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23/42

23.二歩進んで、一歩下がる




「まだ話の途中だったんだが」


馬車の扉が閉じても尚、惜しむように口にするクロードへリリアンは「もうっ」と息を吐いた。


「クロード様が聞いて面白いことなんて……」

「リリアン?」


途中で言葉が止まると、クロードがどうかしたのかと尋ねてきた。

リリアンは改めて振り返ってみて気がつく。令嬢たちの質問に答えているうちにいつの間にか、クロードがリリアンにベタ惚れかのようになってしまっていたことを。

しかし秀でたところがある訳でもないリリアンは、どう考えてもそんな対象じゃなかった。

だからあの場合はクロードじゃなく、リリアンの方がベタ惚れであるべきだったのだ。

選択を間違えたことを、今更ながらに後悔した。


「クロード様すみません……」


シャーロットとのお茶会に続き失敗の連続なのが申し訳なくて、リリアンは項垂れた。「何があった?」と前のめりになるクロードへ一つずつ説明をしていく。


「だからシャーロット様にもバレてしまって……って、クロード様、なんで笑ってるんですか?」


次から次へと失敗するリリアンにそろそろクロードもいい加減、堪忍袋の緒が切れるかもしれないと身構えていたのに。予想とは反対に、目の前のクロードは笑っていた。


「今は面白い話なんてしてませんけど……?」


もしくは怒りを通り越して笑いが込み上げてきた、みたいな感じだろうか。


「ああ、すまない。それで、ローレヌ令嬢に俺が大事だから渡したくないと言った後は?」

「そこまでは言ってません……!」


クロードは揶揄うように口角を上げながらリリアンの髪を梳い、指の先端を使って器用にくるくると毛先を巻く。

癖毛故に毎日セットするのも大変な、リリアンにとっては重要な髪を触られているのに、不思議と嫌ではなくて。


ただ、クロードの優しい声を聞く度に心の奥がそわそわと落ち着かなくなってしまう。この間から何だか変だった。


「そ、それで、クロード様はどうしたのですか?」

「どうしたとは?」


リリアンは空気を変えるために、クロードへと質問し返した。わざわざ迎えに来たのだから、てっきり何か急ぎの用事でもあったのかと思っていたのに、様子を見る限り違うらしい。


「私に何か用事があったのではないんですか?」

「いいや」

「なら何で……」

「決まっているだろう?君に会いたくて来たんだ。俺はどうやら〝恋人にベタ惚れ〟らしいからな」

「すみません、それは本当に不本意だったんです……!」

「謝る必要はない。どうせなら、君に夢中で仕方のない男になってみるのも悪くないだろ」


腕を引かれる。その反動でリリアンはそのままクロードの懐へと飛び込んだ。


「……っ、今は、誰もいないので」

「そうだな。練習するのにはうってつけだ」

「れ、練習とは……」

「恋人の演技の練習だ。ローレヌ令嬢にバレるくらいだ。その大根芝居は何とかしないとだろ」

「だいこん」

「安心しろ。俺が手取り足取り教えてやるから」


そう至近距離で囁かれるせいで、全然安心できなかった。このまま爆発してしまうんじゃないかと思ってしまうほど、バクバクと心臓の音が大音量で耳に響く。


「クロード様、近いです……」

「恋人なんだから当然だ。それに初めてでもないだろう」


そうだ。クロードに抱き締められるのはこれで三回目だった。それなのに慣れるどころか、回数が増える度に恥ずかしさが増している気がする。

リリアンは今にも燃えてしまいそうなほど顔が熱いというのに、そんなリリアンとは反対にクロードは平然としているから余計悔しかった。

軽く擦るように弄っていた、リリアンよりも大きく骨張った指が手の隙間に差し込まれ、お互いの指同士が絡まり合う。


「……っ、リリアン!?」

「わっ、私も頑張ります……!」


失敗続きの分を少しでも取り戻すために、押し寄せてくる羞恥に耐えながらもその手を握り返せば、クロードの身体が揺れる。

けれど実際してみると考えていたよりずっと恥ずかしくて、リリアンはすぐに手を引こうとした。


「どうしてやめるんだ。頑張るんだろう?」


けれど引っ込めようとした手は、クロードにあっという間に捕まれてしまう。

逃げるなとでも言うように抱かれている腕の力が更に強まり、リリアンはもう練習どころではなかった。


「……首が赤いな」

「クロード様は随分余裕そうですねっ」

「君の目からはそう見えるのか?」

「はい、とても。実は手馴れてるんじゃないんですか?」


リリアンの言葉に、クロードはふっと静かに笑った。


「なら、試してみるか」

「え?」

「俺が手馴れてるかどうか。ほら、こっちを向いてくれリリアン」


その軽い口調に、クロードは冗談のつもりで言っているのだとすぐに分かった。だけど今は顔を見られたくなくて「大丈夫です!」と首を振る。


「遠慮しなくていい……」

「……っ、みないで…………」


リリアンの頬を優しく持ち上げたクロードが、途中で言葉を止める。

白い肌は真っ赤に染まり、新緑色の瞳は瑞々しさが溢れるかのように潤んでいた。眉を下げながら自分を見上げてくるリリアンを前に、クロードは頭の奥がぐらりと揺れる。


「……リリアン」


クロードが呟き、短い沈黙が落ちる。

まるで呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、リリアンが呼吸困難になりかけていた時。

馬車が止まり、外から声が聞こえてきた。


「到着いたしました」

「クソ、もう少しだったのに」

「……」


確かにあと少しで息の根が止まりそうだったけれど。

リリアンはもう既にキャパオーバーだったから、小さく呟かれた言葉の意味を深く考えるのはやめた。


クロードの腕の力が緩んだ隙に自然と離れる。そのまま外へ出ると到着した場所は家ではなく、街のようだった。


「ここは……」

「俺が気に入っている場所だ。中心街ほどの賑わいはないが静かで――リリアンどこへ!?」


クロードに後ろから呼ばれる声がしたけど、返事はできなかった。

足を動かす度にスカートがまとわりつく。

髪が乱れるのも気にせずに、リリアンは必死に身体を動かし、一つの路地裏で立ち止まった。


「急にどうしたんだ……ってここは、」

「クロード様、この場所です」


後ろから、小さく息を呑む音が聞こえる。

リリアンは自分を追いかけてきたクロードへと振り返った。



「ここで、ユリウスと出会ったんです」





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