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ありがとう、店主様。わたくしはあの方と幸せになります!

作者: 由原 きり丸
掲載日:2025/09/12

1


蝶が羽ばたくその先に、不思議不可思議な骨董店がある。

仏の御石の鉢や蓬莱の珠の枝。火鼠の皮衣に龍の首の玉、燕の子安貝。不老不死の薬だって、この店にはあると言われる。世の中のありとあらゆる品物を取り扱う骨董店。

()の店は、訪れた客が望むものを必ず用意しているのだとか。


店の名前は誰も知らない、店の場所は誰も分からない。

蝶に導かれた者だけが辿り着く。世にも奇妙なその店に、今日もまた、ひとりの客がやって来る。



◆❖◇◇❖◆


憎い、憎い。あの子が憎くて、恨めしい。

あぁ愛する貴方様。どうして私を選んでくれないの。私はこんなにも愛しているというのに、どうして応えてくれないの。茜色の空の下で、私は今日も貴方様のために涙を流しているというのに。








――――――東の果てにある国の人々は、確かこのような建築物で暮らしていたと思う。

どっしりと構えるそれは、どうやら店であるらしい。玄関らしき店の出入り口の戸はぴったりと閉じられている。


「……ぁ」


ひらりと黒い何かが視界の端で動く。

先ほどまで追っていた蝶だ。その生きものは夜色の(はね)で優雅に店の前を飛び、とぷんと溶けるように店の中へと吸い込まれていった。すると戸の内側に灯りが宿る。


ガラり。

荒い音を立てて店の戸が開く。


()()()()()()()()()


店から出てきたのは、ひとりの青年であった。

中性的な声を持って、人のよさそうな笑みを浮かべている。


「……どなた?」

「この店の手伝い人です。理瀬とお呼びください」


首まで伸びた薄墨色の髪と、柔らかい光を灯す瞳。

こざっぱりとしている白いシャツを着た彼に導かれるまま、店の中へと足を踏み入れる。


「!」

「お茶の用意ができております。店主を呼んで参りますので、どうぞ、ごゆるりと」


青年はそう言うと、慣れた足取りで店の奥へと消えた。

十人中十人が、なんだここはと目を見張りそうな景色が視界いっぱいにある。何ともおかしい、夢現(ゆめうつつ)のような場所だ。

ごちゃごちゃした物々の先に配置された飴色の丸テーブルの上には、なるほど確かに茶器が。二脚の椅子も、向かいあう形で置かれている。

恐る恐るという言葉が似合うペースで足を進めてみた。


「っ、わ」


少しでも気を抜くと()()にぶつかりそうな空間だ。

上を見れば、空を泳ぐ金魚に手乗りサイズの小さな人魚や宝石の鱗を持った魚。東雲(しののめ)色の雲。

そばにある棚には、朝焼け色の美しい液で満たされた硝子瓶(がらすびん)。青薔薇が封じ込められた透明な珠。

朱色の布が被せられた平台には、小さくなった梅の樹が酒瓶に丸ごと入っていた。琥珀で出来た本とか、ふりふりと緩く尾を揺らしながらちょこんと座っている白磁色の小狐。

提灯達が大口を開けてケタケタ笑う。

風景画の中で、田畑を耕すために(くわ)を上げたり下げたりと動いている人々。


また一歩進む。

白壁に張りついたピンク色の蜘蛛がいれば、水の湧き出る音がする壺もある。ふわりふわりと優雅に飛ぶ天使は香水瓶の上に降り立ち、一体化して飾りのひとつに。

そして自分の横を通り過ぎた狸が森の中を描いたタペストリーに吸い込まれて、絵になった。

全てが摩訶不思議(まかふしぎ)に存在しているこの空間が面白くて、思わず笑みがこぼれかけたとき。

()()は現れた。


「やぁ、やぁ。いらっしゃい」


声が聞こえた方に視線を寄越(よこ)して。

自分は、瞬きを忘れてしまった。


「はじめまして、美しいひと。ようこそ我が店へ」



鏡のような店主だった。



太陽の光を煮詰めて細く伸ばしたような長い金色の髪。少し垂れた目尻が柔和な雰囲気を醸し出す、空よりも明るく澄んだ(あお)い瞳。白桃の果肉を思わせる肌。ルージュが引かれた唇。


「……わたくし?」


店主の容姿と自分の容姿は、鏡写しとしか言いようがないほど寸分たがわず同じであった。いや、寸分たがわずと言うのは語弊があるか。唯一違う点はその服装だから。

自分はドレスを着ているのに対して、店主は極東の国の服装を身にまとっている。


「驚いたかい?奇妙なことに、私は相手の姿に変わる事が得意でね。鏡のようだろう?」

「ぇ、ええ……本当に、そっくりだわ」

「そう言ってもらえると嬉しいね。ありがとう」


ふんわり笑んだその表情も、自分と全く一緒の顔。

鏡の中の自分が話しかけているとしか思えなかった。

気を抜けばぽっかりと口が開いたままになりそうで、口もとに片手を添える。


そこではたと気づく。

店主の肩に蝶が止まっているのだ。あの黒い蝶が。

自分の視線に気づいた店主が、その指先を少し曲げて蝶に寄せた。休めていた(はね)を動かして、蝶は従順に白いそこに移動する。店主がふぅとひとつ息を吹きかけたら黒くまろい珠に変化した。


