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6.記憶の欠片




「リリアン、今日からお前の弟になる子だ。仲良くしてやってくれ」


初めてユリウスが伯爵家に来たのは、リリアンが十一歳の時だった。突然現れたその子を、父は弟だと言った。


「お、お父様……いつの間に……!あれだけ再婚する気はないと仰っておられましたのに」

「待て待て。お前が考えているようなものではない」


驚愕するリリアンにハーシェル伯爵は経緯を説明した。どうやら仕事の視察中、野獣に襲われかけた所を助けてもらったらしい。お礼をしたくて色々尋ねてみたところ、その子が孤児だと知った。だから連れてきたのだと。


「まぁ、そうだったのですね」

「リリアンには母親がいないせいで、色々我慢もさせてきたからな。弟が居ればきっと寂しくはないだろう」

「お父様……」


リリアンはその言葉に感激した。急に弟ができるという事実に困惑する気持ちはあったものの、それよりも喜びの方が大きくて、自ら近づき手を差し出した。


「お父様を助けてくれてありがとう。今日から貴方の姉になるリリアンよ」

「ユリウスです。……よろしくお願いします」


下を向きながら、その子はぼそぼそ小さな声で話す。全身を覆うローブがまるで隔たりのように感じて、リリアンは尋ねた。


「ねぇ、どうしてローブを被っているの?邪魔じゃない?」

「……俺は汚いので」

「そんなこと気にしてたの?大丈夫よ、汚れは洗えば落ちるもの!」

「い、いや、そうではなくて」

「そんなに気になるのなら先に流しに行きましょう!」


ユリウスの手を引いて、リリアンは浴室へと向かう。後ろから「嫌がることはするんじゃないぞ」と声を掛けられ、リリアンは唇を尖らせながら「しないわよ!」と言い返した。




「もうっ、皆して追い出すなんて酷いわ」


リリアンは扉の前にしゃがみ込んで頬を膨らませた。浴室へ到着してすぐ「私が洗ってあげる!」とリリアンが言えば、ユリウスは首を振って拒否をしたのだ。どうやら恥ずかしかったらしい。もう姉弟なのだからそんなことを気にする必要なんてないのに、結局侍女たちによって追い出されてしまった。


壁の向こうから侍女たちの感嘆の声が聞こえてくる度に、リリアンはそわそわと落ち着かなくなる。

初めてできた弟に、早く会いたかった。


「ユリウス終わっ……」


ガチャリと扉が開く。リリアンはその場から立ち上がり――息が止まりそうになった。バクバクと心臓の音が耳まで響き、煩かった。


さらりと揺れる銀髪に、青い瞳。


目の前にいるその子は、ずっとリリアンが会いたかった人の容姿と完全に一致していた。


「あの……?」

「あっ、ごめんなさい。貴方があまりにも綺麗でびっくりしちゃった!」

「……俺が、綺麗?」

「ええ、とっても!」


逆に綺麗だと思わない人がいるなら会ってみたいくらいだ。髪や瞳は勿論のこと、肌も日焼け一つなく真っ白で人形のようだ。

正直、女の子だと言われても納得できてしまう。もし女の子だったら、間違いなく国一番の美女へと成長していたに決まっている。

身長や体格はリリアンと同じくらいで、その小さな身体で猛獣を倒したとは想像がつかなかった。


だけど、リリアンは直ぐに考えを改め直すことになる。



カンッカンッカンッと木剣を巧みに扱うユリウスにリリアンは目を疑っていた。

リリアンだけじゃない。今、この場にいる全員がきっと驚いていることだろう。


「ま、参りました……」

「すごいっ!すごいわユリウス!」


伯爵家の新人騎士とユリウスの模擬戦に、なんとユリウスが勝利したのだ。


「ありがとうございます。それでもかなりギリギリでしたけど……やっぱり本物の騎士は強いですね」


汗を拭きながら、ユリウスは照れくさそうに笑う。その姿に、リリアンは「もしかして」という予想が確信に変わっていくのを感じた。




***




「俺、強い騎士になるのが夢なんです」

「騎士に?」


ユリウスが伯爵家に来てから一ヶ月。

二人でお茶を飲んでいた時、ユリウスはぽつりと呟いた。リリアンは首を傾げながら聞き返す。


「はい。まだまだ実力が全然足りていないのは分かっていますが、いつか誰よりも強くなってリリアン様を守りたいです」

「……私を?」

「はい。あとは父さんや伯爵家の皆さんも」


リリアンは項垂れた。一瞬勘違いしそうになったことが恥ずかしくて。だから気を紛らわすために、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。


「ねぇユリウス。二年前、私と会ったこと覚えてない?」

「俺とリリアン様が、ですか?……ごめんなさい、覚えていないです」


ユリウスが少し考え込み、首を振る。申し訳なさそうに眉を下げられ、リリアンは慌てた。


「ううん!覚えてなくてもしょうがないわ!あれから時間もかなり経ってるし……」


リリアンはちょっと落ち込んだけど、仕方ないと自分に言い聞かせた。もう二年も前だし、一緒に居たのも短い時間だったから。

リリアンにとっては忘れられない記憶だとしても、ユリウスも同じだとは限らない。だから仕方ないのだ。

未だに申し訳なさそうにするユリウスの背中をトンッっと叩く。


「もう、そんな顔しないの。変なこと聞いてごめんなさい。そうそう、さっきの話の続きだけど……ユリウスならきっとなれるわ。誰よりも強くて素敵な騎士に!」



――大丈夫



初めてリリアンを助けてくれたあの日、そうだったように。ユリウスならなれると確信していた。




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