誠実
おかしいな。
ミオは休憩時間だといつもすぐ返信をくれるのに、今日は来ない。
写真送ったから、びっくりしたのかな?
それとも今日は忙しいのかな?
美味しいお蕎麦を食べて、午後も頑張れてるといいな。
ちょっと寂しいけど、そんなふうに思うだけであったかい気持ちになる。
だからそこまで気に留めずに、明後日からのライブの地方遠征のために新幹線に乗り込んだ。
大きな黒のボストンバッグをよいしょと荷物棚に載せて、ゆっくり椅子に座る。
チラッと後ろを見ると、サラリーマンらしき人。
良かった。
「ちょっと倒しますね」と小声で伝えた。
メンバーもマネージャー陣も先に行ってるし、新幹線には俺一人。
向こうの駅まではたぶん中ちゃんが迎えに来てくれる。
グリーン車にも人が溢れてるな。
きっとほとんどが、ファンなんだろうな。
通路を通ったとき、若い女の子が多かったし。
なぜかいつも、どの新幹線に乗るかバレてる。
でも、もう慣れた。
気にしない、気にしない。
気づいてないふりは得意。
ブラインドを下ろして、黒いキャップを深く被りなおす。腕を組んで目を閉じた。
寝ちゃえばすぐだ。
「きゃー!ジーン!!ジンー!!」
「お客様!お下がりください!お客様!」
窓の外から声が聞こえた。
なんだ?
周りの乗客もみんな顔をあげた。
言い合いしているような、激しい声。
「ただいまホームが大変混雑しております。安全確認のため、運転を見合わせております。お急ぎのところご迷惑をおかけいたします」
──なんて最低なアナウンス。
俺が乗ってることで迷惑をかけてるみたい。
こんなことは初めてだ。
「ジンー!ジンー!愛してるよー!」
甲高い叫び声。
新幹線の中では、みんながキョロキョロと俺を探し始める。
やめてくれ。
どうして”愛してる”のにこんなことをするんだろう。
どんな想いも受け止めてあげられる『ジン』でいたい。
ちゃんとみんなのこと”愛してる”のに。
“好き”も”愛”も、こんなにも周りを見えなくするものなのかな。
手が震える。
でも、少し落ち着かせなきゃ……
このままだと、怪我人が出るかもしれない。
それだけは避けないと。
そのためには、俺がなんとかしないとダメだよな。
下がってって言おう。
そう思って半分だけブラインドを開けてしまった。
「きゃあ!ジン!ジンがこっち見た!」
ザッと慌てて閉める。
逆に興奮させちゃった?なんで?
指先が白くなる。耳が熱い。
「ねぇ!いまわたしのこと見たよ!」
「違う!わたし!わたしだよね!!」
「ジンー!こっち見てー!もう一回見て!」
見てないよ。
見たんじゃないよ。
気づいてよ、俺の気持ち。
“俺”のことを見ようとしてよ。
息がうまく吸えへん。
思っていることと違う方向に進んでしまう。
いけないことだと伝えたいのに。
危ないことしないでって言いたいんだよ。
わかってよ。
なんで嬉しそうにするの?
伝えたいことも伝えられない。
俺ってこんなに何も出来ないの?
これだけのこともうまく届けられない。
──そんなに無力なの?
その瞬間に、時間が止まったみたいに、何も考えられなくなった。
すぐ近くで叫んでいる声、静止する声、全部の言葉が混ざって、雑音にしか聞こえない。
喜ばせたかったわけじゃない。
そんなわけないやろ。
ヘッドレストに後頭部を預けて、天井を仰ぐ。
みんなのこと、好きでいたいんだよ。
大切に思ってるんだ。
「ジンー!ちゃんと顔見せてー!」
顔を見て何を思うの?
困ってる俺の顔が見たい?
そうじゃないと……誰か言ってや。
鳴らないスマホ。
耳鳴りのように“ピロン”が頭に響く。
ようやく新幹線が出発してくれた。
時計を見ると、出発時刻からもう10分も経っていた。
◆
「ジンです。笑」
ジンくん。ジンくんなの?
あの日、初めてジンさんからメッセージが舞い込んできたあの日。
ジンさんは自分で「ジン」って名乗ったよね。
なんでだったのかな?
帰りの電車で、何度も写真を確認した。
端から端までよーく見た。
もしかして、驚かせようとコウくんの投稿をスクショした?
なんて淡い期待をしたけど、コウくんのアイコンと重なる部分も、ジンさんが送ってきた写真には背景が写っていた。
そこまでしなくても……と思いつつアプリを使って重ねてみる。
震える指先で写真を動かす。
ぴったり、だよね。
違うところを探したくて、何度も重ねては拡大してみるけど、テーブルの木目の節までぴったり。
エビ天の尻尾の折れ方も。
「これ、同じ写真じゃないよね?」
誰かにそう言って確かめたかった。
違うって言って欲しくて。
違うところを見つけて欲しくて。
でも、もし本当にジンくんだったら……
自分が確かめるためだけに、ジンくんの評判を落とすことになるなんて絶対に嫌だ。
だから、誰にも言えなかった。
ひとりで抱えるしかなかった。
わたしのことをからかっているの?
自分のことを大好きなファンが面白い?
