重いと想い
なんだか疲れた。
新幹線は俺のせいで遅延したまま走ってる。
この後リハかぁ……。
目を閉じて、深呼吸しても全く眠れないまま、どんどん目的地へ進んでいた。
ファンの子に間違ったことはさせたくない。
大事に思ってるから守ってあげたかったのに。
なんでやねん。
なんやねん。
腹立つわ、自分に。
無力感に押しつぶされそうになる。
でも余計に焦燥感を感じている理由は分かってる。
どうして、ミオは返事をくれないの?
忙しいのかな?と気遣う余裕もない。
ただ自分のわがままだけが支配する。
ミオの言葉がほしい。
早く返信ちょうだいよ……
ミオの文字を見て安心したい。
少しでも心を救ってほしい。
そんなことを思う自分が余計嫌になる。
あの、弾んでる文字が俺を持ち上げてくれる。
あの、あたたかい言葉が俺を包んでくれる。
そんなふうに、ミオに預けてしまってたんだ。
誰かと一緒の時間を過ごしてしまうと、一人になったときに余計に苦しい。
それをすごく実感してる。
いつもなら、耐えられたかもしれない。
でも、今はミオに寄り添ってほしい。
俺はこんなに弱かったのか。
感情を自分でコントロールできないと、こんなにも疲れるんだ。
もう、誰にも預けたくない。
“Famousのジン”としての俺が、どんどん薄くなっている気がする。
俺は一人しかいないのに。
ファンを守りたい俺も、ミオにすがりたい俺も、どっちも“ジン”じゃあかんのかな。
焦りも不安も喪失感も、全部捨てたい。
穏やかな気持ちで過ごしたいだけ。
それ以上は望まないから。
ただ、ミオと日常を過ごしたいだけなのに。
「ジン、お疲れ様。新幹線遅れてた?」
中ちゃんが駅で待機してくれていて、すぐに車に乗り込んだ。
迎えに来てくれてるのに、お礼も言えない。
「うん、駅にファンが来ちゃって……」
はぁ、経緯を話さないといけないけど、本当は話したくない。
言葉にするのが怖い。
俺の大事なファンが、俺の大切なものに踏み込んでくる感覚が、とても息苦しい。
本当の俺はそんなに器用じゃない。
「そっか、分かった。ニュースになるかもしれないなぁ」
中ちゃんが困った声を出してる。
ごめんと言いかけて口を閉じた。
──謝るだけで心が擦り減る気がしたから。
「俺はジンのこと分かってる。ジンが悪いわけじゃないのも、理解してるよ。でもな、そんなに甘くないのも分かるよな?
誰とでもちゃんと向き合おうとするな。
世間は結果だけがすべてなんだから。
ジンは優し過ぎるところがなぁ。心配の種だな」
なんて、最後はちょっと笑ってくれた。
「優し過ぎる……ね。優しいことが、いけないことになることもあるんだね。」
中ちゃんに聞こえるか、聞こえないかくらいの声でぼそっとつぶやいた。
「俺は今、誰かに優しくされたいわ。」
“誰か”やなくて、ミオに。
でも中ちゃんの言う通り。
それが俺が置かれている環境であり、自分で望んで踏ん張っている場所。
それでも、ちゃんと人として、相手の中にいられるようでありたいと思ってる。
俺がいることで、頑張れる、正しくいられる、そんな存在でいたい。
だから一人一人と向き合いたい。
そう思っていたのに。
あぁ、本当に疲れた。
こんなにも心が重いのは初めてかもしれない。
何も考えたくない。
もう
──誰も入れたくない。
中ちゃんは黙って運転してくれてる。
ラジオの音だけが車内に優しく流れている。
聞いたことある洋楽だなぁ。
車の後部座席で、やっと少しだけ眠れた。
会場についてメンバーと合流する。
「おー!ジンおつかれー!」
コウがいつもの明るさで迎えてくれたのに、正直鬱陶しい。
「あれ?なんか元気ない?最近やけににやついてたのに……」
今はもう話したくない。
ほっといてほしい。
……ごめん。コウ、ごめん。
「そんなことない」
「いや、明らかにスマホ触る回数増えてたしなぁ?楽しそうだったしなぁ?」
まとわりついてからかってくる。
いつもの絡みなのにうまく返せなくて「そんなことない」としか言えなかった。
心配してくれてるのは伝わってるけど、受け取れるだけの余裕がない。
「ジンさん、なんかネットニュースになってます」
陸が眉毛を下げながら近づいてきた。
やっぱり、もう嗅ぎつけられたか。
「Famousのジン新幹線でファンへ顔見せサービス!喜ぶファンにより新幹線遅延」
ネットニュースのタイトルなんて、クリックさせるための嘘ばっかりだ。
事実を歪めたって面白ければなんでもいいんだろうな。
