テレビゲーム
天界。
女神は、異世界で死亡し昇天してきたマヤに、苛立ち混じりで言った。
「まじで何やってるんです?」
「ひうっ…ご、ごめんなさいいい」
マヤは、その場に正座をし、顔の前で手を合わせて謝罪をした。
「はあー。流石にあっさり死にすぎです。背後には常に気をつけてないと」
そうマヤを叱咤する女神は、普段の装いとは違った。
黄金の髪を左右で二つ結びにし、ウサギの耳がついたピンクのパーカーを羽織っている。
(オフなのかな、可愛い…)
とマヤは心の中で呟いた。
女神はパンっと大きな音を立て、イントネーションを付けず冷たく言った。
「漫画家モミジ先生は死んでしまいましたので、冒険はこれで終わりです。ばいちゃー」
「はううう」
ショボンと項垂れるマヤを見て、女神は満足そうに微笑むと、今度は声を弾ませて言った。
「…と、言いたいところだけど、ちょっと付き合ってくれます?」
「はい…?」
女神は指でパチンと音を鳴らした。
すると何もない真っ白な空間が一転し、五畳ほどの狭い部屋に変身した。
部屋には沢山の本棚が置かれ、その中身は全て漫画やアニメ雑誌で満帆になっている。
壁は無数ののアニメポスターで埋め尽くされていた。
部屋の中央には丸いピンク色の机が置かれ、その上には食べかけのポテトチップスが散乱している。
テレビのようなものが置いてあり、その前には整頓されていないゲーム機がいくつか転がっていた。
女神は、その一つを手に取ると、マヤの方へポイっと投げた。
「ふぇっ…な、何ですかこれ…ここどこですか?」
マヤが戸惑いながら尋ねると、女神はどこからともなく座布団を放り投げて、
「ここ? 私の部屋。とりあえずそこ座ってくれます?」
「は、はい…」
(部屋…汚い…)
テレビの前に、女神とマヤが並んで座す。
女神がゲーム機のスイッチを押すと、テレビのモニターにゲーム画面が映し出された。
「この間新しくカセット買ったんですけど、どーも難しくて。このゲーム二人プレイ可能だからクリアできるまで手伝って来れません?」
「えっ…ええ?!」
予想だにしなかった女神のお願いに思わず声をあげる。
「ラミがいたら一瞬でクリアできるんですけどねえ。あいつゲームまじ上手いんで」
「へえ…」
意外、と思ったが口には出さない。
「んじゃ早速始めましょーか」
「はい…」
「あ、そうそう」
女神はゲーム画面からマヤの方へ視線を移すと、うっとりするような可愛らしい笑顔を浮かべた。
「ゲームクリアできたら、今回に限り異世界に生き返らせてあげます」
それを聞いた瞬間、マヤの瞳が爛々と輝いた。
「え! い、良いんでしょうか…!」
「もちろん! その代わり、裏ルートもちゃんとクリアしてからですよ」
「はい!…あ、あの…」
マヤは、それまで少し不安に思っていたことを女神に尋ねた。
「私、ネクロマンサーの人に殺されちゃったんですけど、今頃、私の体は滅茶苦茶に暴れているんでしょうか…」
女神は突然、あはははと大きく声を上げて笑った。
「んなわけないじゃないですかあ! どうして私が先生のためにプレゼントした特別な力を、何処の馬の骨とも分からないクソガキに使われなきゃならないんです?」
女神の答えに、マヤはホッと安堵した。
「で、ですよね…。良かった…じゃあ、私は一応普通に死んだことになってるんですか?」
「うん! そういうこと! だから安心してくださいな」
マヤは、こくこくと頷くと、ゲーム画面の方へ目を向けた。
それから二人はしばらくの間、ゲームに没頭するのであった。
***
ラミは苛立っていた。
マヤが背後から刺され、死亡してから三日後の午後。