「蝶、が」

「真珠で出来ているんだ。触ってもいいよ」


店主の手の平で転がる様子をじっと見つめてみる。よくよく観察すれば、ただの黒では無い色合いだ。緑や赤が入り交じっているような、パッと見ただけではきっと分からない深みのある色。


「お茶にしようか。理瀬の入れた紅茶は絶品なんだ。それと、菓子代わりに君の話を聞かせておくれ」

「話って……」

黒い蝶(この子)に案内してもらったんだろう?うちの店に来るひとは皆、何かしらのモノを求めている。君も何か欲しいものがあるはずだ。ねぇ、そうでしょう?()()()()()()

「!」


◆❖◇◇❖◆


むかしむかし。

海の国に、それはそれは美しい王子さまがいらっしゃいました。

吸い込まれるような青の瞳、しろがね色の髪。また、王子さまは国一番の歌声を持っていたのです。

清らかなその歌声は、神々が住まう天にも届くほど伸びやかなものでありました。


ある日のことです。

王子さまの歌に聞き惚れた女神さまがいらっしゃいました。

女神さまは歌声の主を一目見たいとお思いになり、最高神の言いつけを破って地上に降り立ちました。

そして、歌声だけでなく容貌(ようぼう)も優れている王子さまに恋をした女神さまは、彼と結ばれるために海の国の王家に贈り物をしました。女神さまが扱う魔法を金の時計と共に贈り、王子さまと幸せな日々を過ごしたのです。


しかし、王子さまは女神さまよりも先に亡くなってしまいます。泣く泣く天へと帰った女神さまは「地上に降りてはならない言いつけを破った」「勝手に天のものを人間に与えた」ということで全知全能の最高神からお叱りを受け、もう二度と地上へ降りられなくなったのでした。



「……本来であれば、わたくしは今も天にいる存在なのです。けれど十七年前、あのひとの魂を持った赤子が生まれたことを知って、居ても立っても居られなくなって」


天から追放してもらいました、と。

紅茶を飲んだ女神は言う。


「してもらった?された、の間違いじゃなくて?」

「いいえ、わたくしから最高神さまにお願い申し上げたのです。言いつけを破ったわたくしにとって、天での暮らしは息が詰まるものでした。地上の方がよっぽど良い」


女神は、まるで刑務所から解放された囚人(しゅうじん)のような口振りで吐露する。


「それはつらかったろうに」


店主は空色の瞳に同情と名のつく感情らしきものを浮かべて目を細めた。足を組み、肘掛けを用いて頬杖をつく。その仕草だけだと威圧的に思われるが、店主の表情や(まと)う雰囲気は穏やかだ。


「今はどこで生活を?」

「あのひとが生まれ育った土地の王宮で」

「君の想い人も、そこに?」

「はい」


女神の口は少しずつ緩くなっていた。

想い人はその国の六番目の王子であるらしい。前世(まえ)と同じく海が好きで、歌が上手く、容姿も瓜二つなのだとか。

うっとりと、恋する乙女のように微笑む。しかし女神は思い出したように金の睫毛(まつげ)を震わせた。その表情が曇ってゆく。


「王子は、前世の記憶が無いのです。初めて会った時から。ずっと」


悲しかった。あの日々を覚えているのが自分だけなのだという事実が頬を打ってきたようだった。

やっと()えたと、思っていたのに。

それでも、覚えていないからという理由で王子のもとを離れるわけにはいかない。女神は王子の全てを愛しているのだ。

だから、せめて一番近くにいようと己が神であることをその国の王に明かし、国を富ませることと引きかえに、六番目の王子の婚約者という立場を手に入れた。

記憶がないというのなら、誰よりもあのひとの事を知っている自分が前世(まえ)と同じになるよう()()()()()()。そう誓って、幼いころから青年に至る今までずっと(そば)にいた。誰よりも王子と過ごしてきた。



