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1.最悪な告白




「好き……好きよ、ユリウス」


月夜に照らされたバルコニーに、小さな声がポツリと響く。誰かへ向かって発するのとは違う、思わず想いが溢れ出してしまったかのような、そんなか細い声だった。


ウェーブがかった桃色の髪を揺らし、彼女――リリアン・ハーシェルは両手で自分の肩を抱き締める。

華奢な肩にかけられている上着をぎゅっと握りながら、リリアンはもう一度呟いた。


「貴方が好きなの……ユリウス……」


ずっと隠してきた、誰にも吐き出せない気持ち。そして、これからも隠し通すはずだった。


「随分熱烈な告白だな」


――コツ、と靴音が響く。

近づいてくる足音に、リリアンの身体が固まる。聞かれてしまったと、頭の中は真っ白に染まった。


「……どちら様か知りませんが、一体何のことでしょう」

「ほう、恍ける気か?」


くつくつと男が笑う。盗み聞きをしたうえに、人を小馬鹿にするような態度にリリアンはムッとなって勢いよく振り向いた。


「貴方ね――」


しかし、言おうとした文句は言葉にはならなかった。

精悍な顔が視界に映り、相手が誰なのか正しく認識したリリアンは目を瞠る。


「やっとこっちを見たな」

「こ、公爵様がなぜここに……」


夜に浮かぶ漆黒の髪が、切れ長の目元へと影を落とす。高貴さを漂わせるサファイアブルーの瞳と視線がぶつかって、リリアンは息を呑んだ。


「ウィノスティン公爵様にご挨拶いたします」

「挨拶はいい。それより、先程の話題の方が興味あるな。ハーシェル家の姉弟は仲がいいと聞いていたが、まさか親愛以上の感情があったとは驚きだ」

「……っ、公爵様には関係のないことです」


なぜ自分にそんなことを言うのか。目の前にいる彼の意図が分からず、ぎゅっと拳を握りながらリリアンは身構える。


「そんなに警戒しなくても、別に言いふらしたりはしない。ただ、そうだな……提案があると言おうか」

「提案、ですか……?」

「ああそうだ」


怪訝がるリリアンに向かって、ウィノスティン公爵が口角を上げる。



「リリアン・ハーシェル令嬢、俺の恋人にならないか」



そして、想像すらしてなかった言葉を口にした。




***




リリアン・ハーシェルは伯爵家の一人娘として生を受けた。

可愛らしく色づいた桃色の長髪に、透き通った若葉の瞳。あどけなさが残る少女の声は、豊かな表情と相まって、親しみと好感を与えてくれる。

義理の弟に恋をしていることを除けば、特別な所はない平凡な人生だったけれど、それでもリリアンは幸せだった。


両親が決めた人と結婚して、子供を産んで、家庭を築いていく。義理の弟に恋心を抱いていたこともあったなんていつか笑い話になるくらい、平凡でありふれた人生をこれからも歩んでいくつもりでいた。それなのに。


まさに青天の霹靂。たった数秒前に受けた提案に、リリアンは驚きのあまり言葉を失ってしまう。

上手く頭が回らない中で、ようやく一言を捻り出した。


「今、恋人にならないかと聞こえた気がしたのですが聞き間違いでしょうか……?」

「いいや。確かにそう言った」

「ああそうですよね、やっぱり聞き間違いですよね……って、ええ!?」


一瞬の沈黙後、動揺を隠しきれずにリリアンは叫ぶ。まさか雲の上の存在である公爵相手から、こんなことを言われる日が来るとは夢にも思わなかったから。


「な、なぜ私なのですか?公爵様ならいくらでも選び放題だと思うのですが」

「まあ、そうだな」


彼は一切謙遜することなく頷いた。傲慢にも見える態度だけど、事実なので言い返せない。


クロード・ウィノスティン。齢十八歳という若さで爵位を継ぎ、揺らぐことなくウィノスティン公爵家を引っ張ってきた男の名前だ。

家柄は然る事乍ら、容姿も文句の付けようがない程の美丈夫なので「固く鍛えられたその肉体に一度でいいから抱かれたい」と夢見る少女が沢山いる。

可愛い子も綺麗な人も、彼が望むなら誰だって喜んで手を取るはずなのに。

だからこそ、なぜしがない伯爵令嬢である自分なのかが、リリアンは理解できなかった。


「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます。私よりももっと相応しい方がいらっしゃるかと思いますので、そちらの方に頼んでください。公爵様からのお申し出なら、喜んで受け入れてくれると思いますよ」

「……そんなにユリウス・ハーシェルが好きか?誰かと恋人になったのを見られたくないほど?」

「なっ……!そんなことは言ってません!」

「そうか?俺にはまるで勘違いされたくない相手がいるから嫌だと言っているように聞こえたが」


鼻で笑われ、リリアンはムッと顔を顰めた。そんなリリアンの反応すらもクロードは楽しんでいるようで、余計に不満が募る。


「とにかく!私は遠慮させて頂きますので、これ以上お話がないようでしたら失礼します」

「……待て。さっき、何故と聞いたな。君じゃないと駄目だと言ったら?」


このままだと公爵相手に喧嘩を売ってしまいそうで、早くこの場から立ち去るべく彼の横を通り過ぎた時。クロードに引き止められ、リリアンは思わず足を止めた。


「最近、多方面から結婚の圧をかけられることが多くなって困っていたんだ。だが、俺は誰とも結婚する気はなくてね」


どこか焦燥感を滲ませる声色で、クロードは続ける。


「従者からの小言に毎日うんざりしていた時だ、君を見つけた。見かける度に、君はいつもとある男だけを熱心に目で追っていた。一人の少女の可愛らしい初恋、だと普通なら思っただろう。――相手が弟じゃなければ」

「……」

「俺でも気付いたんだ。他にも勘づく奴が出てきてもおかしくないだろう。だが俺と恋人になれば、そんな事を考える奴は出てこないはずだ」


リリアンは押し黙る。確かにクロードの恋人になれば、弟のことが好きだと誰かにバレることもないだろう。今まで必死に隠してきた気持ちをアッサリと見抜かれてしまったのだ。周囲はもちろん、本人に知られてしまったらと想像するだけで不安に襲われる。


「……つまり、公爵様を隠れ蓑にしろと言うことですね。ですがそれでは公爵様にはメリットがないのでは?」

「勿論あるさ。他の女だと本気になられる可能性が高い。それだと別れる時に面倒だからな。それに比べて君ならその心配は不要そうだ」


愛や恋ではなく、お互いの利得の為に。

言うならば、契約に近かった。



「もう一度言おう。リリアン・ハーシェル、俺の恋人になれ」



人生で初めての告白はロマンチックとは程遠く、最悪すぎるものだった。





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