嘘を見抜いてしまうアルカスの幸せは?
結婚式が終わってホッと一息を吐いて、お腹が減ったと思った。
「お腹が減ったのだけど、なにかつまむものあるかしら?」
「軽食を用意させますね」
「ありがとう」
そう話しながら、ドレスを脱がされ、化粧を落されている。
整髪料が落とされ、引きつった痛みがやっと治まり、結婚式なんて、よほど愛し合っていないと単なる拷問ね。と思っていた。
そう、私、アルカス・コヤンテ・・・今日からアルカス・サーチェストとトムトーヤ・サーチェストは立派な政略結婚だった。
初めて顔を合わせたのは、父親の手から夫へと渡された神父の前でだった。
互いに数秒間顔を見合わせ、互いにこんなもんか。と思ったことは間違いない。
私は十人並みだし、夫となったトムトーヤは二十人並程度だった。
政略の内容は、コヤンテには鉱山があるものの、加工が下手で、サーチェストには加工は上手だが鉱山がなかった。
そこで子供を犠牲にして、両家の発展を望んだ実業家の父親同士が結託して、私達の結婚と相成った。
両親は互いの情報を持っているのだろうが、結婚する当人の私には徹底して夫の情報を隠した。
これはなにか問題があるのだと覚悟はしているが、この後、どんな目に遭うのか想像したくなくて、逃避をしていた。
きっと何をされても嫌な気分になるだろうと思っていた。
提供された軽食をもしゃもしゃと食べていると、メイドに急いでくださいと急かされ、歯磨きをして、夫婦の寝室へと伺った。
初夜への夢も希望もない。
夫となったトムトーヤは既に待っていたため「おまたせして申し訳ありません」と謝罪から始まった夫婦関係は、何故か「お前のことは愛せない」と言う夫からの返し言葉だった。
聞かされた私は、へーそう。としか思わなくて「で、やるの?やらないの?」と聞きそうになって、口を閉ざした。
「私のことを愛せないというのはどういう意味でしょうか?具体的にお願いできますか?愛する方がいらっしゃる?」
「そんな者は居ない!!だが私は面食いなのだっ!!」
私はプッと頭の中で何かが切れた音を聞いた。
「それは良かったです。わたくしも面食いなので、ちょうど良かったです。では、閨関係はないと言うことでよろしいですね?」
「やらないとは言ってない!!愛さないと言っただけだ!!」
「お断りいたします!私は面食いなので、触れられたくはありません」
「なっ!生意気なっ!!やることはやってやると言っているのだから黙って受け入れればいいものをっ!!」
「やりたかったのなら、嘘でもお前を大事にするからな。くらい言えば、私も目を瞑って、いい男を想像しながら身を任せたでしょうが、愛さないと言う相手にどうして身を任せなければならないのです?馬鹿らしいっ!!」
中盤辺りから互いにヒートアップしていって、それはもう、大きな声で罵り合いに発展していって、メイドや執事が、ノックしたのにも気が付かずに罵り合っていた。
最後はトムトーヤがブチギレて部屋を飛び出していき、私はそれを鼻で笑い、自室へと戻ろうとしたところで、義父母も観戦していたことに気がついて「おほほっほっほっ!!」と笑って自室のドアを開け、力任せに扉を閉めて、鍵をかけた。
翌朝、夫婦仲をなんとかしたい義父母や執事にメイドが色々と仕掛けてきたが、互いに嫌い合ってしまった私達夫婦は、周りのすることに煩わしさを感じる以外の感情はわかなかった。
その日の内に、義父母が相談したのだろう。
私は両親に呼び出され、仲良くしなさいとこんこんと説得されたが、初めて口を利いた言葉が「お前を愛さない」に次いで「面食いだ」と言われ「やることはやってやるから」と言われて、どうして私が許せると思うのかと両親に聞いた。
流石に両親も絶句して、そこまでバカにされたのなら、仕方ないかと言って「遅くなったし、今日は泊まっていきなさい」という言葉に甘えて、実家で泊まったまま六ヶ月が経った。
トムトーヤの両親は初めの頃は「帰ってきて頂戴」とか「始まりは失敗したけど、これから二人の力を合わせて」とか言ってきていたけれど「トムトーヤからの謝罪があれば帰ってもいいです」と答えて今日までに至っている。