――――――なのに。


途端、女神の顔が怒りに歪む。


「半年前……そう、そうよ」



声色が変わる。




異変を感じたのだろう。

思い思いに空を飛び、棚に並び、台に腰掛け、床を駆けていた品物達は怯え……()()めがけて走り出す。


「あの泥棒猫がこの国に来てから」



店内の空気が揺れ動く。



此処(ここ)が安全地帯だと言わんばかりに、彼らは次々と店主の袖口へ逃げ込んでいった。そうして際限なく皆受け入れる店主の袖は、あっという間に全員入れてしまった。

そんな様子に目もくれない女神の圧に、カップが震える。



「っ、全部全部台無しになったのよ!!」




バリン!とティーカップが悲鳴を上げた。




空色の瞳がギラギラと乱暴に光り輝き、鼻の穴は膨らみ肩が上下に動いている。

白魚のような手は強く握りしめられ、爪が食い込んだ皮膚はポタリと赤い中身を垂らした。


「アイツの、あの、あの小娘のせいで―――!!」


理性を失った獣がごとく、女神は憤怒(ふんぬ)咆哮(ほうこう)を上げる。

哀しみの色もした叫び声。

裏切られたと傷つく者特有の震えを孕んだ声。


「……理瀬、新しいお茶を用意しておいで」

「はい」




――――半年前、隣国の皇女が留学という形で来訪してきた。

それ以来、王子は変わった。変わってしまった。

(しと)やか』という言葉には遠いけれども、彼女には太陽と同じ魅力があった。溌剌(はつらつ)とした明るい笑顔やその社交性の高さを活かし、あっという間に周囲と打ち解けた。王子も例外では無かった。


王子は見た目を気にするようになった。


「あのひとは、他人の目など気にしない」


王子は甘いものを用意するようになった。


「あのひとは、甘い食べ物は苦手」


王子は皇女のために歌うようになった。


「あのひとは、わたくしの為だけに歌ってくれるひと」


皇女が現れてから全てがおかしくなって、気づいたときにはもう戻すことができなくて。

何百年も温め続けた粘度の高いこの感情を腹の奥で消化しきれず、王子の目の前で吹きこぼれそうになった時もあった。


「っ……ふ、ふー…」


――――けれど自分は神だから、国王が六番目の王子と自分の婚約を取り消すことはあり得ない。

つまり皇女が留学期間を終えて帰国するその日まで、あと数年だけ辛抱すればいい。そうして皇女が帰ったら、また王子(あのひと)は自分のもとに。


荒い呼吸が少しづつ、意識的に落ち着いていく。

また、店内を満たしていた怒りも風船の萎み方に似た形でシュルシュルと。

拳の力が弱まって、傷ついた(てのひら)が瞬く間に癒えた。


「……お見苦しい、姿を。失礼いたしました」

「構わないよ。ずいぶんと溜めこんでいたんだね」

「えぇ、誰にも言うことができなかったものでして」


幾分かスッキリとした顔色で、女神は新しく用意されたティーカップの縁に口をつける。ほぅと小さく息をついて、「話の続きはできそうかい?」と柔らかく(たず)ねた店主に微笑みながら頷いた。


「……ただ『留学に来た隣国の皇女』と『それをもてなす王子』であれば、わたくしもここまで嫉妬に狂うことはありませんでした。けれど、王子は皇女を優先したのです」


王子が自分よりも皇女に想いを寄せていると確信した出来事は、数日前に王城で開かれたパーティーだった。王子はパートナーと踊るべき一番最初のダンスに、皇女を誘ったのだ。

その時は女神の介入と皇女が断ったおかげで事なきを得たが、王子の愚行に対する国王の怒りは凄まじかった。女神と婚約関係にある身で不貞を働こうとしたこと、王家の顔に泥を塗りかけたこと。


「もう堪えきれなくて、思わず聞いてしまいました。『どうして彼女の方に行くの』って」

「そしたら、彼、なんて言ったと思います?」


「『君の傍は息苦しいから』」


そこまで言い切って、女神の頬に涙が伝った。はらはら零れる雫で袖を濡らしながら、女神は目の前の存在に「お願いします」と(こいねが)う。


「人間になれるものを、わたくしにくださいませ」


「…………あぁ。いいとも」


鈴の音と似たその声が発した言葉に、店主はにんまりと笑んだ。

視界がぼやける女神には、自分と同じ顔が浮かべた笑みが慈母のように見えた。




女神の涙が止む頃、テーブルの上に濃い紫の箱が置かれた。さぞや角が硬いのだろうその箱は、人間の頭蓋がちょうどすっぽり入るぐらいの大きさだ。

話を始めた時からずっと店主の後ろに控えていた理瀬が横に移動し、箱の(ふた)を静かに開ける。

そこには、淡い紫の布の上で三つの小ぶりな硝子瓶(がらすびん)が横になっていた。中には透明な液体でも入っているのか、店主がその内の一本を持ち上げれば、ゆらりと中身が揺れて。


「今は無色だけれど、空の光を当てると色が変わるんだ。朝は白く、昼は青く、夜は黒く……これを一日一本飲むといい。一日目は朝に、二日目は昼に、三日目は夜に。今、君の世界は黄昏時(たそがれどき)だろう?ということは、摂取は明日からになるのかな。君は神として長い年月を過ごしているから、人間になるまで三日は時間をかけないといけないよ」

