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38.泡となり消えても




「完全に二人だけの世界ね」


二曲目を終えて息をついていると、頭上から声がかかる。赤いドレスと同じ色の扇を広げて、自分を見下ろす彼女にリリアンは顔を輝かせた。


「ソフィア!それにレーヴェ卿もお久しぶりです」


ソフィアの隣にはパートナーのヴィンス・レーヴェも隣に居た。リリアンはクロードに小声で教える。


「クロード様、レーヴェ卿はソフィアの恋人なので、絶対に失礼のないようにしてくださいね。ソフィアは怒るととても怖いんです」

「リリアン?聞こえてるわよ」


こっそり伝えたはずが丸聞こえだったらしい。ソフィアからにこりと笑いかけられ、リリアンは肩を揺らす。


「それは当然丁重に接しなければ」


クロードが心得たと頷く。これでソフィアの機嫌を損ねることはないだろうとリリアンは安心したのに、彼女はあまり満足しない表情だった。


「どうやらソフィアは、ハーシェル令嬢に構ってもらえなくて拗ねているようです」

「ちょっとヴィンス、なに余計なこと言ってんのよ!」


ソフィアは騒ぎながら「ちょっと来なさい!」とヴィンスを端まで連れていく。

嵐のような友人に笑いながら、思い出すのはビビアンのことだ。さっき外へ出て行ったようだったけど、まだ戻ってきていないのか気になった。


「クロード様、少し外に出てきてもいいですか?」

「なら俺も行こう」

「いいえっ!お化粧室に行きたいのでクロード様は待っていてください」


その一言で、絶対に自分も行くと言わんばかりだった勢いが落ち着く。さすがにクロードもそこまでは着いて行くのは難しいと渋々だが納得した。


「すぐ戻ってきますね」


そう言って、リリアンは会場を後にした。

一度振り返った時、クロードは静かにこちらを見つめていて、その様子は飼い主の帰りを待つ忠犬のようでなんだか可愛く感じた。




***




「ビビはどこにいるのかしら……」


化粧室、休憩室と、解放されている部屋を覗いてみたものの、ビビアンはどこにも居なかった。まさかもう会場に戻ってしまったのだろうか。

リリアンは一度戻るべきか悩んだけど、外へ出る。あと探していないのは外だけだったから、最後に見てから戻ることにした。


「ビビ!」

「……」


庭園を暫く進んで、終わりに近づいた頃、大きな湖の前でビビアンはぼんやり立っていた。リリアンはすれ違いにならなくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。


「ビビ、探したのよ。こんな所でどうしたの?」

「……何しに来たわけ」

「え?それは勿論、ビビを探しに来たのよ」


一体どうしたのだろう。普段とは違うビビアンの様子にリリアンは戸惑った。


「友達を心配してますっていい子ぶって、ヒロイン気取り?アンタのそういう所が嫌いなのよ」

「ビ、ビ……?」


ビビアンは目の前まで来たリリアンを睨みつける。今まで向けられていたのとは全く違う、冷たく敵意のこもった視線と声色に、リリアンの頭は真っ白になった。


「なんでアンタが……ッ!アンタなんかが、クロード様の隣に居るのよ!私の方が、ずっと前から好きだったのに……!」


ビビアンは憎悪を隠すことなく言葉を続ける。立ち竦み、傷付いた表情をしているリリアンが、余計に彼女の苛立ちを増幅させた。


「シャーロット様やグレース・フルクのように、飛び抜けた何かがあるわけでもないアンタ如きがどうして!」


ビビアンが顔を歪めて叫ぶ。リリアンは何も言えなかった。『女避けのために恋人のフリをしている、自分が選ばれたのは後腐れがなさそうだったから』なんて言えるわけなかった。


「出会った時からずっと嫌いだった!アンタなんか居なければ良かったのに!」


ビビアンはずっとこんな気持ちで自分の隣に居たのだろうか。胸が痛くて苦しい。息が詰まり、手が痺れた。


「アンタなんか大嫌い!消えて!お願いだから、私の前から消えてよ!」


リリアンが一歩踏み出し腕を伸ばしたと同時に、ビビアンが手を振り払う。バチンッと身体がぶつかり、リリアンの重心がぐらりと傾いた。


「え?」


その声はどちらのものだったか分からない。きっと二人とも驚いていただろうから。

ビビアンがスローモーションのように、ゆっくりと離れていく。


「……ビビ、ごめんね」


リリアンは眉を下げて笑う。次の瞬間、全身が水に沈んだ。




***




地上が遠く離れていく。

ああ、このまま死ぬんだな。リリアンは意外と簡単に自分の死を受け入れられた。

不思議なことに、まだ冬なのに水の中は暖かく感じられる。水面越しに揺れる月はぼやけていて残念だ。きっと綺麗だったはずなのに。


リリアンが湖で沈んでいることを知れば、クロードは驚くだろう。それでもあまり気にしなきゃいいのに。誰のせいでもない、事故だった。

クロードは優しいから責任を感じたりしないか心配だ。


酸素が足りなく息を吸おうと口を開くと、ゴボッと水が入り込んでくる。そうだ、今は溺れてるんだった。

せっかくクロードが誂えてくれたのに、ドレスも靴もアクセサリーも全部びしょ濡れにしてしまった。

実は今日の日のために苦手な運動で減量をして、スキンケアやヘアケアに力を入れてみたなんて、クロードは知らないだろう。

隣に並んでも恥ずかしくないようにと始めたことだったけど、やっておいて良かった。

人生で一番綺麗な自分を最後に映してもらえたから。


変な事だった。こんな時なのに、クロードのことばかり考えているなんて。




クロードのことが好きだって、このまま一生気付かなければ良かったのに。




瞼が重く、もう頭が回らない。遠くからドボンッと何かが水に落ちる音が耳へ届く。

意識が朦朧とするリリアンの腕を誰かが掴んだ。




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