このまま二年過ごせば、白い結婚で婚姻解消に持ち込めると私は考えていた。
母は「最初の失敗って本当に尾を引くのよね〜」と言って理解を示しているけれど、父は「なんとかやり直せないのか?」と時折聞いてくる。
「どこにやり直せる部分があるのか?」と逆に聞くと「どこにもないよな・・・」とため息をつく。
「事業提携は事業提携、結婚は結婚と別に考えればいいのではないですか?事業の方はうまくいっているんでしょう?」
「まぁ、な」
「ならいいじゃないですか。十八歳から二十歳という貴重な時間を私は無駄にしているんですよ。誰か返してください!!と私は言いたいですよ!!何もかもお父様が悪いんです!!」
「す、すまない・・・離婚するかい?」
「婚歴に傷が付きます!私は婚姻解消を望みます!!」
当然、私とトムトーヤの醜聞は貴族社会の娯楽になり、賭けまでしている人がいると友人が教えてくれた。
その友人は白い結婚で婚姻解消するに十万賭けているそうだ。
私も私に賭けられるのなら、白い結婚一択で百万を賭けるところだわと、笑い話として楽しんでいた。
ある日の夕方、サーチェストから一通の手紙が届いた。
トムトーヤが事故にあって亡くなったと。
私と両親は急いでサーチェストへ向かうと、トムトーヤはベッドで寝かされていて、まるで眠っているように見えた。
ベッドで永眠している姿を見ても何も感じるものはなかった。
後悔もしなかったし、仲直りをすれば良かったなどとも考えなかった。
考えたのは、これで自由になれるだった。
薄情だと自分でも思ったけれど、それはお互い様だっただろうとも思った。
私が死んでいたらトムトーヤも清々したと思っただろう。
何があったのか聞いたところ、紳士クラブへ遊びに行っていた帰り道に蜂に纏わりつかれた馬が暴れ出し、トムトーヤを踏みつけてしまったらしい。
その踏まれた場所が良くない場所だったそうで、ほぼ即死だったそうだ。
サーチェストが私を見る目は冷たい。
仲直りをしていれば、跡継ぎが居たかもしれないのにという目で見られる。
一人っ子だったサーチェストはこれから大変だろう。
義父が喪主を務め、葬儀がしめやかに執り行れた。
葬儀が終わると、シトシトと雨が降り出し、寒さに輪をかけた。
葬式の夜、泊まっていけと言われたが、トムトーヤが居た時ですら、結婚式の夜しか泊まったことがないと言って断った。
こういう場合は白い結婚で婚姻解消が出来るのか解らなくて、私は教会へと尋ねに行った。
関係を持っていないのなら、今直ぐ婚姻解消ができると言われ、私は婚姻解消を申し立てた。
すると「今申し立てなくてもいいじゃないか」と義父母が怒気を顕にし、捲し立ててきたけれど、教会の方に間に立っていただいて、義父母も、不出来な嫁を抱えていると、腹が立つだけだろうから、婚姻解消を認めてあげなさいと説得してくれた。
義父母は婚姻解消を認め、事業提携も破棄することになった。
大人げないとは思ったけれど、気持ちも分らなくはなかった。
両親も、仕方ないと言ってくれ、私の嫁ぎ先を探さなければならないなと言い出した。
「さすがに結婚は当分出来ないんじゃない?私は何も悪いことはしていないけど、死なれたら、私が悪くなってしまうじゃない。私をもらおうと言う人は居ないと思うわ。流石に、親より年上の人のところに後妻なんて嫌だし・・・」
「そうだな・・・」
父は疲れたようにそう言って、項垂れた。
貴族の中では、私達の話はタブー扱いになった。
トムトーヤが亡くなって、笑えない話になってしまったからだ。
皆、頭では私は悪くないと理解しているが、私と結婚すると不幸になると小さな声で大きく広まっていった。
友人達にも「運が悪かった」と言ってもらえたが、私以降、白い結婚が殆どなくなったと言っていた。
トムトーヤが亡くなって一年が経ち、サーチェストには連絡を入れずに墓参りにだけ行った。
運悪く墓の前で義父母と出くわしてしまい、目礼だけして、帰ってきた。