「……本当に、これを飲めば人間になれるのですか?」

「もちろん。君もこの店がどんな店か知っていて此処(ここ)に来たんだろう?疑いの目は悲しいね」


――蝶に導かれねば辿(たど)りつけない、しかし望むものを必ず手に入れることができる店。

正直なところ、ただの(うわさ)だと半信半疑の状態で蝶についてきた。(わら)にもすがりたいと思うほど精神状態が危うかったのもある。

ところがどっこい、実際に来てみれば店はあるしこうして欲しい品は出てくるし……夢だと言われた方が納得できると思う。


「……そういえば、どうして人間になりたいのかな?皇女を殺す毒とか王子を一生離さないように縛るものとか、色々考えたんじゃないかい?」

「!」


確かにそうだ。

自分よりも王子の笑顔を咲かせている皇女が憎くて憎くて、そんな皇女にまるで恋をしているように歌う王子が離れていかないか不安が絶えなかった。どれだけ婚約関係にあるからと自分を(なだ)めても、どす黒い感情は胸の奥でとぐろを巻いていた。


――――――でも、と女神は言う。


前世(まえ)のあのひとは、わたくしと同じ時を過ごせないことを嘆いておられたのです。あのひとは老いさらばえ、かつての美貌を失っていくのに、わたくしは出会った頃と変わらない容姿でしたから」

「……」

「だから、きっと彼もそうなのです。わたくしが神であるが故に、同じ種族の皇女に想いを寄せてしまっているのです。わたくしが神であるが故に、息苦しさを感じているのです。であるならば、わたくしが歩み寄ることで彼はまたわたくしを見てくれる」


女神は自信に満ち満ちた顔つきで、箱に手を伸ばした。

しかしそれを理瀬が「なりません」と(とが)めるように箱を取り上げる。


「………何、あなた。邪魔しないで」

「お客様からは、まだお代を頂戴(ちょうだい)しておりませんので」

「そうだね、理瀬の言う通りだ」

「……いくら払えばよろしいのかしら」


希望の光に手をつけられなかった女神は若干不機嫌そうに店主の方を見る。最初の、迷いこんだ子猫のようにびくびくとした様子は何処(どこ)へやらという感じの態度だ。いったい彼女はどれだけこの薬を渇望していたのか。

店主は女神と同じ顔で微笑むと「お金はいらないよ」と言って艶やかな金色の髪をひと(ふさ)手に取った。くるくると指先で(もてあそ)びながら、うーんと間延びした声で(うな)る。


「君の金の髪を」

「………え」

「あぁ、全部取ろうと言ってるわけじゃないよ。毛先から肩までの長さで大丈夫。それがお代」


――――女神の髪は長かった。どのくらいかというと、編み込んでまとめたとしても足首まで毛先が届くくらい。解けば塔ひとつ分はあるだろうその長さは、天から追放された時に一度切っただけでそれからは全く刃を入れていない。むかし、王子が綺麗だと言ってくれたから。

大事に手入れしてきた髪をバッサリと切る。一瞬気が引けたが、他ならぬ王子のためだ。


「いいですわ、それがお代になるのなら」




 


