ネクロマンサー
サラマンダーと抗戦する兵士の数メートル後方に、大樹が鎮座している。
そして、その太い枝の上に、一人の少女が腰を掛けていた。
パーマのかかった鮮やかな薄紫色の髪に、血のような赤眼。
真っ黒なフードを深く被り、嬉々とした瞳で兵士達をじっと見つめていた。
「やれ…やれ…殺せ…全員殺せ…。そう、あと少しで火球が打てるから、それまでは大きな体を振り回して抵抗するのよ…」
少女の名はカオス・コウトーヌ。
亡者使いーーネクロマンサーである。
己の手で殺めた者は思い通りに操れる。
人間であっても、人外であってもその対象だ。
サラマンダーは、カオスの手で絶命させた。
その瞬間、サラマンダーの体はカオスの手に堕ちたのである。
カオスは隣国・ライヤーン帝国の差金であった。
ライヤーン帝国は国の総力を上げ、サラマンダーを討伐し、最後のトドメをネクロマンサーであるカオスに刺させた。
そして、隣国を攻めさせたのであった。
なぜ、ライヤーン帝国の兵士が一人も出向いていないのかというと、カオスの厄介な性格に起因しているが、それはまた別の話ーー。
カオスが、サラマンダーの動きを夢想する。
それがサラマンダーの死骸に伝わり、カオスの思う通りに巨体が動いているのだ。
「はあ、それにしても竜使いの赤髪青年が中々ウザいわね。踏み潰そうとしてもちょこまかと逃げるし。それに何か………顔が良いのが気に食わないわ」
カオスは、赤髪の青年ーーレッドベリーを指差した。
そして、その指先に精神を集中させた。
「あいつを…殺す」
カオスはサラマンダーの目を通じてレッドベリーを見下ろした。
レッドベリーに向かい、サラマンダーの巨大な足を振り下ろす。
が、ひょいと避けられる。
「ちっ」
舌打ち。
今度はレッドベリー目掛けて勢いよく尻尾を振り抜く。
それもギリギリのところでかわされる。
「は? うっざ」
カオスが苛立つ。
が、幸運なことにレッドベリーが着地に失敗した。
尻尾で吹き飛ばされるのを何とか回避したレッドベリーであったが、体力をかなり消費したのであろう。
その隙をつき、サラマンダーの手で、レッドベリーの胴体を掴んだ。
カオスが声を上げた。
「よっしゃあ! ざまぁ見なさい赤髪! 握りつぶしてやるんだから! あんたみたいな人生上手くいってます悩み事はありませんみたいなイケメン大っっ嫌いなのよ! クソ陽キャ死ね!」
グググ…とレッドベリーの胴体を強く握る。
レッドベリーは抵抗しようと体を捻ったが、サラマンダーの怪力に敵うはずもなかった。
サラマンダーの手の感触が、カオスの脳内に流れ込んでくる。
ボキボキボキ
と、レッドベリーの骨が砕けるのを感じた。
「ふふふ…痛いでしょ? 苦しいでしょ? 良い気味ねえ。今度は内臓を潰してあげる」
さらに力を込める。
レッドベリーの顔は真っ赤に膨れ上がり、気がつくと筋肉は全て潰され、抵抗する力も無くなっていた。
ぎゅうううと握り潰す。
そしてついに、レッドベリーの右の目玉がポロリと落ちた。
「あはははは! あんたがいなくなれば兵士達は何も出来ないわ。本当に無念よね! そろそろトドメを刺してあげる!」
カオスは右手を上げ、勢いよく地面に向かって振り下ろした。
「殺せ!」
その時だった。
スッパーーーン
レッドベリーを握っていたサラマンダーの腕が、綺麗に斬れ落ちた。
ドスーンと地響きを響かせ、大きな腕が地面に落ちる。
「……は?」