一日は長いのに、サーチェストに会ってしまうとは、どこまでも運が悪いと思った。
二十二歳になった時、私は初めて人を好きになった。
相手の人も私のことを好きになってくれているような気がした。
トムトーヤの話もした。
「初めは笑い話で済むようなことだったんだけど、トムトーヤが事故で亡くなってしまって笑い話では済まなくなってしまったの」
「後悔しているのかい?」
「いいえ・・・いえ、しているのかしら?良くわからないわ。でも、同じことを言われたら同じように返すことは間違いないわ。でも、今なら実家には帰らないかもしれないわ。私から謝罪はしないけど、謝罪されたら許したかもしれないわ」
「そうなんだね」
「凄く傷ついたの。初めて顔を合わせたその日にお前を愛さないと言われて、ブサイクはブサイクらしく大人しく足を広げて子供だけ産めと言われたような気がして・・・」
「政略結婚なんてなくなるといいな」
「そんなふうに言ってくれるあなたが好きだわ」
「傷ついている心を隠して平気な顔をして頑張っているアルカスが好きだよ」
「本当は、あなたも私を傷つけるために好きなふりをしているだけの人だと思っているの」
「今までにそんな人が居たのかい?」
「ええ。義父母に頼まれた人が何人も、私を傷つけるために雇われていたわ。そのおかげで残念なことに私は嘘を見抜くのが上手になってしまったわ」
どこかトムトーヤに似た顔の、シュバルの目を見て、嘘を探した。
シュバルはうまくやっている。
本当に私を好きみたいに見える。
けれどどこか本能で、シュバルの愛を信じられない自分がいる。
気のせいかもしれない。そうであって欲しいと思った。
私はシュバルに別れを切り出した。
「どうしてなんだい?」
「あなたの愛が嘘だと感じてしまうから。これもトムトーヤの呪いね。あなたを信じられたらどれだけ幸せだろうって思うわ。けれど、嘘でしょう?」
シュバルはクスクス笑って「どうして気がついたのか教えてくれる?」
「なんとなくとしか答えようがないわ。否定すればするほどシュバルの愛は嘘くさかったわ」
「そっか。残念だよ」
「フッフッ。どういう意味で残念なのかしらね?じゃぁね。さようなら」
「愛していたよ。本当に。こんな出会いじゃなければよかったのにと思うよ」
「そうね。ありがとう」
私は一つの恋を失って、一晩泣いて、翌日、父に「普通に夫婦として過ごせる相手となら結婚するわ」と伝えた。
目の前に数枚の書類が置かれ、書類に目を落とした。
「結婚や婚約の前に会えるかしら?今度は為人をちゃんと知りたいわ」
「調整しよう。誰から会いたい?」
「会える人から順番に」
「解った」
最初に会ったのは一つ年下の奥様が浮気をして出て行ってしまった男性だった。
少し気弱そうに見えたけど、仕事は順調にこなしていた。
女性に弱いのかしら?と思った。
女性の扱いには慣れていない。エスコートにもたつく。
でも、とても誠実な人だと思った。
二人目は三つ上の女慣れした男だった。
やることはスマートで、そのスマートさが女性経験の多さを感じさせて、イラッとした。
結婚歴はなく、いい加減身を固めろと言われて、私の評判を聞いて、楽しめそうだと思ったと言っていた。
三人目は十歳年上で、十歳、八歳、四歳の子供がいる。
妻というより、母を探しているとはっきりと言っていた。
いきなり母にはなれないと伝えると、相手から断られた。
四人目は同じ歳で、仕事が楽しくて気がついたら婚期を逃していたのだと言った。
結婚しても仕事が七で、家庭が三か二になると思うと言った。
泊まりが多いの?と聞くと仕事が詰まりだすと帰れない日は多くなると言った。
それを踏まえた上で結婚してくれる人を探していると言っていた。
子供が出来ても家には帰らないつもりか聞くと、生まれてみないと判らないが、本当に仕事が楽しいんだ。浮気は絶対しないと言っていたけど、そういう人程簡単に女の手に落ちる。
まだ会える相手はいたけれど、私は一番最初に会った人ともう一度会った。
「二度目を会ってもらえると思わなかったよ」
「聞いてもいいですか?」