大事そうに紫の箱を抱えた女神は、店を出る直前にくるりと店主の方を振り返る。

とびきり美しい笑みを浮かべて言った。


「ありがとう、店主様。わたくしはあの方と幸せになります!」






2


「神を殺せるものをくれ」


何ともまぁ物騒なことをのたまった客に、店主は困ったような困ってないような声音で「理由を聞いても?」と問う。

今日の店主の容姿は、吸い込まれるような青の瞳にしろがね色の髪。そして、歌えば誰もが聞き惚れるようなテノールの声を持っていた。


「ここは客が望むものを売る店なんだろう?理由なぞ聞いて何になる」

「お客さんを知りたいのさ。本音を話すことで気が楽になり、やっぱり何も買わないという客もいる。私は、客達が『絶対に欲しい』と思うものを売りたいんだよ」


嘘つけ、と店主の後ろに控えた理瀬は悪態をつく。声に出すほど愚かではなかったが。

諭すように言う店主は続けて「ここは全てが(いびつ)でね。元の世界に戻っても、時間の進みはせいぜい一秒だ」と言って王子に着席するよう促した。

王子は少し躊躇(ためら)ったが、ひとつ息を吐いて飴色の椅子に座る。店主の意見にも一理あると思ったらしい。


「それで、どうして神殺しなんてことをしたいのかな?」

「……俺には婚約者がいる。生まれた時からの、とても美しい女神だ」


彼はそれからぽつぽつと、雨が降るように言葉を紡いでいく。

曰く、金の髪に碧い瞳を持つ女神は大昔に人間と恋に落ちた。しかし人間は女神を置いて死んだ。その人間の生まれ変わりが自分であり、女神は国王と取り引きをした。


「国を富ませる代わりに俺を寄越せと彼女は言った」


自分は六番目の王子で、王太子ももう決まっている。母親の実家も、他の妃と比べると吹けば飛ぶような力しか持っていなかった。


「父は喜んで息子を女神に差し出した」


物心ついた時から、いいやそれ以前からと言っても良い。

とにかく女神の怒りを買うなと言い含められてきた。彼女が望むことをしろと言われた。振る舞いと服装、好物、口調、歌……自分の意思はいらなかった。


「結果はすぐに出た」


女神が指し示した方向にある鉱山を崩せば、大量の黄金が発掘された。女神は凶作を豊作に変えた。女神を連れていけば、どんなに不利でも勝ち戦になった。


「式典以外で話したこともない父王から『お前は我が国の誇りだ』と言われたよ」


怖気(おぞけ)が走った。

己の子を生け贄同然に神に献上して得た利益に喜ぶ父を。

己の身勝手で一途な愛のために手段を選ばない女神を。


「……そんな、そんな父上に誉められたことを嬉しいと思ってしまった自分が、一番(みにく)い」


母は()()()ものとして離宮に流された。他の兄弟との接触も禁止されてきた。血の繋がりがある存在は、父しか知らなかった。


「なぁ、店主殿。知ってるか?」

「親は他に愛せる者はいくらでもいる」

「だがな」

「生まれたての子どもは、親しか愛せないんだよ」


王子の声は震えていた。涙を流して、流して、流し続けてきたのだろう。泣きそうな表情だというのに、瞳は枯れている。

切っても切れない血の愛を求める幼子(おさなご)のようだった。


「……だから、それ以外の愛が欲しいと思ったのは、()()と出会ってからなんだ」


半年前に、交換留学という形で隣国から皇女が来たらしい。黒く豊かな長い髪に、美しい瞳。


「太陽の欠片(かけら)みたいに綺麗で、力強い目だった。あの人の隣にいるだけで、俺は息ができるんだ」


今までは海から出ることも出来ず、呼吸さえままならなかった。

溌剌とした皇女を見ると、(おぼ)れるしかなかった本当の自分が少しずつ見つかっていく。


「自分が、甘いものが好きだなんて知らなかった」


海水でぶくぶくに膨らんだ身体を絞って、その太陽で乾かして。


「自分があんなに明るく、心の底から生き生きと歌えるなんて知らなかった」


そうして集めていった自分を繋ぎ合わせると、初めて世界が美しく綺麗なものに見えた。


「知ってしまったんだ。もう戻れない。父上と女神が作るあの苦しいところには、もう戻りたくない」


そのためには、今までの自分に絡みついて離れない鎖を断ち切るしかない。


「頼む。女神を殺せるものをくれ」

「…………あぁ。いいとも」


テノールの声が発した願いに、店主はにんまりと笑んだ。


◆❖◇◇❖◆


「……これは?」


トン、とテーブルの上に置かれたのは紫色の小箱。蓋を開けて中を見ると、黄金色の液と瑠璃(るり)色の液が満ちる小ぶりな硝子瓶が二つ入っていた。


「君の望む代物(しろもの)だよ。神を殺す薬さ」


使い方を説明するね、と穏やかに言った店主は、まず黄金色の瓶を指で摘み持ち上げた。


「これは神の一部から作り出したもの。これだけを飲むと人間ではなくなる。神になってしまうんだ」


そうして次に店主が手に取ったのは、瑠璃色の瓶。


「こっちは夜空の雫から作り出したもの。まあ、端的に言うと毒だよ」

「!」

「聞いたことは無いかい?夜は死神が歩く時間、とか。寝る前に死ぬのが怖いと思う、とか。月の光しか頼れるものがない夜というものはね、生き物全てに(やす)らぎを与えるんだ。その(やす)らぎの中には『死』も含まれている」


星屑(ほしくず)が散りばめられた深い青の瓶と陽の光を集めたような黄金色の瓶を合わせれば、カチンとした音が立つ。ちゃぷりと液体が揺れる音がした。

ふたつとも持った店主は、そのまま説明を続ける。


「これを混ぜて使うことで『神を殺す薬』になるんだ。使う時間は、太陽が沈んだ後じゃないと効果が出ないから……女神を月見のお茶会に誘うとかして、ティーポットに入れておいたらいいんじゃないかな?明後日(あさって)の夜にするといい。明後日(あさって)は満月だから、きっとこの薬の効力も強まる」

「これ、人間に害は」

「無いよ。効くのは神だけ」


店主は紫色の箱にふたつの小瓶を入れて蓋を閉じた。


「さて。じゃあ対価を払ってもらおうか」

「……何を払えばいい」

「そんなに身構えなくても大丈夫だよ」


(こわ)ばった王子の表情を、店主はクスクス笑う。王子にとっては縁遠い、心の底から面白いと思っている笑みだ。自分もいつか、こんな風に笑える日が来るのだろうか。

そう思っていたら、王子の横を一匹の黒い蝶が通り過ぎた。


「それ、は……」


蝶が持っていたのは、金色の懐中時計。

海の国の最も重要な宝だ。女神の魔法が込められたもの。宝物庫で厳重に保管されていたはずなのに、どうして。

コトリとテーブルの上に置かれた時計は、何度見ても本物のあの国宝としか思えない。


「これを対価としていただくよ」

「……」


タダで自分が望むものを貰えるとは思っていなかった。

この店に関する(うわさ)は聞いていた。黒い蝶に導かれて辿(たど)り着く摩訶不思議(まかふしぎ)な店。どこにあるか、どんな店名かも分からないけれど、そこに行くと必ず欲しいものが手に入るという。