カオスは、目の前で起こった信じられない事態に、唖然とした。
「…一体なにが起こって…」
カオスが呟く前に、はたまた奇怪なことが起こった。
今度は突然、サラマンダーの腹に大きな穴が空いたのだ。
辺りにはサラマンダーの血飛沫が舞った。
「…いや、ちょっと…何よこれ…」
致命傷だったのであろう。
サラマンダーは背後へ大きな音を立て、倒れ込んだ。
カオスは、目の前で起きた摩訶不思議な出来事が信じられなかった。
「何…よ…。私のサラマンダー…もう不能なの…? そ、そんなはずないわよ…伝説のドラゴンよ…は…ははは」
カオスは、頭の中でサラマンダーが起き上がる図を夢想した。
そ全身に力を入れ、精神を集中させた。
しかし、サラマンダーが起き上がることはなかった。
***
サラマンダーの腕が落ち、胴に穴が開き、倒れた。
突然のことであった。
その場にいた兵士達は、しばし呆然としていた。
自滅? いや、そんな筈はない。
では何者かが遠方からサラマンダーに致命傷を与えたのか。
遠方からーー。
ふいに一人が叫んだ。
「こ、こ、こんなことが出来るのは勇者様だけだ!」
これを皮切りに方々から次々と兵士達の歓声が上がった。
「わあああああ」
「死なず済んだぞおおおおおおお」
「国は救われた!」
確かにサラマンダーをたった二発で仕留めたのは勇者マヤである。
で、そのマヤはというと南門の側で、〈魔法のGペン〉を構えたまま、無言で立ち尽くしていた。
マヤの肩で、小猿のラミが言った。
「おい、何黙ってるんだ! 敵をやっつけたんだぞ!」
マヤはラミの方へ目を向けると、わなわなと声を震わせながら、
「…ラミさん…。私…私…全然魔法使ってないよ」
「はあ? 使っただろ! ドラゴンの腹に穴開け! って」
「そうなんだけど、せっかくアイルくんに魔法を教えてもらったのに、活かせられなかった…。漫画のためにも、なんというか、もっとこう胸熱な戦いがしたかった…」
***
話が少し戻る。
マヤは目を覚ました後、アイルと共に馬車で南門に向かった。
門を出ると、まさにサラマンダーと兵士達が交戦中であった。
兵士が苦戦を強いられているのは火を見るより明らかで、多数の死傷者が周辺に転がっていた。
鼻をつくような血の匂いが漂う。
地獄のような光景をマヤは目に焼き付けておこうと思った。
漫画のためにーー。
しかし、それよりもまずは国を救うことが最優先。
マヤは早速攻撃を開始したというわけだ。
ちなみにアイルは、負傷者の介抱をすると言ってすぐにどこかへ行ってしまった。
マヤはふと、数日前のレッドベリーとの決闘を思い出す。
マヤが〈魔法のGペン〉でレッドベリーのドラゴンの胴体に線を引いても、1発で仕留められなかった。
しかし今回は軽く線を引いただけで、サラマンダーの腕を切り落とし、胴体に穴を開けた。
「ねえラミさん、サラマンダーはレッドベリーさんのドラゴンより弱かったの?」
ラミは、少し考えるように宙を見上げ、マヤの質問に答えた。
「うむ。恐らくは魔法の訓練をするうちに、お前の体や感覚が、その強力な魔力に適してきたのだろう。いわゆる覚醒というやつだ」
「なるほど、じゃあアイルくんとの練習も無駄じゃなかったんだね」
ラミが、ボソリと呟く。
「あいつは男の癖に、女みたい形をしてて好かんがな」
その時だった。
「ぎゃあああああああ」
遠くの方から兵士達の悲鳴のようなものが聞こえた。
(なに?)
