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36.魔法の言葉




「リリアン、今何か言ったか?」


空気に溶けて消えた声を拾ったクロードに問いかけられる。なんでもないですと口にしかけたリリアンだったけど、すぐに別の言葉を取り出した。


「……ごめんなさい。クロード様は何も悪くなかったのに」


元はと言えば、自分が逃げ出したのが悪いのに。その尻拭いをさせてしまったと反省するリリアンに、クロードは何かいい事でも思いついたような顔で、掬った髪へと口付けた。


「大したことじゃないと言ってやりたい所だが、そうだな。代わりに今度は、俺が願いを聞いて貰おうか」

「何か欲しいものでもあるんですか?」

「それは……」


首を傾げながら尋ねてみれば、何故かじっと見つめられリリアンは戸惑う。その様子に気付いたクロードは誤魔化すように、こほんと小さく咳払いをした。


「クロード様……?」

「ああ、では先程断られたプレゼントを贈る機会を俺にくれないか」

「そんなことでいいのですか?」


というか、それではリリアンばっかりもっと貰うことになるだけじゃないか。しかしクロードに「それがいいんだ」と言われてしまえば、今更断ることはできなかった。


「では、一つだけ……」


それくらいなら、貰ってもいいだろう。リリアンから同意を受けたクロードは「決まりだな」と喜色を浮かべた。


「何にしようか?指輪なんてどうだ?」


クロードからの提案にリリアンは一瞬心惹かれたけれど、すぐに首を振った。指輪ではずっと所持するのは不可能だと気付いて。ドレスも、いつか着れなくなる日が来るかもしれないから駄目だ。

ならば、一体何なら大丈夫だろうか。リリアンは一生懸命頭を絞って考えた。


「特に君に希望がなければ指輪に……」

「リボン!リボンがいいです!」

「……リボン?」


近くに飾られていた平たく細長い装飾を、リリアンが指差す。クロードは「こんな布切れなんかがいいのか?」と眉を寄せたけど、彼女の意思を尊重することにした。


「あれがいいと君が言うのなら仕方ない。代わりに最高の生地を選ぼう」


クロードは呼び鈴を鳴らし、人を呼び戻す。

並べられる生地の中から、リリアンは白のレースを選んだ。最高級のシルクでもない、至って普通の生地を。


「本当にこんなのでいいのか?」

「はい、十分です。ありがとうございます」


リリアンは包装されたリボンを受け取り笑った。〝こんなの〟だとクロードが思ってくれているのなら、後々返せと言われることもないだろう。彼にとっては『ただの布切れ一枚』程度の認識でしかないはずだから。


クロードはこのくらいいつでも買ってやるのにと、心の中で独りごちる。けれど宝物でも貰ったかのように、ぎゅっと嬉しそうに包装を抱くリリアンを目にしてしまえば、不満はあっという間に消えていった。


「ではそろそろランチに行こう。リリアンの腹をこれ以上空かせるわけにはいかないからな」

「それは……!」


ただ早く出たくて適当に思いついた言い訳だったのに。リリアンは唇を尖らせながらもクロードの手を取った。


……そこではたと、気が付く。そもそもクロードがあの時キスをしなければ、リリアンがあんな行動をとることもなかったのではないかと。クロードにも一因はあったんじゃないかと今更悔しくなりながらも、貰ったリボンを返すことはしなかった。




***




舞踏会当日の朝は早かった。起きてすぐ湯浴みをしながら指の先までマッサージをし、髪もオイルで念入りに整える。その後はドレスに着替え、その格好に似合うヘアメイクをセットをして、無事に見送るまでが侍女であるサラの役目だった。


「とってもお綺麗です……」


着飾ったリリアンを前に、サラは自分でも知らないうちに言葉が溢れた。

薄いラベンダーを基調とした生地に、白いレースが組み込まれ、袖のリボンと腰は桔梗色で引き締められている。

首元はネックレスの代わりにレースをあしらいシンプルに。その分、耳元で揺れるイヤリングがより輝いて見えた。


「ありがとう」


朝から準備を手伝ってくれた侍女たちに、リリアンは心からのお礼を伝えて鏡を見つめる。今日の鏡に映る自分は、なんだか自分じゃないようだった。


「ウィノスティン公爵様が到着いたしました」

「今行くわ」


視界は普段より二センチほど高く、リリアンの背筋を自然と伸びさせた。


「リリアン」


カツカツと静かに続く道を歩いた先では、クロードが佇んで待っていた。彼の胸元にはリリアンのイヤリングと同じ宝石が埋め込まれている。


「あまりの愛らしさに天使が空から降ってきたのかと思ったよ」

「もっ、もっと他に別の言い方はないんですか……っ!?」


褒めるにしてもさすがに大袈裟過ぎだと顔を赤くするリリアンだけど、クロードからすれば更に愛しさが募るだけだった。


「他の言い方か。そうだな……」


溢れんばかりの褒め言葉が頭を埋め尽くすけど、クロードはリリアンの意に沿って改めて言葉を選んだ。控えめに、けれど一番大切で伝えたい事を。


「この世の何よりも綺麗だ」


大勢の中に埋もれていた、小さな花。

それが今、目の前でこんなにも綺麗に咲いている。クロードは早く周囲に見せつけてやりたいと思いつつも、いざ知られてしまうと考えたら惜しくも感じた。


「……ありがとうございます」


顔が熱くて燃えてしまいそうな中、リリアンは何とかお礼を口にした。たとえお世辞だとしても、たまらなく嬉しくて心臓が破裂しそうだった。誰かのために〝着飾る〟という意味がようやく分かった気がする。


今までも勿論ユリウスに会う時は髪や服装に気を遣っていたけれど、あくまでもマナーとして、恥ずかしくないようにしていただけだ。

ユリウスが言う「可愛い」や「綺麗」も女性よりかは姉に対してだったし、リリアンも当然のように受け入れていた。


だから知らなかった。誰かのたった一言でここまで浮き立ってしまうなんて。こんなにも嬉しくなってしまうだなんて、リリアンは初めて知った。


「――行こうか。お手をどうぞ」


エスコートの為に差し出された手に、リリアンは腕を伸ばした。クロードは重ねられた手に唇を寄せて、心底幸福そうに微笑む。


月が上り、夜を照らす。

まるで魔法にかけられたかのようだった。




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