「…………分かった」


女神を殺したら、自分は旅に出るつもりだった。欲を言うならあの皇女と結ばれたいと考えるほどには彼女に愛を抱いているけれど、それは望みすぎだろうから。









大事そうに紫の箱を抱えた王子は、店を出る直前にくるりと店主の方を振り返る。

店主が見せてくれた笑顔は出せなかったが、王子は確かにはにかむことができた。


「ありがとう、店主殿。俺は本当の自分と幸せになるよ」




4 夜


店主の提案に従った王子は、その日の朝女神に「今日の夜、君と月を見ながら茶会をしたいんだ」と誘ってみた。女神は一も二もなく頷いて、その日の彼女はとても機嫌良く一日を過ごした。


「歌も歌ってくださいな。静かな夜に聞く貴方の歌もわたくし、とっても好きなのです」

「……あぁ。喜んで」


王宮から少し離れたところ。海の見える東屋(あずまや)で開かれた二人だけのお茶会は、とても静かなものだった。満月がよく見える時間を選んだせいか、深夜になってしまったけれど構わない。

紅茶に月が浮いているとはしゃぐ女の髪は肩までバッサリと短くなっている。理由を聞いても「大事なものを手に入れることができたのです」と微笑むばかりだったから、再度問うことはやめた。

それから少し話をして、月を眩しげに(あお)ぎ見る女に見つからないようこっそりと、ティーポットにあの液体を二つ注ぐ。


「……ねぇ」

「っ、な、なんだい?」

「歌ってくださいまし。この月夜に似合う、透き通った歌が良いわ」

「分かった」


一瞬心臓がヒヤリとしたが、女がティーポットのことに気づくことは無かった。あとは女のティーカップの中身を(から)にして、次の紅茶を飲ませれば良い。


――――王子は確かに歌が上手かった。


透明感のある音の(つら)なりは繊細で、声が小さくなれば淡雪のように空気に溶けてしまう。しかしそれから徐々に声量が上がっていくと、冬眠の時期を過ぎて春風に起こされた花が開いていくようだった。