街の隅にある木陰で、人間姿のラミは地面に座り込み、携帯電話からひたすら女神に着信を入れていた。
「くっそ…。あの方は何をしているんだ…全然出ないじゃないか…」
ネクロマンサーのカオスによってマヤは殺されたが、マヤの体が彼女の操り人形になることはなかった。
カオスの身柄は現在、国の地下牢で厳重に拘束されている。
人々はマヤの死を悼んだ。
マヤはこの国の伝説の英雄となり、銅像が建立される案も浮上している。
マヤの遺体は魔法により腐らないよう保護されていて、国の施設に安置されていた。
そして、二日後には国をあげての葬儀が行われ、火葬される予定だ。
ラミは大きく溜息をついた。
マヤが死んだにも関わらず、ラミが天界に戻されることはなかった。
恐らくはマヤの冒険は終わっておらず、女神の手によって再度生き返ることになろうーー。
が、どうにも遅い。
このままではマヤの体が火葬されてしまう。
ラミは焦りに焦っていた。
***
「ちょっと! そこにはないわよコインは!」
「でもマップには書いてありますよ…」
「先生ゲームしたことないでしょ! ミスリードに決まってるじゃない! あ、ほら死んだ」
ゲーム画面に、大きく「ゲームオーバー」の文字が映し出される。
女神とマヤは、三日間不眠不休でひたすらゲームを続けていた。
クリアにはまだ至っていない。
額に冷えピタシートを貼ったマヤは、ゲーム機を置くと、ふうーと息を吐いた。
「難しいですねぇ」
「いや私たちが壊滅的に下手なだけだよ」
「ですかねえ」
休憩しながら女神と談笑しているとと、女神のポケットから携帯のバイブ音が鳴っていることにマヤが気付いた。
「女神様、ここのところずっと携帯なってるけど、良いんですか?」
「えー? なんか出るの面倒くさい」
「でも大事にな電話なんじゃないですか? ずっと来てるし…」
女神は「うーん」と呻いたが、やがて面倒臭そうにポケットから携帯を取り出し、画面を見た。
[着信300件]の文字を見るやいなや「げえ」とだらしの無い声を上げた。
応答をタップし、電話に出る。
「もしもーし、今忙しいんだけど…うん。うん。分かった何とかしといてー。ばいばーい」
女神が電話を切ったのを確認すると、マヤが尋ねた。
「どなたですか?」
「ラミ。なんか先生の体が火葬されそうなんだってー」
「ひえっ」
マヤは、火葬という言葉に思わず声を漏らした。
言われてみればそうである。
あの世界では一応死んだことになっているのだから、遺体がどう処理されるか分からないのだ。
もし生き返った時が丁度火葬の最中で、火炙りにあってしまったらと想像すると、ぞっとする。
マヤは、口をぱくぱくさせながら、女神に言った。
「あのあのあの、大丈夫なのでしょうか…」
「大丈夫だよ。火葬される前にゲームクリアすれば良いだけだし! ねっ」
アイドルのようなウィンクをする女神。
マヤは、ぐぬぬと喉を鳴らした。
が、首を横に振る。
生き返らせてもらうのだ。
すぐにでもゲームを辞めて異世界に戻りたいとは言えない。
今自分にできることはゲームをクリアすることだと心の中で言い聞かせると、再びゲームに没頭した。
***
ラミは、木影でしゃがみ込みながら、電話が切れた後の携帯電話の画面を、呆然と眺めていた。
ぐったりと項垂れる。
「ゲームの音がしたぞ…。…ゲーム…やってんのか…」
はあーと再度大きな溜息をつき、頭を抱える。
万が一本当にマヤの体が火葬されるようなことがあれば、猛獣に変身して葬式場に乗り込んで遺体をかっさらうか。
はたまたそうなる前に体を盗んで遠くへ逃げるか。
