らしくない
「ジンさん、おはよう。今日はなんと、朝ごはんの目玉焼きの黄身がふたごだったんだよ!すごくない?」
「あのね聞いて!今日仕事で良いことがあったの。」
「今日Famousの出てる歌番組見た?」
それからも他愛ないやり取りが続いてる。
おはようで始まって、おやすみで終わる。
ミオの言葉で一日がスタートするだけで、カーテンの色が鮮やかに見えた。
ミオの文章はすごく感情豊か。
文字だけなのに、ミオがどんな表情で言ってるのか思い浮かぶ。
可愛いな。 早く顔が見たい。
月末までもう少しだ。
最近スマホを見てると顔が緩むし、心も緩む気がする。引き締めないとな。
新しく買ったピアスとブレスレットをして、家を出た。
「聞いた?millionのカナタ、撮られたらしいよ。」
レギュラー番組の収録日、楽屋前の廊下でユウキがなんだか嬉しそうに声をかけてきた。
「え、撮られたってなに?」
「熱愛だってさ。なんか相手は一般人らしいよ。明日週刊誌にバーンと載るってよ。」
事務所の後輩のスキャンダルか。
可哀想に。
「お前なにおもしろがってんだよ。なんか嬉しそうじゃん。」
「いや、おもしろがってないよ。
可哀想だなって思ってるよ。
可愛い後輩だし、嬉しいわけねぇよ。
でもさぁ……ジンは他人事じゃないんじゃないかなぁと思って。」
ユウキは目を合わさずに、にやりと笑ってる。
「どういう意味だよ」
「さぁな?その、“らしくない”ブレスレットにでも聞いてみれば?
なにごとも慎重にってこと!
頼むよ最年長!」
分かってるみたいな顔しやがって。
はっきり何なのかはバレてないと思うけど。
というか、俺とミオは”まだ”そんな関係じゃないし。
まだ……ね。
本当にメンバーは鋭くて怖い。
長年一緒にいるだけのことはあるよな。
まぁ、メンバーならいいけど。
「おい!みんなあつまれ!」
楽屋でそれぞれのんびりしていると、鋭い声が響いた。
珍しくチーフマネージャーの杉山さんが来ている。
「millionの件聞いたよな?
お前らは大丈夫って信じてる。
でも分かるよな?今はどこの事務所も激戦なんだ。ひとつのミスが大きく、あることないこと言われる時代だからな。」
SNSの時代。
一瞬の油断が炎上につながる。
気を付けないといけない、そんなの当たり前。
だって、俺は”プロ”だから。
”プロのアイドル”だから。
やっとここまで来たんだ。
事務所にもファンにもがっかりさせるようなことはしない。
「絶対に撮られないでくれ。
熱愛はもちろんだけど、どんなスキャンダルも、だ。
うちの事務所は今お前らにかかってるって自覚を持ってな。
今が一番の売れ時だって、分かってるよな。」
メンバーの誰も声を発さない。
分かってるよ。
知名度も上がってきた。
メンバー個々の仕事も増えてる。
主演作もある。
今、ここで、売れなきゃ売れない。
だから絶対に、ミスはしない。
ユウキの視線を感じた気がしたけど、気づかないふりをした。
それでも、俺はミオに会うよ。
絶対に大丈夫。
撮られたりなんかしない。
俺なら──うまくやれる。
大きく深呼吸して、両手で頬を叩いた。
早く月末にならないかな。
タカユキはただ俺の肩をポンと叩いて、楽屋を出ていった。
「ジン、そのピアス新しい?」
中ちゃんにさっそくツッコまれた。
「うん。なんか買ってみただけだけど。」
「可愛いけど、ちょっと“ぽくない”から、撮影のときは外しといて。昨日もしてたよね?
そういうちょっとしたことで、今はなんでも勘ぐられるから。」
“ぽくない”ね。
うん、俺もそう思う。
なぜかそう言われて嬉しくなった。
でも、気をつけよう。
中ちゃんのこういう勘はものすごい冴えてる。
昨日はコウとご飯行ったくらいだから、大丈夫かな。
公式に出るものにはつけないでおくか。
メンバーと別れて、このあとは雑誌2本撮って、それから地方に移動か。
スケジュールはパンパン。
今はそれが誇らしく思える。
雑誌、ミオ買ってくれるかな。
いやいや、ミオのためだけじゃない。
ファンのみんなのために。
駐車場まで歩いていると、“ブブッ”とポケットの中のバイブ音が足に響く。
「お昼ご飯に後輩ちゃん達と贅沢ランチしに来ちゃった!美味しそう!」
ミオからランチの写真が来た。
ちょっと豪華なお蕎麦御膳。
美味しそうだな。
一瞬でそっちに心が持っていかれたのが分かる。
撮影が始まるまでは……ミオのこと考えててもいいかな。
少しだけ、ちょっとだけ。
移動の間に返すだけだから。
俺も昨日はコウと蕎麦食べたんだよな。
あんまり写真は撮らないんだけど、俺も送ってみようかな。
コウがくれたやつがあった気がする。
写真、大丈夫かな。
送る前に見直してみる。
蕎麦しか写ってないし、私物も写り込みしてない。
顔が反射してたりもしないね。
うん、大丈夫。
あ、写真ついてる!なんて独り言を言いそうで、可愛いな。
「美味しそうだね。俺も昨日の夜お蕎麦食べたよ。奇遇だね。」
