間違い
涙が溢れたのはいつぶりだろう。
ミオからのメッセージを読みながら、心が溶けていく感覚があった。
張り詰めていた何もかもがほどけていくような。
誤解をされてしまうことも、分かってもらえないことにも、慣れていると思ってた。
みんなに分かってもらえなくても、誰かに届いていればいい。
きっと誰かに届いているはずだ。
目に見えなくても、感じてくれてる人がいると信じてここまできた。
そう思わないとやっていられなかった。
ミオの顔も分からないのに、今どんな表情をしているのか分かる。
きっと真剣な眼差しで、俺を見つめてるね。あのときのように。
あのライブのときのように。
きっとすごく心配してるよね。
それでも俺のことを安心させたくて、強い気持ちを届けようとしてくれている。
まっすぐまっすぐ、俺の心に向かってくる。
「ありがとう。」
自然に口から言葉がこぼれた。
あのときの強い眼差しが光って見えて、綺麗やなと思ったことを思い出した。
そういえば写真、なんであれで分かったんだろう?コウが撮ってくれたやつだったけど。
もしかして。
指が急いでコウのSNSを開く。
そこで息が止まった。
俺がミオに送った写真が載ってる。
あぁあれ、SNS用だったのか。
「うまそうに撮れたから送ってやるよ。」
とか、偉そうに言いながらコウがくれたから、全然知らなかった。
Famousのファンだし、コウのSNSはチェックしてるはず。
前に毎日見てるって言ってた気もする。
そこのチェックを怠った。
本来なら絶対に許されない失態。
かなり緩んでいた証拠だと思う。
あれだけ、色々注意しろと言われていたのに。
──昨日からずっと間違いばかりしているな。
周りに迷惑をかけて、大切な人を困らせてばっかりだ。
きっとミオ、戸惑ったよな。
本当は俺の口から直接聞きたかったはず。
きちんと伝えてあげられなかった。
なんとかなるでしょって安易に考えていたことで、ミオを傷つけたかもしれない。
ごめん、ごめんね。
誤解されても仕方ない状況だったのに。
勇気を出して言ってくれたんだよね。
俺のこと、信じてくれたんだね。
ミオは、俺がFamousのジンだと分かった上で、この返信をくれた。
いつも俺の心を照らしてくれるのはミオの言葉。
なんでこんなにもあたたかくて優しいの?
ミオの言葉だけが真実だと思える。
ねぇミオ、俺が犯したこの「間違い」だけは、「間違いじゃない」って思いたい。
きっと俺とミオを、本当の意味で出会わせるためのものだったんだ。
きっと、出会っていいと
──神様が言ってくれたんだ。
そんなふうに、信じたくなった。
ミオが俺を信じてくれたように、俺もこの奇跡を信じよう。
もう自分を我慢することはやめてもいいかな?
電気をつけても暗かったホテルの部屋。
カーテンを開けると、太陽の光が入ってきた。
朝だ、ちゃんと明るい。
暖かさも感じてる。
昨日の夜に感じていた孤独はもうないよ。
もう、文字だけじゃ足りない。
ううん、本当はもっと前からそうだった。
ミオの顔が見たい。触れてみたい。どんな声をしてるの?どんな風に話す?
何度もミオのメッセージを読み返しては、ミオの姿を想像する。
心の奥まで明るく照らされている気がする。
こんなに近くにミオを感じてる。
さっきまで重かった体が嘘のように軽い。
ミオが俺のことを分かってくれた。
それだけで救われた気がしたんだ。
ミオのことが好きなんだ。
伝えたい、でも困らせるかもしれない。
でも、もう自分を隠すことはやめよう。
ミオが好きだって思ってもいい。
ミオに好きって言ってもいいんだ。
ミオが困ったら一緒に困ってあげよう。
どうしていくか、一緒に考えよう。
「ピンポーン」
ホテルのチャイムが鳴る。
「ジン、出られる?もう時間だよ」
ノックの音と共に中ちゃんが迎えに来た。
慌ててジャージを羽織ってドアを開ける。
「ごめん、待たせた?」
「いや、平気だよ。あれ?ジンのことだから昨日のこと引きずってるかと思って心配してたんだ。元気で良かった。なんかあったの?」
「まぁね。届くところに届けばいっかって思っただけ。」
「そっか。」中ちゃんは安心したように少し笑ってくれた。
「もう、スキャンダルはやめてくれよ?ジンは自分が思ってるよりも、繊細なんだから。
新幹線のことは、もう気にするな。」
なにがあったかは、聞いてこなかった。
きっと気になるのと、知りたくないのと、どっちもあるんだろうな。
マネージャーも大変だ。
でもありがとう。
「分かってるよ。ごめんね。」
車に乗り込むとコウがいた。
「おい、SNS用なら言えよな。」
「え?朝からなに!?」
「いや、ありがと。」