いずれにせよ、マヤの体が消失するような事があれば、生き返る時に色々と面倒である。
ラミは、ぶつぶつと呟きながら、思考を巡らせていた。
その時だった。
「お兄さん、綺麗ですね」
正面から、聞き覚えのある声が聞こえた。
見ると、そこには水髪の美少年魔術師ーーアイルの姿があった。
ニコニコと愛嬌の良い笑みを浮かべている。
「アイーーごほんごほん」
アイル、と言いそうになったが、咄嗟に口を塞ぎ、咳払いをした。
アイルとは会話をした事がない。
ましてや人間の姿を見せたこともない。
今のラミがアイルを知っているのは不自然なのである。
ラミは立ち上がると、目をすぼめ、愛嬌のある笑顔を返した。
「それはどうも。どうかしましたか?」
「いえ別に。何となく声をかけたくなっただけです…お兄さんみたいな綺麗な銀髪、珍しいから…」
「そうですか」
アイルは、ラミにくるりと背を向けると「では」と会釈して歩いていった。
(なんなんだアイツ…)
ラミが、苦々しげにアイルの背中を眺めていると、アイルが突然、顔をこちらに向けた。
「あ、そうそう。もしも勇者様が復活したら、よろしく伝えといてください。あの子は何だか、死んでない気がする…」
「…は?」
言葉の意味が咄嗟に理解できず、頭の中で反芻していると、アイルが手を振った。
「さようなら、お猿さん」
ラミは目を剥いた。
「お前ちょっと待…………いや、良いか」
追いかけようとしたが、やめた。
ラミは、アイルをどこかニヒルに感じていて、好かないのだ。
ラミは、女神とマヤが二人でゲームをプレイしている姿を浮かべた。
苦悶に満ちた表情で天を見上げる。
「…ゲームで…遅れてるのか……」
風になびく銀髪と長いまつ毛が、太陽に照らされキラキラとと輝いていた。
***
女神とマヤが見つめるテレビ画面には「ゲームクリア」の文字が映し出されていた。
女神とマヤは充血した目と目を合わせ、お互いにニっと笑う。
「いぇーい終わったー!」
「やりましたね! 女神様!」
五日間、不眠不休でゲームをクリアした。
二人とも疲労困憊でヘロヘロにへたっている。
マヤが、ゲーム機を膝の上に置くと、女神に言った。
「生き返らせてもらえますか…?!」
女神は「うーん」と唸ると、頭をもたげた。
「先生といるの結構楽しいし、ここで一緒に暮らさない?」
「えっ……。う…嬉しいですけどそれは………」
困惑するマヤを女神はクスクスと笑った。
「うそうそ〜、おっけー。今生き返らせるから」
女神はゲーム機を置き立ち上がると、ぺたんこ座りで女神を見つめるマヤの頭に、ポンと手を置いた。
「今から先生を生き返らせまーす」
「はい! お願いします!」
「あ、そうだ。大事な事を言うね」
女神は腰を折り、マヤの胸元にチョンと人差し指を付けた。
「それはもう貴女の心臓じゃない」
「え…?」
女神の言葉にキョトンと丸い目をするマヤ。
自分の心臓の辺りに目を向ける。
「前にあげたGペンが貴女の心臓になる。だから傷つけちゃだめだよ」
マヤは、ポケットから〈魔法のGペン〉を取り出し、じっと見つめながら尋ねる。
「じゃあ、私の体が剣で刺されたり炎で焼失したらどうなるのですか?」
「時間が経てば再生する。どう? 結構便利っしょ」
ドヤ顔でマヤを指差す女神。
マヤは、両手で頬を包むと、目を爛々と輝かせたり。
「おー! 何か格好いい!」
「へへん! んじゃあ、生き返らせるね」
「はい!」
マヤは、姿勢を正し、正座をすると目を瞑った。
女神が頭を撫でるのを感じる。
「暫くさよならよ、モミジ先生」
女神の声が聞こえると同時に、世界が変わった。