「なんだろう?」
「出ていった奥様が帰ってきたらどうするの?」
「多分、どうもしないと思う。冷めた愛を取り戻すのは、新しい愛を育むより難しいからね」
「私と結婚したら愛そうと努力してくれますか?」
「当たり前のことだろう?」
「私と結婚したいと思いますか?」
「今はまだ結婚したいと思うほどではないかな」
「クス。私も同意見です」
「また会ってくれるかい?」
「はい。会ってもいいと思いました」
私達は何度かデートを重ねて、互いに婚約してもいいかなと思ったときに婚約をして、数カ月後、結婚してもいいかなと思ったので、入籍した。
結婚式はしなかった。
スシュアート・バーバラインと結婚して、私はアルカス・バーバラインになった。
入籍した夜、同じベッドで過ごし、私は初めて男の人を受け入れた。
私が初めてだと知って、スシュアートがオロオロしていたのがおかしくて笑ってしまった。
スシュアートは毎晩私を抱く。
それは宝物を傷つけないように丁寧に、大切に。
二ヶ月が経って月のものが来なくて、妊娠したかなと気がついた。
優しい愛に包まれて、男の子を産んで、二人目で男の子と女の子の両方を産んだ。
双子は小さく生まれたので育つのか心配したけれど、病気もせずすくすくと育っている。
スシュアートの両親も、私の両親もしょっちゅう遊びに来て、にぎやかな毎日を送っていた。
こんな幸せがいつまでも続くと信じられるようになっていた。
誠意のある、スシュアートが好きだった。
スシュアートは私を膝に座らせて子供達が遊んでいるのを見るのが好きだった。
穏やかな日々を送っているある日、出ていった奥さんが帰ってきた。
とても華やかで美しい人で、私を見て、鼻で笑った。
なぜスシュアートを選んだのか理解できないほど美しい人だった。
スシュアートは帰ってきた奥さんに不快を示したが、それが嘘だと私は見抜いてしまった。
スシュアートに「冷めた愛じゃなかったのね?」と聞いたら口ごもって「彼女を選んだりしない」と嘘をついた。
「子供がいるから私を選ぶの?」
「そうじゃないよっ!!アルカスを誰よりも大事に思っているからだよ!」
「また、嘘をついた・・・」
私はスシュアートを見ていたくなくて、視線を落とした。
出ていったはずの奥さんは、我が物顔で屋敷の中を引っ掻き回して、私達夫婦の絆にも傷をつけて、新しい男を見つけてあっさりと出ていった。
出ていったはずの奥さんが帰ってこなくなったその日、スシュアートはずっと玄関を気にしていた。
その次の日も、またその次の日も。
「そんなに気になるなら、出ていく前に行かないでくれと頼めばよかったのに」
「そんな風に考えたことはなかった。アルカスが側にいてくれたらそれだけで幸せだよ」
「フッフッ・・・また嘘をつくのね」
スシュアートは毎日愛されていたのが嘘のように、毎日義務で愛しているふりをし続ける。
私がそれに気がついていることを知っているけど、スシュアートは他に方法を知らなくて、愛してるふりを続けていた。
「別れたければそう言っていいのよ?」
「アルカスを愛している」
「嘘も言い続ければ本当になる日が来るのかしら?」
私は三人の子供を愛して、夫は私と三人の子供を愛しているふりをする。
どこに幸せがあるのだろうかと不思議に思う。
四人目を妊娠した。
「おろしたほうがいい?」
スシュアートは愕然として「馬鹿なことを言うなっ!」と怒った。それに嘘はなかったけれど、スシュアートは私を愛してはいなかった。
「別れましょう」
「別れないよ」
「出ていったはずの奥さんが帰ってきたらどうするの?また戻ってきてくれるかもしれないわよ」
「私が選ぶのはアルカスだよ」
「愛してもいないのに、私に嘘をついて、自分自身にも嘘をつき続けるの?」
「アルカスを愛していると言っても、嘘だと言うけど、私は本当にアルカスを愛しているよ」
「そうね。出ていったはずの奥さんへ感じている愛とは違う愛ね。出ていったはずの奥さんには激情を私には退屈な愛を」
私は四人目に女の子を産んだ後、夫婦の寝室には行かなくなった。