「なんだよ、きもちわるっ!にやにやすんなよ。」
「してない。」
いつものように、コウとじゃれる。
「ドキュメンタリー用のカメラ、もう入ってますよ。全部入りますからね!内容気をつけてくださいよ?」
高橋が運転席から注意してきた。
なんか悔しい。
「コウおはよう、今日も頑張ろうね。」
「やり直すなよ!」
「え?なんのこと?爽やかな朝だね。」
「いやいや、無理あるだろ!」
二人でケラケラ笑って会場へ向かった。
◆
今思えば、ジンさんがジンくんだと知っても、何も不思議じゃない。
わたしがジンさんに惹かれるのは当たり前で、ジンくんを好きになったことも、必然だったんだろうな。
ジンくんの正体に気づいたことを伝えたから……もう返事は来ないかもしれない。
でも、ジンくんに今のわたしの気持ちを伝えることが出来ただけで、幸せだと思わないと。
それって本当に贅沢なことだと思う。
こんなふうに、好きな人に自分の言葉を伝えることが出来るって、本当に奇跡みたいなことだと思うから。
あの「間違い」のメッセージから始まったわたしたちだけど、意味のある「間違い」だったんだって思う。
きっと神様が──
ジンくんのために出会わせてくれたんだ。
「ちょっと!ジンやばくない?ジンに限ってわざとじゃないのは分かってるけどさ。新幹線遅れたって、何万人とかに影響するやつでしょ?ちょっと騒ぎを大きくしちゃった感はあるよね。」
仕事中にリンちゃんからDMが来た。
こっそり確認しにトイレに席を立つ。
そっか、リンちゃんもそう思ったのか。
「騒ぎが大きくなり過ぎて心配だよ。でもジンくんは何も悪くないってわたしは思ってるよ。」
「まぁジンは悪くはないけどさ、でもブラインド開けちゃダメじゃん?顔見せたら興奮するに決まってるよ。ジンは優しさでそーゆーときあるよ。」
うん、そうだね。
ジンくんは優しいから。
でもね、それは強さでもあるんだよ。
「注意したかったんだよ。ジンくんはちゃんとダメなことダメって伝えたくて。」
「そんなの余計喜ぶに決まってるじゃん。それこそダメなものはダメでしょ。」
それでも、ジンくんは伝えたかったんだよ。
わたしには……分かるんだ。
「リンちゃん、それでもわたしはジンくんの味方でいたいの。」
ジンくん。
あなたにわたしの言葉が届いたって思うだけで、わたしは満たされる。
そんな”好き”に出会わせてくれてありがとう。
「分かってるよ、ミオ。ごめんね。元気だしてねって言おうと思ったのに。わたしはミオの味方だよ。きっと大丈夫になるよ。ユウキもついてるし!ね!笑」
リンちゃん、ありがとう。
◆
会場についてすぐリハーサルの準備。
でも……ミオに返信したいな。
きっと待ってるはず。
俺の言葉を。
スマホを出そうとしても、ドキュメンタリー用のカメラが気になる。
でも、この裏側がファンのみんな好きなんだよな。
ミオもめっちゃ見てそう。
ふふ、可愛いなぁ……想像して笑ってしまいそうになるのを必死にこらえる。
余計に連絡したくなった。
「今日のケータリングにステーキあった!」
タクマが楽屋に入ってきた。
声がかなり弾んでる。
Famousはみんな肉好きだからな。
「え!まじ?先食べようかな」
タカユキがオーバーなくらい大きな声で返してる。
「ジンも行かない?」
「いや、どうしようかな。あんまりお腹空いてないしな。」
よし、このままふたりが食事に行けば、カメラもついて行くやろ。
そしたらやっとスマホに触れる。
ちょっとでいい、ミオに返事するだけ。
「えー!行こーよー!」
タクマに腕をガシッと掴まれる。
「いや……」
「行こーよー!行こーよー!」
ブンブン人の腕を振ってくる。
こうなるとタクマはしつこい。
「タカユキと行ってきなよ。」
「ジンがいっぱい食べるところを見るのが楽しいんだよ!いっぱい食べてよ!」
もう、せっかく時間出来たと思ったのに。
「分かったよ……ねぇ、みんなタクマ可愛いなぁとか思ってるでしょ?一緒に行きたいんだ、仲良しだなとか思って見てたでしょ?
しつこいだけだからね?」
カメラに向かって話しかける。
そうしたら、これを見た時にファンの子が一緒にいるみたいな気持ちになるでしょ?
「みんなはライブ前に何食べてんの?え?ドキドキして食べれない?……かわいい。
でもちゃんと食べてからおいでね。」
ニコッと笑って見せる。
「みんなが、笑って楽しんでくれてる姿を見るのが、好きなんだから。」
「あージンがまたなんか言ってるー。」
タクマがひっついてきた。
ドキドキさせるのは得意。
……でも、ドキドキするのは、正直苦手。
だから、早く返信させて。頼む。
ミオ、待っててね。
ミオの言葉はちゃんと俺に届いてるよ。