テノールが作る余韻が、夜の海と空に染み渡る。

歌い終わった王子は喉が渇いて紅茶を口に含み、女は賞賛の拍手を送る……そんなとき。


「ごきげんよう。女神様、王子様」

「!」


玉を転がすような声が入ってきた。皇女だ。

聞けば、王子の歌を聞いて、思わずここまで来てしまったとのこと。


「女神様、内緒のお茶会ですか?」

「……えぇ。そうよ」

今宵(こよい)は月が綺麗ですものね。お月見にはぴったりな日だわ」


一度空を見て、それから彼女はこちらに視線を戻す。長かった黒髪を肩まで短くした皇女は(ほが)らかに笑いながら「わたくしも参加してよろしくて?」と二人に聞いてくる。


「……貴女こそ、どうしてこんな時間に外に?」

「散歩をしておりました。今日はとても嬉しいことがあったのです。それで、お恥ずかしながら、興奮して目が()えてしまって」


太陽の欠片をはめ込んだような瞳で答えた皇女に、女は小さく溜め息をついて椅子をもうひとつ用意させた。参加しても良いとのことらしい。

王子がちらりと女のティーカップを見ると、(から)になっている。王子はもうひとり分のティーカップを持ってきた侍従に、女神と皇女へお茶を注ぐように言った。


「……」


あの店主は言っていた。神殺しの薬だけれど、人体に害はないと。分かっているが、それでも少し緊張する。

皇女が楽しげに今日あったことを話している。その内容に女は適当に相槌(あいづち)を打ち、その後、ふたり同時にティーカップの縁に口をつけた。

腹の底から(あふ)れそうになる喜びを何とか堪えるが、待ち遠しかったこの瞬間がやってくることが、嬉しくて嬉しくて。脈が速まっているのが分かる。身体が変に熱い。


「……ん」


女が口もとを片手で押さえた。効き出したんだ。やった。やった。

そう、思っていると。


「ゴフッ」


血を出したのは、皇女の方だった。





4 夕


「やぁ、いらっしゃい」


長く豊かな黒髪に、太陽の欠片をはめ込んだように美しく力強い、金色に少し赤が混じった色の瞳。

声は玉を転がすようなものだった。


「美しいお嬢さん。君の話を聞かせておくれ」


店主はそう言うと、いつも通りに穏やかに微笑む。

だいたいこの店にやってくる客は皆切羽詰まった表情をしているのに、よくもまぁそんな木漏れ日のような笑顔を作れるものだ。


「……ここで、欲しいものが手に入ると聞きました」

「あぁ。そうだね」


貴族か皇族か。

先日聞いた青年の話に出てくる女性の容姿とそっくりな彼女の椅子を引き、ドレスの端を踏まないように気をつけながら店主の後ろへと控える。


「わ、わたくし。好いている方がいるのです」


ずっと内緒にしていたことを明かすような、恥ずかしげな声だった。

しかしそれを言ったことで吹っ切れたのか。彼女はひとつ深呼吸をして、姿勢を正す。一気に目の前の女性が(まと)う空気が変わった。


「わたくしは今、隣国に留学している皇女ですの」


店主を見て話すその瞳には、動揺も羞恥(しゅうち)も無い。気持ちいいほど真っ直ぐした視線を向けて、皇女はハキハキと話し出す。


「生まれた時から、一国の皇女として相応(ふさわ)しい教育を受けてきました。兄弟がいますので皇位継承権はずいぶんと下でしたけれど、何処の国に嫁がせても問題ないと方々から太鼓判を押される程には優秀でしたの」


自慢に聞こえなくはないが、その声と雰囲気に(おご)りというものは少しも無かった。


「わたくしの祖国は列強に連なるものでして、嫁ぎ先も余程問題があるところでない限り自分で決めることができたのです。わたくしも年頃ですから、そろそろ……と両親に急かされていました」


接客中は如何(いか)なる時でも態度を崩すな、と言われている身だから思考を表に出したり声に乗せたりはしないけれど……年頃、という割には少々身体的年齢が進んでいるように見える。ちょうど、二十代半ばくらいの。

王侯貴族の考える『年頃』と離れている気がしたが、皇女もそれを分かっているのか「ですが」と言う。


「わたくしはこの通り、もう歳は24になります。我が国ではこの年齢になっても嫁げない女は何か問題があるのでは、と思われてきましたので、何度も医者や神殿に連れていかれましたわ」

「……自分の意思で独身を貫いているのかな?」

「えぇ。わたくし、『恋愛』というものに興味がありまして、それを体験するまでは何方(どなた)とも結婚をしないと幼い頃から決めていました」

「固い決意だね。ひとつのことを長年突き通せるなんて、素晴らしいことだ」


嘘か誠か分からない店主の褒め言葉を素直に受け取った皇女は、少し誇らしげに胸を張る。


「そんな時、隣国から交換留学の申し出が来たのです。留学生はその国の王族。ならば我が国からもそれ相応(そうおう)の地位の者を送るべきだろうとお父様は仰っていたのですが……わたくしは遅くに生まれた娘ですの。他の兄弟とは親と子ほどの差があります」

「留学させるには歳が合っていない、と」

「はい。そういうわけで、留学生にはわたくしが選ばれました。そして隣国で行われた歓迎パーティーの時……わたくし、出会ってしまったのです」


途端に頬の血色が良くなって、その時を思い出すように顔を(うつむ)けた皇女は耳まで赤くなっている。彼女の態度はもう、そういう感情を持つ乙女でしかなかった。


「大丈夫かい?」

「あ、えぇ…………問題ありませんわ」


店主の声にハッとした皇女は、こくりと紅茶を一口飲んで気を取り直す。


「とても、美しいひとでしたの。青空色の瞳を持って、綺麗な立ち姿で。透き通るその声で挨拶をされたとき、今までにないほど胸が高鳴って」


なるほど、つまり彼女は一目惚(ひとめぼ)れというものをしたのか。

そのまま聞いていくと、どうやらその一目惚れ相手には(すで)に婚約者がいたのだとか。だから皇女は、叶わずとも良い初めての恋心を抱えながら日々を過ごしていたという。


「それでも、恋を知ったわたくしは少しでも長くあの方のお姿を見ていたくて。その声をお聞きしていたくて。都合の良いことに、わたくしはもてなされている側でしたから、話す機会を作ることは容易(たやす)いものでした」


一目惚れ相手は足先から旋毛(つむじ)まで上品なひとなのだそう。お茶を共にする時や、ふわりと微笑む時。ピンと伸びた背筋で歩く時。まさに『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という言葉を体現した御方らしい。


「留学期間が終われば、国に帰る際にその恋心は置いていこうと思っていたのです。思って、いたのですが……」


そう言うと皇女は口籠もり、少し間を置いてこんなことがあったのだと言った。


「王城でパーティーが開かれました。わたくしも出席したのですが、その最初のダンスの際に少しトラブルが起こりまして……でも、その時、あの方がわたくしを助けてくださったのです!」


颯爽(さっそう)と現れても凛とした態度を崩さず、相手を冷静に(たしな)め、申し出を断れるようにしてくれたのだと皇女は興奮気味に話す。


「それがとてもとても嬉しくって!『恋愛』とはこの事を言うのだと理解した後のわたくしの感情は、日に日に大きくなっていきました。取り返しのつかないところまで来てしまったとは自覚しているのですが、それでも抑えられなくて」