人は言葉だけで簡単に信じてしまう。
自分の目で見ていないのに。
これが真実として語られてしまっても、釈明することすら出来ない。
サービスね……。
何か電話で話していた中ちゃんが、通話を終えて近づいてきた。
「ジン、納得いかないだろうけど、事務所から謝罪文を出すことになったよ。ごめんな。」
申し訳なさそうに、肩に手を置いた。
コウが心配そうに見てることに気づいたのに、もう何もかもめんどくさくて。
もう、何も期待したくない。
謝らないといけないのかもしれないけど、黙って頷くことしかできない。
「今、スキャンダルやばいっすよね?この前杉山さんに言われたばっかりですよね。大丈夫なんすかね?」
高橋が陸にこそこそと話してるのが聞こえた。
心配してくれてるのは分かってる。
でも、そんなに間違ってたのかな。
ちゃんとしたいと思ったことが。
向き合おうと思ったことが。
騒がしいはずの楽屋が、余計に孤独を感じさせた。
たくさんの人がいるのに、俺は一人きりだと言われてるような気がする。
みんなの声が遠くに感じた。
それでも、リハーサルが始まる。
明後日のライブのために。
ファンに喜んでもらうために。
スポットライトの光は、どんな気持ちの俺のことも、変わらず照らしてきた。
◆
ベッドから上半身を起こしてスマホを見る。
もう起きる時間だ。
眠れたのか眠れてないのか、よく分からないまま朝になっちゃった。
ジンさんに返事が出来てないままだ。
ジンさん、じゃなくてジンくんか。
夢だったらいいのに、そう思ってメッセージの画面を開くと、昨日の写真はやっぱりそこにある。
今のわたしはずるい気持ちでいっぱい。
もし、口にしてしまったらこの関係が終わってしまうかもしれない。
それが一番怖い。
わたしが気づいたことに、ジンくんが気づいてしまったら……。
このまま何もなかったように返事しちゃおうかな。
「昨日は忙しかったんだー」
なんて何気ない会話を続けたい。
気づいてないふりしていようかな。
だってこんなに楽しいんだもん。
それもありじゃない?
だって、ジンさんを好きになった想いまで否定されたくない。
“Famous”だから“アイドル”だからと思われたくない。
でも、なに食わぬ顔してジンくんに返事をしたら、わたしはわたしを嫌いになるかも。
ちゃんと向き合わなくていいの?
ちゃんと話し合わなくていいの?
何度も自分に聞いてみた。
結局どうするのか選べなくて、わたしは逃げてるのかも。
仕事に向かう準備をしながら、ニュースをつけた。
今日はエンタメコーナーでFamousのことやるかな、なんて期待してる。
なんだかんだで、やっぱりFamousが大好きなんだな。
そこはきっと変えられないし、変わらない。
「昨日、人気アイドルグループ、Famousのジンさんが乗った新幹線にファンが押し寄せ新幹線が遅延するというトラブルが発生いたしました」
え?なに?
手に持っていたマスカラを落としてしまった。
やだ、カーペットにマスカラついた。
ニュースからFamous、そしてジンくんの名前が聞こえる。
真面目なトーンでアナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。
「ジンさんが駅に押し寄せたファンに向けて車内から姿を見せたことにより、興奮したファンがさらに新幹線に接近してしまう事態となりました。制止する駅員を振り払い騒動は悪化し、所属事務所からは謝罪と、注意喚起のメッセージがファンクラブ公式サイトにアップされました」
謝罪?
ジンくん謝らなきゃいけないようなことしたの?
慌ててスマホに手を伸ばし、推し活用のSNSを開いた。
「ジンやばくない?なんでわざわざ顔見せたの?」
「迷惑ファンにファンサwさすがに炎上案件だわ!」
「ジンらしいなぁ!ファンのこと大好きだもんね。可愛いファンでもいたかな?」
心臓を突き刺されたような痛みが走った。
大げさに聞こえるかもしれないけど、それほどジンくんの痛みが伝わって来た気がした。
それでもスクロールする指が止まらない。
違う、違うよ!
ネットニュースを片っ端から読んでみた。
なんでこれでジンくん悪くなるの?
だって注意しようとしたんじゃん。
興奮したファンをなだめようとしたんだよ。
「危ないから離れて」って言おうとしたんだよ。
迷惑かけてることに心を痛めたんだよ。
ジンくんってそういう人じゃん。
なんでみんな分からないの?