声の方へ目を向けると、死んだと思ったドラゴンが起き上がっているのが見えた。
片腕を無くし、胴体に穴の空いたサラマンダーが、ぐぐぐと震えながら体を動かしていたのだ。
そして、残った方の手で一人の兵士を握り殺し、手を鮮血で真っ赤に染めた。
「生きてたの?!」
マヤが声を上げると、ラミがそれに答えた。
「いや、あれは死んでいるな。どういうわけか魂はないのに体だけが動いている。何者かの仕業かもしれん」
サラマンダーは立ち上がると、
ウオオオオオオオン
と、大きく嘶いた。
***
カオスは、大樹の下で、膝を地面につけ、サラマンダーと兵士達の闘いにギラギラとたぎる視線を向けていた。
その姿は尋常なものではなかった。
呼吸は荒く、額からは大量の汗が流れ、目、鼻、口からは真っ赤な血が溢れ出ていた。
「はあ、はあ、やった…やってやったわよ…。動かしてやったわ…。今度こそお前達を根絶やしにしてやるわ…じゃないと恥ずかしくて故郷に帰れないんだから…」
サラマンダーは片足を上げると、数人の兵士達を踏み潰した。
兵士達の切り裂くような悲鳴がこだまする。
「ふっ…ふふふ…見てなさい…火球を…ぶっぱなしてやるんだから…。そしたら、あんたら皆全滅よ…」
カオスはじんじんと痛む拳を強く握ると、勢いよくサラマンダーの方へ突き出した。
「死ね!!!!!!」
サラマンダーが大きく口を開け、天を仰いだ。
その口内に真っ赤な光が集中してゆく。
兵士達が泣き叫んだ。
「ああ…またあれだ…」
「火球がくる…逃げろおおおお」
「全員死ぬ…!!!!!」
サラマンダーは兵士達、門の方へその大きな眼球を向けると、口から最大級の火球を放った。
物凄い爆発音と共に戦場全体が爆炎に包まれる。
激しい爆風がカオスのもとまで襲ってきて、吹き飛ばされそうになったのを大樹に捕まり耐えた。
「やった! やったわ! 決死の覚悟で最大級の火球を打ち込んでやったわ! 兵士達は死んだ! このまま国に攻め込んでーーーーて…え?!」
不思議なことが起こった。
突如として爆煙が晴れたのであった。
まるで大きな団扇で仰いだかのように、大量の煙が辺りに散っていったのだ。
「…はっ? 何で…」
次の瞬間、カオスは瞠目した。
サラマンダーの目の前に、小さな影が浮かんでいたのだ。
「なに…?」
目を凝らす。
浮かび上がってきたのは、白鳥の背に跨る、小さな少女だった。
少女は手にペンのようなものを構え、サラマンダーの方へ構えていた。
そして、ペン先を核としてうっすらだが巨大な円が広がっているのが見えた。
金色の魔法陣ーー結界である。
兵士達はその後ろに隠れ、全員無事であった。
「ちょっ、えっ?! なにあの魔法陣…? し、死んでないじゃない…どうなって………」
カオスはハッとする。
「あの子供が、やったの…?」
まさかと思った。
あの子供がサラマンダーの最大出力の火球を受け止めるほどの結界を張っただと?
この一瞬で?
いやいやあり得ない、と首を振る。
すると次に、少女は奇怪な行動に出た。
ペンのようなものをゆっくりと縦に下ろしたのだ。
カオスが不思議そうに少女の行動を見ていると、なんと次の瞬間、サラマンダーの体が縦に裂けた。
二つにパックリと割れたサラマンダーの体は、大きな音を立て地面に崩れた。
「は…あ?」
カオスは、今見た光景を頭の中で再生した。
何度も何度も。
それでも理解できなかった。
一体何が起こったのであろうか。
少女がペンを縦に振って、ドラゴンが真っ二つに割れてーー。
少女を一瞥する。
白鳥の上に腰掛け、真っ二つになったドラゴンの死骸をキラキラとした瞳で眺め、手元の板に何か描いている様子である。
「嘘…」
カオスはショックを受けた。
「有り得ない」
あんなに幼い少女がサラマンダーの火球を受け止めた?
で、一振りでサラマンダーの硬い甲羅を真っ二つに切り裂いた?
「ふ…ふふふ…有り得ない…絶対に有り得ない……だけどもしも本当なら………」
カオスは頬をヒクヒクと震わせながら不敵な笑いをこぼした。
「良いわ…良いわねぇ…規格外に強い女の子………」
少女の方へ鋭い視線を向け、一言。
「あの子が欲しい」