皇女は胸もとで両手を合わせ、店主に懇願(こんがん)する。


「お願いします、店主様。わたくしを、あの方と同じ存在……『神』になることが出来るものをくださいませ」

「……あぁ、いいとも」


皇女の欲するものを聞いた店主は、にんまりと笑んだ。



◆❖◇◇❖◆


コト、と小さな音を立てて紫色の小箱がテーブルの上に乗る。箱の蓋を開けると皇女は興味深げに中を(のぞ)いて「……小瓶?」と呟いた。

黄金色の液体が入った、小ぶりな硝子瓶がひとつ。


「神になれる薬さ」

「これが……!」

「この薬は神の一部から作られていてね。飲めば君は人間をやめ、神になることが出来る。ただ、店を出て元の世界に戻ったら()ぐに飲むんだよ」

「すぐに……なぜですの?」

「今、君の世界は黄昏時だ。常ならばハッキリと引かれている境界線があやふやになるのは、この時間しかない。人間から神になるということは、本来であれば超えてはいけないものを超えるということ。境界線を超える行いだ」


真剣に話す店主に影響されたのか、皇女はごくりと生唾(なまつば)を飲んで、ひと言も聞きこぼさないように姿勢を前のめりにする。


「大丈夫。ここは(いびつ)な空間だから、君が戻ったとしてもまだ夜にはなっていないだろう」

「そうですか。良かった……」


胸を撫で下ろした皇女は、本当に神になりたいらしい。

恋のお相手は寿命という概念が無いひと。同じ存在になることで振り向いてくれると思っているのかもしれない。

今すぐにでもその箱を手に取りたいという欲望を抑えるように、わざとらしくゆっくりと姿勢を戻す。この皇女は、対価を支払わなければならないということを理解しているようだった。


「では、対価をもらおうかな」

「何を差し上げたらよろしくて?」

「……その黒髪をもらおう。毛先から肩までの長さでいいよ」

「わかりましたわ」


迷いなく頷いた皇女の髪に(はさみ)を入れ、艶やかで長いそれをシャキン、シャキンと切っていく。全てを切り終えたら、皇女の姿はずいぶんとさっぱりしたものになった。








大事そうに紫の箱を抱えた皇女は、店を出る直前にくるりと店主の方を振り返る。

とびきり美しい笑みを浮かべて言った。


「ありがとう、店主様。わたくしはあの方と幸せになります!」







5



「……店主」


理瀬は目の前で紅茶を(たしな)むひとに話しかける。

ゆっくりとティーカップをソーサーに戻し、こちらに目を向けたそのひとの姿形は、()()だった。首まで伸びた薄墨色の髪と、翡翠の瞳。中性的な顔立ち。


「良かったんですか?」

「なにがだい?」

「『空を揺蕩(たゆた)う者ども』が言ってました。海の国のことです」


皇女が死んだ。神になった皇女が死んだ。

人になった女神はよろこび、王子は発狂。

戦が起こるぞ。

死と血が混ざるぞ。火がつくぞ。

逃げろ、逃げろ。

海が濁るぞ。空が曇るぞ。

逃げろ、逃げろ。


「へぇ、その結果になったんだね」


わざとらしく驚いた店主の様子に理瀬はムッと眉を(ひそ)める。


「どうせ分かってたんでしょう」

「まさか。私は彼らの『お話』を聞いて、彼らが『望むもの』を与えただけさ」


悪趣味だ。明らかに面白がっている。その証拠に、にんまりした笑顔の彼はいつにも増して機嫌が良い。


「じゃあどうして王子の対価に金の時計を指名したんです?」

御上(おかみ)からの命令でね。女神が(つかさど)り、王家に渡した『時を戻す魔法』を取り返せとの(おお)せだ。私としては、彼女が此処に来ることを分かっていた御上の方が悪趣味で恐ろしい」

「……いい見世物(みせもの)だったんですかね。あの人たちは」


全知全能の最高神。

容易(たやす)く彼女を追放できるほどの力を持つ御方が、取り戻そうと思えば取り戻せる魔法を何故(なぜ)放置していたのか。分かりたくないことが分かってしまったようで背筋がゾワゾワする。


「さぁ。どうだろう」


自分と同じ顔で、自分には到底出来ないようなほど妖艶に微笑んだ店主の態度に、理瀬はもう何も言わないことにした。

どうせ人間があれこれ考えたところで無駄だ。永遠を過ごす神のみぞ知ることに辿り着くことはできない。

茶菓子に群がる氷の雀たちを追い払って店の奥に引っ込む。

戸棚から飛び出した物達を元の場所に仕舞っていると、なぜか歩く(くし)だけ戻ろうとしなかった。

今日は感情のこもった髪を()きたい気分らしい。


「僕の髪は……あぁ、そう。ダメか」


じゃあ何か代わりになるものをと考えて、そういえばアレを使っていなかったと思い出す。薬研(やげん)や乳鉢に乳棒などが転がった机の一角に手を伸ばし、束ねた黒い髪を持ってくる。


「ほら、これ。あとで返してよ」


艶のある髪を見た櫛は嬉しそうに飛び跳ねて、髪と一緒に引き出しへ戻っていった。





閲覧ありがとうございました

今後の参考にしたいので、もしよろしければ感想などもらえると嬉しいです。

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