本当にジンくんが好きなの?
わたしは分かるのに。
わたしなら……。
自分の大切なファンが、こんなニュースになるなんて、辛いに決まってる。
ジンくんの本意が伝わらなくて悔しいだろうな。
ジンくん、お願い、気づいて。
きっと厳しい声ばかりが聞こえてるかもしれないけど、それだけじゃないよ。
わたしはジンくんの味方だよ。
ジンくんの味方はここにいるよ。
あなたの想い、ちゃんと受け取ってる。
そのことを、どうしても伝えたくなった。
今のわたしは、あなたに直接言葉を届けることができるんだよね。
ミオ、勇気を出して。
わたしはジンくんに言いたいことがあるでしょ?
わたしにはジンくんに伝えなきゃいけないことがあるでしょ?
何よりも大切なジンくんに。
これはきっとわたしにしか出来ない。
このためにわたしはジンくんと繋がったのかもしれない。
意を決してスマホを握りしめる。
仕事に行く前に、ちゃんと伝えていこう。
──ジンくん、お願い。わたしの声を聞いて。
どうか受け取って。
これが、わたしの想いだよ。
言葉にしたら、もう迷わなかった。
大丈夫。もう手も震えてない。
ジンさんも、ジンくんも、わたしの好きな人。
ジンくんに、届いて。
ジンくんに少しでも力をあげて。
◆
眠ったのか、眠ってないのか、分からないままベッドの中で時間が過ぎていく。
鳴りっぱなしのスマホの通知も、心配の言葉にもうんざりしてる。
「大丈夫?」「気にしないほうがいいよ」
気持ちは有り難いけど、ほっといてくれよ。
「ジン新幹線騒動」ってSNSでもトレンド入りしてるらしい。
そんな情報くれなくていいのに。
知りたくもないのに、分からないのかな。
気持ちを素直に受け取れるほど、今は余裕がない。
誰の言葉も見たくもないし、聞きたくもない。
重たい身体を無理やり起こして、ベッドから足を下ろした。
薄いスリッパから床の冷たさが身体に響く。
小さな冷蔵庫から、陸が用意してくれたブラックコーヒーを取り出して一口飲むけど、何も食べたくない。
でも、ご飯食べないともたないよな。
「わたしサンドイッチが好きなの」
ミオのメッセージが浮かんできた。
なんで今……。
ミオから連絡はないのに。
中ちゃんに朝ごはん買ってきてって頼んどくか。
サンドイッチにしよう。
これも仕事のうち。
何も考えず働くしかない。
仕事をしている時間だけが、俺の存在を肯定してくれてるのかも。
“ピロン”
スマホの音が暗い部屋に響く。
もう無視しようかと思ったけど、なんか手に取っていた。
画面の光だけが、俺のことを照らす。
ミオだ!
なぜかミオの言葉だけはすぐにでも見たくて、少し指先が震えている。
すぐにメッセージをタップした。
「間違っていたらごめんなさい。
でも…ジンくんだよね?Famousのジンくんだよね?」
最初のメッセージに心臓がドクンッと大きな音を立てた。
握った手が更に震えて、スマホの文字が滲んで見えた。
え、バレた?……なんで?
「昨日の写真で分かっちゃった。ジンくんだって。ごめんなさい。間違いないって思ってる。だから言いました。でもジンくんのくれた言葉、全部、信じていいよね?」
昨日の写真?なんだっけ?
色々あり過ぎて忘れてしまってた。
震える指で、何度も違うところを触ってしまって、なかなか上手くスクロールできない。
なんとか自分の送信履歴を見直すと、蕎麦の写真か?
なんであれでバレた?
信じていいってなに?どういう意味?
怒らせたかな?嫌われたかな……?
なんでこんなに問題ばかり起こるの。
続きを読むのが怖い。
なんで今なの?
今ミオに拒絶されたら……
もう頑張れない。
「ジンくんがわたしと向き合ってくれてたことを信じてる。
だから、わたしの気持ちを聞いてほしいの。」
「ジンくん、わたしはあなたがいつどこにいて、何をしていても、あなたの味方だよ。
あなたの言葉だけを信じてる。あなたの想いだけを受け取るよ。
そんな味方がいることをどうか忘れないで。
そして、ジンくんにはそんな味方がたくさんいるよ。
どうか自分らしく、ジンくんの選んだ道を歩んでください。
わたしはいつもジンくんの心を感じてる。わたしの想いは、何もかわらない。
ずっとジンくんの味方だよ。」
画面の白い光が柔らかく見える。
今日初めて上手く息が吸えた。




