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21.一難去って




ソフィアの忠告を受けた日から毎日、リリアンは願った。どうかお茶会が中止になりますようにと。


「お待ちしておりましたわ」

「本日はお招き頂きありがとうございます」


残念ながら願いは届かず、リリアンは案内された庭園でシャーロットと対面していた。

綺麗な景色に、目の前には良い香りのお茶と可愛いらしいデザート。そんな華やかさとは反対に、リリアンの気分は重く暗かった。


「紅茶はお嫌いでしたか?」

「いいえ、好きです!」


テーブルの前で固まっていたリリアンにシャーロットが問いかける。反射的に飛び出た否定に、彼女はふわりと微笑んだ。


「それなら良かったですわ。これは私が一番好きな紅茶だから是非、貴女にも飲んでみて欲しいと思ってお出ししたの」

「そうだったのですね……」


ゆらゆらと水面が揺れている紅茶を、じっと見つめる。震える手を持ち上げて、カップを手に取った。ここまで来てしまった以上、飲まないという選択肢はそもそもないのだ。

リリアンは覚悟を決めて紅茶を一口飲み込む。


「……っ、美味しいです!」


柔らかで甘い味が広がって、リリアンはパッと瞳を輝かせた。同時に「やっぱりソフィアが大袈裟だったんじゃない」と安堵が胸を満たす。


「シャーロット様がお選びになるお茶はどれも美味しいと聞いておりましたが、本当ですね」

「まあ、ありがとう。喜んでもらえたようで嬉しいわ」


くすくすと彼女が笑う。よければデザートも食べてみてと言うシャーロットにリリアンは頷いて、フォークを手に取る。

もう警戒心はなかったし、ケーキもちゃんと美味しかった。


「あのシャーロット様……一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

「ええ、勿論」

「今日は他の方はいらっしゃらないのですか?」


場が少し温まってきた頃、リリアンはずっと気になっていたことを尋ねてみた。

普通ならば複数人が集まる場に他の令嬢たちは見当たらなく、最初から今までシャーロットと二人きりだったからだ。

気が置けない友人や、親しくなりたい相手ならば分かる。しかし彼女はそうではないことを、自分でも何となく分かっていた。それを察せられないほど、リリアンは能天気ではなかった。


「ええ、今日は他には誰も呼んでいませんわ」


シャーロットが頷く。リリアンは静かに次の言葉を待った。


「何かを謀っているわけではないから、そう身構えなくても大丈夫よ。ただ気になったの。誰にも見向きをされなかったあの方を落とした相手がどんな人なのか」


よく分かったわ、とシャーロットが呟く。先程と変わらない穏やかな声色なのに、なぜか空気が肌を刺す。一体何を言いたいのだろう。彼女がカップを傾けるのを黙って見つめた。


「単刀直入に言うわ。クロードさまから身を引いて欲しいの」

「……!」

「代わりに別の人を紹介してあげる。地位も容姿も、申し分ない相手をね」


自分を真っ直ぐ見据える彼女と目が合って、リリアンはテーブルの下でぎゅっとドレスを握る。シャーロットは今、冗談じゃなく本気で言っているのだと分かった。


「……申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

「あら、どうして?だって貴女は別に、クロードさまのことが好きなわけじゃないでしょう?」

「な……っ!」


リリアンの目が大きく開かれていく。心臓がバクバクと音を立てて、握っていた手がじわりと湿った。


「ふふっ、どうして分かったんだって表情ね。伊達に何年もクロードさまを追いかけていたわけじゃないんだから、それくらい気付くわよ」


クロード様が好きだときちんと言い返さないといけないのに、まるで全てを見透かされているような感覚に口が開かない。固まるリリアンにシャーロットは続けた。


「貴女に足りないものを教えてあげる。それは〝執着心〟よ。大小の違いはあれど、好きな人に対しては皆が持っているもの。だけど貴女からはそれが全く感じないの」

「……」

「クロードさまを慕っている人は数え切れないほどいるわ。私もその一人であることを知っているはずなのに、貴女は焦る様子すら見せない。私が相手にならないくらい余裕なのかとも思ったけれど……違うわね」


シャーロットは確信を込めて、言い放つ。


「ただ単純に、貴女はクロードさまを愛していない。それだけよ。だから譲って頂戴、クロードさまの隣を。私だけじゃない。彼を心から望む人は沢山いるの」


リリアンは俯いた。シャーロットの言葉がきっと正しいのだろう。もし自分が同じ立場だったなら、似たようなことを思っていたはずだ。そうだよ、だから――



『リリアン』



頷きかけた瞬間、頭の中に低くて柔らかい声音が響いた。

楽しくて笑いが溢れた時も、悲しくて涙が止まらない時も、どんな時も優しく自分を呼ぶ声が。何故だろう。リリアンは酷く泣きそうになって、思わず唇を噛み締めた。


「で、できません……!」


顔を上げ、シャーロットへと向き直る。


「……確かにシャーロット様と比べたら、私の気持ちなんてまだまだ小さいかもしれません。それでも、私なりにクロード様を大事に思っています」


リリアンは秀でたところが何もない平凡な人間だ。そのうえ、堂々としている彼女とは違い、言葉一つで簡単に揺いでしまうくらい弱くて。

でもそんなリリアンのことを、クロードは選び、信頼してくれた。悲しい時は側にいて支えてくれた。

振り返ってみるといつも貰ってばかりで、リリアンはまだ何も返せていなかった。



「なので、できません」



いつか終わりは必ず来る。

それがどれくらい先かは分からないけれど。もう少しだけ。彼が必要としてくれる間は、クロードの隣に居たかった。




***




「お嬢様、お手紙が届いております」

「ありがとう、あとで見るから置いておいて……」


帰宅してすぐ、リリアンはベッドに倒れ込んだ。一気に疲労が押し寄せてきてもう限界だった。目を瞑りながら、少し前のシャーロットとの会話を思い出す。


『……分かったわ』


できませんと言ったリリアンに、シャーロットはただ一言そう返した。それからは地獄のような空気で、沈黙の数分間が数時間のように感じた。


「クロード様にも謝らないと……」


シャーロットにあんな簡単に気付かれてしまうなんて、完全にリリアンが役不足だったせいだ。早く伝えないとと思うのに、瞼が上手く上がらなかった。



残念ながらそのまま寝てしまったようで、次に意識が戻ってきたのは翌日の朝だった。

クロード様に早く手紙を書かなくちゃと焦燥しつつも、リリアンは別の準備をする。

昨日に続き、今日も用事が埋まっていたからだ。


「リリアン様、お待ちしておりました!」


約束の場所へと向かうと、リリアンを招待してくれたペトロフ伯爵家の令嬢でもあるビビアンが明るく笑って出迎えてくれた。


「お会いできるのを楽しみにしてたんですよ!皆さんも待っているのでいきましょう!」


彼女は自分の手をリリアンの腕へと絡める。かなり友好的な態度にほっと息を吐いたのも束の間。

テーブルに座っていた一人の人物と目が合って、リリアンは慌てた。


「皆さん、ハーシェル令嬢が来ましたよ〜!」

「……」


そこには何故か、グレース・フルク令嬢も居た。




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