すると会話が無くなった。
「別れましょうか?」
「アルカスを愛しているよ」
「あら?嘘が誠になったのかしら?今のは嘘ではなかったわ・・・」
「私はずっと君を愛しているからね」
その言葉にも嘘は見つけられなかった。
私はまたスシュアートとの夫婦の寝室へ通うようなった。
許したわけではなかったけれど、トムトーヤと同じ間違いはしたくなかった。
だから諦め、私は不快を呑み込んだ。
スシュアートは穏やかで、優しい愛情を私に注いだ。
激しい愛はどこにもなかった。
スシュアートの愛を取り戻すのに、別れた奥さんが出て行ってから二年の月日が必要だった。
別れたはずの奥さんが帰ってきたら、その日に心を奪われてしまうのに、取り戻すのに二年もかかるなんて、私は本当についていないと思った。
次、出ていったはずの奥さんが帰ってきたら、愛を取り戻すのに何年の月日が必要になるのか考えて、うんざりとした。
スシュアートの愛は私に戻ってきたけれど、私の愛はまだ戻ってこない。
スシュアートが言っていたように、冷めた愛を取り戻すのは、新しい愛を育むより難しい。
四人目の子供が学校の寮に入ってしまって、家にスシュアートと私の二人だけが残された。
私はまだスシュアートへの愛を取り戻せていない。
スシュアートはそれに気がついているのかどうか解らないけど、私達は順調だと思っているようだった。
私は私の限界がいつ来るのだろうか?と他人事のように考えていた。
スシュアートに内緒で時折受ける報告に、別れたはずの奥さんが、付き合っていた男に捨てられたと書かれていた。
あの華やかで美しい奥さんも、寄る年波には勝てないのだろうか?
男の人と別れる期間がどんどん短くなってきている。
そろそろスシュアートの元にやってくるかもしれない。
そう考えていたら、若い男にたかられ、持てるものを全て貢いでしまったようだった。
ああ、また戻ってくるわね。
思っていた通り、別れたはずの奥さんはスシュアートの元にやって来た。
スシュアートを見るなり、涙をポロポロこぼして、世の中の不幸を一身に背負っていますと体現しながらスシュアートに抱きついた。
スシュアートは冷めた目で、別れたはずの奥さんに「ここに君が帰ってくる場所はないよ。実家に帰りなさい」と冷たく言った。
「わたくしが実家とうまくいっていないことを知っていて、どうしてそんな酷いことが言えるの?!スシュアート、私を愛してないの?!」
「愛しているわけがないだろう。厚かましいにもほどがある。私は今の妻を愛しているんだ。さっさと出ていけっ!!」
使用人達に屋敷から放り出すように言って、私に「すまない。また君を不安にさせるようなことになってしまった。本当に愛しているのは君だけなんだ」と言った。
「信じられない・・・嘘をついていないわ・・・」
私の勘が鈍ったのかと思ったけれど、嘘をどこにも見つけられなかった。
「もう、彼女に心を揺らされることはないよ。本当に失いたくない愛はアルカスだけなんだ。君の信頼を裏切って、未だ愛を取り戻せていないことは解っている。だけど、信じて欲しい。本当に愛しているのは君だけなんだ」
その日、初めて激しく求めあった。
穏やかな中にも、激情があった。
失った愛を必死でかき集めたら、スシュアートへの愛は私の中にまだあった。
「愛しているよアルカス」
「私もまだ愛していたようだわ。スシュアート」
別れたはずの奥さんは行くところが無くなり、実家へと帰っていった。
実家でも邪魔者扱いされ、出て行きたくて仕方がないらしいのだが、お金もない四十前の女に手を出す男はいなかった。
流石に娼館に落ちるのは嫌なようで、別れたはずの奥さんは実家で大人しくしているようだ。
スシュアートは二度とこちらに来させるな。迷惑だと出ていった奥さんの実家へ手紙を送った。
スシュアートと一つ歳をとり、また一つ歳をとる。
いつの間にか子供達が子供を産んでいた。
髪に白いものが増え、真っ白になった時、スシュアートが「愛しているよ」と言って先に逝った。
その後を追いかけるように私もスシュアートの元に旅立った。