に揺られて、どの方向からも圧力がかかってくる。


駅について、押し出されるように電車を降りた。

「ドアが閉まります。ご注意ください。」


黄色い線の内側でやっと息が吸えた。


新鮮な空気を胸いっぱいに入れて、吐き出す。

目の前のモヤが少しだけクリアになった。


分かってる。分かってるよ。

ジンくんは今、ファンとの距離感で誤解されて苦しんでる。


それがどういう意味なのか、ちゃんと分かってるってば。


自分の声が頭にこだまする。

それに歯向かうように、分かってるを繰り返す。

前を向いて歩いてるのに、進んでないみたいだ。


知ってるよ。

ジンくんを心配してるのは、わたしだけじゃないよね。


どれだけたくさんの人が、ジンくんを想ってるかなんてこと、わたしが一番分かってるのに。

ジンくんが愛されてることをわたしが否定するなんて。


なにやってんだろ。ね、ジンくん。


道路にポタッと一滴だけ、濡れた跡が残る。

ジンくん、ごめんね。

やっと声が消えた。

ちゃんと景色は変わってる。


ねぇジンくん、わたしは嫌だよ。

今、ジンくんに会ったら、ジンくんを傷つけるようなことになるかもしれない。

もしそんなことになったら、わたしはわたしを許せない。


わたしの“会いたい”って気持ちが、ジンくんのこれまでを壊しちゃうかもしれない。

そういうことなんだよね。


だから、この恋はこれ以上先に進んじゃダメなんだ。

だって今のわたしにはジンくんのこと、守れない。


ジンくんのためにできることが、何も思いつかないの。


好きだから、そばにいたいよ。

心だけでも近くにいたい。

誰よりも、わたしがジンくんのそばに。


でもね、好きだから、ここまででもいい。


ねぇジンくん、後悔しないよ。

ジンくんを好きになったことだけは。


たとえこのまま、離れてしまったとしても、

ずっとジンくんが好きだよ。わたしはずっと。


誰か……ジンくんを守ってください。


ジンくんどうか、ジンくんだけは幸せでいて。




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