まさかそんなわけないよね。
ジンくんはそんな人じゃない。
でもじゃあ何のために?
あんなに優しかった言葉は何だったの?
わたしは、ジンさんにとってなに?
たった一枚の写真で、人生が変わるかもしれない。
わたしも、ジンさんも。
そう思ったら怖くて。
湧き出る好奇心よりも、まさかジンくんなの?という興奮よりも、戸惑いのほうが何倍も大きかった。
家についたけど何もやりたくない。
バッグを適当に置いて、ソファの背もたれにコートをかける。
「はぁ、お昼にお蕎麦なんか食べなきゃ良かった。」
そんな独り言を言いながら、力なくソファに埋もれた。
ジンさん……もう何も考えたくない。
気づかないふりをしてようかな。
自分の心に蓋をしたくなった。
「Famousのファムファムファーム!」
ついFamousの番組をつける。
一昨日、観られなくて録画してたやつ。
今回もみんな仲良さそうで楽しそうだな。
「おい!ジン!お前やれよ」
コウくんがジンくんに無茶振りしてる。
「お前まじでふざけんなよ!」
「ジン、頑張れ」
ってタカユキくんまで。
いつものやりとり。ふふっ。
つい声を出して笑ってしまった。
「あーもう、本当にやだ。はぁ、いくよ?………あれ?意外といける」
苦手なもの克服チャレンジとか言って、またジンくんがなんか食べてる。
しかもおいしいの?もう、面白いなぁ。
絶対嫌だと思うのに、こうやってチャレンジしてみるところ。本当に尊敬する。
とにかくやってみる、その姿勢すごいなぁ。
「なんだ、いけるじゃん。食べ物は大切にしないとね。コウも食べろ!」
「ちょっと、待って!まじで!ムリムリムリ!ほんとに…やめろってぇー…あれ?意外といける」
「でしょ?食わず嫌い良くない。」
ドヤ顔のジンくんが画面いっぱいに映る。
あぁ好きだなぁ……って思っちゃった。
今、わたしの目に映ってるジンくんはいつものジンくん。
わたしが好きになったジンくん。
食べ物大切にって、そういえばジンさんも言ってたな。
何気なく「苦手な食べ物ある?」って聞いたら、「あるけど、食べ物は大切にしないとね」って。
──そういうところを好きになったの。
もし、ジンさんがジンくんだったら、
わたしの好きなジンくんじゃなくなっちゃうのかな?
「おはよう。ふたごの目玉焼き美味しそうだね。写真見せて?今日は良いことありそうだね。」
「うん、教えて?仕事頑張ってるミオちゃん、素敵だよ。」
「Famousの歌番組は見れないけど、代わりに感想教えてね。」
アプリを開いて、ジンさんのページを指で上になぞる。
メッセージを遡って一通一通読んでみた。
ジンさんの言葉を噛みしめるように。
優しい言葉選びが、やっぱりジンくんみたい。
わたしがジンさんに惹かれたのは、たぶんそこなの。
ジンくんとジンさんは似てるって、前に自分がリンちゃんに言ったんだよね。
言葉だけなのに誠実にわたしに向き合ってくれてると思えて。
どんどん遡って読んでると、これは……ライブの日のやり取りだ。
ライブはどうでした?なんてなに食わぬ感じで聞いてきて。
どういうつもりだったんだろう。
ちょっとだけ、胸がギュッとなる。
でも、何度読んでも、からかったり馬鹿にしたりしてるようには見えない。
ジンさんのメッセージには優しさだけが溢れてる。
──そう思っちゃうよ。
「どんなうちわ持っていたんですか?」
あれ?
持っていたって、わたしに聞いてたの?
出したの?とかじゃなくて「持っていた」って、いつものジンさんぽくない言葉選び。
ライブのときのこと、思い出そうとしてくれてたのかな。
もしかして、このときから気にしてくれてたのかな。
ジンさんってそういう人な気がする。
写真が同じだっただけ。
たったそれだけなんだけど。
でも、もう間違いないって確信してる。
わたしが恋している人は、
わたしの大好きな人は──
ジンくん。
そうなんだよね。
ジンさんはジンくんなんだ。
どちらの「ジン」もわたしが好きな人。
ジンくん、わたしに会おうとしてくれるの?
あの優しい文字はわたしに向けてくれたものなの?
……だったらいいのにな。
だってジンくんは、誠実な人だから。
わたしは今でもそう信じてるから。
もう一度、コウくんのSNSを開く。
うん、間違いない。
あれ?気づかなかったけど、もう一枚写真があるみたい。
スワイプすると、ジンくんが写っていた。
「かっこいい……」
自然に声が出る。
ん?
ジンくんの耳に薄いブルーのピアス。
お花の指輪のついた人差し指と中指で、思いっきり画面を拡大してみた。
これ……この指輪と同じやつじゃん。
わたしが、買ったんだってジンさんに見せたやつ。
ジンくんが絶対買わないようなブランドの、可愛らしいピアスが、ジンくんの耳で光ってる。
なによ、もぉ。
少しだけ、怖いけど。
目の奥が熱くなって、苦しいけど。
それでも──
ジンくん。
わたしは、あなたのことを信じます。