美味しそーって喜んで見るかな、なんて想像してた。
気持ちを新たにしたところだったのに、やっぱり顔は緩んでるかも。
ミオはずるいな。
たった一通のメッセージ、たった一枚の写真で、こんなにも簡単に俺の気持ちを動かしてくる。
そわそわしてる俺なんて、らしくないなぁ。
◆
今日のランチは、会社から少し歩いたところにある、老舗のお蕎麦屋さん。
ちょっと高いからあんまり来ないんだけど、今日は奮発しちゃった。
昨日の夜、コウくんがSNSにお蕎麦の写真を載せてて「ジンと蕎麦来た!」なんて書いてあるから、ついね。
後輩のマイと掘りごたつの座敷に座る。
「ミオさん今日はなんでお蕎麦なんですか?めずらしいですよね。またジンくん?」
「え?バレた?ジンくんも昨日お蕎麦食べたんだって。」
推しが食べたものってなんで食べたくなるんだろうね?不思議。
「どれにする?ちょっと出すから、好きなのにしなよー」って先輩ぶってみた。
「やったぁ、ミオさん大好きー」
マイは素直で可愛い。
思ったことをなんでも言う。
「きゃー美味しそう!」
届いた御膳にマイのテンションが上がる。
「ほんとー。美味しそう!」
ってわたしもテンション上がる。
ふふ、ジンくんと同じお蕎麦。
「SNSにあげちゃおっかな。」
カシャッとマイが写真を撮った。
そうだ、わたしも推し活のSNSに載せちゃおうかな、なんて思ってスマホを向けた。
あ、ジンさんにも見てもらいたいな。
そう思ったら急に恥ずかしくなる。
お箸綺麗に揃えて、お茶もこの位置でいいかな?
ちょっと斜めにして、なんて構図を丁寧に揃えた。
「マイちょっとその、お手ふきの袋どけてくれる?」
「はーい。ミオさんそんな真剣に撮って、誰に送るんですかぁ?もしや、ジンくんより好きな人ができたんですか?」
後輩にからかわれてる。もう。
「違うよ。推し活用のSNSに乗せるだけだもん。」
「だもん、だって。ミオさん可愛い。からかってごめんなさい!」
マイはいつもこうやってわたしの反応見て楽しんでるんだから。
きっと、好きな人ができたことはバレてると思う。
でもそれ以上踏み込んでこないところも、できた後輩だなぁ。
よし、美味しそうに撮れたかな。
好きって思うと、なんか重たい文章になっちゃうから、軽く、軽く……
短めのメッセージと、練りに練られた写真を送った。
「ごちそうさまでした。」
食べ終わってお茶を飲みながらスマホを見る。
あ、スマホの画面がふっと光った。
ジンさんからお返事来てるかも。
溢れ出しそうな気持ちが抑えきれず、すぐにアプリを開く。
「ミオさん?なに嬉しそうにしてるんですか?」
「え?なんもないよ?」
なんて誤魔化しながら。
あれ?
ジンさんから写真送られてきたの初めてかも。
それだけで、テンションが上がったのが分かった。
「昨日の夜食べたよ」って、お蕎麦だ。
わぁ!美味しそうだな。
なんか嬉しいなぁ。
日常を見せてくれた。
──ジンさんに少し触れた気がした。
どこのお店かなぁ?
じーっと写真を見てしまう。
そのときなぜか胸がヒュッとした気がした。
あれ?そういえば、なんかこの写真、見覚えがある気がする。
そんなわけないのに、ただ美味しそうなお蕎麦に違和感が残る。
……なんだっけ?
途端に胸がざわざわと音を立てた。
あっ、昨日の……
そう思いかけて、慌てて考えを遮る。
いやいや、だからなに?って感じ。
もしかして、同じお店かな?
なんて、言い訳みたいなことを考えた。
「会社戻ろっか。」
無理に作った声で言った。
掘りごたつの段差さえ、辛く感じるほど足が重い。
「はーい」とマイが可愛い声を出してくれたことが救いだった。
なんだかトボトボと会社に戻る。
見たくないものを見てしまった気分。
それでも──
ロッカーの前で指が勝手に動く。
急いでコウくんのSNSを開いていた。
「ジンと久しぶりのサシメシ。蕎麦来た!たまたま終わりが同じだっただけだけど!笑」
そこに写る写真は、さっきジンさんから来たものと似てる。……似てるのかな。
胸のざわざわがとれない。
同じお店でたまたま、ごはんを食べただけだよね。
別にそれだけ。そう思うのに……
スクショして拡大したりしてみたり。
手が止められない。
なんだか情けないな。
こんなふうに何かを探るみたいなの、わたしらしくなくて嫌だ。
でもお皿の角度、お箸の位置、偶然……かもしれないけど、同じように見えてしまう。
目の錯覚だったらいいのに。
きっと、同じかもって思うからそう見えてるだけ。
すっごい偶然!
ジンくんとジンさんが同じお店でお蕎麦食べてるなんて。
なんなら運命じゃない?
ジンさんに教えてあげなきゃ。
……そうやって、楽しく考える方がわたしらしいのに。
今はそう思えないの。
ジンさんの温かい言葉が、急にぼやけて見えなくなったような気がする。
だって、それってどういうことなの?
ねぇジンさん、
わたしが惹かれて、恋をしているあなたは
──いったい誰なの?




